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   <title>アダルトチルドレン相談集</title>
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   <title>家族・親子間の固定したル－ルと役割の継続</title>
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   <published>2008-05-07T14:18:14Z</published>
   <updated>2008-05-07T14:20:20Z</updated>
   
   <summary>前回、アダルトチルドレンの機能不全家族の問題として、親子間の境界がないことを挙げ...</summary>
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      前回、アダルトチルドレンの機能不全家族の問題として、親子間の境界がないことを挙げました。
境界がないと自分を確立することが出来ません。

今回は境界がないこととの関連で、家族間の固定したル－ルの問題と、役割の継続について書きたいと思います。

まず、家族間の固定したル－ルについてです。
例えば親が子供に愚痴を聞かせ続けます。子供は親の話しを一生懸命聞いて親をなぐさめます。
このパタ－ンがずっと続くと、家族・親子間のル－ル、すなわち子が親の愚痴を聞かなければならない、というル－ルが固定されたことになります。
もちろん親子間の境界のないル－ルです。
そして、このル－ルが固定した結果、子供はなだめ役の役割を、親子間において継続して果たすことになるのです。

アダルトチルドレンの子供時の問題は、親子間での境界がないこと、そして、家族・親子間での固定したル－ルの存在と、継続して果たす役割にあるのです。

この問題を抱えたまま、大人になりますと、子供時と同じく、自分と他者の境界がなく、子供時背負っていたのと同じ役割を、大人になっても果たし続けることになります。

先のなだめ役、親の愚痴の聞き役を、子供時の役割として果たして続けたてきた場合、大人になっても他者のなだめ役、愚痴の聞き役に徹することが考えられます。
子供時と同様、自分の本当の気持ちを抑圧して、聞きたくもない話しを聞き続け役割を果たし続けるのです。

これは過去に縛られていることであり、この縛りがアダルトチルドレンの生き辛さの原因でもあるのです。

しかし、大人になった今、子供時家族・親子間で果たしていた役割を継続して果たす必要があるのでしょうか。

ありません。

しかし、無意識的でしょうが、子供時背負っていた役割を大人になった今も、他者との関係において果たし続け、他者との境界が築けないことが生き辛さの原因ともなっているのです。


したがって、過去の親子関係、家族関係を振り返り、どのようなル－ルが存在していたのか、そして、どのような役割を果たしていたのか、そして、その背負った役割を今も継続していないか、振り返ることはアダルトチルドレンの生き辛さからの回復には大切なことなのです。


さて、ここで前回の続きです。
他者との境界がないことについて、詳細を記したいと思います。
「アダルトチャイルドが人生を変えていく本」
アスク・ヒュ－マン・ケア研修相談センタ－編より紹介です。

境界には、身体的境界、感情と意志の境界、責任の境界の３種類があります。

Ａ　身体的境界
身体が安全で心地よく感じられるための境界です。
身体を危険や極度の消耗から守ること、不快な接触をされないこと、自分の所有物や自分の空間を相手に侵されないことが含まれます。

身体的境界を守るための、原則を示しておきます。
１　疲れたら休む
２　自分にとって心地よいかどうかを大切にする
３　あなたのプライバシ－を侵したり、あなたを物のように扱う人には近づかない

Ｂ　感情と意志の境界
自分の感情や考えを大切に行動するための境界です。
感じ方、考え方を他人にコントロ－ルされないこと。他人との違いを認めあえること、自分で行動を決定できること、思ったことを言葉にするかどうか自分が選択できることが含まれます。

感情と意志の境界の混乱を避けるための、原則を示しておきます。
１　相手の感情と、私の感情は別。私の感情は私だけのもの。
２　相手の感情について、私は責任を負わない。
３　相手の感情を、私はコントロ－ルしようとしない。
４　私の感情を表現するか、しないかは、私が選択する。
５　私の行動は、私が決める。
６　私の行動を他人がどう評価するかは、私の価値には関係ない。

Ｃ　責任の境界
あなたも相手も、自分自身の責任において生きるための境界です。
自他の責任を区別すること、共通の問題について責任とリスクを分担すること、ギブ＆テイクの関係を保つことが含まれます。
責任の境界線を引けないと、誰かがあなたにもたれかかることを許したり、あなたが誰かにもたれることになります。関係のバランスがくずれ、不健康なものになってしまうのです。

責任の混乱を避けるための、原則を示しておきます。
１　相手の責任と、自分の責任は別。
　　私は、自分が乗り出す前に「これは誰が負うべき責任か」を自分に問う。
２　相手に代わって自分が責任を負うことはしない。
　　相手に対する自分の責任を果たす。
３　相手の問題をなんとかするのでなく、問題に悩む相手に共感する。
４　相手を困難から救い出すのでなく、相手を力づけ、必要なサポ－トをする。
５　相手の問題について責めたり指示するのでなく、事実に直面させる。



いずれにしても、自分と他者の境界をきっちりと築き、自分を守ること、自分に専念すること、他者に侵食させないと、これらはすべて自分を確立するために重要なことなのです。
そして併せて、境界の築けない原因が、機能不全家族で自分が子供時果たしていた役割を、今も継続して果たしていないか振り返ることも重要なのです。


      
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   <title>自分を持つ 境界の大切さ</title>
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   <published>2008-04-17T03:14:37Z</published>
   <updated>2008-04-17T06:08:41Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンは機能不全家族の出です。 機能不全家族の特徴は親と子供の境界が...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンは機能不全家族の出です。
機能不全家族の特徴は親と子供の境界がないことがあげられます。

本来親と子は別の人格を持っており、各々の個は尊重され、安全な家族生活を送るべきですが、機能不全家族では子供の個は尊重されず、親子の境界は曖昧です。

例えば過干渉。
常に親が子供をチェック、監視します。すると子供は常に何をするにしても親の視線が気になります。これは、何かする際またはその後、親のチェックから文句を言われないか、怒られないかを気にしているのです。
すると、何をするにせよ怒られないようにと親の視線を伺い、本来自分のしたいことや方法ではなく、親に怒られないためにしたいことを抑えたり、したいこととは別の方法で行うのです。

このように育てられた子供が大人になりますと、何をするにせよ周りの視線を意識するようになります。
子供時に親と子の境界がないと、大人になっても自分と他者の境界がなく、何をするにも他者の視線を意識するようになるのです。

また、親に放任され続けた子供はどうでしょうか。子供は小さいながらも思います。親が自分の面倒をみてくれないのは自分が愛されるのに値しないからだと。
そうすると大人になりますと、今まで得られることのなった愛を過剰に求め、他者との一体感、関係性に執着します。
これも自分と他者の境界がありません。

したがって、子供の時親と子の境界がないと、大人になっても自分と他者の境界のある関係を築きにくいのです。

では、自分と他者との境界を持つとはどのようなことなのでしょうか。

心理学の本や講座でよく言われている次の言葉。

「あなたはあなたでいいのです」

この言葉は、「私は私でいいのです」と読み替えることが出来ます。
すなわち、私は私でいいということは他者の視線を意識することもなく、他者にしがみつくこともなく、私は私でいられるということです。

でも、言うのは簡単です。
それが出来なくて困っているのですから。

では、自分が自分でいられるために必用なものは何でしょうか。
それは、自分に専念することです。
他者に専念するのではなく自分に専念するのです。

例えば自分の意見や話す時に他者の視線や顔色ばかり伺っている人は、自分に専念しているのではなく、他者に専念しています。

でも、他者とのコミュニケ－ションで大切なことは何でしょうか。
それはきっちりと自分の意見を伝えて自分の主張や気持ちを理解してもらい、また、それに対する相手の反応を見て、他者理解に勤めることです。

相手の視線や顔色ばかり伺っていたのでは、自分のいいたいことは言えず、結局は理解されない存在となってしまいます。また、自分自身悲しくなってしまうのではないでしょうか。
では、なぜそこまで相手の視線や顔色を気にするのでしょうか。
代表的な例としては、「拒否されたくない」「悪く思われたくない」「バカにされたくない」等、自分に対する否定的評価を怖れています。

誰だって拒否されたり、バカにされたりされるのは嫌なものです。
しかし、ここで大切なこと。
拒否する、バカにする態度を取るのは誰ですか？
答え。コミュンニケ－ションをした相手です。
これは、相手が自分に対して勝手な態度を取っているのですから、どうしようもないのです。
相手が自分に対してどういう態度を取るかは、それは相手が選択してその態度を取るのです。
私たちには相手の反応・態度はコントロ－ル出来ません。
そして、相手の反応、態度は相手の選択責任でもあるのです。
したがって相手の反応や態度をコントロ－ルすることは不可能なのです。

人とのコミュニケ－ションで大切なことは自分の思っていることを率直に、相手の気持ちを考慮（相手を傷つけることなく伝える）して伝える。
これだけです。
これが自分に専念するということです。
相手の反応に気を使うということは、相手の態度、反応及び選択に責任を負うことです。
私たちが責任を取れるのは自分自身の自己表現のみであり、それに相手がどういう態度、反応するかまでの、相手の責任までは取れないのです。

そして、もう１つの例。他者との関係にのめりこむ場合にも、自分に専念することは有効です。
他者との関係にのめりこむパタ－ンの代表は恋愛依存です。
恋人からの見捨てられることへの不安から、常に恋人とつながっていることを確認します。
しかし、これも自分に専念して、今するべきことに専念していれば、そんなに恋人のことばかり過剰に考え続けません。
恋人が今何をしているか、見捨てられるのではないかと考え続けることは相手に専念しているのです。

では、自分に専念するために重要なものは何でしょうか。

自己信頼感、自分を信じるということです。

先の相手の顔色を常に見ている場合も自己信頼感の欠如が一番の問題です。自分が自分を信頼出来ない評価出来ないということは、その評価を他者に委ねなくてはならず、常に他者評価を気にしてしまいます。
また、恋愛依存においても自分が自分としっかりつながり自分を満たしていれば、過剰に他者とのつながりを求めることもないでしょう。

