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   <title>アダルトチルドレン相談集</title>
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   <title>あなたが育てか子どもですよ　何が不満なのですか</title>
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   <published>2009-04-25T00:07:05Z</published>
   <updated>2009-04-27T05:45:39Z</updated>
   
   <summary>先日電車に乗っていた時のことです。 ふと前の４人がけの席（対面）から女性の声が聞...</summary>
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      先日電車に乗っていた時のことです。
ふと前の４人がけの席（対面）から女性の声が聞こえてきました。

「この子はもう高校なのに未だにきちっと挨拶も出来ないの、恥ずかしいわ、情けないわ」
すると、対面に座っている女性が応答して言いました。
「○○さん、これからですよ」。

声の方をよく見てみると中年の女性が２人、そして若い男性（息子でしょう）が座っています。

皆さんはこの車内での風景をどう思いますか？

高校生の息子を前にして母親が「恥ずかしいわ、情けないわ」と貶める。
私はこの母親はどういう感覚の持ち主なのだろうかと思いました。
一体前の女性に何を伝えたかったのでしょうか？

また、息子はどのような気持ちでそこに座っているのでしょうか？
私は息子の心理としては嫌な気持ちを我慢して座っているのか、または感情を閉鎖して何も感じまいとしているのか、どちらかだと思いました。
いずれにしても高校生の息子は自分を抑圧しているのです。


さてこの母親の言っている内容には大きな勘違いがあります。
母親は息子が挨拶も出来ないとなじっていますが、結論から書きますと挨拶を出来ない息子を育てたのは誰？ということなのです。

この車内での風景の通り息子は母の暴言に耐えています。
普通健全な精神の持ち主の高校生なら、この母親の態度に怒りを表すのではないでしょうか。でも、息子は耐えています。
ということは、常日頃から自分を抑圧して耐えているのではと考えられるのです。
そして、この母親は日頃から過干渉やしつけが厳しすぎるのではとも思いました。
子供の生きる力を奪うタイプの親です。

生きる力を奪われた子供は、大人になった際社会生活をするうえで自己表現等に難しさを感じて生きています。
そして、挨拶とは自己表現の１つなのです。
親から生きる力を奪われた人は最初の自己主張の挨拶すら難しいと感じる時が多々あります。

さて、この問題の本質は何でしょうか？
それは親が子供に対して日々干渉等を行うということです。
その結果子供が自己を抑圧して、他者との交わりの希薄さから自分を表現するスキルがつかず、自己表現の仕方（挨拶の仕方）が分からず、社会において自分を表現することに恐れを感じるのです。

ですから、母親は息子が挨拶が出来ないことに恥ずかしい、情けないと言っていますが、その息子をつくったのは自分自身であるという認識が必要なのです。
したがって息子が情けないのではなく、自分が情けないと思う子供を育てた、自分の子育てが一番情けなく恥ずかしいとなるわけです。

もちろん、この場合息子自身の成長の過程における挨拶を含めた社会性習得の努力について、努力が足らなかったのではないかと異論を唱えられる方もおられるかもしれません。
しかし人間関係を築くためには、自分を打ち出す自己表現が必要です。自分を抑圧して自分を守るために自らの殻に閉じこもった状態では、人と結びつくことが出来ず、そこから学ぶ社会性も身につかず、挨拶すら出来ないとなってしまうのは必然の理なのです。

親は子供を育てます。
そして、生きる力、知恵を子供に伝えます。
しかし、親のタイプによっては子供から生きる力を奪い、生きる知恵を授けることはありません。
生きる知恵とは社会で生きるための知恵です。過干渉な親から自己を抑圧するという自己防衛の手段を学ぶことではありません。

この息子が母親の過剰な干渉により、家族の機能不全性から自己を抑圧して自己を発揮出来ず、生き辛さを抱えているとしたら、アダルトチルドレンです。

アダルトチルドレンの親は自分の育児が子供を歪めたという自覚が欠如していることが多々あります。

子供を親のつくった作品と書くと失礼かもしれませんが。
敢えて書きます。

「自分がつくった作品に対して、あなたは何を文句言っているのですか？」

      
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   <title>子供を不幸にする親  その手口と子どもへの影響について</title>
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   <published>2009-01-21T13:57:54Z</published>
   <updated>2009-01-21T07:12:13Z</updated>
   
   <summary>親はどのような手口・パタ－ンを用いて子供を不幸にするのでしょうか。 ダン・ニュ－...</summary>
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      親はどのような手口・パタ－ンを用いて子供を不幸にするのでしょうか。
ダン・ニュ－ハ－ス著、不幸にする親よりその手口等を紹介します。
アダルトチルドレンにも共通する箇所があり参考になると思います。

内容は親の子どもに接する態度を手口として、その具体例、そして、その結果こどもに起きる可能性を手口毎に紹介します。


手口①
・子どもが食事をする環境を、自分が望むようにコントロ－ルしようとする。
例
・子どもが何を、いつ、どのように食べるか、指図してばかりいる。
・夕食の食卓の雰囲気を独裁者のように支配する。
その結果、子どもに起きる可能性
・自律性の発達が阻まれる。
・情緒的なトラブルが増す。
・摂食障害や何らかのアディクションを招く。
・貧困な自己像を持つ。

手口②
・子どもの身体に関することを過剰にコントロ－ルしようとする。
例
・動作や身体的能力についてうるさく言ってばかりいる。
・服装や髪型、身繕いなどについて、あれこれ指図してばかりいる。
その結果、子どもに起きる可能性
・自分でいることの意識を踏みにじみられる。
・自分自身の自由な意思を持ちにくくなる。
・自分の体についてゆがんだイメ－ジを持ってしまう。

手口③
・子どもの個人的な領域を過剰にコントロ－ルしようとする。
例
・睡眠時間、家事の手伝い、遊ぶ時間などについて、事細かくゆきすぎた管理をしようとする。
・プライバシ－を侵害する。
その結果、子どもに起きる可能性
・依存心が増す。
・安定感が減少する。
・常に細かく観察されている気分がして落ち着かない。
・物事に対する期待感が減少する。

手口④
・子どもの友人関係を過剰にコントロ－ルする。
例
・友達を作ったり、異性の交遊相手を選ぶ時にいちいち介入する。
・子どもが家族以外の人間と交流するのをやめさせようとする。
その結果、子どもに起きる可能性
・独立した個人としての意識の発達が遅れる。
・人間関係や他人に不信感を持ったり、逆にすぐ信用してしまったり、ゆがんだ考えを持ったりするようになる。
・他人の価値に気づく力を持ちにくくなる。

手口⑤
・子どもが自分で決めようとすることをコントロ－ルする。
例
・学校や仕事を選ぶ時など、子どもにとって重要な決定事項を、すべて自分が思うように支配しようとする。
・子どもが自分で決めたことを、後になってから批判したり笑ったりする。
その結果、子どもに起きる可能性
・物事を決める力の発達が遅れる。
・親の考えに依存しすぎるようになる。
・自分の考えに自信が持てなくなる。
・何かを達成できたかどうかわからず、いつもあやふやな気分がしている。

手口⑥
・子どもの発言をコントロ－ルする。
例
・子どもがいつ、どのように発言するかを指図する。
・自分と異なる意見や質問を禁じる。
その結果、子どもに起きる可能性
・自ら進んで話そうとしなくなる。
・人とのコミュニケ－ション能力の発達が遅れる。
・閉塞感に悩まされる。
・自信がなくなる。

手口⑦
・子どもの感情をコントロ－ルしようとする。
例
・子どもの心に生じる感情を否定したり、指図、あざ笑う、取り合わないなどする。
その結果、子どもに起きる可能性
・わき起こる感情にどう対処したらよいかを学ぶ機会が奪われる。
・自分の感情をどう表現したらよいかについて考えがゆがむ。
・なぜその感情が起きたかを理解することができなくなる。
・他人の強い感情に接した時にうまく対応できなくなる。

手口⑧
・子どもの考えをコントロ－ルしようとする。
例
・子どもの価値観や好みを親が望むように統制しようとする。
・親の人生観を絶対的なものとして押しつける。
・子どもが新しい考えを持たないよう画策する。
その結果、子どもに起きる可能性
・知的発達が遅れる。
・物事に興味を持ったり何かを学ぼうとするのではなく、「だれが正しくてだれが正しくないか」にばかり意識が向いてしまう。
・1人の人間として存在していることへの自信が生まれない。
・他人の考えに気づく力が失われる。

手口⑨
・子どもをいじめ、虐待する。
例
・暴力を振るう。
・性的な行為をする。
・言葉による虐待や精神的な虐待をする。
・子どもを怖じ気づかせる。
・子どもが自分を守ることを禁じる。
その結果、子どもに起きる可能性
・孤立感や見捨てられた気分が高まる。
・うつと不安症候群の危険性が高まる。
・自分はいじめられてもおかしくないと思うわようになる。
・衝動的な行動が抑えられなくなる。
・なんらかのアディクションに陥るリスクが増す。

手口⑩
・子どもの幸せを取り上げてしまう
例
・気に入らないことがあると愛情を引っ込めてしまう。
・温かさや励ましを与えない。
・「守られている」という気持ちや、「家族の一員である」という安心感を与えない。
その結果、子どもに起きる可能性
・自分は愛されるに値しないと感じる。
・依存心が増す。
・自信がなくなる。
・期待を持たなくなる。
・「ひどい扱いでも受け入れよう」という意識が増す。
・うつと不安症候群の危険性が高まる。

手口⑪
・子どもの頭を混乱させる。
例
・子どもの頭を混乱させる。
その結果、子どもに起きる可能性
・はっきりしない規則を作る。
・意味がどちらとも取れることを言う。
・言動がしょちゅう変わる。
・言うことがくどくどわかりにくい。
その結果、子どもに起きる可能性
・自分の言動を後で後悔することが多くなる。
・孤立感を感じる。
・物事が決められず、自分から率先して何かを始めることができない。

手口⑫
・陰湿な手口を用いて子どもの心を操る。
例
・恥ずかしい思いをさせたり、スケ－プゴ－トにする。
その結果、子どもに起きる可能性
・他人に対する不信感を産む。
・中身より見かけによって自分の価値が測られる感じるようになる。
・自分には責任がない家族の心配事を、自分のこととして内面化する。
・うつや内心の怒りを産む。



ダン・ニュ－ハ－ス著
不幸にする親　人生を奪われる子ども
株式会社　講談社刊

      
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   <title>共依存者の恋愛　その身勝手な怒り</title>
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   <published>2008-12-04T12:45:46Z</published>
   <updated>2008-12-04T02:48:15Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンには共依存の傾向があります。 それは、自己存在の価値を他者を通...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンには共依存の傾向があります。
それは、自己存在の価値を他者を通して満たそうとするのです。
または、自己の虚しさを他者を通して埋めようとするのです。

そして、この傾向が激しければ激しいほど、しがみつきの傾向となります。
何が何でもしがみついて放さない。
その背景には見捨てられことへの不安が大きく口を開けています。
１人の孤独の淋しさに耐えられないと感じているのです。

