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    <title>心理オフィスステラ</title>
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    <updated>2012-04-03T05:59:51Z</updated>
    <subtitle>ACの問題、人間関係の悩み、恋愛の悩み、家族の悩み、性格の悩み、対人不安、自己信頼感欠如、うつ、人生について等、生き辛さからの回復を目指してカウンセリングを大阪にて受け賜っております。</subtitle>
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    <title>強固な自己否定</title>
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    <published>2012-04-03T05:59:11Z</published>
    <updated>2012-04-03T05:59:51Z</updated>

    <summary>カウンセリングを受け賜っていますと、自分を否定し責め続けてしまう、自己否定の悩み...</summary>
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        <name>stella</name>
        
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        <category term="心の悩み相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>カウンセリングを受け賜っていますと、自分を否定し責め続けてしまう、自己否定の悩みについて受け賜ることがあります。</p>

<p>では、自己否定とは自分の何を否定して、自分を責め続けてしまうのでしょうか。</p>

<p>一番多い内容は、自分が行ったその結果についてです。</p>

<p>・結果が良かったにもかかわらず、まだまだと否定する。<br />
・これ程度で喜んではいけないと否定する。<br />
・こんなことが出来たぐらいで何だと否定する。</p>

<p>とにかく自分を認めようとしないのです。<br />
自分が頑張って出した結果について認められないのです。<br />
そして結果について他者から「頑張っているね」とほめられても、認められても、それも否定してしまう。</p>

<p>とことん自分を否定してしまうのです。</p>

<p>では、徹底して自分を否定して責め続ける、強固な自己否定はどのように培ったのでしょうか。</p>

<p>おそらくは、子供時何をしても親から認めてもらえず、逆に否定され責め続けられたことがその要因と思います。<br />
頑張って結果を出しても１００点でないからダメ、１００点の結果を取ってもほめない、常にあらさがしばかり、ダメな点ばかりを強調して怒る等、度重なる親や養育者からの徹底した否定が、自分自身に染み込んでいるのでしょう。</p>

<p>ですから成長した今、何かを頑張って結果を出したとしても、「まだまだダメ」と子供時に親から言われた同じような否定のメッセージを自分自身に徹底しておくってしまうのです。</p>

<p>自分をダメと否定する根拠はありません。<br />
親からの一貫した強固な否定のメッセージが植え付けられているのです。</p>

<p>では、どのようにすれば強固な自己否定から解放されるのでしょうか？</p>

<p>クライエントの方も自分を否定する根拠がないことは分かっておられます。<br />
でも、自分を強く否定して責め続けてしまう。</p>

<p>さて確認です。<br />
今回のテーマは頑張って結果を出したにもかかわらず、その結果を認められない自己否定の問題を書かせて頂いています。</p>

<p>思うのですが、「自分が出した良い結果を否定」してしまうということは、おそらく自分自身についても存在の否定の感覚を持っておられるのではないでしようか。<br />
結果だけを否定してしまうのではなくて、そもそも自分自身に対しても否定的である。<br />
それは、親から散々言い続けられた言葉、メッセージからも、自己存在の否定の傾向が強くなることは想像出来ます。</p>

<p>カウンセラーは言葉を主としてカウンセリングを行います。</p>

<p>「否定」の反対語は何でしょうか。</p>

<p>「受容」です。</p>

<p>自分が自分を受け入れるということなのです。<br />
自己受容を第一と考えると、結果が良くても悪くても、結果を否定して自分を責め続ける問題は生じません。<br />
それは自分が自分を受け入れているから、結果が良くても悪くても、それを受け入れることが出来、自己否定に苦しむことはないのです。</p>

<p>結果が良かったら喜び、悪かったら反省。<br />
少しガッカリはするでしょうが。<br />
「まっ、いいか」となります。<br />
それは思ったような結果を出すことが出来なくても、頑張った自分を認めることが出来、またさぼって結果を出せなかったとしたら、それはそれでしかたのないことと割り切ることが出来るからです。<br />
必要以上に自分を責めないのです。</p>

<p>ですから頑張って結果を出しても強固に否定する問題は、自分が自分をどれだけ受け入れているか、すなわち、長所も短所も含めて、まずは自分にＯＫを出していることが、強固な自己否定からの解放には重要なのです。</p>

<p>そして同時に大切なこと。<br />
それはどれだけ他者との人間関係を築けているかです。</p>

<p>すなわち「他者受容」です。</p>

<p>私たちは社会において孤立しては生きていけません。<br />
したがって人間関係を築き、人の中に自分の居場所を持つことは、生きやすい人生のためにも大変重要です。</p>

<p>人から愛され、自分はここに居てもいいんだ、という感覚を培うことです。</p>

<p>親は否定ばかりしてきました。<br />
ですから親以外の他者にどれぐらい愛されていることが実感出来るか。</p>

<p>他者から愛されている自分を感じ、その自分を認めてあげる。<br />
自己存在の否定ではなく、自己存在の受容を図る。<br />
これは強固な自己否定からの解放のプロセスと考えます。</p>

<p>さて、自分を否定して責め続ける問題は、親から植え付けられた強固に存在否定のメッセージと同義です。</p>

<p>長年この問題に苦しんでいるということは、根拠のない自己否定が習慣になっています。<br />
非常に重い症状の１つと私は捉えます。</p>

<p>ですから１回カウンセリングを受けたぐらいでは改善はしないと思います。<br />
でも、何回か継続してカウンセリングを行っていくと、徐々に自分を否定して責める時間は短くなり、生きやすくなっていく。<br />
このプロセスを意識して問題解決に取り組みましょう。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>心理カウンセラー養成講座の延期について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/about_c/post_170.html" />
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    <published>2012-03-14T08:48:41Z</published>
    <updated>2012-03-20T13:53:19Z</updated>