恋愛依存の場合常に恋人が自分を見捨てるのではないかと恋人を疑っています。恋人を信じていません。でも、自分を信頼出来ない人間がいかに他者を信頼することが出来るのでしょうか。自分にＯＫを出せない人は真に他者にＯＫを出せません。
また、見捨てられる不安の場合は自ら抱えている漠然とした大きな不安感もその原因となっています。先ほど恋人に専念していると書きましたが、実はこの漠然とした自分自身の不安にも専念しているのです。
これも、自分が自分を信頼出来るようになると不安に支配されることはなくなると思います。

自己信頼感の獲得。
私のカウンセリングでも目指す大きな課題です。
自己信頼感の獲得は人それぞれ抱えている問題により獲得の経緯が違ってきます。
ですから、人それぞれ抱えている問題の本質に対して、人それぞれそれを乗り越えるための行動化の促進が必要となってくるのです。
焦らず取り組むことが大切だと思います。

      
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   <title>同情の絆</title>
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   <published>2008-02-28T14:14:44Z</published>
   <updated>2008-02-29T03:16:15Z</updated>
   
   <summary>今回は親と子の同情の絆について書きたいと思います。 アダルトチルドレンの親子関係...</summary>
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      今回は親と子の同情の絆について書きたいと思います。

アダルトチルドレンの親子関係で問題となるのは、子の親に対する同情です。
親の子に対する同情ではありません。親が子に同情心を持つのは普通のことです。

では、なぜ子の親に対する同情が問題となるのでしょうか。

その前に同情につきまして、その言葉の意味を明確にしたいと思います。

同情「差し迫って困っている相手の苦しみ、悩みを、相手の立場に立って理解してやり、そのうちに、いい目も出ることが有るのだから、しっかり生きるようにせよと温かい言葉をかけること」：新明解　国語辞典　三省堂刊。

簡単にまとめると「相手の立場に立ってその気持ちを感じ理解して、温かく励ます」こう捉えてもいいかもしれません。

では、再度子の親に対する同情の問題に話しを戻します。

子が親に対して同情の気持ちを持つ、それ自体は特別に問題はありません。
この同情が問題となる場合は、過剰に同情をして、同情が攻撃、罪悪感と結びついた時なのです。
そして、この過剰な同情の根底には、同情により子を自分の味方につけるという親の意図が見え隠れします。
すなわち、同情により子を縛り自分の側から離れないようにして、運命協同体（永遠の味方）を形成しようとするのです。

そして味方。味方につけるとは何に対してから味方につけるのでしょう。
考えられることは外敵です。外敵とはすなわち子から見ての片方の親。すなわち母親か父親。または親戚、近所等が考えられます。
日本の親子は母子密着と言われています。
したがって母と子の同情の絆は注意が必要です。
特に母と娘。
この同情の絆は要注意です。

では、２例あげます。
いずれも、母と娘です。
そして、２例共通の前提として夫婦の不仲があります。

１　同情が攻撃と結びついた場合

母が娘に言います。あの男（父）と結婚するのではかったと。そして、父親の愚痴を延々と聞かせるのです。娘は母の愚痴を聞き、母に同情して、母を悲しませる父を悪者と認識するようになり、父に対する敵対心と怒りで満ちるのです。
まんまと母の戦略にひっかかり、母の味方となったのです。そして、娘と父の仲を引き裂いたのです。
娘は父を敵として、父を憎んで成長するでしょう。
しかし、やがて成長した娘は感づきます。
何かおかしいと。

娘は今までの、母から刷り込まれた主観的（思い込み）な父親像ではなく、父を客観的に見るようになります。
すると、母の言っている方が、父に対する事実と違うと思えてきて、やがてそれは確信に変わります。

「だまされた」と気付き、激怒するのです。

今までの自分の父に対する態度は何であったのだろうか、すべては母の言うことを信じたから。
娘にとっては父とのかけがいのない時間を失った悲しい事実は、今度はそれを仕掛けた母に対して憎しみと怒りを持ち、攻撃となってその対象を変えるのです。

母は娘にしかけた同情の罠、絆によって、今度は娘から攻撃されるのです。
自業自得でしょうか。
でも、この親子（父、母、娘）、すべての関係性がバラバラとなってしまい、修復出来ないかもしれません。

２　同情が罪悪感より幸せを許さない場合

母は常に娘に自分の不幸な身の上を嘆き続けます。
娘は母の可愛そうな生い立ち、夫婦関係にすっかり同情してしまい、前述の攻撃の要素を持つと同時に、より強力に母に寄り添おうとします。

その結果自らの人生に誓うかもしれません。
母を置いてどこかへ行ってはいけない。母より楽しんではいけない。
母より楽しむこと、母より幸せになることに罪悪感を覚え、究極は母より幸せになってはいけないと思い込むのです。
すなわち、方法論は別として、母と同じく不幸せな道を選択するのです。

仮に恋人が出来たとしても、自分が母より幸せになってはいけないと自分に誓っていると、それ以上恋愛関係は発展しないでしょう。
そして、結婚することもなく幸せを手にすることも出来ないかもしれないのです。

母に生涯より沿い、母の愚痴を聞き続け、なだめ役に徹して、母のために生き、自分の人生を生きることをやめてしまうのです。

（例１と例２の違いはどこにあるのでしょうか。違いは娘が、父に対する事実に気づいたかどうかです。例２の場合は事実に気がつかなったのか、母の嘆きが誇張であるにせよ、娘も同じように感じているのかもしれません。しかし、いずれにせよ、これは夫婦の問題であり子が責任を負うことではありません）



さて、ここまで親による子を取り込む戦略、同情により子を味方につけ縛る方法を、母と娘を例として書いてきました。

２例とも夫婦関係、夫婦の不仲から子供を味方につけようとして始まっています。
子供を味方につけるため、片方の親の悪口や自分の愚痴を言い続け、聞き役に徹している子供の同情心を誘います。
そして、子供を自分の中に取り込み、運命共同体を形成していくのです。

しかし、逆に考えると夫婦関係に問題がなければ、このような事態は発生しないのではないかということです。

アダルトチルドレンは機能不全家族の出です。
夫婦仲が悪く、親が子供に愚痴を聞かせ取り込むことは、親と子の境界がなく、子供の個が尊重されておらず、機能不全家族といっても問題はありません。

しかし、夫婦関係がしっかりとしており、それにより上述２例の事態が発生しないのであれば、機能不全家族の問題の根源の１つとして、機能不全夫婦の問題が上げられるのではないでしよぅか。

機能不全家族の問題としては世代間連鎖の問題（アダルトチルドレンの親は、その親もアダルトチルドレン）があげられますが、親が自身のアダルトチルドレンの問題を克服、もしくは気付いているのであれば、例え夫婦の間に問題があったとしても、自分の子供に自分と同じ生き辛さを体験させてはならないと考え、子供を呑み込むようなことはしないと思います。

また、より健全な方法としていかに夫婦関係を良くするか、そちらにエネルギ－を向けるでしょう。

健全な夫婦関係も機能不全家族の連鎖を止めるのに大変有効なのです。

      
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   <title>親に対する罪悪感について</title>
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   <published>2008-01-10T03:10:51Z</published>
   <updated>2008-01-11T01:49:20Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンの機能不全家族の大きな問題の１つに、親と子の境界がないことがあ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンの機能不全家族の大きな問題の１つに、親と子の境界がないことがあげられます。

では、親と子の境界がないとはどのようなことでしょうか。
具体的には親の価値基準、判断基準、親の発する言葉等が子供の人生を縛ると言ってもいいかもしれません。

例えば親の期待に応えなければならないという縛りがあるとします。もちろんこの縛りの前には常日頃親が子供に対して、親の何らかの期待を言い続けたり、期待に応えた時だけ子供を褒めたり、期待に応えない子供を無視したりと、常に親の期待を子供に刷り込ませるのです。そして、子供はその家庭で生き延びるためには親の期待に沿うしかなく、成長した子供は、意識的無意識的にせよ、常に親の期待に沿うようにと自分の人生を考え、親の期待に基づく人生を歩みます。

次の例です。親が常に子供の容姿をけなし続けたとしたらどうでしょう。子供は親からけなれた言葉の容姿のイメージをいつまでも持ち続け、自分自身に対する客観的な評価が出来ず、親からのマイナスの評価で自分を見続けてしまうかもしれません。まさに親の発した言葉が呪いのように子供を縛りつけるのです。

この２つの例、ともに親と子の境界がありません。２例とも親の期待や、親の醜い言葉を自分の規準、自分の評価としており、その結果自分の人生を歩むことや、自分自身の自己評価を築くことが出来ません。親の評価・価値・言葉が自分自身の判断評価基準になってしまっているのです。

さて、ここまで親と子の境界のない例をみてきました。
これをイメージするならば、親が子供を呑み込むイメージです。
ですから、子供は成長して大人になっても、常に親に呑み込まれており、親の期待、言葉に子供の時と同様縛りつけられ、自分自身自由に自分の人生を歩くことが出来ないのです。

したがって、成長したアダルトチルドレンは親から精神的に独立、自立すること、自分自身の判断評価を確立すること、そして親の縛りを解き放つことが自分の人生を歩むうえで一番大切なのです。

さい、ここから本題です。
今回は「親に対する罪悪感について」とタイトルをつけました。

私がアダルトチルドレンの方のカウンセリングをしていると不思議に思うことがあります。
それは、親を憎みながらも、親を嫌いながらも、何か親のことを過剰に気にしているのです。
親子だから当然という意見もあるかもしれませんが、この、親に対する気遣いが自分の生き辛さになっていることが多々あるのです。
そして、この気を遣うということが罪悪感に基づくことが多いのです。

例えば、親と子は経済的に独立をして別々に暮らしています。
しかし、親は子離れが出来ておらず、未だに子供に対して自分の価値や期待を押し付け、かつ、顔が見たいと要求して、子供に対して週末は実家に帰ってこいと電話で指示します。
アダルトチルドレンの子供は、実家に帰る必用はないと思いながらも、帰らないと親が悲しむと気を遣い、親を悲しませてはいけないと罪悪感を抱き、嫌々ながらも実家に帰るのです。
そして、その結果、親の価値判断や期待の言葉、または雑言を浴びせられ、不快な思いをして、落ち込んで自分の家に帰ってくるのです。
そして、誓います。
「二度と行くものか」と。
しかし、またしばらくして親から連絡が入ると罪悪感を感じて、実家に帰り同じことを繰り返すのです。