そして、この共依存、しがみつきの方法は２種類あります。
支配するか支配されるか。
または、面倒をみるか面倒をみてもらうかです。
すなわち、能動か受身の違いです。


戸川さんは２８歳の会社員です。
戸川さんの悩みは３年間付き合っている彼女との仲がおかしくなったということです。
何がおかしくなったか詳しく訊ねたところ「彼女が今までのように言うことをきかなくなった」というのです。
そして、「彼女がいなくなったら人生終わりだ」とも言われます。

そして戸川は今まで彼女に尽くしてきたことを延々に述べ始めたのです。
「車での送り迎え」「食事をご馳走」「高価な贈りもの」等、散々彼女のためにしてきたのにと言うのです。
そして、これだけ尽くした自分の言うことをきかないのは裏切りだと怒り出したのです。
しかし、「尽くしただけですか？」と質問をしたところ、口ごもり始めました。
実は彼女から「あなたの束縛が辛くなった」と別れ話を切り出されていたのです。
戸川さんの束縛とは「スケジュ－ルはすべて把握する」「携帯のチェック」「誰と遊びに行くのか相手チェック」等、こと細かく彼女のことを把握し、自分の期待と要求通り動かし、自分の手の届く範囲に置いておくことにより安心感を得たかったのでした。
（彼女が自分を見捨てていない安心感です）

⇒ここまでされると、誰でも嫌な気持ち、窮屈な気持ちは持ちますよね。

しかし、戸川さんは「あれだけ尽くしたのだから、彼女が自分の方を常に向いているのは当然だ」と主張をされたのでした。

戸川さんの主張を整理しますと、「彼女にいろいろと尽くしている、だから、彼女は自分の支配下にいないといけない。そして、自分の必要を満たさなければならない」となるのです。
これは、共依存による支配です。
戸川さん自身は支配する側のタイプであり自己主張や意見が多く、彼女を失うことによる根源の淋しさ、不安、孤独についてはあまり自身の感情を把握されておらずお話しされませんが、彼女に執拗にしがみつこうとする言動より、そのしがみつきの激しさは共依存傾向であることは理解出来ます。

さて彼女についてですが、彼女も最初は気前の良い戸川さんに面倒をみてもらうことが心地良かったのでしょう。そして彼女も共依存者であり、３年間彼の支配を受け続けていたのだと思います。もちろんこれは彼女からしてみても、彼の束縛が窮屈な反面、常に彼が自分を見てくれているので安心感は得ていたのだと思います。また、これを愛と感じていたのでしょう。

しかし、月日が流れ彼女は自立に向けて成長しだしたようです。

共依存とはお互いがもたれかかっていることによりバランスが保たれる関係です。
しかし、どちらかがもたれかかることに居心地の悪さを感じ、自立を目指した時にこの関係は終焉を迎えます。

自立を目指し関係を解消しようとする側は去って行くのですが、去られる側が気持ちの整理が出来ておらず、相手を失い自分を喪失することを恐れるので、あの手この手をつくして自分の手元に置こうとするのです。
これには、泣く、わめく、黙る、説得、責める、脅す、罪悪感をうえつける、暴力等様々な手段があります。

そして、それでも相手が自分から離れていこうとすると怒り、恨み、破壊したい気持ち等が生じ、実際に刑事事件に発展してしまうかもしれません。

すべては身勝手な行動です。
それは、そもそもが自分の空虚を埋めるため、自分の必要を満たすために相手を必要としているからです。
そもそも自分のためであり、戸川さんのようにどれだけ尽くしたと主張されても、それは自分の側に置いておくため、支配するため、見放されないための手段、コントロ－ルなのです。

そして、相手が自分自身の本当の気持ちに気づき、偽りの自己・生き辛さから脱却しようと離れていくと、自分を満たしてくれる者がなくなり、不安を感じ、何が何でも自分の手元に留めておこうとさらに様々なコントロ－ルを行います。しかし、ことごとく失敗して相手に対して怒り、憎しみ、そして攻撃性、破壊衝動さえ抱いてしまうのです。

しかし、その根源はすべて自分の必要を満たすためなのです。

これは、支配される側、面倒をみられる側の際にも同じことが起こります。
自分の面倒をみてくれている人が息苦しさを感じ離れていこうとする時、あらゆる手段を使って自分のもとに留めようとします。
そして、それでも相手が去っていくと同じように、恨み、怒り、破壊したい気持ち等を抱くのです
自分を不幸にしたのはお前の責任だ。責任をとらしてやる等、凄まじい逆恨と怒りです。

アダルトチルドレンの共依存者にとって恋愛とは何なのでしょうか？

恋愛とはお互いがある程度自立しており、お互いの違いを認識して、それでも協力し合って一緒に進む。
私はこのようなイメ－ジを持っています。
しかし、共依存者の恋愛はお互いがお互いを縛りあい、そこに安住を求め、お互いの成長をとめてしまいます。または許しません。
この成長とは真に自分が自分の道に進むことを指しています。
すなわち、精神的自立です。

自分がしがみついている相手に自立されると、しがみつくもの、自分の拠り所を失うので、相手が自立することを許さないのです。

また、共依存者は次のように言う時があります。
「本当に彼（彼女）を愛しているのだろうか（愛していたのだろうか）、もしかしたら相手はしがみつくことが出来るのであれば誰でもよかったのかもしれない・・・」

共依存からの回復には相手にしがみつき自分を持つのではなく、自分が自分であること、自分が自分にＯＫを出すことが大切なのです。


      
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   <title>機能不全夫婦</title>
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   <published>2008-10-16T11:26:18Z</published>
   <updated>2008-10-16T07:39:02Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンには世代間連鎖の問題があります。すなわち、アダルトチルドレンを...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンには世代間連鎖の問題があります。すなわち、アダルトチルドレンを親に持つ場合、その子もアダルトチルドレンとして成長する可能性が高いのです。

この原因は親の子育がアダルトチルドレンの問題に大きく影響してるからです。
親の子育て、子供に対する態度とアダルトチルドレンの問題については、このＨＰでもいろいろと書いてきましたので、今回は親の子育てではなく、夫婦の問題とアダルトチルドレンの関係について書きたいと思います。

では、夫婦関係とアダルトチルドレン、どのような関係があるのでしょうか。
まずは夫婦関係を機能夫婦と機能不全夫婦に分けたいと思います。

機能夫婦とは夫婦としての機能、すなわち２人の人間関係が働いている夫婦です。
そこには２人の温かい関係性、意志疎通、コミュニケ－ション、お互いの情緒的サポ－トがあります。

では、機能不全夫婦とは何でしょうか。
２人の人間関係が働いていない夫婦です。２人の冷え切った関係やお互いが敵対心に満ちています。その結果意思疎通もなくコミュニケ－ションもありません。また、喧嘩が絶えないかもしれません。お互いの情緒的なサポ－トもなく、お互いが孤独やストレスを感じているかもしれません。

では、機能不全夫婦の問題は子供にとってどのような影響を与えるのでしょうか。


１　絶え間ない夫婦喧嘩
父親と母親が常に声を張り上げて喧嘩をしていますと、それだけでも子供にとってはストレスです。それ以上に日々恐怖を感じ心が安らぐ瞬間がありません。また、喧嘩によっては親同士が食事中茶碗や箸を投げ合う場合もあります。「茶碗や箸が頭の上を飛び交う」のです。これでは一家団欒の楽しい時間も当然なく、子供からするとさっさと食事を切り上げて自分の部屋に逃げ込むことが一番の安全になってきます。
また、激しい夫婦喧嘩からパトカ－が出動しようものなら大変です。子供はその事態に恥をかき、近所の視線を常に意識してしまうかもしれないのです。

絶え間ない夫婦喧嘩は子供から家の安らぎを奪い、常に喧嘩への恐怖でビクつき、大人になってもちょっとした音に敏感に反応する恐怖感を植え込んでしまうのです。
また、近所の視線を常に気にして過ごしますと、対人不安、視線不安へと発展してしまいます。
絶え間ない夫婦喧嘩による影響は図りしれないのです。

夫婦喧嘩も子供から安心を奪い、恐怖を与え続けるという点においては、親と子の境界が確立されていないことにつながるのではないでしょうか。


２　冷たい仮面夫婦
子供は敏感です。父親と母親の仲が悪いこと、険悪なことは敏感に感じます。
冷たい夫婦関係では当然２人の間にコミュニケ－ションもなく意志疎通もありません。
子供は常にピリピリした雰囲気を感じ続け、こちらも絶え間ない夫婦喧嘩同様心が安らぐ時がないのです。
また、冷たい仮面夫婦はそのお互いの憎しみから共に行動をするのを嫌がる傾向があります。すると家族旅行やレジャ－等行わない可能性もあり、子供にとっては楽しみのない家庭であり、他の家庭と自分の家庭を比較して悲しみを抱くかもしれません。

また、冷たい仮面夫婦の問題は子育てに直接影響する時があります。例えば夫婦間で親としての子育てに対する会話もなく、子供の将来像も夫婦別々で考え、その結果父と母は矛盾した期待を各々が子供に言うかもしれないのです。すると、子供は混乱してしまいます。混乱した子供はどちらの言うことを聞けばよいのか分からず、自分を抑圧してしまうかもしれません。

また、冷たくギスギスした家庭を築いた夫婦は各々が自分に余裕がなく心も荒れています。子供に対して余裕と温かさを持って接することが出来ないことは容易に想像出来ます。

冷たい家庭も子供には居場所がなく、親に対して甘えたり、相談出来る土壌がありません。
また、子供は何事も自己関連付けてしまいますので、「お父さん、お母さんが機嫌が悪いのは自分が悪いからだ」と勝手に思い込んでしまう可能性もあります。
自己価値の低下につながります。


３　情緒的サポ－トがない
以前読んだ本に妻に対する夫の精神的サポ－トの大切さが書いてありました。子供が小さい時妻は子育が大変であり、かなりのストレスを抱えています。子育てに対する相談、大変さを妻が夫に話した時にきちんと受けとめてあげないと、妻の子育てに対するストレスは上昇して、最後はストレスのもとである子供に何らかの負の行動を取る可能性が出てくるのです。小さい子供がいるために家から自由に出ることが難しく社会からの疎外を感じ、さらには夫からのサポ－トがないためますます孤独を感じ、ストレスを溜め込み、その反動から子供に対してすぐに切れ怒り、さらには暴力、無視、虐待へと発展するかもしれません。

子育ては夫婦で行うものです。夫はお金だけ稼げばいいというものではなく、少しの時間でも妻とコミュニケ－ションを取り、精神的なケアをしてあげる時間も必要なのでしょう。


さて、ここまで機能不全夫婦と子供への影響を書いてきました。
家庭の根幹は夫婦です。夫婦が夫婦として機能していないと、２人の家庭はギスギス、冷たい、険悪なものであり、その家庭に子供が生まれると、子供は当然その影響を受け、心に様々な傷を抱き成長するのです。

また、機能不全夫婦は母子密着の問題へも発展します。
夫と妻の情緒的な欠落が、母と子の関係の深さへ発展するのです。
関係が深いのはいいのですが、夫に期待出来ない分子供に過剰な期待をしたり、夫の悪口を子供に言ってみたり、子供を相談相手にする等、子供が子供をとして生きることが出来ない環境へと追い立てるのです。