    <summary>ずっと以前に、心理カウンセラー養成講座の開催予定について書きました。 私が心理カ...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
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        <category term="カウンセリングへの想い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>ずっと以前に、心理カウンセラー養成講座の開催予定について書きました。<br />
私が心理カウンセラー養成を考えたのは、３年ほど前と思います。</p>

<p>当時の私は月～金は公的機関勤務で就職支援のカウンセリングを行い、週末は心理オフィス　ステラで心理カウンセリングを行っていました。<br />
そして、将来公的機関を辞めたあとの仕事における時間配分を考えて、心理カウンセラー養成について考えました。</p>

<p>そして、心理カウンセラー養成を告知するためのサイト、大阪心理カウンセリングセンターもつくりました。</p>

<p>しかし、今、心理カウンセラー養成については実施を見送っています。</p>

<p>理由はいろいろとあります。</p>

<p>まず１番の理由は、私が心理カウンセラーを養成する必然がないということです。<br />
私は心理カウンセラーではありますが、振り返りますと心理カウンセラーを養成する理由が見つからないのです。</p>

<p>もちろん私が心理カウンセラーなので、心理カウンセラー養成は出来ますが。</p>

<p>２番目の理由です。<br />
心理カウンセラーを養成する社会的責任を考えてのことです。</p>

<p>今、あちらこちらのカウンセラーが心理カウンセラーの養成を行い、資格を発行しています。<br />
実はここに危険性があるのです。<br />
多くの心理カウンセラーは個人事業主です。<br />
個人事業主であるということは、いつでも廃業出来るのです。</p>

<p>と言うことは、もしかしたら何十万も出して認定された資格が、資格認定もとのカウンセラー廃業に伴い、まったく価値がなくなることがあるかもしれないのです。</p>

<p>実はこのことについては、私が経験しているのです。<br />
カウンセラー養成校、すなわち資格発行団体が消滅したのです。</p>

<p>ですから、個人でカウンセラーを養成して認定する責任を考えると、その責任の重さはたいへんなものがあるのです。</p>

<p>そして３番目の理由です。<br />
日本は認定心理カウンセラーであふれかえっています。<br />
もう、カウンセラーの数は十分足りているのです。<br />
この事実に基づき心理カウンセラーを養成する意味はあるのでしょうか？</p>

<p>もちろん各学校によっては、優秀なカウンセラーを養成する使命感があるのかもしれません。<br />
しかし残念ながら仕事はありません。</p>

<p>収入に結びつきにくい心理カウンセラーを養成して、いくら当校の心理カウンセラーは優秀と言っても、その優秀な人材に活躍の場がないとすれば・・・。</p>

<p>この事実に基づき考えると、心理カウンセラー養成の社会的責任とは何か？<br />
疑問が生じます。</p>

<p>もちろん仕事があろうが、なかろうが、心理カウンセラーになりたいという高い志を持っておられる方の期待に応えるのも必要なことなのですが・・・。</p>

<p>いつか心理カウンセラー養成には再度取り組むかもしれません。</p>

<p>心理学を勉強することは大いに人生に役立ちます。<br />
しかし、それは心理カウンセラーになることとはまったく違うのです。</p>

<p>私は今後心理学を伝えると（心理カウンセラー養成ではなく）に力を入れてもいいかなと思っています。<br />
しかし、その際大切なことは、私の独自性を活かすということです。<br />
誰でも、どこでも実施している同じ内容の講座を展開しても、たぶん私自身が楽しくないと思うのです。</p>

<p>専門領域であるアダルトチルドレンをキーワードとして講座を展開するか。<br />
または他の角度から考えるか、思案中なのです。</p>

<p>また、今回つくったサイト、大阪心理カウンセリングセンターについては、気の合った仲間と数人で、心理カウンセリング、心理学講座を運営するサイトとして模様替えをしてもいいかもしれません。</p>

<p>こんなことを最近考えています。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>アダルトチルドレンとは</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/ac/post_169.html" />
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    <published>2012-01-03T10:23:42Z</published>
    <updated>2012-04-03T05:39:56Z</updated>

    <summary>この文章は心理オフィス　ステラの「アダルトチルドレンについて」のページに長年掲載...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="アダルトチルドレン相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>この文章は心理オフィス　ステラの「アダルトチルドレンについて」のページに長年掲載されていたものです。<br />
文章は平成23年12月中旬一新しましたが、過去この文章も多くの人々に読んで頂いたと思いますので、このアダルトチルドレン相談集にて再掲載いたします。</p>

<p><br />
<strong>アダルトチルドレンとは何でしょうか？</strong></p>

<p>子供のような大人のことではありません。<br />
また無責任な大人のことでもありません。</p>

<p>アダルトチルドレンとは子供時を子供らしく過ごすことが出来ず、そのまま大人になり生き辛さを抱えている人たちのことです。<br />
両親や家庭環境によって子供時を歪められて成長した人々のことなのです。<br />
そこには親や養育者による、過剰な期待、過保護、過干渉、条件付けの愛情、無視、精神的虐待、暴力（言葉の暴力含む）等があげられます。</p>

<p>本来であれば親子の間には適度な境界線があって子供はひとりの人間として愛され、尊重されて成長するものですが、アダルトチルドレンは親に呑み込まれたり、突き放されたり、私物化されたり、存在を無視されたりと、ひとりの人間として十分に尊重されずに子供時を過ごして大人になったのです。</p>

<p>子供がひとりの人間として尊重されない家庭を機能不全家族と言います。<br />
アダルトチルドレンとは苛烈な機能不全家族を生き残った人々なのです。<br />
アダルトチルドレンは子供時の、のびのびとした自由で楽しいひとときを体験することもなく、愛されることから培われる自己信頼感、心の豊かさ、情緒の安定等の能力を十分に得られず成長してきました。<br />
その結果、今でも心の傷を背負い、生き辛さを感じ続けているのです。</p>