一体、この親に対する罪悪感は何でしょう。

実は私も経験があります。
まだ大学生の時です。私は結婚をしないで一生母親の面倒を見ようと、わけの分からないことを思っていました。結婚＝罪なのでしょうか。
なぜ、こう思っていたのか当時は分かりませんでしたが・・・。

それから、この親に対する罪悪感の問題ですが、親とは母親を示すことが臨床体験上多いです。

では、なぜここまで親に対する罪悪感を抱かなければならないのでしょうか。
自分が親から離れて自由にすることに対して、なぜここまでも罪悪感を抱くかです。

アダルトチルドレンは子供の時、親から散々に支配されてきました。
上述のように親の期待、評価、価値観に合わせる、それ以外にも親の愚痴を聞く、親の精神的面倒を見る等、親が子供を支配をするつもりがあろうがなかろうが、常に子供は過剰なまで、親を意識して生きてきたのです。
親の顔色を伺い、親の期待に合わせようと、認めてもらおう、元気になってもらおうと、悲しませないでおこうと、精一杯親に合わせて生きてきたのです。
そのため健全な親子の境界は築けませんでした。

そして、そのような子供時を過ごした子供は大人になっても、親に対する意識をすぐには払拭出来ないのではないでしょうか。

機能不全家族でなくても子供は親を意識します。
しかし、機能不全家族、アダルトチルドレンはその親に対する意識が過剰過ぎるのです。
子供の頃過剰なまで親を意識してきたので、大人になってもやはり過剰に親を意識しており（この意識とは無意識的であることが多いと思います）、自分が親の要求を満たせないと感じると、感じなくてもいい罪悪感を勝手に抱いてしまうのです。

では、ここで大切なことは何でしょうか？
それは、アダルトチルドレンが親に対する罪悪感を持たないことです。

今まで親の期待、価値、言葉に合わせ過ぎて生きてきました。
これは親の期待、価値、言葉を子供が背負うことを意味しています。
しかし、本当に必要なことなのでしょうか。
親の期待、価値、言葉等はすべて親のものです。
私たちには関係ありません。

親に対する罪悪感の問題で大切なことは、親と子の境界の設定を引くことなのです。
子供の頃様々な問題を設定することが出来なかった境界を引くのです。
親に惑わされず、自分の人生を歩むのです。
親は親、自分は自分。
互いの個の尊重が大切です。


もう１度書きます。アダルトチルドレンが親からの精神的独立のために一番大切なことは、親と子の境界を確立することです。
そして、境界を侵入された際は毅然たる態度を取り、境界を守ることも必用なのです。
      
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   <title>私たちが変われば親も変わるのか</title>
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   <published>2007-11-03T09:57:32Z</published>
   <updated>2007-11-05T02:06:13Z</updated>
   
   <summary>私たちが変われば親も変わるのか？ 皆さんはこのテ－マについてどう思われますか？ ...</summary>
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      私たちが変われば親も変わるのか？

皆さんはこのテ－マについてどう思われますか？

これは当たり前のこたえになってしまうのですが、親によって反応が違います。

例えば、子供（ここでいう子供とは成人のことです）が人付き合い出来ないことで悩んでいる親がいます。親は薄々自分たちの育児態度が原因で子供が人間関係を築く能力がないことを知っています。そして、子供が自己努力の結果、人間関係を築くことが出来るまでに成長しました。すると親も子供の日々の態度や顔つきの変化を見てとり喜びます。
そして、自分たちの至らなさを反省しながらも、子供の成長に合わせ、親の態度、顔つきも明るいものに変わっていくのです。
この例は子供の変化に合わせ、親も反省をして、さらには親の表情までよくなっていく好例です。
子供が変わると同時に親も変わったのです。

では、実際このような好例はどれぐらいあるのでしょうか？
統計がないのではっきりとは書けませんが。
あまり期待は出来ないように思えます。

さて、上例は子供が努力して変わって、自然と親も変わっていく例でした。
では、どれだけ子供が自己変革の努力を達成して、その内面や態度振る舞いがかわっても、親が変わらない場合（例えばあいかわらず押し付けがましい、支配的、無理解・・・）。
私たちは親に対してどういう感情を抱けばいいのでしょうか。

自分の生き辛さの原因を知ったこと、物事の捉え方が変わったこと、感じ方が変わったこと、過去の見方が変わったこと、過去を受け入れたこと、新たなスキルを手に入れたこと。
「自分は変われるんだ。自分は変わったんだ」
今まで抑えていたフタが取れ、エネルギ－に満ち溢れたこの新鮮な気持ちを誰かに伝えたい。
分かります。

では、この素直で純粋で新鮮な気持ちを親に知らせる必要があるかどうかがポイントです。

自分が変わったことを親に知らせて何を親に望みますか？
もし、伝えたいと思うのであれば何を伝えたいと思っているか、その背後にある感情を理解したうえで行ってください。

前回も書きましたが、多くの場合は親は親でなかなか自分の非を認めないものなのです。
それは、親も一生懸命生きており、子供の育て方については、そのやり方しか知らなかったからです。
子供が自分が変わったということを親に知らせるということは、まったく悪気がないとしても、親の立場に立つと自分が否定されているような気持ち、攻撃されているような気持ちを抱くかもしれません。

私たちがアダルトチルドレンであるということは、その親もアダルトチルドレンです。
根っこは同じです。
そして、子供がアダルトチルドレンの問題を受け入れ変化するというとは、進歩していることを示します。
しかし、残念ながら親は進歩としていないのです。いや、アダルトチルドレンという言葉すら知らないかもしれません。

ですから、進歩、進化のレベルが違うので同じ視線に立って、この問題について話すことは難しいのです。
方や理解しており、方や無知なのですから。

自分は変わったんだという気持ち。
大切です。
でも、それを理解してもらう相手は選ばなければなりません。
同じ悩みを抱いたり、同じく回復を目指していたり・・・。

自分を理解してくれる人でないと、自己開示は危険です。

さて、私たちず変わると親が変わるのか。
最後に最も危険なパタ－ンです。
それは、親が子供を変わらせまいとしがみついてくる場合です。

例えば子供は自立を目指して家を出ました。すると、親の方から毎日状況確認の電話、帰って来いの催促、たまに家に帰ると以前と同じような過干渉、暴言、否定等。
実家に帰ったとたん憂鬱になってしまいます。
そして、この憂鬱感は家（１人暮らし）に帰っていも持続してしまいます。
親は子供を手放すまい、自分が支配をしておきたいと必死なのです。(但し、このことについては親は意識せず、無意識の領域で行っていると思いますが）
そして、どこまでも追いかけてきて子供を精神的に苦しめてしまうのです。

このような親にいかに向き合うか、距離と時間と心の限界、これらを考慮してどうするのか。
これは個々人によって結論が違ってきます。

いずれにせよ大切なものは何か。
この結論により行動・態度は変わってくるでしょう。
      
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   <title>親を謝らせることは出来るのか</title>
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   <published>2007-09-04T00:22:25Z</published>
   <updated>2007-09-04T02:19:37Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンの方のカウンセリングをしていると、「今までのことを親に謝って欲...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンの方のカウンセリングをしていると、「今までのことを親に謝って欲しい」という言葉をよく聞きます。

これは、今までの親の子供に対する態度について、親に反省をしてもらい謝罪してもらいたいという、気持ちの表れだと思いますが、はたして可能なことなのでしょうか。

まず、どうやって親に謝罪をさせるつもりなのでしょうか？
謝罪をさせるということは、「お前が悪い」ということを認めさせようとする態度です。
すなわち、自分が今生き辛いのは、父母の育児態度の問題からこうなった、謝罪しろと相手を責めるわけですから、責められた父母がそれを認めて謝るかどうか・・・。
自分の生き辛さと親子関係、育児態度の関係を論じて親の気持ちが動くかどうか疑問です。

その理由を下に紹介します。

まず、親もまたその親から同じような育てられ方をされた可能性が高いということです。もし、そうなら親の言い分としては「自分もそうして育てられた、なのにお前はどうしてそれが出来ない、耐えられない」となります。人は自分を規準として物事判断します。自分が基準ということは自分が正しいということです。ですから、子供の言うことに聞く耳もたないのです。

次に親の精神的問題として子供を私物化していることがあげられます。私物化とは自分の持ち物として扱っているわけですから、持ち物が自分に逆らうことは考えられないということです。子供は自分の意志を持ち意志に基づく行動をしてはいけないのです。親子関係は１対１の人間関係ではないのです。

親としての自負。子供を自分が育ててきたという親の自負があります。これは、アダルトチルドレンの親に限らず、大概の親はこの自負を持っているのではないでしょうか。
親は親で子供を育てるために、経済の維持、家の維持等のため大変な苦労と努力をしてきました。そこに、いきなり子供の方から、自分の生き辛さと親子関係を論じられても、訳が分からず、また親の自負心を傷つけるものになりかねません。

また仮に親も自分の息子、娘が生き辛さを抱えているのを知っており、何か自分の育児態度に問題があったと思っていたとしても、子供が正面きって自分の生き辛さと親子関係を論じてきたとしたら、親も守りに入り、子供を攻撃してくると思います。これも親の自負です。また、人は自分が非難されていると感知すると自動的に守りに入るものなのです。

いずれにせよ、親を謝らせるということは極めて難しいのです。

でも、ここで考えてみましょう。
仮に親が謝ったとして、あなたの人生変わるのでしょうか？
あなたの人生の豊かさにつながるのでしょうか。

親が過去のあなたに対する態度を謝ったとしたら、親子関係の問題が改善されるという効果を期待されるのかもしれません。
しかし、本当にそうですか。
親が仮に謝ったとしたら、親が自分の非を認めたことになります。
ということは、あなたは自分が正しいという認識を持つわけです。
ここに自分は正しく、親は間違っているという図式が成立するのです。
もし、この式を常に振り回したとしたらどうでしょう。
「親は間違っていた」「自分は正しい」常にそう思い、そういう態度で接することになるのではないでしょうか。
もしそうなら、これはパワ－ゲ－ムです。
いずれ親の逆襲もあるでしょう。
お互い理解し合うことなく延々と争いを繰り返すことにもなりかねません。