子供は優しく我慢強いので母親に付き合ってくれますが、その影響が成長するにつれ生き辛さの原因になっていくのです。

子供は親を見て育つと言われています。
夫婦が温かい関係であれば、その夫婦の温かさを子供は見て感じ育つと思います。
すると人としての温かさを当然身につけ、バランスの良い大人へと成長するのではないでしょうか。

アダルトチルドレンは世代間連鎖が原因の１つですが、成長したアダルトチルドレンが良い夫婦関係を築き、常に自分を意識して、自分の問題を子育てに影響させなければ世代間連鎖は止められます。
常に自分を意識して子供と接するのはそれだけの余裕が必要です。
その余裕のためにも良好な夫婦関係は大切なのです。

機能不全家族の種は機能不全夫婦であり、機能家族の種は機能夫婦なのです。

      
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   <title>親への強い反発心に基づく意思決定と行動は人生の実りを削ぎます</title>
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   <published>2008-10-10T14:05:05Z</published>
   <updated>2008-10-10T12:48:01Z</updated>
   
   <summary>由季子さんは大変パワフルな印象がある、４０歳の女性です。 その彼女が自分の人生は...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      由季子さんは大変パワフルな印象がある、４０歳の女性です。
その彼女が自分の人生はカラッポと言われカウンセリングを受けに来られたのでした。

由季子さんの現在の状況です。
独身　１人暮らし　転職歴３回　現在はパ－トとしてス－パ－のレジに従事。
兄弟姉妹は妹が１人。
父は子供時よりいるかいないかの存在。
母は口うるさい、子供に期待をかける、過干渉型だったそうです。

私から見た由季子さんの人物像は大変力強く、声も大きくハキハキ、エネルギ－も感じますが、なぜ、その彼女が「人生カラッポ」と言われるのか大変興味深く感じました。

彼女の生い立ちです。
彼女は小さい頃より母の過剰な期待を背負います。彼女の母は由季子さんに医者になることを希望していました。
実は由季子さんの母の父親（由季子さんの祖父）が大学病院の医者だったのです。
母自身も父から医者になることを期待されましたが、勉強についていけず医者への道を断念。その後は当時外科医の現在の夫と結婚しました。
しかし、夫は由季子さんが小さい頃、担当した外科手術に失敗。そのトラウマより医者として仕事をすることを辞め、現在は医薬品の営業の仕事をしています。

ですから、由季子さんの母は、自分も夫も断念せざるを得なかった、医者という職業に大変な執着を持ち、何が何でも由季子さんを医者にすべく、日々「勉強」「テストの点数」とそればかり言い、少しでも成績が下がると毒を吐いていたのでした。

自分を意のままに操ろうとする母、成績以外に自分を認めない母に由季子さんは嫌気と反発を高校時より感じ、大学は母の期待通り医科大学に入学しましたが、これでは母の人生を歩むと、母への反発心から半年で退学。
その後英語を極めたいと外国語学部に入学したのです。
当時の母の失望は大変なものでしたが、幸い妹も医科大学へ入学、由季子さんに「医者」への期待は言わなくなりましたが、その後もやはり自分の価値観、意見を押し付ける姿勢は変わることがありませんでした。

そして、由季子さんの母親への反発心も変わることはなかったのです。
その後大学を出た由季子さんは大手出版社に就職、入社５年目に企画をしたアメリカと日本を比較した恋愛マニュアル本が世間の評判を集め、ベストセラ－になりました。
この話しは成功談ではありますが、それを母親が親戚に自慢しているのを聞いた由季子さんは、出版社をさっさと辞めてしまったのでした。

「いつもいつも自分を否定し続けた母が自分を自慢しているのが許せない」というのが理由でした。
これも、母親への強い怒りと反発心でしょう。

その後母が嫌がるであろう婦人服販売員へ転職。
由季子さんの母はエリ－ト志向が強く、販売職の方を見下す傾向があったのでした。
由季子さんはその仕事に就くことで母への反発を示したのです。

しかし、勤務１０年後会社が倒産、今のス－パ－レジの仕事に転職されたのでした。
また、結婚は由季子さんが若い時母が見合い写真を持ってきました。母が自分に早く結婚して欲しいと悟った由季子さんは、母の期待にだけは応えるまいと決意して今まで独身を貫かれたのです。

由季子さんは言われました。
「一体今までの４０年間は何だったのでしょう。大学に入るまでは母の言いなり、何も自分で決定することもなく重荷を背負ってレ－ルを歩いていました。そして、これではいけないと母に反対することを自分の意志決定の拠り所としたのでしたが、それは、母に反対・反発しているだけで、本当の自分自身の意思決定ではなかったのです」。

通常　親が子供に過剰に期待　過干渉の場合は次の３つが考えられます。

１　親の期待に合わす
２　心理的にひきこもる
３　親に反発する

１　親の期待に合わす
親の期待に合わせるということは、親の言う通りに行動して、親の要求を満たすことであり、そこには自分の意志は働いていません。
親の高い期待に合わせて高いハードルを越えることにより、他者から感嘆、賛辞は送られるかもしれませんが、本当の自分の人生は生きていません。

２　心理的にひきこもる
自分の意志で決定して行動しようと親に伝えますが、親は理解を示しません。結局何を言っても無駄と悟り、自分の殻に閉じこもってしまいます。
自分の意志で動くことも出来ず、かつ、親の言いなりも嫌なので、何もしないことを選択します（親の期待に応えられず、期待に応えようとすることを諦める場合もあります）。自分の意志や感情を封じ、居るのか、居ないのか、分からないような空虚な存在になってしまいます。

３　親に反発する
自分の主張を通そうと親に反発します。そして、反発した後は親を手放して自分の理想とする人生を歩もうとします。

しかし残念ながら由季子さんは親に反発はしましたが、親への怒りを手放すことが出来ず、親にこだわり続けたのです。
そして、親の言うことを否定して、親に反発心を示して、親が自分に期待する理想とは正反対の行動を選択することを意志決定したのでした。
親にすべて反発することは、親にこだわっていることであり、真に自分の人生を生きていません。

ですから、由季子さんは自分の人生を不振り返るにあたり「カラッポ」という言葉を使われたのでしょう。
結局は自分の望む意志ではなく、親に反発するということを意思決定の根拠として選択したことにより、本当に自分の求めている何かを掴むことは出来かったのです。
そして、由季子さんに感じたパワフルなエネルギ－は親へ反発するため、対抗するためのエネルギ－だったのではないでしょうか。

アダルトチルドレンからの回復には、親への執念、怒りを手放すことは大変重要です。
親を手放して、自分に専念するのです。

      
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   <title>性のパワ－の活用　そして自己処罰</title>
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   <published>2008-10-09T12:38:46Z</published>
   <updated>2008-10-09T09:25:59Z</updated>
   
   <summary>性のパワ－。 性のパワ－と聞いて皆さんは何を連想されますか？ 人によって様々だと...</summary>
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      性のパワ－。
性のパワ－と聞いて皆さんは何を連想されますか？
人によって様々だと思います。

今回は性のパワ－の活用、それを「セックス」と定義をして、書き進めていきたいと思います。
具体的には、異性との関係性において性のパワ－を活用することについて書きます。

（今回は男性である私の視点から見て書き進めますので、女性の側から見た視点が欠落しているかもしれません。ご了承ください）。


では、性のパワ－と心の問題、性とアダルトチルドレン、どのような関係があるのでしょうか。

まず、アダルトチルドレンと性の問題を考えますと、セックス依存症が考えられます。
私はセックスカウンセラ－ではないので深い知識はないかもしれませんが、セックスに依存するということは、セックスを通して生きている実感を感じるということが考えられます。
もちろん、セックスは快楽的でありますので、そこから受ける刺激を通して生きていることを実感することは誰にでもあると思います。
しかし、セックス依存症はセックスを通してしか、生きている実感を味わえないのです。

そして、セックス依存症は何人も相手を変えてセックスを楽しむ以外、次のものも含みます。乱交、風俗、ビデオ、ネット、露出等様々ですが、その行為に没頭して、快感や刺激を味わうことにより、虚しさからの脱却、解放を図ろうとするのです。
男性、女性、どちらがセックス依存に陥る確率が高いかと考えますと、性欲の強さから考えても男性だと思います。

さて、今回私が書きたいことはセックスや性に依存して、生きていることを実感する人々のことではありません。
また、夫婦、恋人間におけるセックスをしないことで相手の欲求をコントロ－ルするパワ－ゲ－ムのことでもありません。

今回書きたいことは性を自らの力として、異性との関係性を築くために積極的に活用する場合です。


１　急ぎすぎる親密化の促進のため

私たちは異性、パ－トナ－と親しくなるためにセックスを行い、性を活用しています。
親密化、分かち合いの促進のためです。
そして、私たちが異性、パ－トナ－の分かち合えるものは次の３つです。

思考、心、体です。

一般的に考えると、体を分かち合う前、セックスを行う以前に、相手の思考、心を知ってからセックスを行う方が一般的と思うのですが、相手をよく知る以前に早急にセックスを行う場合があります。

男性は性欲が強いので、性の欲求のまま女性を求めるでしょうが、女性がもし同じことをするとすれば、それはどうしてでしょうか。

それは、急ぎすぎる親密化の促進のためなのです。

そこにある心理は男性を自分の元に留めておきたいという心理なのです。
離れたくない、見捨てられたくないという心理も働いていることでしょう。

とくにアダルトチルドレンは自己存在の価値が低く、孤独感が強いので、パ－ト－ナ－にしがみつく傾向があります。
そのしがみつきを早くに果たすために性のパワ－を活用して、相手との親密化を急ぐのです。
そして、孤独感を和らげ、心の安定を図るのです。

しかし、相手のことをあまり知らず（思考　心　性格）にセックスをすることにリスクはないのでしょうか。
深い関係を急ぎ過ぎた結果、とんでもない男と関係を持ってしまうかもしれません。

私が一番伝えたいこと。
「早急な性のパワ－の活用は要注意です」。


さて、性のパワ－の活用として次のようなことも考えられます。

２　自己価値を感じるため

アダルトチルドレンに限らず、自己価値の低い人が自己価値を上げるために、性のパワ－を活用することがあります。
それは、性のパワ－を活用することにより、人から求められている自分を感じるためです。

セックスで人から求められるということは恋愛関係以外では、風俗産業、違法な売春、援助交際の領域ですので感心しません。
しかし、求められる自分がいて、高額のお金が手に入るのですから、自己価値を感じるために性を活用することもあるようです。


ここまでは、性のパワ－の活用、セックスを通して人との関係性を見てきました。
次は性のパワ－の活用というより、性を自己価値を下げるために、自己処罰のために使うことについて書きたいと思います。

ずっと家庭で大切にされない子供時を過ごしてきました。親に大切された体験がありません。
そして、親に愛されなかった体験は、自分には存在価値がないという思い込につながります。
自分には価値がないと思い込み、自分はＮＯであることを証明するために、不特定多数の異性とセックスに走る場合が自己処罰のために行うセックスなのです。