<p>さて、アダルトチルドレンは慢性的に見捨てられる不安を感じている傾向があります。<br />
この見捨てられる不安とは、自分に対して自信がないことにも関連しており、これは親から安定した愛情を十分に得られなかった結果の産物であると思われます。<br />
親の愛を失うことを恐れ、親に見捨てられることを恐れ、自分が自分を生きることが出来ずに育ったのです。</p>

<p>彼らの家庭では親や養育者が子供を自分の都合のいいように養育したのです。<br />
そしてアダルトチルドレンは子供時に、その親や養育者の子育て、家庭環境に耐えてきたのです。<br />
例えば親が過保護でしたら、子供は自分の自由に好きに振る舞うことを放棄して親の過保護という支配に耐えます。<br />
また親が虐待をするのであれば、その虐待を親の愛情と思い込み我慢し続けることでしょう。<br />
このように子供たちは親や家庭に過剰に合わせ生きていくのです。</p>

<p>すべては見捨てられないため、存在を否定されないため、生きるためです。<br />
子供はどのような親であれ、自分がその家庭を生き延びるためにはその親や家庭環境に合わせ続けるしかないのです。</p>

<p>これは言葉を換えると子供が機能不全家族を生き延びるために、家庭内においてある固定した役割を果たし続けると言ってもいいと思います。<br />
しかし、子供が親や家庭環境に合わせ続けたり、ある役割を果たし続けて生きるということは自己喪失につながります。</p>

<p>自分が自分でないような感じ。<br />
自分の人生が自分の人生ではないような感じ。<br />
では、誰の人生？</p>

<p>さて、私は人が生きるうえで大切なことは、自分が自分のことを信頼することが出来る「自己信頼感」であると思っています。</p>

<p> 自己信頼感があると自分は自分であることが出来、好きに行動することや感情表現を恐れず、他者の評価も過剰に気にせず、自分で人生を切り開く力を持っていると思います。</p>

<p>この自己信頼感は生まれてから幼少期の間に、親に一人の人として十分に愛され、尊重してもらい、成長するにつれて獲得していく力ですから、親や家庭に成長期を歪められたアダルトチルドレンはこの自己信頼感を獲得しそこなっています。<br />
成長するにつれ自分に自信がない、人が信頼出来ない（自分を信頼出来ない人は他者を信頼することが出来ません）などの問題を呈することでしょう。</p>

<p>それではここで、アダルトチルドレンの子供の時の家庭での役割を見ていきましょう。</p>

<p><strong>頑張り屋</strong><br />
家の中の用事などを親に替わっていろいろとします。<br />
これ自体は別に問題がありませんが、自分の好きな遊びもせず、家の中の用事ばかりしているのは子供として楽しく過ごす時間を放棄しています。<br />
すべて親の為家庭の為です。<br />
自分の感情を抑圧して我慢しています。</p>

<p><strong>助っ人</strong><br />
家の中の問題を何とかしようと奔走します。<br />
波風立てず、争いを避けることを目的とします。<br />
頑張り屋同様これは子供の仕事ではありません。<br />
本来親が果たすべき役割を子供が果たすということそれ自体が異常です。<br />
自分のことをしないで家族のために何かをしようと常に考えています。<br />
自分を失っており、自分の必要を自分で満たせません。</p>

<p><strong>ロンリー</strong><br />
親や家庭から理解されない悲しみを背負いひきこもります。<br />
悲しみに満ち溢れています。</p>

<p><strong>ヒーロー</strong><br />
エリートに多いです。<br />
親の虚栄心のために頑張り続けます。<br />
成績がいいのが価値ある人と思い込み暖かさを育めません。</p>

<p><strong>マスコット</strong><br />
家中を陽気にします。<br />
本当は悲しくても明るく振舞ってしまいます。<br />
その場に合わした感情表現ばかりしているので、本当の自分の感情が分かりません。</p>

<p><strong>いけにえ</strong><br />
機能不全家族を代表して暴れ周ります。体を張って家庭の問題を外に出します。</p>

<p><strong>プリンス</strong><br />
ママの素敵な王子様。パパの素敵なお姫様。思いっきりかわいがられます。<br />
親は子供の意思を無視して人形のようにかわいがります。 </p>

<p><br />
子供時にこれらの役割を背負った子供は、子供として自由で開放的な子供時を生きることが出来ませんでした。<br />
その結果成長しても周囲に気を遣い過ぎ感情を抑えたり、大人を信頼出来なかったため他者を信頼出来なくなったり、甘えることが出来ず何でも一人でやってしまう過剰な責任感を背負ったり、見捨てられる不安より得たいのしれない淋しさを感じたり、何でも自分が悪いと自己関連づけて考えてみたりと様々です。</p>

<p>共通して言えることは皆、自分の感情を抑え傷ついているのです。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>良識力</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/spiritual/post_168.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.646</id>

    <published>2011-10-09T00:29:21Z</published>
    <updated>2011-10-09T00:31:19Z</updated>

    <summary>心理カウンセラーとして仕事をしていますと、心理カウンセリングの目指すところは、最...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="人生心スピリチュアルへのメッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>心理カウンセラーとして仕事をしていますと、心理カウンセリングの目指すところは、最終的には、「いかに生きるか」という不変のテーマ直面すると思います。</p>

<p>人は都度の心の悩みを抱えてカウンセリングに来られます。<br />
しかし、この相談内容は実は、「いかに生きるか」ということと同質なのです。</p>

<p>自分に対する自信について、対人不安、職場の悩み、転職、離婚等々、すべては今抱えており解決したい悩みではありますが、ここにはその悩みからの解放、すなわち今後いかに生きるか、このことが共通のテーマとして存在しているのです。</p>