親を謝らせる。
本当に必要なことですか？

私は言いませんが、よくカウンセラ－が「親の気持ちも考えてみたことありますか」と質問されることが多々あるようです。
それで自分の生き辛さから回復されるわけでもなく、親子関係がよくなるとも思えないのですが。

でも、親は親で苦労してきたこと、また、親もアダルトチルドレンであることを考えてみると、これは、親の問題というより、アダルトチルドレンの世代間連鎖の問題であると鮮明に思えるかもしれません。

誰のせいで自分が生き辛さを抱えているのか、犯人探しはやめた方がいいでしょう。
これは、血縁の問題、世代間連鎖というシステムの問題なのです。

そして、生き辛さを抱えているのは自分の問題です。
なぜ、自分が生き辛さを抱えているのか理解することは大切です。
でも、理解したあとは、自分の生き辛さをしっかりと自分自身が受け入れ、自分の問題として解決していくことが大切なのです。

私たちは人を操作、変えることは出来ません。
変えられるのは自分だけです。

では、ここで疑問です。
自分が変われば親も変わるのでしょうか？

次回はこのテ－マで書きたいと思います。


      
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   <title>親と子の生殺与奪</title>
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   <published>2007-07-05T00:08:26Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>今回の内容について。 親子関係、機能不全家族関係の悩みで生き辛さを抱えている真っ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      今回の内容について。
親子関係、機能不全家族関係の悩みで生き辛さを抱えている真っ最中の方は、読まないことをお勧めします。
アップしようかどうか悩みましたが大切なことと思いアップします。
しかし、読まれた後、気分を害されても責任は持てません。
ご自身で判断のうえお読みください。


親は子供に対する支配により子供の人生を抹殺することが出来ます。
子供に対する過剰な期待や支配心から、過干渉、おどし、罵声、暴力等により、子供の意志と自由と感情を抑圧して、心、個性、人間らしさを抹殺するのです。

一例をあげます。
親が子供に対してエゴに基づく期待（将来は外科医にするため）により、小学生高学年の子供に１日１２時間以上の勉強を強いたとしたらどうでしょう。
その子供は勉強が嫌いでしかたありません。友達と遊びたいと思っています。
しかし親は強制的に勉強をさせようとします。
親は子供に対して、いかなる手を使い支配（勉強させる）するのでしょうか。
「勉強をしないのなら出て行け」「バカはさっさと勉強しろ」等の過干渉、言葉の暴力に始まり、やがて叩く、殴る等行き過ぎた行為態度に出てくることもあるでしょう。
このようにして、親は完全に子供の人格を踏みにじって接してくるのです。

人格を踏みにじられ、勉強を押し付けられた子供は、どのような心理状態になるのでしょうか。
勉強が嫌な気持ち、したくない気持ち、逃げたい気持ち、または勉強をしても成績があがらない場合は無力感、罪悪感、悲しみや怒り等の自分の本当の気持ちを抑圧して勉強机の前に座り続けることでしょう。
そして、何を言っても理解してもらえない慢性的な悲しみと怒りを感じ、またはその悲しみと怒りさえ、机の前に座り続けるのに邪魔なものであれば、感情を排除して無感覚、無感情に徹して、自分を殺して親のために勉強し続け、苦痛に耐え続けるのです。

さて、今回は親と子の生殺与奪について書いていますが、「勉強をしないのなら出て行け」この親のセリフ。まさに親の子に対する生殺与奪です。
親の期待に応えず、言うことを聞かないのなら出ていけ。お前を養ってやる代わりに親の言う通りにしろという親のエゴに基づく自己主張。身勝手以外何ものでもありません。親の支配権行使による、子供に対する生殺与奪なのです。
出て行きたくても、出ていけない子供は親の言う通りにするしかなく感情を抑圧して自分を殺すのです。

親は子供の肉を生かす代わりに、子供の心を殺すのです。

心を殺された子供は親に従うしかなく、自分の心を完全に抑圧して生き続けることになるのです。
やりたくないということをはっきり意識しながらも、そこからくる止めたい気持ち、逃げたい気持ち、心の叫びを抑え続け、無感情、無気力、無反応になっていくのです。

さて、迫害者は犠牲者へ。
犠牲者は迫害者へ。
立場の逆転が転じる時が来る時もあります。

子供からの親への反撃です。
まず、２パタ－ンみましょう。

親から押し付けられていたことに対して我慢出来なくなった瞬間切れるのです。
家の中を滅茶苦茶にしたり、親を殴ったり、外で暴れまわったり、溜まりに溜まった怒りのエネルギ－が大放出されたのです。
でも、これは正常な反応です。
誰だって抑圧され続けたらどこかでぷっつんするものです。

そして、次の例が怖い例です。
子供による親殺しです。

子はなぜ親を殺すのでしょうか。理解出来ますか？
なかなか理解出来るものではないと思います。
でも、私は何となくですが、ケ－スによってはその気持ちが分かるような気がします。

では、３パタ－ン見てみましょう。

ひとつは先ほどのぷっつん。衝動です。
我慢し続けてきました。そして、これ以上耐えられないと瞬間的に前後のことを考える間もなく凶行に及ぶのです。

そして次。
積もりに積もった憎しみの果て、何かのきっかけで怒りの炎により視野が狭くなり、冷静さが一時的に失われ凶行に及ぶのです。ぷっつん、衝動というより怒りに全身が覆われるそんな感じでしようか。そして事が終わった後で大変なことをしてしまったと冷静になり自首します。

３パタ－ン目。
衝動で殺すのではなく、無感情、無感覚、投げやりな気持ちで凶行に及ぶのです。
もう、どうでもいいような気持ちではないでしょうか。
直接殺害に及ぶ場合もあるかもしれません、または親、家族の巣である家を燃やそうとするかもしれません。この時、家を燃やしたら親兄弟が巻き添えになるかもしれません。でも、この時子供は認識しています。巻き添えで死んでも構わない。どうでもいいのです。
彼らは凶行に及んだ後ゲ－ムセンタ－にいたり、公園で寝ていたり、逮捕時後悔の念がないことがあるとよく報道されています。

それはどうでもいいからです。言葉を変えると無感情、無感覚、起こした出来事に対して感じる感覚が麻痺しているのでしょう。
逆に言うとここまで追い込まれてしまった。
感じる心を潰されたのです。

機能不全家族の子供が親を殺すとすれば、その子供の心はそれ以前に親により殺されているのです。

また犯罪を起こした子供も罪に問われます。
いくら親が憎いといえ殺人は懲役です。一瞬の感覚に身を任せて凶行にはやり、罪を一生背負うのも、それこそ人生を潰してしまいます。
また、犯罪は起こしてはならないものなのです。

このような悲惨なことが起こらないためにも、常に親と子の意志疎通、心の交流、コミュニケ－ションは大切なのです。

そして、未熟な大人が結婚して機能不全家族を形成して、子供の心を潰さないためにも、親になる者を対象とした親業のための教育、カウンセリングも必要ではないでしょうか。
      
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   <title>アダルトチルドレン（共依存）チェック表</title>
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   <id>tag:www.office-stella.com,2007:/ac//1.18</id>
   
   <published>2007-05-08T00:39:08Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>あなたは自身のアダルトチルドレン度気になりますか？
印刷して実施してください。</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      「フリエルのアダルトチルドレンと共依存の診断一覧表」
質問に対して、はい、いいえ、で答えてください。