不特定多数の男性とすぐにセックスをしてみる。性病のリスクが付きまといます。
また、その相手によっては、そのことをネタに恐喝や事件に発展するかもしれません。
セックスを通して、自己価値を下げ、リスクを引き受け、自分で自分を処罰しているように感じます。

私が最近この自己処罰で思うのは、アダルトビデオに出演されている女優です。
実はアダルトビデオ出演の女優には、過去に傷を持つ女性が多いと聞きます。

普通に考えて見ても自分がセックス（複数人相手の場合もあり）をしているところをカメラで撮られて、それが不特定多数の人に販売され、かつ出演したビデオは数年市場に出回るかもしれません。
（また、裏ビデオ化される可能性もあります）

出演料が高くても、とても自分を大切にしているとはとても思えないのです。

性を通して自分を罰する。
それは、子供時の愛を体験出来なかった悲しい過去に基づくものなのかもしれません。

      
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   <title>親のせいで恥をかく</title>
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   <published>2008-09-11T12:26:19Z</published>
   <updated>2008-09-11T03:33:14Z</updated>
   
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      親から受けた私たちの心の傷の原因は、親からの暴力、無視、期待の押し付け、親からの依存等様々あります。そして、この傷の中には親のせいで恥をかいた（恥をかかされた）ということも含まれています。

では、親のせいで恥をかく、言い換えると親のために恥をかくとは、どのようなことなのでしょうか。
これには、親子関係が当然あります。そして、親のせいで恥をかく場合は次の２通りに分かれます。
１つめ、第３者が親子の間の行為（親が子に接する態度）、または親の行為態度を見て、子供が恥をかく場合。
２つめ、親の押し付けによる、子供だけの状態状況（例えば学校にはいつも同じ服装で登校）を見て、子供が第３者から笑われた、バカにされた、嫌な気持ちになったと感じ、恥をかく場合。

他の心の傷が親と子だけで生じるのに対して、恥による心の傷は第３者から見られた自分、親と子以外の他者が必要になるのです。

では、親のせいで恥をかく事態が生じる基には、いかなることがあるでしょうか。
次の４つについて見ていきたいと思います。

１　親の振る舞いから恥をかく
２　親の存在から恥をかく
３　親の子供に対する振る舞いの強制から恥をかく
　　ａ　親の価値観の押し付け
　　ｂ　親の期待の押し付け
４　親から罰を与えられ恥をかく


１　親の振る舞いから恥をかく

例えば、学校の親子参観日で子供が間違った答えを言った際、その場で子供を叱りに出て来る親（他の生徒、父兄、先生の前で親に叱られるのですから、ショックと恥は相当なものです。またこの時の親の心理は子供が間違ったという怒りで満ちており行動を制御出来ないのかもしれません）。
この例に関連づけると、いかなる場合でも沢山の人がいる前で子供を叱りつけるということは、当然周囲はそれを見ていますので、子供は親によって自分は恥をかかされたと感じるでしょう。
また、人前で叱るということですが、これは大人でも屈辱感を相当感じる行為です。
例えば会社内でも上司が部下を叱る時は他の職員の前で叱るのではなく、別室で叱る方が、叱られる方も他者の目を気にすることなく、叱られていることに集中出来ます。
もっとも相手は子供ですのですぐに叱った方がよい場合もあるかもしれませんが、叱る際は子供の恥と傷つきにも十分注意する必要があると思います。

高校の進路相談の際、父と母２人で来る。進路相談は片親参加が多いです。したがって両親が来るということは、その前に相談していたクラスメ－ト、その後に相談に来るクラスメ－ト、担任の先生に、自分の親が２人揃って来ている所を見られてしまい、恥をかきます。どうして自分の親はいつも、いつも、つきまとうのかと、恥とさらには絶望を感じることもあります（これは私の例です）。

これらの親は子供を思うというより、自分の気持ち、感情、価値が優先しています。
親がいかに振る舞うと子供は傷つくか、恥をかくか等の思いやりがかけているのです。
高校の進路相談に両親揃って来るのは美談のように思われるかもしれません。確かに両親揃って子供の進路を心配しているのでしょう、しかし、その気持ちを抑えることが出来ず、進路相談会に２人揃って来られた子供の気持ちを考える思いやりが欠如しているのです。
ここにある感情は、「自分が自分が」という自分本位の感情なのです。
（言い過ぎでしょうか？）


２　親の存在から恥をかく

ずっと家で一日中アルコ－ルを飲んでいる親。子供はアル中の親が恥ずかしく友達を家に呼ぶと恥をかきます。また、家に呼ばないと友達を失うかもしれません。
アル中の親を持った子供の悲劇です。

家を片付けない親。子供は友達を家に呼んだら汚い光景を見せてしまうと恐れ、また呼べば実際に恥をかいてします。

親の存在そのものが恥であり、その恥は慢性的に続くのです。そしてその恥と一緒に暮らすのは大変苦痛です。でも、子供は親を選ぶことは出来ないのです。


３　親の子供に対する振る舞いの強制から恥をかく

ここまでの例は親と子の関係に第３者がかかわって生じる恥について書いてきましたが、ここからは親は直接出てきませんが、親の価値観の押し付け等で、子供が周囲から笑われる、恥について書いていきます。

ａ　親の価値観の押し付け

学校に行く時はいつも同じ服を着せられる（もちろんこれには経済的理由もあるかもしれません、しかし、子供にとっては同じ服を着て登校し、周囲から笑われていることに変わりはありません）、遠足のお弁当はいつも菓子パン、昼休みのお弁当のおかずはいつも卵焼き（これは親が何もしないという存在の恥もあるかもしれません。同時に子供に対しては何もしてやらないという価値観を持っていることも考えられるのです）。

私事ですが小学生の時、バザ－があり生徒１人づつ出展品を持ってくるように言われました。私の母は私に、手作りの何かを持っていくようにと品物を渡しましたが、私はその手作りの品物を持っていくのが嫌でした。そのような手作りの品を持って来る生徒はいないと思っていました。案の定、私の持ってきたものを見て周囲は笑いました。皆、何か市販されている物を持ってきたのでした。
大人の私たちからすると、バザ－で出す品物は手作りでもいいのではと思いますが、子供にとっては違うのです。
子供には子供の世界、価値観、ル－ルがあります。親はその価値観やル－ルを知り考慮すべきなのです、子供の言い分も聞くべきなのです。
大人の価値観は子供の世界では通用しないことがあることを知るべきです。

ｂ　親の期待の押し付け

親が子供を将来プロ野球選手にしたくて無理やりリトルリ－グに入れます。
しかし、子供は運動が得意ではありません。打っては三振、守ってはエラ－、下級生にレギュラ－の座を取られ、万年補欠。そして、下級生からもバカにされています。
親が子供の人生に勝手な期待を抱き、子供に野球を強制して、したくもない野球をして、親の共生のために子供が恥をかくのです。

４　親から罰を与えられ恥をかく

親が子供が意に沿わないと罰を与える行動から恥をかく場合です。
親が子供に罰を与える行動としては、叱る、叩く、食事を与えない等、２者間のみで終わる場合もありますが、髪の毛を短く刈り取る（子供は学校で恥をかきます）、点数の悪いテストを電柱に貼り付ける（当然周囲の注目を浴びます）、近所に言いふらす等、自分の意に沿わない罰を与えますと、子供にとっては屈辱感と恥以外残らないのです。
また、親の罰の効果より。周囲の目を気にしておどおどしたり、自分がどう見られているのだろうと、他者の視線を意識してしまいます。


以上、親のせいで子供が恥をかく４つのパタ－ンをみてきました。

大人の私たちでも何かをして失敗すると多少なりとも恥かしさを感じます。したがって、恥をかかないようにと、屈辱を避けるために努力することが出来ます。

しかし、親の行為、存在からくる恥はふせぎようがないのです。
最近、モンスタ－ペアレントという言葉が世間に出てきています。この言葉は近所、学校、病院等において、自分たち親の権利のみを振り回し、周囲のことは考えられない迷惑な親のことを指していると思うのですが、アダルトチルドレンにとっては、意味は違えど、親は「モンスタ－」と化すことがあるのです。

このモンスタ－は防ぎようもなく、子供を蹂躙するのです。蹂躙されているだけならまだしも、その結果第３者、他者に笑われるという恥と屈辱を味わってしまうのです。

防ぎようもない恥と屈辱感に襲われる子供たちは、それを受け入れ耐えるしかなく、感情を抑圧していきます。

また、わけも分からない恥により、自分は恥ずかしい人間と思い込んでしまうかもしれません。

いずれにせよ、親が子供に恥をかかせる。
このようなことはあってはならないのです。

      
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   <title>アダルトチルドレンの思い込み　その他２つの理由より</title>
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   <published>2008-08-14T09:30:55Z</published>
   <updated>2008-08-15T06:38:21Z</updated>
   
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      前回以前より何度かアダルトチルドレンの思い込みについて書いています。
アダルトチルドレンの思い込みについては、機能不全家族を生き延びるための思い込みの形成と役割の継続について書き進めてきました。
これらは境界のない親子関係が密接に関係しています。

しかし、今回はこれとは別に他の原因からアダルトチルドレンが思い込みを持つ例を２つあげたいと思います。

１　夫婦関係　家族関係より

私たちは子供時家族をこっそりと敏感に観察しています。
仮に子供時の家庭環境が夫婦関係や、嫁姑の関係より緊張状態であったとしましょう。
子供にはこの緊張状態は耐えられません。すると子供はその緊張を緩和するために、周囲の笑いを取ろうと、何かおどけた仕草をするかもしれません。すると、一瞬家族間の緊張状態は緩むのです。
そうすると、子供は常に家族間に緊張状態が高まる都度、おどけた仕草で周囲を和ます役割を演じ続けることになるかもしれないのです。
この例は誰にも子供に対して周囲を和ます役割を強制していませんし、また期待していません。
しかし、子供にとって家族・家の緊張状態は耐えられないものだったのです。
そして、この子供が成長すると様々な人間関係においても、周囲を和ます役割を演じ続けることになります。仮に緊張状態でなくても、ただ沈黙が続いただけでも「何か自分が周囲を楽しませなくては」と勝手な思い込みを持って、子供時背負った役割を果たし続けることになるのです。

そして、その役割を過剰に果たそうとすればするほど、辛くなる場合が出てきます。心理的に無理もしなければならないでしょうし、俗に言う「スベル」事態も生じるのです。
自分が場を和ませよう、盛り上げようと一生懸命になるということは、自分にエネルギ－、その関心が向いている状態です。したがって周囲を見ていません。逆に自分が何とかしようと無理して行動した結果、「空気を読めない人」とレッテルを貼られることもあるのです。

しかし、人間関係盛り上がる、盛り上がらない、沈黙が続くかどうかは参加者全員の責任です。自分１人が盛り上げなければと全責任を負うことは当然生き辛さにも発展します。

子供にとって家族間の緊張は耐えられないものです。その緊張を和らげ続ける役割を果たし続けた結果、大人になった今、子供時に緊張を感じたのと近い状態を感じた時に、「自分が何とかしなければ」と思い込みが出てしまうのです。