<p>したがって、心理カウンセリングは「いかに生きる」かがそのテーマであり、言葉を変えると、「いかに在るか」ということなのです。</p>

<p>「いかに在るか」とは、何を選択して何を実行するのかによって決まり、それはいかに生き、いかなる存在の自分であるか、とも言えると思います。</p>

<p>さて、心理カウンセリングからは少し離れてしまうかもしれませんが、私たちは常にあらゆる状況において「いかに在るか」を問われている存在です。<br />
また、「いかに在るか」に答えることにより、自分とは何者であるかを証明しているのです。</p>

<p>そして今回、「いかに在るか」と問われるなかでも、私たちがその存在を軽んじて証明してしまう傾向のある、無名の私について書きたいと思います。</p>

<p>まず、存在証明についてですが、これは私たちの意思にもとづき選択する行動・態度により、自分とは何者であるかを証明します。<br />
例えば職場において皆に挨拶をする者か、しない者か。<br />
または、道を歩いている際自分の吸っているタバコをポイ捨てする者か、携帯灰皿に収める者か。</p>

<p>私たちは生きるにおいて都度何かを選択して実行して、自分を証明しているのです。</p>

<p>そして次に「無名の私」についてです。<br />
無名とは文字通り、人に知られていない私を指します。<br />
多くの人は道を歩いていても、誰も知りません。誰からも知られていません。<br />
したがって無名なのです。<br />
しかし芸能人が道を歩くと知っている人は知っており、これは有名となるのです。</p>

<p>職場において私たちは、職場の構成員全員から知られており、職場内においては有名です。<br />
したがってその行動は常に相手の立場や視線を意識した、良識ある振る舞いとなります。</p>

<p>良識：社会生活をおくるうえでの健全な判断力。</p>

<p>周囲に挨拶をする、エレベーターではボタン操作をする、常に思慮分別を持った振る舞いとなります。<br />
もちろんそうしなければ、悪く思われたり、批判されたり、上席から注意されたり、自分が職場に居ずらくなることを避ける等考慮してすべて判断しています。<br />
すべては有名であるがゆえです。</p>

<p>しかし職場では良識にもとづく行動を選択実行しているにもかかわらず、無名な状況においては、どのように振る舞うでしょうか。</p>

<p>私は、無名な私がいかに在るか、この状況においてこそ、人としての「真のその人」が存在すると思います。</p>

<p>無名な私とは、誰も私を知らない状況において、その私がいかに振る舞うかということです。<br />
そして、先にも書きました、振る舞いにおける判断は良識にもとづき行われます。</p>

<p>良識とは、社会生活をおくるうえでの健全な判断力であり、多くの人は良識を共有していると思います。</p>

<p>・タバコのポイ捨てをしてはいけない<br />
・割り込み乗車はいけない<br />
・お年寄りには席を譲りましょう<br />
・夜は隣近所に迷惑をかけないように、静かにしましょう<br />
・歩行者の安全を配慮して車を運転しましょう</p>

<p>どうでしょうか。<br />
これらを良識と言います。<br />
誰でも異論なく、納得頂けることだと思います。</p>

<p>しかし、残念ながら無名の私たちは良識があるにもかかわらず、良識にもとづく判断を行わず、しばしば自分勝手な行為を選択することがあるようです。</p>

<p>例えばタバコのポイ捨て。</p>

<p>人は自分の勤めている会社や、自分の住んでいる近隣において、タバコをポイ捨てすることはないと思います。<br />
それは誰かに見られている、有名人としての自分の立場を考慮してのことでしょう。<br />
良識があり、良識に反しない行いの裏には、誰かに見られていたらという、その後の罰の悪さや批判を避けるためです。</p>

<p>でも、この同じ人は無名の存在として、平気でタバコのポイ捨てをするかもしれません。<br />
それは周囲に人がいたとしても誰も自分を知らないという安心感と、そのあとことは知らないという自分勝手さからなのです。</p>

<p>しかしタバコを道に捨てるということは、誰かがそのタバコを拾って捨てているのです。<br />
すなわちポイ捨てした人のゴミを、誰かが集めて責任を持って捨てているのです。</p>

<p>そうです。<br />
タバコのポイ捨ては、自分の捨てたタバコに対する責任を負っていないのです。<br />
ゆえに無責任となります。</p>

<p>無名ゆえの安心感とそれにもとづく無責任な行い。<br />
良識を持っていながらも、その健全な判断を自分に対する甘さから発揮出来ないのです。</p>

<p>でも、知っている人が見ていたら、その場において有名であれば、そのような行いは出来ません。</p>

<p>無名であるがゆえに、人は軽く良識に反した行いを、責任のなさから選択出来るのです。</p>

<p>さて、人として「いかに在るか」に戻りましょう。</p>

<p>有名、無名を問わず、いつも良識にもとづく行動が出来るかどうか。<br />
これは「人としての在り方」です。<br />
ご都合主義ではなく、「真」の自分として、何を証明するのか。</p>

<p>良識とは1人の人として、社会においていかに振る舞うか、その判断力です。<br />
したがって良識にもとづく行動を選択実行したからといって、夢を叶えること、成功することとは観点が違います。</p>

<p>しかし、常に良識にもとづく行動が取れるのであれば、その人の雰囲気や波動は、それを映し出し、その波動は上昇し、その波動にふさわしい、人や出来事が引き寄せられると思います。</p>

<p>引き寄せの法則と昨今よく言われます。<br />
何を引き寄せるかは、その人の願い云々よりも、その人の波動であると私は思っています。</p>

<p>有名・無名問わず、常に変わらない良識にもとづく判断をすることは、人生に実をもたらすのではないでしょうか。</p>

<p>また、良識を持ちながら、良識を発揮することを「良識力」と言います。</p>

<p>「良識力」と「人としていかに在るか」は密接に結びついています。<br />
それは都度、自分とは何者であるかを共に証明しているからです。<br />
また、「人としていかに在るか」の源が「良識力」であるとも言えるでしょう。</p>