１
私は毎週、自分のことをするために十分な時間をとっている。
⇒はい　０　　いいえ　１
２
だれかといっしょにいた後で、長い間自己批判をする。
⇒はい　１　　いいえ　０
３
人が自分のことでなにかを知ったとしても、いやな気持ちはしない。
⇒はい　０　　いいえ　１
４
ときどき自分がずいぶん無駄な時間を過ごしていて、何もできないと思う。
⇒はい　１　　いいえ　０
５
自分のことはちゃんとできる。
⇒はい　０　　いいえ　１
６
ほかの人が誰かをじゃましているなどと、当人に言わないのが一番だと思う。
そんなことをしたら、ケンカになったり人を怒らせることになる。
⇒はい　１　　いいえ　０
７
私の成長期には、家族のコミュニケ－ションがよかったので嬉しく思う。
⇒はい　０　　いいえ　１
８
ときどき、自分がどう思っているのか、わからなくなる。
⇒はい　１　　いいえ　０
９
親密で愛情ある生活に満足している。
⇒はい　０　　いいえ　１
１０
最近、疲れを感じる。
⇒はい　１　　いいえ　０
１１
私の成長期、家族の問題をオ－プンに話すのが好きだった。
⇒はい　０　　いいえ　１
１２
私は悲しいときや怒っているときに、幸せそうに見られるときがある。
⇒はい　１　　いいえ　０
１３
自分の人間関係の量や種類に満足している。
⇒はい　０　　いいえ　１
１４
たとえ時間やお金があったところで、自分の休暇をとっ
ても楽しいと思わないだろう。
⇒はい　１　　いいえ　０
１５
毎日するべきことすべてに、十分な手助けをしてもらっている。
⇒はい　０　　いいえ　１
１６
今していることよりも、もっとたくさんのことをやれたらよいのにと思う。
⇒はい　１　　いいえ　０
１７
私の成長期に、家族は感情や愛情をオ－プンに表現するように教えてくれた。
⇒はい　０　　いいえ　１
１８
権威を持つ人（上司や先生）に話しかけるのは、むずかしい。
⇒はい　1　　いいえ　０
１９
非常に複雑で込み入ってきそうな関係のなかにあるとき
そこから脱出するのはむずかしくない。
⇒はい　０　　いいえ　１
２０
自分はだれなのとか、どんな人生を歩みたいのかという
ことを考えるとときどきひどく混乱してくる。
⇒はい　１　　いいえ　０
２１
自分の処理欲求の仕方に満足している。
⇒はい　０　　いいえ　１
２２
自分の仕事は不満だ。
⇒はい　１　　いいえ　０
２３
自分の問題はたいてい穏やかに、そして直接処理する。
⇒はい　０　　いいえ　１
２４
人を傷つけたくないし、人に悪く思われたくないので自分
の感情をおさえることが多い。
⇒はい　１　　いいえ　０
２５
自分が「決まりきったつまらない生活をしている」と思うことはほとんどない。
⇒はい　０　　いいえ　１
２６
友だちとの友情に満足していない。
⇒はい　１　　いいえ　０
２７
だれかが私の感情を傷つけたり、私のいやなことをして
もその人にそのことを言いにくい。
⇒はい　０　　いいえ　１
２８
親しい友人や肉親が、私がしてあげようと思っている以
上のことをして欲しいと頼んだ場合、とにかくまず「はい」
と言うことが多い。
⇒はい　１　　いいえ　０
２９
新しい問題と取り組むのが好きで、その解決方法を見つけるのが得意である。
⇒はい　０　　いいえ　１
３０
自分の幼児期は、あまりよくなかったと思う。
⇒はい　１　　いいえ　０
３１
自分の健康は、そんなに心配していない。
⇒はい　０　　いいえ　１
３２
だれも本当の自分のことをわかっていないと思うことがよくある。
⇒はい　１　　いいえ　０
３３
私はいつもだいたい落ち着いて安定していると思う。
⇒はい　０　　いいえ　１
３４
自分の望んでいることを頼むのは難しいと感じる。
⇒はい　１　　いいえ　０
３５
ほかの人には、私が許せる以上に私は利用させない。
⇒はい　０　　いいえ　１
３６
親しい人間関係のなかで、最低一つは不満なものがある。
⇒はい　１　　いいえ　０
３７
大切な決定をするのは難しくない。
⇒はい　０　　いいえ　１
３８
新しい状況では、自分を信じたいと思うほどには信じられない。
⇒はい　１　　いいえ　０
３９
いつ腹蔵なく話しをするか、いつ人の希望を聞くかということが上手にわかる。
⇒はい　０　　いいえ　１
４０
仕事以外の時間がもっとあればいいのにと思う。
⇒はい　１　　いいえ　０
４１
自分がそうありたいと思う程度に、自然体でいられる。
⇒はい　０　　いいえ　１
４２
一人でいることはむずかしい。
⇒はい　１　　いいえ　０
４３
私の愛する人が私のじゃまをしたら、そのことを難なくその人に言うことができる。
⇒はい　０　　いいえ　１
４４
ときどき一度にいろいろなことが起きて、どれひとつしてちゃんとできない。
⇒はい　１　　いいえ　０
４５
ほかの人が私の生活のなかにかかわってきたり、「本当
の私」を彼らに知ってもらうことは、とても気分のよいことだ。
⇒はい　０　　いいえ　１
４６
私の言ったことやしたことでほかの人に謝ることが非常に多い。
⇒はい　１　　いいえ　０
４７
誰かのことで腹をたてているとき、それをその人にたやすく言うことができる。
⇒はい　０　　いいえ　１
４８
することは多いのに時間がない。ときどきすべてを放り出したくなる。
⇒はい　１　　いいえ　０
４９
これまでの人生においてやってきたことで、後悔することはほとんどない。
⇒はい　０　　いいえ　１
５０
私のことよりも、人のことを考えることが多い。
⇒はい　１　　いいえ　０
５１
私の人生は、まずまず自分の望んでいたようになってきた。
⇒はい　０　　いいえ　１
５２
人が私を困らせるようなことをしても、私が非常にものわ
かりがいいので、みんなは私のことを感心する。
⇒はい　１　　いいえ　０
５３
自分の性的魅力について悪い気はしない。
⇒はい　０　　いいえ　１
５４
ときどき私の親しい人のふるまいが、恥ずかしいときがある。
⇒はい　１　　いいえ　０
５５
私の人生にとって大切な人々は「本当の私」を知ってい
るし、そのことは平気である。
⇒はい　０　　いいえ　１
５６
私は自分のなすべき仕事はしているが、やりすぎることが多い。
⇒はい　１　　いいえ　０
５７
私の努力や注意が足りないために、何もかもダメになる
というようなことはないと思う。
⇒はい　０　　いいえ　１
５８
他人のためにやりすぎては、後でなぜそんなことをしたのかと思う。
⇒はい　１　　いいえ　０
５９
私の成長期の家族の問題の対処の仕方を思うと、幸せを感じる。
⇒はい　０　　いいえ　１
６０
いっしょにものごとをやってくれる人が、もっといればいいのに思う。
⇒はい　１　　いいえ　０


集計について
奇数ナンバ－の質問に「いいえ」、偶数ナンバ－の質問に「はい」と答えると、それぞれ１点を与えます。
つまり最大得点は６０点になります。

１０～２０点は軽い共依存でアダルトチルドレン気味。
２１～３０点はやや共依存的。
３１～４５点はかなりの共依存的。
４５点以上は深刻な共依存状態となります。

※参考にはなるかもしれません。


ジョン・Ｃ・フリエル　リンダ・Ｄ・フリエル　著
アダルトチルドレンの心理
ミネルブァ　刊　より
      
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   <title>強迫性障害とアダルトチルドレン</title>
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   <published>2007-03-30T03:31:42Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>強迫性障害。私は強迫性障害に３０数年苦しみました。 強迫性障害とは自分でもバカバ...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      強迫性障害。私は強迫性障害に３０数年苦しみました。
強迫性障害とは自分でもバカバカしいと思ってはいるけど、やめるにやめられない、思考と行動を繰り返して考える、または繰り返して行うことを指します。
強迫観念と強迫行動です。

例えば神社で不謹慎なことを考えると罰が当たると思っている強迫性障害の方がいます。
でも、人の思考はコントロ－ル出来るものではありません。
したがって場所を問わず不謹慎なことを考えてしまいます。神社であってもです。
強迫性障害の方は神社で不謹慎なことを考えてしまうと罰が当たると思っているので、その不謹慎に考えたことを取り消さなければならないという衝動にとらわれます。そうしないと、不謹慎なことを考えた自分には罰が当たるからです。
取り消しの方法は人様々です。思った不謹慎なことを頭の中が白く消えるまでイメ－ジしてみたり、一旦神社を出てまた神社に入って、今度は絶対不謹慎なことを考えず無事出ることを試みたり。
手段は違えど不謹慎なことを考えたという事実を打ち消そうとするのです。
しかし、打ち消そう、考えまいとすればするほど人間とは不思議なもので、かえって不謹慎なことを考えてしまうものなのです。
そして、またまた考えたことを打ち消そうと何度も何度も同じことをするのです。

この神社で不謹慎なことを考えたら、それを打ち消さなければならない、そうしないと罰が当たる。これが強迫観念です。そして、その強迫観念のもと打ち消す行動行為が、強迫行動なのです。

次の例です。家を出ようとします。ガスの元栓、電気消灯、鍵をかける。安全のために確認すべきことは多々あります。通常ですと、１回か２回確認をして人は外出します。
しかし、強迫性障害の場合は何回も確認をするのです。それは、本当に元栓が締まっているか、電気を消したか、鍵をかけたか不安なために。確認不安。
本当は元栓も締めたし、電気も消した、鍵をかけたにも関わらず、忘れたのではないかと強い不安に襲われる。これが強迫観念です。そして、その観念に基づき行動することが強迫行動です。

神社での不謹慎な思考、確認不安、共に本人はバカバカしいと内心は思っているのですが、不安には勝てないのです。

さて、強迫性障害の説明が長くなりました。
では、この症状とアダルトチルドレンの関係はどのようにあるのでしょうか。
強迫性障害の方の基本的性格特徴は繊細、言葉を変えると気にしすぎることと、不安感の強さがあげられます。

では、気にしすぎることと不安感の強さは、どのようにして強迫性障害を引き起こすのでしょうか。

まず、気にしすぎるということですが、気にしすぎるとは、何らかの対象に対して気持ち、注意が固着することを意味します。
すると、自分にとって嫌なこと、不安なことを感じると、そのことがいつまでも頭から離れず苦痛を体験します。
そして、不安感の強さからその嫌なこと、不安なことが現実になるのではとさらに苦痛を強化するのです。予期不安。
この頭から離れない苦痛が強迫観念。そして、苦痛を何とかしよう、取っ払おう、現実になるのを防ごうとする試みが強迫行動なのです。

強迫観念の場合何を気にしすぎるか、苦痛を感じるかは人様々です。
しかし、共通していることは自分にとって起こっては困る事態が起こるのではと、強い不安を感じるのです。

神社で不謹慎なことを考えると罰が当たる。罰の内容は人様々です。自分が会社を解雇される、恋人に捨てられる等、体験している本人がもっとも恐れていることが現実になることを防ぎたいのです。
家を出る際の確認不安。これも、外出中自分の責任による失火、盗人等を恐れて確認を何回もしてしまうのです。

さて、アダルトチルドレンですが。アダルトチルドレンも気にしすぎる性格、そして漠然とした不安感の強さを持っています。

そして、気にしすぎること、不安感の強さ共通の根源は自己信頼感の欠如、自己不信だと私は思います。

アダルトチルドレンは機能不全家族の影響により、親からあまり認められることがなく、自己受容出来ていないことがあります。これは自己不信を形成します。そして、自己存在の不確実性を感じます。これは何をやっても不完全感と不確実感に発展します。
また、アダルトチルドレンの親からの度重なる過干渉も問題です。何か行動をした後、そのことについて親から都度チェックが入り「出来てない」を連発されますと、自分はどれだけ完璧にやっても出来ていないのではと、不安に覆われてしまいます。したがって自分のしたことに対して「出来た」「ＯＫ」の自己感覚を持てないのです。これも自己不信です。
そのため何回も同じ行動を取って出来ているかどうか確認をしてしまうのです。

また、強迫性障害の方の思考特徴の１つに完璧思考があります。黒か白か、１００か０か、中間の曖昧がありません。
これも、アダルトチルドレンの思考特徴の１つと重なっています。

強迫性障害の症状があるからと言っても、すべてをアダルトチルドレンと関連づけるつもりはありません。
しかし、機能不全家族のひとつの症状として強迫性障害の問題が起こったとしても不思議はないのです。
      
   </content>
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   <title>何でもアダルトチルドレン？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/ac/2007/03/post_15.html" />
   <id>tag:www.office-stella.com,2007:/ac//1.16</id>
   
   <published>2007-03-06T00:41:52Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>私はアダルトチルドレンでしょうか。よくこの質問を受けます。 アダルトチルドレンの...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      私はアダルトチルドレンでしょうか。よくこの質問を受けます。
アダルトチルドレンの各種症状や問題が自分に当てはまるからだそうです。