また、次のような例も考えられます。
兄弟において兄が不登校等になり親の手を煩わせる場合、下順位の兄弟姉妹は親の兄に対する苦労を見て、自分は親を煩わさないでおこう、しっかりしようと、年齢相応以上に振る舞うかもしれません。
「常に自分はしっかりしなければ」と思い込み、何事も頑張る役割を背負い演じ続けるのです。
この場合も家族の誰も彼に「あなたはしっかりしなさいと」教えたり、期待はしていません。
子供が手のかかる兄をみて自分で意志決定をしたのです。

このように、思い込みは夫婦関係、家族関係を見て感じた子供が、その事態をいかに捉えるかによって、思い込みと役割が発生するのです。

これらは、子供の主観、思いやり、優しさから生じた生き辛さなのかもしれません。


２　親の生きかたより

私たちは親をモデルとして成長します。
それはいかに生きるかのモデルです。
そして、このモデルとは親がいかに生きるか等の人生の指針に関するものだけではなく、日常の些細なことも含みます。
親を見て、感じたこと、思ったことは、これからの人生の態度、信念となることもあるのです。

例えば父親が浮気をしていつも母親に元気がありません。それを見続けている娘は、人生早期に「男は信用出来ない」と思い込み、自分は結婚をしないと決意するかもしれません。
また、恋愛に憧れながらも男性不信より常にパ－トナ－の定まらない恋愛に振り回されるかもしれません。

また、親が仕事中毒で家庭を振り返らず、日々淋しい思いをし続けている子供は、自分が「大人になったら家族や子供を大切にしよう」と思い、自分にとって理想の家庭を築こうと決意します。
しかし、家庭を大切にしている健全なモデルがないために健全さを学習しておらず、逆に家族、配偶者を大切にしようとするあまり、相手を縛り付ける家庭を築いてしまうかもしれません。

これらの例も誰も子供にこうあるべきと伝えていません。
子供が親の生き方や状態を見て感じたことから、思い込みがうまれたのです。

すべてをアダルトチルドレンと言うつもりはありませんが、親の生き方は子供に大きく影響します。
これは事実です。
もちろん、プラスに影響する場合も多々あります。

しかし、モデルとなる親の生き方が極端な場合には、それを見て感じ育った子供は極端な人生に対する思い込みを持ってしまうのではないでしょうか。
そして、生き辛さを感じ続けてしまうのです。


      
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   <title>思い込みの３段階と自動反応　思い込みは身を滅ぼします</title>
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   <published>2008-07-21T00:52:31Z</published>
   <updated>2008-07-21T00:53:51Z</updated>
   
   <summary>前回批判精神と思い込みについて書きました。 思い込みとは子供の頃から養育者等の育...</summary>
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      前回批判精神と思い込みについて書きました。
思い込みとは子供の頃から養育者等の育児態度・接し方から形成されるものです。

そして、中核的な思い込みとして、親からの影響による「自分は悪い」「自分は出来ない人間」等、自分に対する評価基準を形成する思い込みについて書きました。

しかし、実際は人間の思い込みとは複雑なもので、様々な段階に分かれていると思います。
今回は思い込みを３つの段階に分けたいと思います。

その３つとは主観的自己評価、恐れ、信念の３つです。

主観的自己評価（自分に対する思い込み）
自分に対する思い込みです。子供時に養育者の言葉・態度から発せられたもの（言語・非言語メツセ－ジ）を内的規準、自己評価として、意識的・無意識的に取り込んでいます。したがって主観的自己評価、すなわち自分が自分のことをどう思っているかについては、養育者の外的基準の取り込みに基づく思い込みであり、客観的根拠はまったくありません。

恐れ（他者・未来に対する思い込み）
生きるうえで恐れている結末です。誰も自分を認めてくれないだろう。誰も自分を愛してはくれまい、こんな自分では何ひとついいこも起こらないだろう等、主観的自己評価からくる推測に基づく不安、恐れです。
恐れは対人関係に関する不安と、これからの未来に対する不安に彩られています。

信念（いかに生きるかの思い込み）
生きるうえでの信念です。～あるべき等が中心です。人から認めてもらうためには何事も完璧に頑張るべき。愛してもらうためには人に合わすべき等、推測の恐れが現実のものとなるのを避けるための信念、今を生きるための信念です。

では、具体例をみて見ましょう。親が子供に常に高い要求をし続け、子供が出来ないと子供を責めます。
この親子関係より生じる思い込みを、主観的自己評価、恐れ、信念の３段階について考えてみます。

主観的自己評価
親の期待を満たせない自分は価値がない（これは出来ないあなたはＮＯという親のメッセ－ジがもとになっています）。
恐れ
価値のない自分は誰も認めてくれない。
信念
何事も完璧に行い他者から認めてもらわなければならない。でなければ生きていけない。

では同様に次の例で、更に３つの思い込みを見てみましょう。

子供時親よりあまり愛を感じず淋しい思いを抱いて育った人は、自分の存在を受け入れて欲しいという気持ちが大変強いです。

主観的自己評価
誰も自分を愛してくれない。
恐れ
未来永劫自分は１人ぼっち。嫌われたら終わり。
信念
他者に嫌われないよう周囲に合わせるべき。

このように、子供時の養育者の影響が主観的自己評価、自分に対する思い込みを形成して、そこから今後生きることへの恐れと不安が推測されます。そして、その恐れと不安が現実のものとならないように、生きるための信念、生きるための思い込みが誕生するのです。

では、私たちの生き辛さの原因となるのは思い込みの３段階のうち、どの段階なのでしょうか。
今の私たちの行動態度の基となるのは信念です。
しかし、信念の基には恐れがあり、恐れの基には主観的自己評価があるのです。
したがって、最も基底にある主観的自己評価・自分に対する思い込みが生き辛さの原因になっていると思われます。

しかし、カウンセリングを通して、何が生き辛さの原因であるか進めていくと、まずは、信念が浮かび上がってくるのです。でも、これは当然です。信念は生きるための指針であり意識されているものです。しかし主観的自己評価、自分に対する思い込みは、子供時に養育者から取り込んだもの、植え付けられたもので意識されておらず、無意識になっている時も多々あるのです。

また、お気づきだと思いますが、信念、恐れ、主観的自己評価にはまったく客観的根拠がありません。
それは子供時養育者の価値基準、判断、態度、接し方等親のメッセ－ジを、無批判、無自覚に取り込んでしまったものであり、そこには、そう思い込むだけの客観的な根拠はないのです。
したがって３段階の思い込みの根拠は何か？本当にそうなのか？
客観的に考えたらどうなのか等、養育者の影響がある様々の思い込みを洗い出し、非論理的な思い込みを追い出し、客観的な生きやすいものに変えていく必要があるのです。

アダルトチルドレンだけでなく、様々な人が様々な主観的自己評価、恐れ、信念を持っていますが、アダルトチルドレンは客観的根拠のない、思い込みに縛られて生きている度合いが強いように感じます。

それだけ機能不全家族の影響が大きいということなのです。

そして、この信念・思い込みと密接に結びついているのが自動反応です。
自動反応とは意識していないなもかかわらず、なぜか取ってしまう行動、態度、思考のことです。

これは私の話しです。
ある程度親しい女性（個人的ではありません）から、携帯に電話がかかってきました。しかし、非通知だったのです。
私はこの事態に大変激怒、がっかりしました。
それは、なぜか分かりますか？

私にとって非通知ということは、「あなたには通知する価値がない」と言われたのと同じことなのです。
もちろんこれは今だから冷静に過去を振り返って書いているのですが、この事態が起きた瞬間は言語よりも、体感というのでしょうか。
感覚的な怒り、ショックを感じたのでした。

これは主観的自己評価・無意識の自分に対する思い込みの影響であったと思います。
アダルトチルドレン特有の「自分は存在するに値しない」「見捨てられるのでは」等、普段は意識しない自己存在に対する不安が、非通知の電話は対して「あなたに私にとって価値がない人」と瞬間的に判断反応したのだと思います。
これが自動反応なのです。
言語ではなくショックのような体感で反応しているのです。
自動反応は瞬間的に反応しますので、自分に何が起こっているのか捉えにくいと思います。
更に自動反応はこのように無意識の思い込みの影響を受けているので、なかなか意識的に捉えることが出来ないのです。
そして、その思い込みは親の声を取り込んだものであり、まったく非論理的でもあるのです。

自動反応とその基である無意識の自分に対する思い込み。
思い込みは身を滅ぼします。
実際私はこの非通知の女性と縁を切ろうと思ったのですから。
そして、このあとすぐに当時カウンセリングを受けていたカウンセラ－に電話で相談をしました。
カウンセラ－からは「非通知でかけざるを得ない事情があったのでは」と指摘を受けました。

数日後、その女性と会う機会があり、私が何も言わなくても彼女は開口一番「職場からの電話で非通知でした。失礼しました」と謝罪をしてくれました。

自動反応は勝手な思い込みに基づくものです。

何かを瞬間的に感じ、体や感覚が反応をしたら、深呼吸をして何に対して自分は反応しているのか。
そう反応する判断根拠は妥当なものか。
他に見方はないか。
自分を落ち着かせて客観的に物事見るようにしましょう。

もう一度書きます。

思い込みは身を滅ぼします。

      
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   <title>批判精神と思い込み</title>
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   <published>2008-06-16T03:34:16Z</published>
   <updated>2008-06-16T05:07:36Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンは自己批判・他者批判を含めて、批判的な傾向があります。 それも...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンは自己批判・他者批判を含めて、批判的な傾向があります。
それも情け容赦なく批判をするというのです。

ではなぜ、アダルトチルドレンはそこまで批判的傾向が強いのでしょうか。
その原因をみていきたいと思います。

１　自己批判について

養育者に批判され続け育ってきたこと。これが一番大きな理由です。
本来、親が子供と接する際大切なことは、その子供を無条件に認めてあげることです。
なぜなら、子供は常に親の愛、承認を求めているからです。

ところが親が子供と接する際に、親の高い要求や基準を満たした時だけ子供を認める、もしくはその高い要求や基準を満たしても褒めない、といった事態に問題が生じます。

親が子供に対して高い基準を要求する例としては次のようなものがあげられます。
小さい子供に対して、部屋は常に埃１つなく綺麗に保つこと、習い事のそろばんはクラスで１位を取ること、姉のように賢く振舞うこと、弟妹の面倒をきちっとみること等です。
そして、子供が成長するに従って、テストでは全科目必ず８０点以上を取ること、有名中学校に進学すること、習い事の絵で賞を取ること等と延々に高い規準を満たすことを要求してくるのです。

しかし、親の子供を認める要求や規準が高すぎますと、どれだけ努力しても大概の子供はその規準を満たすことが出来ません。そして、このような無謀で高い要求を行い、規準を設定する親は必ずと言っていいほど、要求や規準を満たせなかった子供に対して、批判的な態度を取ります。
「なぜ、出来ないの」「ダメな子」「要らない」「お姉さんを見習いなさい」・・・。
親からこれらの言葉を浴びせられた子供は、本当に自分のことを「出来ない、ダメな、要らない子」と思ってしまいます。
そして、出来ない自分を責めるのです。