<p>では、最後に社会生活をおくるうえで健全な判断をする際、すなわち良識を考える際に、私が大切と思っていることを列挙します。</p>

<p>・相手の立場に立って考え、行動すること<br />
・自分の行動が周囲の迷惑になっていないか考えること<br />
・常に周囲の視線を意識して行動における範を示すこと<br />
・自分を律すること（自分に対する甘さを捨てること）<br />
・自分の行為における責任を考えること</p>

<p><br />
以上「良識力」。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>自己の存在感を満たすための恋愛</title>
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    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.645</id>

    <published>2011-09-23T03:22:28Z</published>
    <updated>2011-10-04T03:06:44Z</updated>

    <summary>恋愛すると人生が変わる。 そして、恋愛において人生を変えたい。 	 人は誰でもこ...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="恋愛夫婦相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>恋愛すると人生が変わる。<br />
そして、恋愛において人生を変えたい。<br />
	<br />
人は誰でもこの衝動を多かれ少なかれ、抱いている。<br />
そんな気がします。</p>

<p>しかし、本当に恋愛をすれば人生変わるのでしょうか？</p>

<p>変わります。</p>

<p>恋愛とは異性とのエネルギーのやりとりですので、１人でいる時と自分のエネルギーの使い方も当然変わってくるので、人生も変わると思っていいでしょう。</p>

<p>しかし、恋愛をすると人生が変わると言っても、それが豊かさの方向に変わる保証はありません。<br />
その恋愛によっては、人生に苦しみしかもたらさないこともあるでしょう。</p>

<p>その１つは恋愛によって、自己の存在感を満たしたいという衝動が大きく含まれている場合です。<br />
端的に言うと、満たされない自己を恋愛によって満たしたいと駆られる場合です。<br />
恋愛においては誰でも満たされない自己を満たしたいという衝動はあると思います。<br />
しかし、この衝動、欲望、思いが強すぎると、その恋愛は生き辛さをうみます。</p>

<p>恋愛によって自己を満たす、自己の存在を感じたいという衝動は、その多くが自己をパートナーによって、満たして欲しいということにつながっています。</p>

<p>したがってパートナーに自己存在の鍵を委ねていることになるのです。</p>

<p>では、自己の存在感とは何でしょうか？<br />
これは言葉を換えると、自己価値、自分が生きている実感・・・。<br />
自分が自分を感じること、と思います。</p>

<p>でも本当は自分が自分であるゆえに、自己は存在するのです。<br />
したがって恋愛において自己の存在を満たすということは、自分が存在するためにパートナーに依存する現象が生じてしまうのです。</p>

<p>その代表が恋愛依存でしょう。</p>

<p>話しはそれますが、私は恋愛依存ではありません。<br />
しかし過去次のような体験があります。</p>

<p>１５年以上前ですが結婚をしようとお見合いをしていた時期があるのです。<br />
当時私は会社員でした。<br />
しかし仕事はおもしろみがなく、かつ自分の人生を生きていないと薄々分かっていました。<br />
でも会社を辞める勇気もなく・・・。</p>

<p>したがって結婚をして、その責任より自分の人生を縛ろうと思ったのです。<br />
すなわち結婚をすれば配偶者もおり、その責任より会社を辞めることが出来ず、会社を辞めない正当な理由を得ることが出来る。</p>

<p>これは結婚により、会社を辞めない自分、その自己存在にＯＫを出したかったのでしょう。<br />
結婚することによって、虚しい自分、自己の存在感を無理やりに埋めたかったのだとも思います。<br />
⇒結局は結婚することもなく、真の自分を求めて退職しましたが。</p>

<p>さて自己の存在感を恋愛で満たすことについて書いてきました。<br />
恋愛において自己の存在感を満たす、自己の存在を感じるということは、パートナーから自分を満たしてもらうことを期待することです。</p>

<p>もちろん恋愛当初は多くの方が、この気持ちを抱いておられるでしょう。</p>

<p>問題はずってこの気持ち、期待、感覚が続くことなのです。<br />
それはパートナーに執着することであり、その実は、自分に執着することでもあるからです。<br />
ですからその恋愛はパートナーと自分の分かち合いではなく、自分の存在のためにとなってしまうのです。</p>

<p>さて、恋愛における自己の存在ですが、時が経つにつれ、恋愛において自己を満たしてもらいたいという思いより、自分がパートナーを満たすことに重きを置くと理想的かもしれません。</p>

<p>これは自分が満たして欲しいというエゴを超えることになります。<br />
すなわち自己を超えるのです。</p>

<p>自己を超えるということは、恋愛において自己の在り方を考えることにもつながります。</p>

<p>自己の在り方とは、恋愛において自分とは何者であるか、そのことを強く意識するわけです。</p>

<p>自分の今の行動はパートナーにとって理想的であったか、もしくはパートナーの気持ちにふさわしい立ち居振る舞いをしているのだろうか等々。</p>

<p>パートナーにとっての、自分を考えるのです。<br />
これが、恋愛における自己の在り方です。</p>

<p><br />
恋愛当初は誰しもパートナーより自分を満たして欲しいという気持ちが強いでしょう。<br />
またパートナーを満たすという行為の背後には、その見返りとして自己を満たして欲しいという気持ちがあると思います。</p>

<p><br />
恋愛において自己の存在、自分を満たしてもらうという期待、気持ちから、いかにその自分を超え、相手を満たすということを主として考えられるか、すなわち恋愛における自己の在り方を考えられるか、これは豊かさへのヒントでもあると思います。</p>

<p>そして、恋愛における自己の在り方とは、その根底に思いやりの気持ちが大切なのです。<br />
すべては思いやりにもとづき、パートナーへ配慮するのです。</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>思い込みによる生き辛さ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/ac/post_166.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.643</id>

    <published>2011-08-02T03:26:06Z</published>
    <updated>2012-01-17T00:36:34Z</updated>