アダルトチルドレンの症状等は各文献によって様々に書かれています。
例えば、「内なる子どもを癒す」、Ｃ．Ｌ．ウィットフィ－ルド、誠信書房刊では次のように書かれています。

「誰もがみな子どものときに不適切な処遇を受けたり、虐待されたわけではありません。健全な量と質の愛情、指導、その他の慈しみを受けて育った人が何人いるかなど、実のところは知る由もありません。私の推定ではおそらく５％～２０％でしょう。つまり８０～９５％の人びとは、一貫して健全な人間関係を形成し、自分自身と自分のすることに満足するのに必要な愛情、指導、その他の慈しみを受けていないのです。」

この説によるとほとんどの人が子供時、成長の過程において、親や大人から一貫した適切な態度で接してもらっていなかったことになります。
では、８０％～９５％の人々はアダルトチルドレンになるのでしょうか。

さらに、本著はサブタイトルが「アダルトチルドレンの発見と回復」であり、この本は次の症状に役立ちますと３１の症例をあげています。

・他人の承認や確認を求めますか
・自分の業績を認めるのが苦手ですか
・批判を恐れますか
・何事もやりすぎる方ですか
・自分の強迫的行為で問題があったことがありますか
・完璧を求める方ですか
・自分の人生が順調にいっていると不安になりますか
・危機の真っ只中の方が、ずっと生き生きした気分になりますか
・他人の世話はよくするのに、自分のこととなると無頓着な方ですか
・自分を他から疎外する方ですか
・権威ある人や怒った人と接すると、どきどきしますか
・親密な人間関係に問題がありますか
・強迫的な傾向のある人に惹かれ求めますか
・一人でいるのがたまらないために、特定の人に執着していますか
・自分自身のあるいは他人が表示する感情をしばしば疑う方ですか
・自分の情緒を表現するのが苦手な方ですか
・次のことを恐れますか
　コントロ－ルを失うこと、あなた自身の感情、衝突や批判、拒絶または見捨てられること、失敗すること
・リラックスしてものごとを楽しめますか
・強迫的に飲食、仕事、飲酒、薬物、摂取したり興奮、刺激を求める方ですか
・これまでにカウンセリングか精神療法を受け、それでも「何か」が違う、欠けていると思っていますか
・よく無感覚、空虚、あるいは悲しみを感じますか
・他人を信頼することは困難ですか
・必要以上に責任感が強いですか
・私生活と仕事の両方で充実感がないと感じていますか
・罪悪感、力量不足感があり、自尊心が低いですか
・慢性的疲労感、痛み、苦痛を感じる傾向がありますか
・親の家を訪ねて数分間、あるいは数時間過ごすのは苦痛ですか
・人にどう感じているかと聞かれて、どう答えていいか戸惑うことがありますか
・自分が子どもの頃、もしかして不適切な処遇を受けたり、虐待、または、ネグレクトされてきたのではと　思ったことがありますか
・自分が欲しいものを人に請うことに、困難を感じますか


どうでしょうか。これだけ例示があると誰でも複数個当てはまるのではないでしょうか。

「私はアダルトチルドレンでしょうか」
もちろん、各文献の症例より自分を把握して判断することも大切です。
しかし、文献の症例があまりにも多いと、何でもアダルトチルドレンとなってしまいます。
仮に一貫した親の子どもに対する育児態度が５％しかなかったとしても、アダルトチルドレンの症例で悩まれない方も多々おられるのですから。

そこで、私は各文献の症例を参考にしながらも、アダルトチルドレン中核的問題を次のように考えています。
「子供の頃機能不全家族の影響により、自由意志の疎外、感情の抑圧、慢性的な我慢、自己の未発揮、自己信頼感獲得の失敗が多々あったかどうか」これらが、蓄積され上例のような様々な症例問題が生じるのです。
症例問題が人様々違うのは、機能不全家族でいかなる役割を果たし続けたかによって違ってくるのです。

自分がアダルトチルドレンかどうか、子どもの頃の親との関係性を振り返ってください。
また、アダルトチルドレンでなくても上例の様々な症例と問題を複数持ち、生き辛さを抱えているのでしたら、カウンセリング等を通して回復のプロセスは必要かもしれません。
      
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   <title>機能不全社会とアダルトチルドレン</title>
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   <published>2006-11-16T09:26:55Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>機能不全社会による歪んだ人間関係により、アダルトチルドレンと似た症状が出現することもあります。</summary>
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      アダルトチルドレンは機能不全家族の問題より傷つき、存在を認められず、その傷を癒すことなく大人になった人たちのことです。
しかし、機能不全家族の問題がなかったとしても、成長の過程で家族関係以外の人間関係から存在を無視され否定され、自信を喪失して、アダルトチルドレンと同じ問題を抱える人が多数存在します。
この問題は、学校、会社等と様々ですがその属する人間関係の歪みから生じているのです。
健全な人間関係が形成出来ておらず機能していないのです。
そして、これらを機能不全社会の問題と言います。
その代表的な問題が今大問題になっている学校における「いじめ」の問題ではないでしょうか。


１　学校のいじめの問題

同級生によるいじめ、担任教諭を始めとする教師達の未熟さの問題、更にはその上の教頭、校長、教育委員会と無責任性はととどまることを知りません。

学級におけるいじめは集団で１人を徹底的にいじめるのですから、それは個の破壊につながるほどの負のパワ－を持っていることと思います。
どれだけ家庭でしっかりと愛され育てられ自己信頼感を獲得していても、学級での集団でのいじめに合えば、その自信や自己信頼感は一瞬のうちに失ってしまい、後は問題が改善されるまで耐えて待つしかないのです。

これらいじめに耐え続けて大人になった場合考えられることは、自己信頼感の喪失と生き辛さが考えられます。また、トラウマやフラッシュバックの問題もあるでしょう。心の傷の根の深さは相当なものです。

ましてや、義務教育として国民の義務と課している学校でいじめに会う等とは言語道断です。

いじめに関して私は専門領域ではありませんが、私の思っていることを少し書かせて頂きます。
学校におけるいじめの問題としては、いじめる生徒の情操心、共感能力、相手の立場に立って物事を考える能力の欠如があると思います。もちろんこの背景にはこの子供の親の問題があります。家庭教育において子供の心の育成が出来なかったのですから。それと、考えられることはゲ－ムやマスコミ（ＴＶ）による心理的な悪影響もあるでしょう。

そして、無能な教師。指導が出来ないと聞いています。でも、この裏には少しでも子供に体罰のようなものが加わるとバカ騒ぎするＰＴＡ（保護者集団とでも呼びましょうか）の存在があるかもしれません。
先日北野武さんが司会をする番組で、幼稚園の先生だったと思いますが、児童劇で桃太郎をしようとして、子供に桃太郎から木の役まで割り振ったところ、脇役に振り分けられた親から「なぜ、うちの子がそんな役なの」と訴えてきたという話しがありました。
結局桃太郎が１６名の劇になったそうですが。
社会はあらゆる人の役割において成り立っています。また、これら親の発想は主役以外を軽んじる差別的発想へとつながります。
こんなのが親ではまともな子供は育たないでしょう。
心の教育が出来ず自分さえ目立てばいい、良ければいいというエゴしか植え付けません。
そして、こんなうるさい保護者がいては教師も思ったように子供に対する指導は出来ません。
教師ＶＳ保護者。大概保護者が強く教師の無能力化へとつながるでしょう。

また、いじめは教師の一言から始まることもあるようで無能どころか、悪害教師も存在しているようです。

では、この教師を指導するのは誰か。教育関係組織のことは知りませんが、学校を会社に例えると、教頭は統括部長、校長は支店長でしょうか。上役・上司の部下指導力のなさも問題の１つです。
これらトップにいる人たち（校長・教頭）はいじめ問題に対する情報が耳に入ってもなにも対策行動を起こしていなかったとニュースで報道されています。これも無能です。
また、ニュ－スでは学校の上部組織である教育委員会についても問題ありと報道されています。
隠蔽、責任を認めない。無責任性です。

このようにいろいろと書いてきましたが、いじめの問題はいじめる生徒がいて発生します。
いじめる生徒の出現は、当然保護者の育児能力の問題が一番です。そして売れればいい、視聴率さえとればいいというゲ－ム、マスコミ（ＴＶ）の問題、これは社会における企業理念の問題です。
そして、学校自体の問題、すなわち無能教師、教育体制における教師の育成力欠如、学校トップの見て見ぬふりの無責任性と、隠蔽体質。
すべてはいじめる生徒を取り巻く大人の問題なのです。いじめる生徒を育てたのも大人、指導しないのも大人です。
大人は社会を作っています。まさに、まともに機能しない機能不全社会の歪みが、いじめの問題の背景にあるのではないでしょか。

しかし、何よりも一番の問題はやはりいじめる側の生徒がいることです。
先日驚くべき調査結果がインタ－ネットで報じられていました。
タイトルは、「いじめはやる方が悪いが半数以下、希薄な罪の意識」
実施はＮＰＯ法人、ジェントルハ－トプロジェクト。対象は過去３年間、小、中、高の学生１万３０００人を対象としています。
小学生ではいじめる方が悪いが６割ですが、中学・高校生でも４割と恐ろしい結果です。

こんなのが成長して大きくなったら、まともな家庭は作れないでしょう。
自分達さえよければ人を傷つけても平気というエゴ家族を形成することでしょう。

アダルトチルドレンの問題として世代間連鎖がありますが、これら情操に欠く子供、青年も情操を欠いたまま成長して、心の豊かさのない家庭を作りあげ後の世代に連鎖するのではないでしょうか。
      
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   <title>対抗依存とアダルトチルドレンの様々な症状</title>
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   <published>2006-09-14T07:45:37Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>共依存は人との親密を過剰に求めますが、対抗依存は自ら進んで人と距離を取り自分を守ります。</summary>
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      １　共依存・依存症の発生について振返り