また、親の要求や規準を満たそうと頑張って、その要求に応え、規準を満たしたのにもかかわらず褒められないと、「自分が嫌われているから褒めてもらえない、認めてもらえない」等と、やはりその原因を自分に求め自分を責めます。

これが自己批判の原型なのです。

親から褒められない、認められないのは自分が悪いからだ。自分が良い子ではないからだと、自分にその原因があると思い込んでしまうのです。
すべてを自己関連づけてしまうのです。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。

実は私たちが客観的に物事を捉えて考えられるようになるには、少なくとも６歳以上の年齢が必要と言われています。

それまでの子供の思考は自己中心的です。すなわちマルかバツ、１００か０なのです。
したがって、何をしても親が自分に対して批判的であり、褒めないのは自分が悪いからであると自己中心的に勝手に思い込んでしまうのです。
この観点から考えますと、親の批判的な態度が子供に与える影響は、子供の年齢が幼ければ幼いほど大きくなります。
それは自己中心的な思い込みの影響を成長しても大きく受けるということです。

大人の私たちは、誰かが自分を批判してきたとしても、客観的に物事を考えることが出来、相手の主張の矛盾を指摘することが出来ます。全てに対して自分が悪いとは結論を出さないと思います。

しかし、成長したアダルトチルドレンは不思議なことに、自分に対して好ましくない他者からの評価を感じたり、周囲に対して悪い事態が起こると、その原因は自分にあるのではないか、自分が悪いからではないかと、すべてを自分の責任と推論して自分を批判して責め続ける傾向があるのです。
また、どれだけ頑張って人以上の成果を上げたとしても、それを認めず、出来ていなかった点のみをクロ－ズアップして、出来ない自分とレッテルを貼り、自分を責め続けます。

成長した大人がなぜこのような、根拠のない判断を行い、自己批判をし続けなければならないのでしょうか。

これは、すべて思い込みが原因です。それも、延々と子供の頃から続いている思い込みなのです。

子供の頃の自己中心的な「自分が悪いから親に愛されない」という思いが、「自分は悪い」「自分は出来ない人間」等、中核的な信念を形成して、何事に際しても「自分が悪いからでは」「自分の責任では」「出来ない自分はもっと努力しなければならない」と勝手に思い続けます。
これらはすべて、子供時の「自分が悪いから親に愛されない」という、誤った思い込みを継続しているのです。
これでは、成長の過程においても自分に対する自信や自己信頼感は獲得されず、自己価値も低く当然生き辛さを抱えてしまいます。


では次に、この自己批判とは対極にあると思われる他者批判について見ていきましょう。

他者批判とは自分の価値観規準に合わない他者を批判することです。
でも、なぜ自分に自信がない傾向の強いアダルトチルドレンが他者を批判するのでしょうか。

１　批判の行われている家庭で育った

私たちは親が行っていることを見て学び育ちます。したがって親が他者に対して批判的でありますと、当然私たちも他者に対して批判的傾向になります。
また、親から批判され続け成長した大人は、人に対しては人を批判をすることが当たり前となり、批判すること自体に何の疑問も持たなくなってしまいます。
人との接し方においてその方法しか知らないのです。

２　自己規準を人を当てはめようとする

私たちは何をするにしても自己規準を持っています。例えば、電車の中ではマナ－を守るべき、仕事は余裕を持って取り組むべき、勤務開始の２０分前には席に着いているべき、食事は家族皆でとるべき・・・。
人は多くの自己基準、内的規準を持って日々生活を行い、その規準に照らして自分を律していると思います。
さて、この規準が自分に向かっているうちは自分だけの問題として処理出来るのですが、人に向かうと他者批判が起こるのです。
それは、人はなにかと自分の規準を他者の行動にも当てはめがちだからです。そして自分の規準に反する行動を他者が行うと受け入れ難く、反感情を抱くのです。
これが他者批判へと結びつきます。

また、アダルトチルドレンは１００か０の中間のない白黒思考の傾向が強く、自己規準についても他者は守るべきと、自己基準からくるべき論を振りかざす傾向があります。
しかし、他者批判の基準はそもそも自分に対する規準なのです。
果たして自己規準で他者を評価判断することは妥当なことでしょうか。
また、その自己規準が厳しければ厳しいほど、あなたの厳しい自己規準を満たす人はどれだけいるでしょうか。

３　優越への欲求

他者批判をするということは、自分はＯＫ、他者はＮＯのサインを出しているのと同じです。
もし、他者批判している人が自己価値が低いとすると、その自己価値を高めるために無意識的に他者批判を行い優越への欲求を満たしていることが考えられます。
そもそも、アダルトチルドレンは自己価値の低い傾向があり、その反動から優越への欲求が高いのかもしれません。


このように様々な理由、もしくは複合的要因からアダルトチルドレンは厳しい他者批判の態度を取る傾向がありますが、ここに共通していることは、自己中心性と思いやりの欠如です。
すべてを自分の規準で物事見るのは自己中心的であり客観的な根拠が欠けています。また、自分が子供時親より優しく接してもらった経験が少ないので、人に対する思いやり、優しさが育まれていないのです。


さて、ここまで見てきましたが、自己批判の傾向が高い人、他者批判の傾向が高い人、また、自己批判傾向も高くかつ他者批判傾向も高い人がいるでしょうが、これがどのような経緯をたどって分かれるのかは様々な要因が絡んでいると思います。しかし、基本的には、親の子供に対する態度が批判的であったことは共通しています。

そして、何よりも一番の問題は自己批判に代表されるように、子供時に得た根拠のない思い込みを、大人になった今も持っていることです。
根拠のない思い込みは真実ではなく、今を生きる私たちには必要のないものなのです。

また、思い込みに関連して前回お伝えしました、他者との境界の設定も大切です。
自分に対して好ましくない他者からの評価を感じたり、周囲に悪い事態が起こると、その原因は自分にあるのではないかと、自己関連づけて考えること。
これは「自分が悪い」「自分は出来ない人間」という子供時の思い込みの問題と同時に、すべてを自分に関連づける境界の未設定の問題でもあるのです。

子供時からの思い込みと、自分と他者の境界を、セットで見直すことも重要であると思います。

      
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   <title>家族・親子間の固定したル－ルと役割の継続</title>
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   <published>2008-05-07T14:18:14Z</published>
   <updated>2008-05-07T14:20:20Z</updated>
   
   <summary>前回、アダルトチルドレンの機能不全家族の問題として、親子間の境界がないことを挙げ...</summary>
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      前回、アダルトチルドレンの機能不全家族の問題として、親子間の境界がないことを挙げました。
境界がないと自分を確立することが出来ません。

今回は境界がないこととの関連で、家族間の固定したル－ルの問題と、役割の継続について書きたいと思います。

まず、家族間の固定したル－ルについてです。
例えば親が子供に愚痴を聞かせ続けます。子供は親の話しを一生懸命聞いて親をなぐさめます。
このパタ－ンがずっと続くと、家族・親子間のル－ル、すなわち子が親の愚痴を聞かなければならない、というル－ルが固定されたことになります。
もちろん親子間の境界のないル－ルです。
そして、このル－ルが固定した結果、子供はなだめ役の役割を、親子間において継続して果たすことになるのです。

アダルトチルドレンの子供時の問題は、親子間での境界がないこと、そして、家族・親子間での固定したル－ルの存在と、継続して果たす役割にあるのです。

この問題を抱えたまま、大人になりますと、子供時と同じく、自分と他者の境界がなく、子供時背負っていたのと同じ役割を、大人になっても果たし続けることになります。

先のなだめ役、親の愚痴の聞き役を、子供時の役割として果たして続けたてきた場合、大人になっても他者のなだめ役、愚痴の聞き役に徹することが考えられます。
子供時と同様、自分の本当の気持ちを抑圧して、聞きたくもない話しを聞き続け役割を果たし続けるのです。

これは過去に縛られていることであり、この縛りがアダルトチルドレンの生き辛さの原因でもあるのです。

しかし、大人になった今、子供時家族・親子間で果たしていた役割を継続して果たす必要があるのでしょうか。

ありません。

しかし、無意識的でしょうが、子供時背負っていた役割を大人になった今も、他者との関係において果たし続け、他者との境界が築けないことが生き辛さの原因ともなっているのです。


したがって、過去の親子関係、家族関係を振り返り、どのようなル－ルが存在していたのか、そして、どのような役割を果たしていたのか、そして、その背負った役割を今も継続していないか、振り返ることはアダルトチルドレンの生き辛さからの回復には大切なことなのです。


さて、ここで前回の続きです。
他者との境界がないことについて、詳細を記したいと思います。
「アダルトチャイルドが人生を変えていく本」
アスク・ヒュ－マン・ケア研修相談センタ－編より紹介です。

境界には、身体的境界、感情と意志の境界、責任の境界の３種類があります。

Ａ　身体的境界
身体が安全で心地よく感じられるための境界です。
身体を危険や極度の消耗から守ること、不快な接触をされないこと、自分の所有物や自分の空間を相手に侵されないことが含まれます。

身体的境界を守るための、原則を示しておきます。
１　疲れたら休む
２　自分にとって心地よいかどうかを大切にする
３　あなたのプライバシ－を侵したり、あなたを物のように扱う人には近づかない

Ｂ　感情と意志の境界
自分の感情や考えを大切に行動するための境界です。
感じ方、考え方を他人にコントロ－ルされないこと。他人との違いを認めあえること、自分で行動を決定できること、思ったことを言葉にするかどうか自分が選択できることが含まれます。

感情と意志の境界の混乱を避けるための、原則を示しておきます。
１　相手の感情と、私の感情は別。私の感情は私だけのもの。
２　相手の感情について、私は責任を負わない。
３　相手の感情を、私はコントロ－ルしようとしない。
４　私の感情を表現するか、しないかは、私が選択する。
５　私の行動は、私が決める。
６　私の行動を他人がどう評価するかは、私の価値には関係ない。

Ｃ　責任の境界
あなたも相手も、自分自身の責任において生きるための境界です。
自他の責任を区別すること、共通の問題について責任とリスクを分担すること、ギブ＆テイクの関係を保つことが含まれます。
責任の境界線を引けないと、誰かがあなたにもたれかかることを許したり、あなたが誰かにもたれることになります。関係のバランスがくずれ、不健康なものになってしまうのです。

責任の混乱を避けるための、原則を示しておきます。
１　相手の責任と、自分の責任は別。
　　私は、自分が乗り出す前に「これは誰が負うべき責任か」を自分に問う。
２　相手に代わって自分が責任を負うことはしない。
　　相手に対する自分の責任を果たす。
３　相手の問題をなんとかするのでなく、問題に悩む相手に共感する。
４　相手を困難から救い出すのでなく、相手を力づけ、必要なサポ－トをする。
５　相手の問題について責めたり指示するのでなく、事実に直面させる。



いずれにしても、自分と他者の境界をきっちりと築き、自分を守ること、自分に専念すること、他者に侵食させないと、これらはすべて自分を確立するために重要なことなのです。
そして併せて、境界の築けない原因が、機能不全家族で自分が子供時果たしていた役割を、今も継続して果たしていないか振り返ることも重要なのです。


