性のパワ-の活用 そして自己処罰

性のパワ-。
性のパワ-と聞いて皆さんは何を連想されますか?
人によって様々だと思います。

今回は性のパワ-の活用、それを「セックス」と定義をして、書き進めていきたいと思います。
具体的には、異性との関係性において性のパワ-を活用することについて書きます。

(今回は男性である私の視点から見て書き進めますので、女性の側から見た視点が欠落しているかもしれません。ご了承ください)。

では、性のパワ-と心の問題、性とアダルトチルドレン、どのような関係があるのでしょうか。

まず、アダルトチルドレンと性の問題を考えますと、セックス依存症が考えられます。
私はセックスカウンセラ-ではないので深い知識はないかもしれませんが、セックスに依存するということは、セックスを通して生きている実感を感じるということが考えられます。
もちろん、セックスは快楽的でありますので、そこから受ける刺激を通して生きていることを実感することは誰にでもあると思います。
しかし、セックス依存症はセックスを通してしか、生きている実感を味わえないのです。

そして、セックス依存症は何人も相手を変えてセックスを楽しむ以外、次のものも含みます。乱交、風俗、ビデオ、ネット、露出等様々ですが、その行為に没頭して、快感や刺激を味わうことにより、虚しさからの脱却、解放を図ろうとするのです。
男性、女性、どちらがセックス依存に陥る確率が高いかと考えますと、性欲の強さから考えても男性だと思います。

さて、今回私が書きたいことはセックスや性に依存して、生きていることを実感する人々のことではありません。
また、夫婦、恋人間におけるセックスをしないことで相手の欲求をコントロ-ルするパワ-ゲ-ムのことでもありません。

今回書きたいことは性を自らの力として、異性との関係性を築くために積極的に活用する場合です。

1 急ぎすぎる親密化の促進のため

私たちは異性、パ-トナ-と親しくなるためにセックスを行い、性を活用しています。
親密化、分かち合いの促進のためです。
そして、私たちが異性、パ-トナ-の分かち合えるものは次の3つです。

思考、心、体です。

一般的に考えると、体を分かち合う前、セックスを行う以前に、相手の思考、心を知ってからセックスを行う方が一般的と思うのですが、相手をよく知る以前に早急にセックスを行う場合があります。

男性は性欲が強いので、性の欲求のまま女性を求めるでしょうが、女性がもし同じことをするとすれば、それはどうしてでしょうか。

それは、急ぎすぎる親密化の促進のためなのです。

そこにある心理は男性を自分の元に留めておきたいという心理なのです。
離れたくない、見捨てられたくないという心理も働いていることでしょう。

とくにアダルトチルドレンは自己存在の価値が低く、孤独感が強いので、パ-ト-ナ-にしがみつく傾向があります。
そのしがみつきを早くに果たすために性のパワ-を活用して、相手との親密化を急ぐのです。
そして、孤独感を和らげ、心の安定を図るのです。

しかし、相手のことをあまり知らず(思考 心 性格)にセックスをすることにリスクはないのでしょうか。
深い関係を急ぎ過ぎた結果、とんでもない男と関係を持ってしまうかもしれません。

私が一番伝えたいこと。
「早急な性のパワ-の活用は要注意です」。

さて、性のパワ-の活用として次のようなことも考えられます。

2 自己価値を感じるため

アダルトチルドレンに限らず、自己価値の低い人が自己価値を上げるために、性のパワ-を活用することがあります。
それは、性のパワ-を活用することにより、人から求められている自分を感じるためです。

セックスで人から求められるということは恋愛関係以外では、風俗産業、違法な売春、援助交際の領域ですので感心しません。
しかし、求められる自分がいて、高額のお金が手に入るのですから、自己価値を感じるために性を活用することもあるようです。

ここまでは、性のパワ-の活用、セックスを通して人との関係性を見てきました。
次は性のパワ-の活用というより、性を自己価値を下げるために、自己処罰のために使うことについて書きたいと思います。

ずっと家庭で大切にされない子供時を過ごしてきました。親に大切された体験がありません。
そして、親に愛されなかった体験は、自分には存在価値がないという思い込につながります。
自分には価値がないと思い込み、自分はNOであることを証明するために、不特定多数の異性とセックスに走る場合が自己処罰のために行うセックスなのです。

不特定多数の男性とすぐにセックスをしてみる。性病のリスクが付きまといます。
また、その相手によっては、そのことをネタに恐喝や事件に発展するかもしれません。
セックスを通して、自己価値を下げ、リスクを引き受け、自分で自分を処罰しているように感じます。

私が最近この自己処罰で思うのは、アダルトビデオに出演されている女優です。
実はアダルトビデオ出演の女優には、過去に傷を持つ女性が多いと聞きます。

普通に考えて見ても自分がセックス(複数人相手の場合もあり)をしているところをカメラで撮られて、それが不特定多数の人に販売され、かつ出演したビデオは数年市場に出回るかもしれません。
(また、裏ビデオ化される可能性もあります)

出演料が高くても、とても自分を大切にしているとはとても思えないのです。

性を通して自分を罰する。
それは、子供時の愛を体験出来なかった悲しい過去に基づくものなのかもしれません。