まずはアダルトチルドレンの共依存・依存症発生のプロセスを簡単に振り返りたいと思います。

①	機能不全家族の存在。
②	様々な心の傷を負う。
中核は「見捨てられることへの不安」。親とつながることが出来ず、自分とつながることも出来ない。自己の喪失。慢性的な不安と空虚感に覆われる。
③	空虚感を埋める試み。
依存症の出現です。共依存（人への依存）、物質（物欲を満たす、一時的な優越感の獲得）、体感覚快楽刺激、熱中（仕事・趣味）感覚麻痺（酒、薬物、賭け事）。しかし、これらのやり方では空虚感を満たすことは出来ません。
なぜなら空虚感の本質は自己の喪失であるからです。自己を獲得出来ない限り空虚感からの脱却は困難なのです。


これらの例を振り返ってみて、今、私自身が感じていることを書かせて頂きます。
私はアダルトチルドレンです。機能不全家族で育ち様々な傷を負いました。空虚感も感じていました。しかし、私は共依存にも他の依存症には陥りませでした。
なぜでしょうか。
その原因を考えたいと思います。


２　対抗依存について

対抗依存とは一見すると共依存とはまったく異なり、他人から「孤立」する特徴を呈する。
対抗依存の特徴は次の４つである。
①防衛　　　　
自分の感情や行動を否認する心理的防衛。
②自己充足　
他人との関係において感情的欲求の否認。
③孤立　　　　
親密な関係性からの引きこもり。
④行動化　　　
叱責、怒り、他人を傷つけたり支配する挑戦的な行動。

参考文献
アダルトチルドレンと共依存
緒方　明著　誠信書房


私は依存症に陥る代わりに、この対抗依存によって自分を守っていたのだと思います。
私なりに対抗依存をまとめて書くと「自分の感情（他者との親和感、自己の孤独感）を否認麻痺させて、他者との付き合いを避け距離を置き、心理的に引きこもることを選択。そして、人を認めることなく自分を特別視、他者に対する根拠のない優越性を持ち、心中は攻撃性に満ちている」こんな感じです。

すなわち自分の他者とのつながりたいという思い、理解されないという淋しさを否認して、人との付き合いを避け、心理的に引きこもることを選択したので、依存症には陥らなかったのだと思います。
また、劣等感よりの補償として勝手な優越性を持ち、かつ、攻撃性も持っていたことも、人との円滑な人間関係を形成出来なかった要因であると思います。
したがって私は常にひとりぼっちでした。（本当はちょっとだけ友人はいましたが）
でも、このひとりぼっちになること、孤独になることにより、自身に殻をまとい、自分を守ることが出来たのだと思います。
私は孤独を選択することにより、他者との軋轢を避け自分を守ったのです。
また、親よりの境界を越えた支配もすさまじく、常に感情を抑圧して育ってきましたので、その反動として青年期は禁欲的、抑圧的でもあり、他の依存的な行為に対しても内罰的、批判的姿勢で臨んだことにより依存症に陥らなかったと思います。


さて、対抗依存に話しを戻しますが、カウンセリングをしていますと対抗依存をされている方は結構おられます。
自己の優越性の発揮のため相手を打ち負かすことに一生懸命、または、やたらと無愛想。来るなという雰囲気をかもしだす。
表面上は人間嫌いなようにも見えますが、実は人恋しい。でも、それを表現する心の余裕やスキルがなく、やりきれない気持ちで満ちている。
このような感じです。


したがってアダルトチルドレンと言いましても出てくる症状状態は本当に様々で、アダルトチルドレンという共通性のもと、症状・思考・行動・感情に関する個別性を考慮しなければならないのです。

では、次に様々なアダルトチルドレンの症状や状態を列挙します。


３　アダルトチルドレンに見られる症状

感情面・心理面
１　　抑うつ状態　　　　　　　　　　　　　
２　　不安やパニックに襲われる
３　　自殺または自殺念慮　　　　　　　
４　　強迫観念と衝動強迫
５　　薬物依存　　　　　　　　　　　　　　
６　　低い自己価値
７　　人格障害　　　　　　　　　　　　　　
８　　病的恐怖症
９　　ヒステリ−症　　　　　　　　　　　　
１０　性的障害
１１　疑念を抱く　　　　　　　　　　　　　
１２　対人接触障害
１３　分裂病　　　　　　　　　　　　　　　
１４　感情鈍麻
１５　集中力欠如　　　　　　　　　　　　
１６　過度の怒り
１７　欲求不満に対する忍耐の低さ　 
１８　受動的あるいは攻撃的な人格
１９　極端な依存　　　　　　　　　　　　　
２０　相互依存不能
２１　楽しみ遊ぶことの不能　　　　　　　　
２２　断定不能
２３　人に気に入られようとする　　　　　　
２４　被承認欲求
２５　アイディンティティの混乱

身体面
１　　薬物依存　　　　　　　　　　　　　　
２　　摂食障害
３　　よく怪我をする、慢性的な身体の痛み　
４　　緊張と偏頭痛
５　　呼吸器疾患系　　　　　　　　　　　　
６　　潰瘍、大腸炎、消火器系疾患
７　　便秘、下痢　　　　　　　　　　　　　
８　　不眠
９　　筋肉緊張　　　　　　　　　　　　　　
１０　顎間接症候群

参考文献
アダルトチルドレンの心理
ジョンＣ．フリエル　リンダＤ．フリエル著　ミネルヴァ書房


私がアダルトチルドレンの症状で一番辛かった１０代後半から３０代前半までは、上記感情面・心理面のうち、強迫観念と衝動強迫、低い自己価値、疑念を抱く、対人接触障害、感情鈍麻、受動的あるいは攻撃的な人格、相互依存不能、楽しみ遊ぶことの不能、被承認欲求、アイディンティティの混乱と、２５項目中１０項目が該当しています。
今では、楽しみ遊ぶことの不能だけですが。
それから身体面につきましては医者にかかるほどのことはなかったので該当項目ゼロと思います。

このように、アダルトチルドレンという共通性があっても表面に表れる症状は人各々違ってくるのです
      
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   <title>共依存</title>
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   <published>2006-09-06T00:20:20Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンと共依存。アダルトチルドレンは自己価値の希薄さ存在の虚しさを何かにしがみつき満たそうとします。</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      「共依存」は「コ・ディペンデンス」の訳語である。〈中略〉アルコ−ル依存症者には、それを支える配偶者が必ずいるという臨床経験から始まった。配偶者である妻は、アルコ−ル依存症の夫の「世話焼き妻」であり、アルコ−ル依存症の「支え手」である。「共依存」は、アダルトチルドレンと違って、依存症者との間に、配偶者や家族のような「他者」の存在が必要なのである。〈中略〉「共依存」もアダルトチルドレン同様に、「アルコ−ル依存症」のない「機能不全家族」の家族にも拡大されるようになっていった。
また、「コ・ディペンデンス」の「コ」には「相互操作」の意味が含まれている。

参考文献
アダルトチルドレンと共依存
緒方　明著　誠信書房


私は共依存者につきましても、基本的にアダルトチルドレンであると思っています。
アダルトチルドレンの問題根源の1つは、得たいのしれない漠然とした不安感や空虚感です。
それらは、機能不全家族関係より１人の人間として個の獲得、及び自己信頼感獲得の失敗からきているものです。
これら漠然とした不安感や空虚感に対してどのように対応するかによって、共依存か否かの判断が出来ると思います。

まず、常に漠然とした不安感や空虚感を抱えたまま社会生活を送ったとしたら、人はどうなるでしょう。
何をしても満たされない、生きている実感がしない、達成感を味わえない、自分が分からない、何がしたいか分からない、生きている意味が分からないと自己存在の不透明さにつながります。

したがって、これら不感安や空虚感からくる不透明な自己感覚、自己価値を何かで満たしたい、払拭したいという充足欲求が自然と起こってくるのです。
そして、その充足欲求の満たし方は人それぞれです。
以下はアダルトチルドレンが何に委ねて、漠然とした不安感や空虚感を満たすのか、その方法について書いてみました。（これらの方法はアダルトチルドレンではなくても、通常行使されています。ただ、アダルトチルドレンは過剰にその方法で自身を満たそうとするところが問題なのです）


１　所有欲
物質を持つことは自己の満足を図り、かつ、最先端の物質を持つことによる優越を感じることが出来るでしょう。これは経済国家の特権です。但し、物質は持ってしまうとそれが当たり前となり、満足化の刺激は一時的なもので終わってしまいます、したがって次から次へと物質で満たさないといけなくなるのです。
私も空虚感に覆われていたサラリ−マン時代、無用に車を買い替えたり、カ−ナビが出るたびに買い替えたりと、無駄にお金を使いました。実際に車に乗ることもあまりなく、カ−ナビを使うこともなかったのですが。

２　熱中する
何かに熱中することにより不安感や空虚感を払拭します。仕事や趣味様々です。ほどほどの熱中であれば何の問題もありません。人生に有益でしょう。但し、度を越してしまうと大変です。

３　感覚を感じる、または麻痺させる
感覚として考えられることは、スポ−ツ等の体を動かすことから得られる体感覚、性欲刺激の体感覚満足が代表です。体を動かすことによって体が喜び、体感覚による刺激の獲得は普段の虚しさを払拭して、生きている喜びを感じさせてくれます。心と体は「心身一体」この言葉通り互いに影響しています。体を動かすことは心の問題にプラスの影響を与えます。但し、これも過剰な運動には要注意です。また、ギャンブルに熱中しての脳内物質分泌による快感、酒で酔っ払うことによる快感、薬物による中毒等は現実の虚無感を麻痺させてくれます。あまり感心はしませんが。

４　他者に自己価値を委ねる
自身の漠然とした不安感、虚無感を他者に集中することで満たそうとします。恋愛、夫婦、子供等への依存が代表です。常に他者とのつながりを確認してみたり、他者をコントロ−ルしようとしてみたり、他者を自分に振り向かせようとしたり、他者に対して自分の価値を植え付けようと必死です。
通常の育てられ方をされてきた人は個が確立されており、自分と他者との境界を大切にして人とのつながりを楽しみます。しかし、アダルトチルドレンは自身の個の安定のために、他者との過剰なつながりが必要なのです。そして、このタイプが共依存なのです。
緒方氏の上例、アルコ−ル依存症の「世話焼き妻」は、アルコ−ル依存の夫の世話をすることによって、存在の希薄な自己価値を満たしているのです。

