消えてしまいたい

アダルトチルドレンの悩み相談のカウンセリングをしていますと、「消えてしまいたい」という言葉をクライエントの方からよく聞きます。

「消えてしまいたい」この言葉から何を連想しますか?

「消えてしまいたい」。
これは「自己存在の否定」であり、「自己存在の抹消」です。

アダルトチルドレンの方は子供時(幼稚園~小学生)に自分の存在を抹消したかった、自殺を考えたと述べられる方もおられます。
本来子供は生き生きとその瞬間、瞬間を自由に楽しむ存在であると私は思いますが、アダルトチルドレンは親や周囲から押しつぶされ、否定され、生きることの喜びを見出すことが出来ず、悲しみを背負い続けているため、自らに対して人生の早期に絶望を感じるのでしょうか・・・。

少し話しがそれますが、幼児がマンション、アパートの部屋から転落をして亡くなられるケースがありますが、幼時でも自殺願望があるのでしたら、もしかしたら転落という事故ではなく、自殺かもしれません・・・。
(こう書くと、とくにアダルトチルドレンでない方はそんなことありえないと反発されるかもしれませんが、クライエントの方の幼時期の死にたかったという言葉を拝聴する私としては、幼児の自殺はあってもおかしくないと考えてしまうのです)

さて、「消えてしまいたい」という言葉ですが、成長したアダルトチルドレンはなぜ、自己の存在を抹消したいと思うのでしょうか。

そこには生きていても意味がないという思いが込められているように感じます。

そして、生きていても意味がないということは、生きる希望がないということかもしれません。

それでは「消えてしまいたい」。この言葉の構成要素を論理的に書きたいと思います。

1 自己評価の低さ

常に自分には価値がないと思っていますと、自己の希薄さを感じます。
そして、自己評価の低さは何か問題が起こると自分が関係しているのではないかと取り越し苦労で悩んだり、他者よりの評価を気にするあまり視線不安等で悩んでしまいます。
幼児期の「消えてしまいたい」は存在の否定が大きな要因と思いますが、存在の否定とは親よりの無視、暴言、誉めない等の評価から始まりますので、成長した大人はこの親の評価を内在化(取り入れて)してしまい、自分を価値のないものと思い続ける傾向があるのです。
当然、自分には価値がないと思って生きていては、人生に希望は持てません。

2 人間関係の問題

前述しましたが、自己評価が低いと人間関係に困難が生じます。他者優先となってしまい自分を抑え自己主張が出来ない、結果不本意な行動、態度を選択しなくてはならない。さらに自分を抑圧してしまう悪循環。
他者とのコミュニケーションにおいて、何か相手を不快にさせたのではないかとぐるぐる悩む。結論が出ない悩みのために疲弊してしまう。
自己価値の低さはこのように、何事も自分に関連づけ、自分が悪いのではと疑念を生じさせます。

私たちが生きていくには当然のこと人間関係がつきまといます。
人間関係が必然なのです。
人間関係の問題で悩むということは、日々の生き辛さを感じることにつながるのです。

3 希望

人生における希望とは何でしょうか。
希望を「その先にあるもの」と定義するとすれば、その先の始点である今に適応していなければ、今より先には希望を抱きにくいかもしれません。
そして、今の適応とは人間関係が築けていること、そして、自分が自分とつながり、自分に対する自己価値をしっかり持っているということなのです。

「消えてしまいたい」。

自分が自分に存在の意味を見出せない。
そして、今生き辛い。
人生のその先に光が見えない。
だから、自分を消してしまいたい。

「消えてしまいたい」

1 自分自身に意味を見出せない
2 人間関係が築けない 周囲と調和出来ない
3 未来に希望がない。

自分、周囲、未来に否定的である、絶望を感じるのはうつ病を患う方の認知の特徴です。

「消えてしまいたい」。
この言葉はうつ病発症の重たい響きを含んでいるのかもしれません。

うつ病を自分に対する攻撃のエネルギーの結果生じると考えれば、そのエネルギーの高まりと同時に気力が奪われ、自ら衰退していくのです。
もちろんその根源はすべてに対する否定と怒りです。