      
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   <title>自分を持つ 境界の大切さ</title>
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   <published>2008-04-17T03:14:37Z</published>
   <updated>2008-04-17T06:08:41Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンは機能不全家族の出です。 機能不全家族の特徴は親と子供の境界が...</summary>
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      アダルトチルドレンは機能不全家族の出です。
機能不全家族の特徴は親と子供の境界がないことがあげられます。

本来親と子は別の人格を持っており、各々の個は尊重され、安全な家族生活を送るべきですが、機能不全家族では子供の個は尊重されず、親子の境界は曖昧です。

例えば過干渉。
常に親が子供をチェック、監視します。すると子供は常に何をするにしても親の視線が気になります。これは、何かする際またはその後、親のチェックから文句を言われないか、怒られないかを気にしているのです。
すると、何をするにせよ怒られないようにと親の視線を伺い、本来自分のしたいことや方法ではなく、親に怒られないためにしたいことを抑えたり、したいこととは別の方法で行うのです。

このように育てられた子供が大人になりますと、何をするにせよ周りの視線を意識するようになります。
子供時に親と子の境界がないと、大人になっても自分と他者の境界がなく、何をするにも他者の視線を意識するようになるのです。

また、親に放任され続けた子供はどうでしょうか。子供は小さいながらも思います。親が自分の面倒をみてくれないのは自分が愛されるのに値しないからだと。
そうすると大人になりますと、今まで得られることのなった愛を過剰に求め、他者との一体感、関係性に執着します。
これも自分と他者の境界がありません。

したがって、子供の時親と子の境界がないと、大人になっても自分と他者の境界のある関係を築きにくいのです。

では、自分と他者との境界を持つとはどのようなことなのでしょうか。

心理学の本や講座でよく言われている次の言葉。

「あなたはあなたでいいのです」

この言葉は、「私は私でいいのです」と読み替えることが出来ます。
すなわち、私は私でいいということは他者の視線を意識することもなく、他者にしがみつくこともなく、私は私でいられるということです。

でも、言うのは簡単です。
それが出来なくて困っているのですから。

では、自分が自分でいられるために必用なものは何でしょうか。
それは、自分に専念することです。
他者に専念するのではなく自分に専念するのです。

例えば自分の意見や話す時に他者の視線や顔色ばかり伺っている人は、自分に専念しているのではなく、他者に専念しています。

でも、他者とのコミュニケ－ションで大切なことは何でしょうか。
それはきっちりと自分の意見を伝えて自分の主張や気持ちを理解してもらい、また、それに対する相手の反応を見て、他者理解に勤めることです。

相手の視線や顔色ばかり伺っていたのでは、自分のいいたいことは言えず、結局は理解されない存在となってしまいます。また、自分自身悲しくなってしまうのではないでしょうか。
では、なぜそこまで相手の視線や顔色を気にするのでしょうか。
代表的な例としては、「拒否されたくない」「悪く思われたくない」「バカにされたくない」等、自分に対する否定的評価を怖れています。

誰だって拒否されたり、バカにされたりされるのは嫌なものです。
しかし、ここで大切なこと。
拒否する、バカにする態度を取るのは誰ですか？
答え。コミュンニケ－ションをした相手です。
これは、相手が自分に対して勝手な態度を取っているのですから、どうしようもないのです。
相手が自分に対してどういう態度を取るかは、それは相手が選択してその態度を取るのです。
私たちには相手の反応・態度はコントロ－ル出来ません。
そして、相手の反応、態度は相手の選択責任でもあるのです。
したがって相手の反応や態度をコントロ－ルすることは不可能なのです。

人とのコミュニケ－ションで大切なことは自分の思っていることを率直に、相手の気持ちを考慮（相手を傷つけることなく伝える）して伝える。
これだけです。
これが自分に専念するということです。
相手の反応に気を使うということは、相手の態度、反応及び選択に責任を負うことです。
私たちが責任を取れるのは自分自身の自己表現のみであり、それに相手がどういう態度、反応するかまでの、相手の責任までは取れないのです。

そして、もう１つの例。他者との関係にのめりこむ場合にも、自分に専念することは有効です。
他者との関係にのめりこむパタ－ンの代表は恋愛依存です。
恋人からの見捨てられることへの不安から、常に恋人とつながっていることを確認します。
しかし、これも自分に専念して、今するべきことに専念していれば、そんなに恋人のことばかり過剰に考え続けません。
恋人が今何をしているか、見捨てられるのではないかと考え続けることは相手に専念しているのです。

では、自分に専念するために重要なものは何でしょうか。

自己信頼感、自分を信じるということです。

先の相手の顔色を常に見ている場合も自己信頼感の欠如が一番の問題です。自分が自分を信頼出来ない評価出来ないということは、その評価を他者に委ねなくてはならず、常に他者評価を気にしてしまいます。
また、恋愛依存においても自分が自分としっかりつながり自分を満たしていれば、過剰に他者とのつながりを求めることもないでしょう。

恋愛依存の場合常に恋人が自分を見捨てるのではないかと恋人を疑っています。恋人を信じていません。でも、自分を信頼出来ない人間がいかに他者を信頼することが出来るのでしょうか。自分にＯＫを出せない人は真に他者にＯＫを出せません。
また、見捨てられる不安の場合は自ら抱えている漠然とした大きな不安感もその原因となっています。先ほど恋人に専念していると書きましたが、実はこの漠然とした自分自身の不安にも専念しているのです。
これも、自分が自分を信頼出来るようになると不安に支配されることはなくなると思います。

自己信頼感の獲得。
私のカウンセリングでも目指す大きな課題です。
自己信頼感の獲得は人それぞれ抱えている問題により獲得の経緯が違ってきます。
ですから、人それぞれ抱えている問題の本質に対して、人それぞれそれを乗り越えるための行動化の促進が必要となってくるのです。
焦らず取り組むことが大切だと思います。

      
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   <title>同情の絆</title>
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   <published>2008-02-28T14:14:44Z</published>
   <updated>2008-02-29T03:16:15Z</updated>
   
   <summary>今回は親と子の同情の絆について書きたいと思います。 アダルトチルドレンの親子関係...</summary>
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      今回は親と子の同情の絆について書きたいと思います。

アダルトチルドレンの親子関係で問題となるのは、子の親に対する同情です。
親の子に対する同情ではありません。親が子に同情心を持つのは普通のことです。

では、なぜ子の親に対する同情が問題となるのでしょうか。

その前に同情につきまして、その言葉の意味を明確にしたいと思います。

同情「差し迫って困っている相手の苦しみ、悩みを、相手の立場に立って理解してやり、そのうちに、いい目も出ることが有るのだから、しっかり生きるようにせよと温かい言葉をかけること」：新明解　国語辞典　三省堂刊。

簡単にまとめると「相手の立場に立ってその気持ちを感じ理解して、温かく励ます」こう捉えてもいいかもしれません。

では、再度子の親に対する同情の問題に話しを戻します。

子が親に対して同情の気持ちを持つ、それ自体は特別に問題はありません。
この同情が問題となる場合は、過剰に同情をして、同情が攻撃、罪悪感と結びついた時なのです。
そして、この過剰な同情の根底には、同情により子を自分の味方につけるという親の意図が見え隠れします。
すなわち、同情により子を縛り自分の側から離れないようにして、運命協同体（永遠の味方）を形成しようとするのです。

そして味方。味方につけるとは何に対してから味方につけるのでしょう。
考えられることは外敵です。外敵とはすなわち子から見ての片方の親。すなわち母親か父親。または親戚、近所等が考えられます。
日本の親子は母子密着と言われています。
したがって母と子の同情の絆は注意が必要です。
特に母と娘。
この同情の絆は要注意です。

では、２例あげます。
いずれも、母と娘です。
そして、２例共通の前提として夫婦の不仲があります。

１　同情が攻撃と結びついた場合

母が娘に言います。あの男（父）と結婚するのではかったと。そして、父親の愚痴を延々と聞かせるのです。娘は母の愚痴を聞き、母に同情して、母を悲しませる父を悪者と認識するようになり、父に対する敵対心と怒りで満ちるのです。
まんまと母の戦略にひっかかり、母の味方となったのです。そして、娘と父の仲を引き裂いたのです。
娘は父を敵として、父を憎んで成長するでしょう。
しかし、やがて成長した娘は感づきます。
何かおかしいと。

娘は今までの、母から刷り込まれた主観的（思い込み）な父親像ではなく、父を客観的に見るようになります。
すると、母の言っている方が、父に対する事実と違うと思えてきて、やがてそれは確信に変わります。

「だまされた」と気付き、激怒するのです。

今までの自分の父に対する態度は何であったのだろうか、すべては母の言うことを信じたから。
娘にとっては父とのかけがいのない時間を失った悲しい事実は、今度はそれを仕掛けた母に対して憎しみと怒りを持ち、攻撃となってその対象を変えるのです。

母は娘にしかけた同情の罠、絆によって、今度は娘から攻撃されるのです。
自業自得でしょうか。
でも、この親子（父、母、娘）、すべての関係性がバラバラとなってしまい、修復出来ないかもしれません。

２　同情が罪悪感より幸せを許さない場合

母は常に娘に自分の不幸な身の上を嘆き続けます。
娘は母の可愛そうな生い立ち、夫婦関係にすっかり同情してしまい、前述の攻撃の要素を持つと同時に、より強力に母に寄り添おうとします。

その結果自らの人生に誓うかもしれません。
母を置いてどこかへ行ってはいけない。母より楽しんではいけない。
母より楽しむこと、母より幸せになることに罪悪感を覚え、究極は母より幸せになってはいけないと思い込むのです。
すなわち、方法論は別として、母と同じく不幸せな道を選択するのです。

仮に恋人が出来たとしても、自分が母より幸せになってはいけないと自分に誓っていると、それ以上恋愛関係は発展しないでしょう。
そして、結婚することもなく幸せを手にすることも出来ないかもしれないのです。

母に生涯より沿い、母の愚痴を聞き続け、なだめ役に徹して、母のために生き、自分の人生を生きることをやめてしまうのです。

（例１と例２の違いはどこにあるのでしょうか。違いは娘が、父に対する事実に気づいたかどうかです。例２の場合は事実に気がつかなったのか、母の嘆きが誇張であるにせよ、娘も同じように感じているのかもしれません。しかし、いずれにせよ、これは夫婦の問題であり子が責任を負うことではありません）



さて、ここまで親による子を取り込む戦略、同情により子を味方につけ縛る方法を、母と娘を例として書いてきました。

２例とも夫婦関係、夫婦の不仲から子供を味方につけようとして始まっています。
子供を味方につけるため、片方の親の悪口や自分の愚痴を言い続け、聞き役に徹している子供の同情心を誘います。
そして、子供を自分の中に取り込み、運命共同体を形成していくのです。

しかし、逆に考えると夫婦関係に問題がなければ、このような事態は発生しないのではないかということです。

アダルトチルドレンは機能不全家族の出です。
夫婦仲が悪く、親が子供に愚痴を聞かせ取り込むことは、親と子の境界がなく、子供の個が尊重されておらず、機能不全家族といっても問題はありません。