    <summary>私たちは何かを思い、そして考えます。 そして思ったこと、考えたことにもとづき行動...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="アダルトチルドレン相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>私たちは何かを思い、そして考えます。<br />
そして思ったこと、考えたことにもとづき行動します。<br />
したがって私たちの行動の源は思ったこと、考えたこと、すなわち思考なのです。</p>

<p>思考があり行動があるのです。</p>

<p>例えば財布が落ちています。<br />
交番に届ける人は、届けなければならないと考えるから、交番に届けます。<br />
着服する人は、盗ってもいいやと考えるから、着服するのです。</p>

<p>行動の多くには、その源として必ず思考があるのです。</p>

<p>さて、思考とは何らかの状況において都度いかに振る舞うか等考え、私たちはその考えた内容にもとづき取るべき行動・態度を選択。<br />
そして、考えた通りに振る舞います。</p>

<p>考え、選択するとは、状況に対して「こうしよう」、「ああしよう」等。<br />
様々なことを考え、自分にとって最適と思える考えを選択します。<br />
すなわち行動・態度を選択出来るということは、思考の幅があるのです。</p>

<p>さて、思考に対して、思い込みという言葉が存在します。<br />
思い込みとは、思考です。<br />
思い込みとは、思い込んでいるわけですので、上述したような思考における幅がなく、その結果、ある状況において取る行動態度の選択肢はなく、常に一定の行動・態度を取り続けます。</p>

<p>思い込みは私たちを縛ります。<br />
それは、ある一定の状況に対して常に<br />
・～～こういなければならない<br />
・～～こうでなければならない<br />
・～～こうしてはいけない<br />
等々。</p>

<p>何が何でも「こうしなければ」と決めつけてしまい、その結果生き辛さを招いてしまうのです。</p>

<p>例えば「私は人に認めてもらわなければならない」と思い込んでいる場合、人に認めてもらうために過剰な行動を取り続けます。</p>

<p>・自分が忙しいにもかかわらず、人の仕事を積極的に応援したり<br />
・無理な残業、休日出勤<br />
・試験で良い点を取るために過剰な勉強<br />
・自分の意見を徹底的に押し進めたり（勝者と認めてもらいたい）<br />
・誰にでも合わして、自分の意見が言えなかったり（良い人と認めてもらいたい）<br />
・興味はないけどボランティアをしてみたり</p>

<p>とにかく、その人なりに他者から認めてもらうために必死にある行動・態度を取り続けるのです。</p>

<p>しかし何でも過剰にやりすぎることは、ストレスであり、健康を損ない、自分を失い、人間関係に軋轢が生じたり、その結果心理的問題を抱え込んでしまいます。</p>

<p>思い込みとは思考に幅がありません。<br />
したがって都度考えることはしていません。<br />
こうあらなければならないと思い込んでいますので、ある一定の状況において無批判に自動的に意思決定してしまうのです。</p>

<p>そり結果、辛い、無理をした行動・態度を取り続けてしまうことになるのです。</p>

<p>では、上述の「私は人に認めてもらわなければならない」という思い込みですが。<br />
なぜ、このような思い込みを培ってしまったのでしょうか。</p>

<p>思い込みとは無批判・自動的に判断・決定しますが、今のように自動的に意思決定する以前は、様々なことを考え行動していたはずです。<br />
その考えと行動をいつも取り続けることにより固定してしまった結果、選択肢がなくなり、思い込みとなってしまったのです。</p>

<p>では一体、「私は人に認めてもらわなければならない」という思い込みはどのように形成されたのでしょうか。</p>

<p>心理カウンセリングの臨床経験から考えますと、親があまり子供をほめない、認めないケースが１例として考えられます。</p>

<p>子供は親から認められ、ほめられ、成長するものです。<br />
また、これにより自己存在を感じます。</p>

<p>しかし、子供時より親から認めてもらうこと、ほめてもらうことが不足しますと、何とか親を認めてもらおうと、過剰なまでに手伝いをしたり、テストで良い点を取ろうと頑張ったり、様々な行動・態度を取り続けます。</p>

<p>「親に認めてもらおうと」と子供時に考え、その考えにもとづく行動・態度を常に取り続けることにより、「認めてもらわなければならないと」と思い込みになってしまうのです。</p>

<p>そして、成長しても「私は認めてもらわなければならないと」と思い込んでいる結果、様々な無理をした行動・態度を取り続け、生き辛さをもたらすのです。</p>

<p>思い込みとは自動思考であり、無批判です。<br />
すなわち、これしかないと思い込んでいるのです。</p>

<p>思い込み「私は人から認めてもらわなければならない」<br />
・そもそも認めてもらうとは何なのだろうか<br />
・認めてもらった結果、何を得るのだろうか<br />
・認めてもらわなければ、何が起るのだろうか<br />
・何を恐れているのか<br />
・すべての人に認めてもらうことは可能なことなのだろうか</p>

<p>カウンセリングでは、私たちを苦しめる思い込みを明確にして、その思い込みを建設的な思考に書き換え、楽な行動・態度を取るよう、ご相談者様と共に考えます。</p>

<p>思い込みは私たちを縛り、生き辛さをもたらします。</p>

<p>もしかしたら、その思い込みは親子関係において、子供ながら一生懸命に考え、その親子関係・家庭を生きるために必要なものであったのかもしれません。</p>

<p>しかし、今の成長したあなたに必要なのでしょうか？</p>]]>
        
    </content>
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    <title>カウンセラーはカウンセリングにおいて話しをするのか</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/about_c/post_165.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.640</id>

    <published>2011-07-09T03:55:01Z</published>
    <updated>2011-07-17T10:34:01Z</updated>

    <summary>カウンセラーはカウンセリング中に話しやアドバイスをするのでしょうか？ 一般的な誤...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="カウンセリングへの想い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>カウンセラーはカウンセリング中に話しやアドバイスをするのでしょうか？<br />
一般的な誤解としてカウンセラーは話しを聞くだけと思われている印象があります。<br />
本当にそうなでしょうか？</p>