このように共依存は常に他者を何とかしようと、そのことばかりで頭が一杯なのです。
自分に専念するのではなく、他者に専念することによって、自己の漠然とした不安感、虚無感を満たそうとするのです。


緒方　明氏は言います。アダルトチルドレンが個人の内面に焦点を当てるのに反して、共依存は他者（夫婦関係・家族関係）の人間関係に焦点を当てていることが注目すべき点であると。
      
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   <title>アダルトチルドレンの語源について</title>
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   <published>2006-08-21T02:04:14Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>ＡＣＯＡ（アダルトチルドレン・オブ・アルホリックス）
ＡＣＯＤ（アダルトチルドレン・オブ・ディスファンクショナル・ファミリ-）</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンとは、「アルコ−ル依存症」の家族のなかで子供時代を送った大人たちを指している。１９５５年に、米国医学協会がアルコ−ル依存症を「病気」として認め、その後に、家族の病理にも目が向けられるようになった。
１９７０年代から注目されてきたこのアダルトチルドレンは、英語圏では略して、ＡＣＯＡ(アダルトチルドレン・オブ・アルホリックス)と呼ばれている。そして後に、このアダルトチルドレンは、「アルコ−ル依存症」の家族だけではなく、「機能不全家族」に育った子どもであるＡＣＯＤ（アダルトチルドレン・オブ・ディスファンクショナル・フアミリ−）にも出現すると言われ、現在では、ＡＣＯＤも「アルコ−ル依存症」の家族に育ったＡＣＯＡも、まとめて「ＡＣ」と総称される傾向にある。アダルトチルドレンとは、子どもの頃に「家族内トラウマ」（心的外傷）によって傷ついて大人になった人たちを指しているが、広義のアダルトチルドレンとは、ＡＣＯＡとＡＣＯＤを含み、狭義のアダルトチルドレンとは、ＡＣＯＡのみを指している。

参考文献
アダルトチルドレンと共依存
諸方　明著　誠心書房




このように、アダルトチルドレン（ＡＣ）の語源は、アルコ−ル依存症の家族のなかで子供時代を過ごした大人と、機能不全家族のなかで子供時代を過ごした大人のことを指しているのです。
機能不全家族につきましては、以前より書いていますので説明を省略しますが、では、アルコ−ル依存症の家庭とはどのようなものでしょうか。また、そのなかで子供はどのような影響を受けるのでしょうか。



アルコ−ル依存症者の子供たちは似たような環境のなかで成長する。家族の構成や成員の役割は違っても、家族間で起こる問題はそれほど違わない。家の中には常に緊張と不安が漂っている。
父親がアルコ−ル依存症である場合、その父親はときとして子供に優しく暖かい態度を見せる。こんなに良い父親はいないのではないかと思うほど面倒見がよく、熱心で、子供の話しに興味を示し、子供の願いは何でも叶えると約束をする。だが、酒に酔うと豹変するのである。帰宅しない時もあったりして子供を心配させたり、家の中で泥酔して倒れたり、母親と派手な喧嘩をしたり、ときには子供に向かっていくこともある。また、子供は父母の喧嘩の仲裁をすることもある。何が起こるかまったく予想のつかない状況に置かれた子供の心には、言いようのない絶望感が常につきまとう。その上、酒に酔った父親は昨日したばかりの約束を忘れてしまうのだ。また、このような父に対して母親は不機嫌で怒りっぽく、１人で苦労を背負い込んでいるかのようにいつも疲れた顔をしてイライラしており、わめき散らしたり、かんしゃくを起こす、子供は自分が母親にとって邪魔な存在ではないかと感じてしまう。また、父母の喧嘩についても自分の存在がトラブルの原因だと思ってしまうのだ。

参考文献
アダルト・チルドレン　アルコ−ル問題家族で育った子供たち
ジャネット・Ｇ・ウォイティッツ著　金剛出版



この文献を読むだけで、アルコ−ル依存症家庭において子供の個が尊重されていないことは明らかです。親の気まぐれや、絶え間ない夫婦喧嘩等により子供は安心して家にいることは出来ません。いつ、何が起こるかびくびくして日々を過ごすのです。また、あまりにも、殺伐とした家庭環境のため、その原因を作っているのでは自分ではないかと自責感さえ持ってしまうのです。
これら家庭環境は機能不全家族と何ら変わりません。機能不全の原因がアルコ−ルによるものか、他の要因かの相違だけなのです。



私のアダルトチルドレンの定義。

私は学者ではないので難しく語ることは出来ません。
私自身の経験も踏まえ自分の言葉で語りたいと思います。

子供時代を子供として子供らしく過ごすことが出来ず、そのまま大人になった人達のことです。
両親や家庭環境によって子供時代を歪められて成長した人々です。
過剰な期待、過保護、過干渉、無視、精神的虐待、暴力（言葉の暴力含む）など。
本来であれば、親と子の適度な境界線があって、子供は１人の人間として愛され尊重され成長するものですが、親に呑み込まれたり、または突き放されたり、子供を私有化したり、存在を無視してみたりと、１人の人間として十分に尊重されず子供時代を過ごして大人になった人達です。
こういう家族を機能不全家族といいます。
子供時代の、のびのびとした自由で、楽しいひとときを体験することもなく、そこから獲得される大切な自己信頼感、心の豊かさ、情緒的安定などの能力を十分に得られず大人になった人達のことをアダルトチルドレンと呼ぶのです。
      
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   <title>本当に親はそうだったのか</title>
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   <published>2006-07-31T01:22:24Z</published>
   <updated>2007-07-16T01:33:57Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンの問題は親との関係、未解決の問題を抱えた親からきています。でも、親は子供を生き辛くしようと子育てをしたのでしょうか。多くの親は子供の幸せを望むものだと思います。</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      今までアダルトチルドレンの親子間の問題についていろいろと書いてきました。
私はアダルトチルドレンの問題の根底は親の未解決の問題から生じていると思っています。

しかし、ここで考慮しなければならないのは、親は子供を苦しめよう、生き辛くしてやろうと思って子育てをしたかどうかです。
作為的にそのようなことをする親は、虐待を除けばいないのではないでしょうか。
親は良かれと思って子供に接して、知らず知らずのうちに子供を傷つけてしまう。
これが真実ではないでしょうか。

ところが、この良かれと思う考え方の背後に親自身の未解決の問題があったり、良かれと思ったことを伝えるため、または、行動促進のための言動、態度に未熟さがあるのです。

例えば、高学歴、一流企業就職が人生で一番大切なことと、思っている親がいるとします。
この考え方の背景には、親のその親の教育による、一流でなければ人間価値がないといった価値観の植え付けがあったのかもしれません。または、親の親が子供を誉める時は、テストの点がいい時だったのかもしれません。すると、テストの悪い子は価値がないという意識を勝手に持ってしまいます。
または、自身の劣等感として学歴職歴に自信がなく、子供に高学歴をつけさせ、その学歴を他者に自慢したいために、そのように振る舞っているのかもしれません。

そして、子供に勉強をさせるために「テストが悪いとお小遣いをあげない」「もっと勉強しろバカ」「テストの点が悪いと叩く」等問題のある言動、行動を取っている場合もあるのです。

しかし、いずれにしても親自身がこれら内的動因や問題行動に気付くことはなく、子供のために良かれと思ってそのように振る舞い教育しているのです。これは事実です。

アダルトチルドレンの方は親の態度や言動のために自分が問題を抱えてしまったという認識の基、直接親を責める行動に出る方もおられるのですが、これをしても何の問題解決にもなりません。なぜなら、親は親なりに精一杯のことをしたと思っているからです。

子供に暴言を吐いたり、人格を無視したような叱り方をしたり、日々干渉し続けたとしても、それは子供の幸せのためにしたと信じているからです。
そして、このような言い方や振る舞いをすれば、子供が傷つくとは理解出来なっかたし、今でも理解出来ないでしょう。

アダルトチルドレンの親には問題のある考え方や、行動パタ−ンがあるのですが、結局親自身、その親より問題のある育てられ方をされている確率が大変高いのです。
アダルトチルドレンの親がその親から歪んだ育てられ方、歪んだ価値観を植えつけられ、それを当然のものと受容して引き継いでいるので、それに異論を唱える子供（アダルトチルドレン）にいては理解出来ないのです。

言葉を変えると、アダルトチルドレンの親はその親よりの世代間連鎖によって、親自身がアダルトチルドレンであるということです。

しかし、親自身はアダルトチルドレンという言葉も知らないし、ある程度年齢が経ってしまった今、自身がアダルトチルドレン、すなわち傷ついた子供時代を過ごし、その傷を持ったまま大人になった、または親に認められるために自分を犠牲にしたその方法で今も生きている、これらの事実については認めることはなく否定されるでしょう。でないと、自分自身の半生が一体何であったのか、強烈な喪失感に捉われるかもしれないからです。

今でこそ、心理学の時代です。自己分析、過去を振り返るワ−クやセミナ−、そして様々な心理関係の本が出版され、カウンセリングも日常となり、自分自身を振り返る場が多々あります。

しかし、私たちアダルトチルドレンの親にはそのような自分自身を振り返る時代がなかったのです。そういった場がなかったのです。
生き辛さを感じてもそれを当たり前のものとして受容したでしょう。当たり前と受容したからこそ、それが当然であり、その当然を子供に伝えているに過ぎないのです。

ですから、私たちアダルトチルドレンは親を責めても何ひとつ得るものがないのです。彼らにしてみれば当然の考え方、価値観の基づいて行動しているだけであり、それ以外に道がなかったのですから。それ以外に方法を知らないから。それ以外について学んでいないから。


このページを見られている多くの方はアダルトチルドレンの方々と思います。

今、自身をアダルトチルドレンと気がついた私たちがなすべきことは何でしょうか。
それは、私たちが親から伝承した生き辛さの基である、価値観、考え方、行動を自分たちの子供に伝えないことです。
私たちは自分自身を振り返る権利を行使して、その責任に基づき、生きやすい新しい価値観、考え方、行動を創造して、それに基づき子供を育てるのです。
そして当然私たち自身が何よりも生きやすくなることは言うまでもありません。

アダルトチルドレンの世代間連鎖の流れにくさびを打ち込み、流れを止めるのです。

それが、私たちアダルトチルドレンの責任なのかもしれません。
      
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