しかし、夫婦関係がしっかりとしており、それにより上述２例の事態が発生しないのであれば、機能不全家族の問題の根源の１つとして、機能不全夫婦の問題が上げられるのではないでしよぅか。

機能不全家族の問題としては世代間連鎖の問題（アダルトチルドレンの親は、その親もアダルトチルドレン）があげられますが、親が自身のアダルトチルドレンの問題を克服、もしくは気付いているのであれば、例え夫婦の間に問題があったとしても、自分の子供に自分と同じ生き辛さを体験させてはならないと考え、子供を呑み込むようなことはしないと思います。

また、より健全な方法としていかに夫婦関係を良くするか、そちらにエネルギ－を向けるでしょう。

健全な夫婦関係も機能不全家族の連鎖を止めるのに大変有効なのです。

      
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   <title>親に対する罪悪感について</title>
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   <published>2008-01-10T03:10:51Z</published>
   <updated>2008-01-11T01:49:20Z</updated>
   
   <summary>アダルトチルドレンの機能不全家族の大きな問題の１つに、親と子の境界がないことがあ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/ac/">
      アダルトチルドレンの機能不全家族の大きな問題の１つに、親と子の境界がないことがあげられます。

では、親と子の境界がないとはどのようなことでしょうか。
具体的には親の価値基準、判断基準、親の発する言葉等が子供の人生を縛ると言ってもいいかもしれません。

例えば親の期待に応えなければならないという縛りがあるとします。もちろんこの縛りの前には常日頃親が子供に対して、親の何らかの期待を言い続けたり、期待に応えた時だけ子供を褒めたり、期待に応えない子供を無視したりと、常に親の期待を子供に刷り込ませるのです。そして、子供はその家庭で生き延びるためには親の期待に沿うしかなく、成長した子供は、意識的無意識的にせよ、常に親の期待に沿うようにと自分の人生を考え、親の期待に基づく人生を歩みます。

次の例です。親が常に子供の容姿をけなし続けたとしたらどうでしょう。子供は親からけなれた言葉の容姿のイメージをいつまでも持ち続け、自分自身に対する客観的な評価が出来ず、親からのマイナスの評価で自分を見続けてしまうかもしれません。まさに親の発した言葉が呪いのように子供を縛りつけるのです。

この２つの例、ともに親と子の境界がありません。２例とも親の期待や、親の醜い言葉を自分の規準、自分の評価としており、その結果自分の人生を歩むことや、自分自身の自己評価を築くことが出来ません。親の評価・価値・言葉が自分自身の判断評価基準になってしまっているのです。

さて、ここまで親と子の境界のない例をみてきました。
これをイメージするならば、親が子供を呑み込むイメージです。
ですから、子供は成長して大人になっても、常に親に呑み込まれており、親の期待、言葉に子供の時と同様縛りつけられ、自分自身自由に自分の人生を歩くことが出来ないのです。

したがって、成長したアダルトチルドレンは親から精神的に独立、自立すること、自分自身の判断評価を確立すること、そして親の縛りを解き放つことが自分の人生を歩むうえで一番大切なのです。

さい、ここから本題です。
今回は「親に対する罪悪感について」とタイトルをつけました。

私がアダルトチルドレンの方のカウンセリングをしていると不思議に思うことがあります。
それは、親を憎みながらも、親を嫌いながらも、何か親のことを過剰に気にしているのです。
親子だから当然という意見もあるかもしれませんが、この、親に対する気遣いが自分の生き辛さになっていることが多々あるのです。
そして、この気を遣うということが罪悪感に基づくことが多いのです。

例えば、親と子は経済的に独立をして別々に暮らしています。
しかし、親は子離れが出来ておらず、未だに子供に対して自分の価値や期待を押し付け、かつ、顔が見たいと要求して、子供に対して週末は実家に帰ってこいと電話で指示します。
アダルトチルドレンの子供は、実家に帰る必用はないと思いながらも、帰らないと親が悲しむと気を遣い、親を悲しませてはいけないと罪悪感を抱き、嫌々ながらも実家に帰るのです。
そして、その結果、親の価値判断や期待の言葉、または雑言を浴びせられ、不快な思いをして、落ち込んで自分の家に帰ってくるのです。
そして、誓います。
「二度と行くものか」と。
しかし、またしばらくして親から連絡が入ると罪悪感を感じて、実家に帰り同じことを繰り返すのです。

一体、この親に対する罪悪感は何でしょう。

実は私も経験があります。
まだ大学生の時です。私は結婚をしないで一生母親の面倒を見ようと、わけの分からないことを思っていました。結婚＝罪なのでしょうか。
なぜ、こう思っていたのか当時は分かりませんでしたが・・・。

それから、この親に対する罪悪感の問題ですが、親とは母親を示すことが臨床体験上多いです。

では、なぜここまで親に対する罪悪感を抱かなければならないのでしょうか。
自分が親から離れて自由にすることに対して、なぜここまでも罪悪感を抱くかです。

アダルトチルドレンは子供の時、親から散々に支配されてきました。
上述のように親の期待、評価、価値観に合わせる、それ以外にも親の愚痴を聞く、親の精神的面倒を見る等、親が子供を支配をするつもりがあろうがなかろうが、常に子供は過剰なまで、親を意識して生きてきたのです。
親の顔色を伺い、親の期待に合わせようと、認めてもらおう、元気になってもらおうと、悲しませないでおこうと、精一杯親に合わせて生きてきたのです。
そのため健全な親子の境界は築けませんでした。

そして、そのような子供時を過ごした子供は大人になっても、親に対する意識をすぐには払拭出来ないのではないでしょうか。

機能不全家族でなくても子供は親を意識します。
しかし、機能不全家族、アダルトチルドレンはその親に対する意識が過剰過ぎるのです。
子供の頃過剰なまで親を意識してきたので、大人になってもやはり過剰に親を意識しており（この意識とは無意識的であることが多いと思います）、自分が親の要求を満たせないと感じると、感じなくてもいい罪悪感を勝手に抱いてしまうのです。

では、ここで大切なことは何でしょうか？
それは、アダルトチルドレンが親に対する罪悪感を持たないことです。

今まで親の期待、価値、言葉に合わせ過ぎて生きてきました。
これは親の期待、価値、言葉を子供が背負うことを意味しています。
しかし、本当に必要なことなのでしょうか。
親の期待、価値、言葉等はすべて親のものです。
私たちには関係ありません。

親に対する罪悪感の問題で大切なことは、親と子の境界の設定を引くことなのです。
子供の頃様々な問題を設定することが出来なかった境界を引くのです。
親に惑わされず、自分の人生を歩むのです。
親は親、自分は自分。
互いの個の尊重が大切です。


もう１度書きます。アダルトチルドレンが親からの精神的独立のために一番大切なことは、親と子の境界を確立することです。
そして、境界を侵入された際は毅然たる態度を取り、境界を守ることも必用なのです。
      
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   <title>私たちが変われば親も変わるのか</title>
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   <published>2007-11-03T09:57:32Z</published>
   <updated>2007-11-05T02:06:13Z</updated>
   
   <summary>私たちが変われば親も変わるのか？ 皆さんはこのテ－マについてどう思われますか？ ...</summary>
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      私たちが変われば親も変わるのか？

皆さんはこのテ－マについてどう思われますか？

これは当たり前のこたえになってしまうのですが、親によって反応が違います。

例えば、子供（ここでいう子供とは成人のことです）が人付き合い出来ないことで悩んでいる親がいます。親は薄々自分たちの育児態度が原因で子供が人間関係を築く能力がないことを知っています。そして、子供が自己努力の結果、人間関係を築くことが出来るまでに成長しました。すると親も子供の日々の態度や顔つきの変化を見てとり喜びます。
そして、自分たちの至らなさを反省しながらも、子供の成長に合わせ、親の態度、顔つきも明るいものに変わっていくのです。
この例は子供の変化に合わせ、親も反省をして、さらには親の表情までよくなっていく好例です。
子供が変わると同時に親も変わったのです。

では、実際このような好例はどれぐらいあるのでしょうか？
統計がないのではっきりとは書けませんが。
あまり期待は出来ないように思えます。

さて、上例は子供が努力して変わって、自然と親も変わっていく例でした。
では、どれだけ子供が自己変革の努力を達成して、その内面や態度振る舞いがかわっても、親が変わらない場合（例えばあいかわらず押し付けがましい、支配的、無理解・・・）。
私たちは親に対してどういう感情を抱けばいいのでしょうか。

自分の生き辛さの原因を知ったこと、物事の捉え方が変わったこと、感じ方が変わったこと、過去の見方が変わったこと、過去を受け入れたこと、新たなスキルを手に入れたこと。
「自分は変われるんだ。自分は変わったんだ」
今まで抑えていたフタが取れ、エネルギ－に満ち溢れたこの新鮮な気持ちを誰かに伝えたい。
分かります。

では、この素直で純粋で新鮮な気持ちを親に知らせる必要があるかどうかがポイントです。

自分が変わったことを親に知らせて何を親に望みますか？
もし、伝えたいと思うのであれば何を伝えたいと思っているか、その背後にある感情を理解したうえで行ってください。

前回も書きましたが、多くの場合は親は親でなかなか自分の非を認めないものなのです。
それは、親も一生懸命生きており、子供の育て方については、そのやり方しか知らなかったからです。
子供が自分が変わったということを親に知らせるということは、まったく悪気がないとしても、親の立場に立つと自分が否定されているような気持ち、攻撃されているような気持ちを抱くかもしれません。

私たちがアダルトチルドレンであるということは、その親もアダルトチルドレンです。
根っこは同じです。
そして、子供がアダルトチルドレンの問題を受け入れ変化するというとは、進歩していることを示します。
しかし、残念ながら親は進歩としていないのです。いや、アダルトチルドレンという言葉すら知らないかもしれません。

ですから、進歩、進化のレベルが違うので同じ視線に立って、この問題について話すことは難しいのです。
方や理解しており、方や無知なのですから。

自分は変わったんだという気持ち。
大切です。
でも、それを理解してもらう相手は選ばなければなりません。
同じ悩みを抱いたり、同じく回復を目指していたり・・・。

自分を理解してくれる人でないと、自己開示は危険です。

さて、私たちず変わると親が変わるのか。
最後に最も危険なパタ－ンです。
それは、親が子供を変わらせまいとしがみついてくる場合です。

例えば子供は自立を目指して家を出ました。すると、親の方から毎日状況確認の電話、帰って来いの催促、たまに家に帰ると以前と同じような過干渉、暴言、否定等。
実家に帰ったとたん憂鬱になってしまいます。
そして、この憂鬱感は家（１人暮らし）に帰っていも持続してしまいます。
親は子供を手放すまい、自分が支配をしておきたいと必死なのです。(但し、このことについては親は意識せず、無意識の領域で行っていると思いますが）
そして、どこまでも追いかけてきて子供を精神的に苦しめてしまうのです。

このような親にいかに向き合うか、距離と時間と心の限界、これらを考慮してどうするのか。
これは個々人によって結論が違ってきます。

いずれにせよ大切なものは何か。
この結論により行動・態度は変わってくるでしょう。
      
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