<p>でも、一般的にこの印象があるということは、話しを聞くだけのカウンセラーが多いのでしょう。<br />
しかし、私は思います。<br />
カウンセラーが話しを聞くだけではカウンセリングは不十分であると。</p>

<p>人は何を求めてカウンセリングに来られるのでしょうか？<br />
それは行動の変容なのです。</p>

<p>行動の変容とは対人不安の人が人を避けるのではなく、人と話しが出来るようになったり、<br />
何事も消極的な人が自分で考え結論を出し、責任を持って自主的に動けるようになったりと様々です。</p>

<p>人はある一定の状況において、一定の行動や態度のパターンを取り続けることにより、生き辛さを感じることが多々あります。<br />
この行動・態度のパターンを変えたいと思いカウンセリングに来られる方は大変多いです。<br />
少なくとも「心理オフィス　ステラ」に来られる方は多いです。</p>

<p>そうしますと、私（心理カウンセラー）がご相談者様の話しをフンフン聞いているだけでは、ご相談者様の生き辛さをもたらす行動や態度のパターンの変容のサポートが出来ないのです。<br />
ですから、話しを聞くだけのカウンセラーはある意味、役立たずになってしまいます。</p>

<p>もちろん相談内容によってはご相談者様の話しをじっくり聞くだけの時もあります。<br />
起った出来事の整理、今の心の整理、喪失体験等を話されている場合は、カウンセラーが話しやアドバイスをする必要はあまりないでしょう。</p>

<p>しかし相談の内容が生き辛さをもたらす行動や態度のパターンの変容の場合は、アドバイス、助言、提案も必要であり、カウンセラーが話す必要があるのです。</p>

<p>またある一定の状況において、一定の行動や態度のパターンを取り続けるということは、その行動を取ることを選択している考え方が背後にあります。</p>

<p>ご相談者様の生き辛さをもたらす考え方に対しては、カウンセラーの方から生きやすい考え方を提案する必要もあるのです。<br />
また、生き辛さをもたらす行動に対して、生きやすい行動のモデルを提案する場合もあります。</p>

<p>したがって、心理カウンセリングにおいて心理カウンセラーがずっと黙って話しを聞いているということは、私にとっては理解出来ないことなのです。</p>

<p>しかし残念ながら「カウンセラーはご相談者様に話しをしない、アドバイスをしないもの」と思い込んでいるカウンセラーが多いのも事実です。<br />
また、このことを指導している大手のカウンセラー養成校があるのも事実です。</p>

<p>でも、普通の経済感覚で考えても分かることなのですが。<br />
ご相談者様は今より生きやすく、よくなりたいと思いカウンリングに来られるのです。<br />
そのためには当然カウンセラーからのアプローチも必要でしょう。<br />
話しを聞くだけで高額なお金を頂くということは、サービスを受ける側からすると不満が残ります。</p>

<p>こう考えますと、話しを聞くだけのカウンセラーはサービスの提供をしておらず、仕事をしていないとなるのです。</p>

<p>考え方は様々です。<br />
しかし重要なことは、誰のために、何のためにカウンセリングは存在するのか。<br />
お金を頂くということは、どういうことなのか。<br />
考えれば分かるはずです。</p>

<p>カウンセラーはカウンセリング中に話しをすることもあり、また、アドバイスを行うべきものなのです。</p>

<p>私はそう思ってカウンセリングを行っています。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>依存しあう恋愛　成長と別れ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/renaifufu/post_160.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.634</id>

    <published>2011-05-09T09:56:32Z</published>
    <updated>2011-05-10T03:40:26Z</updated>

    <summary>もたれあう恋愛とでも言うのでしょうか。 お互いが自分の必要を満たすための恋愛、カ...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="恋愛夫婦相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>もたれあう恋愛とでも言うのでしょうか。<br />
お互いが自分の必要を満たすための恋愛、カップル。<br />
依存しあう恋愛・・・。</p>

<p>依存の恋愛においては、相手を支配する側と、相手に支配される側の２つが存在します。<br />
もちろんどのような恋愛においてもこの感覚はあるかもしれませんが、しかし、この２つの組み合わせが過剰なほど機能しますと、のちのち問題が生じます。</p>

<p>君子さん（仮称）は仕事を長く続けることが出来ません。それは人間関係を築けないからです。君子さんは常に自分が悪いという自分を責める感覚を持っており、常に自分や人生に対して虚しさを感じ続けています。<br />
そして誰かに自分を受け入れてもらえないと生きていくことが出来ないと思っています。<br />
その君子さんのパートナー（同棲中）である徹治さん（仮称）は、傷ついた彼女のそばにいることが、自分の役割であると思い、なぐさめそばに居続けます。</p>

<p>徹治さんの君子さんへの態度は父親と軟弱な娘のような感じです。<br />
常に君子さんを励まし続け、抑圧的で慢性的な体の重さを感じている君子さんの代わりに、仕事から帰ったあとも君子さんのために家事等を行い彼女に尽くすのです。</p>

<p>しかし実は徹治さんも心に虚しさを感じています。<br />
それは成育歴の問題より、人を信頼することが苦手なのです。<br />
彼は本当に心から信頼出来る友人等はいません。<br />
したがって自分に自己存在を依存してくる君子さんであれば、自分を裏切ることはないと感じ、君子さんの面倒をみることで彼女を縛り、心の安定を得ていたのでした。</p>

<p>しかしやがて変化がおこります。<br />
君子さんは、カウンセリングやセミナーを受けはじめ自分自身の問題と向き合いはじめたのです。<br />
そして、考え方や行動が徐々に変わっていき、人と分かち合うことが出来るまでになってきました。<br />
友達も増え、自己表現とは何かも体感してきたのです。</p>

<p>彼女は自分とつながり、自分以外の世界ともつながりはじめたのです。<br />
これに危機感を抱いたのが徹治さんです。<br />
今まで自分の中でしか生息出来なかった軟弱な女性が、自分以外の世界とつながりはじめたのですから、彼の心中は不安が高まります。</p>

<p>自分は捨てられるのではないか。</p>

<p>徹治さんは外出しようとする君子さんを引きとめたり、彼女の行動の監視を強化し、逃げられないように縛りはじめました。<br />
しかしこの行動は君子さんにとっては窮屈でしかありません。<br />
以前の君子さんでしたら彼の束縛は、自分を構ってくれているからと嫌々ながらも歓迎する傾向がありました。<br />
しかし、今は無理なのです。</p>

<p>それは彼女が成長したからです。</p>

<p>依存しあう恋愛においては、お互いが自分にＮＯの感覚を持っていることが多いです。<br />
だから自分を１００％受け入れてくれそうな人を選び、そこに居場所（依存する）をもうけるのです。</p>

<p>しかし、君子さんは依存から自立へと、舵を切ったのです。</p>

<p>そして今や徹治さんの束縛（以前は面倒をみてもらっていたという感覚）をわずらわしいものと感じてきました。</p>

<p>依存しあう恋愛は互いが依存しあうことに価値を求めます。</p>

<p>しかしパートナーのどちらかが成長して自立を歩みはじめる時、依存しあう恋愛は終わりを迎えるのです。</p>

<p>徹治さんからすると今まで自分があれほど尽くしてきたのにと思うかもしれません。<br />
しかし、残念ながら徹治さんの尽くすという行為の本質は、君子さんを縛るためのものであり、捨てられることを恐れてのことであり、結局は自分のためにしていた行為なのです</p>

<p>恋愛においてパートナーが成長し、互いのパートナーである彼、彼女を振り返った際、今後均衡を取ることが難しいと感じた場合は、必然的に別れが来るのです。<br />
別れを告げられた方は、自分の問題と向き合い、自分を高め、次に豊かな恋愛を期待しましょう。</p>

<p>いつまでも別れた相手に執着することはやめましょう。<br />
執着から得るものは何もありません。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>今の生き辛さと過去の生き辛さ　カウンセリングにおいて・Ⅰ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/ac/post_159.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.632</id>

    <published>2011-04-21T05:54:24Z</published>
    <updated>2011-07-26T05:32:41Z</updated>

    <summary>私たちがカウンセリングを受けようと思う動機は何でしょうか。 アダルトチルドレンの...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="アダルトチルドレン相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>私たちがカウンセリングを受けようと思う動機は何でしょうか。<br />
アダルトチルドレンの問題としては、自分が自分でない感じ、周囲の人間との不適応、これからの人生の不安、自分に自信が持てない等様々です。</p>

<p>共通して言えることは、今、生き辛さを感じているということです。</p>

<p>さて、この生き辛さはいつから感じているのでしょうか。<br />
おそらくは、今よりずっと以前から感じていることが多いのではないでしょうか。<br />
そして、この生き辛さと、機能不全家族の出であるアダルトチルドレンとはどのような関係があるのでしょうか。</p>

<p>アダルトチルドレンの方のカウンセリングをしていますと、今の生き辛さはいつから感じていますか？<br />
と質問をしますと。</p>

<p>「中学生、高校生あたりから」と答えられることが多いです。<br />
しかし、これは生き辛さに気がついた、意識した年頃であり、それ以前より生き辛さを感じていた可能性が高いと思われます。</p>

<p>と言うことは、子供時より何らかの生き辛さを慢性的に感じておられることになります。<br />
そして、これは小学生の時もあれば、幼稚園からの時もあります。</p>

<p>アダルトチルドレンの問題の根源は機能不全家族ですので、その問題を子供時、幼児期に抱えていたとしてもおかしくないのです。</p>

<p><br />
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★</p>

<p>アダルトチルドレン回復へのカウンセリング</p>

<p>１つのモデルとして、<a href="http://www.office-stella.com/10step.html" target="_blank">アダルトチルドレン回復へ　１０のステップ</a></p>

<p>☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★</p>

<p><br />
私たちは、今、生きています。<br />
そして未来に向かいます。<br />
そして、今も未来も過去を土台としています。</p>

<p>私たちは機能不全家族を生き延びてきました。<br />
そのためには、生き延びるための戦略を用いてきました。<br />
それは、親に怒られないため、無視されないため、少しでもほめてもらうため等様々な意図を持っています。</p>

<p>例えば子供時、親が子供に対して、親の期待を満たした時だけ子供をほめるとします。<br />
すると子供はどのような行動・態度でその家庭のなかにおいて振る舞うでしょうか。<br />
親は期待を満たさないと怒り、期待を満たした時だけ子供をほめます。</p>

<p>するとその子供の行動・態度は、親の期待を満たそうと一生縣命になるのではないでしょうか。</p>

<p>子供は以下の行動・態度のパターンを継続して果たします。</p>

<p>・親の期待を満たすために一生懸命頑張る<br />
・自分の要求はしない（親の期待と違うからしても無駄）</p>

<p>子供は自分の要求は無視して、親の期待を満たすためだけに頑張るのです。<br />
これが、機能不全家族を生き延びるために身につけた戦略なのです。<br />
しかし、残念ながらこの戦略（行動・態度）を果たし続けることは、自己喪失につながります。<br />
なぜなら親の期待を満たすために生きているのですから。</p>

<p>そして、この子供はこの行動・態度のパターンを取り続けることから、次の思考を形成します。</p>

<p>・親の期待を満たせない自分は価値がない。<br />
・自分の要求よりも、親の期待を満たすことに価値がある。</p>

<p>これらの思考、行動・態度のパターンを身につけ果たし続ける子供は、いかに生き辛い子供時をおくることでしょうか。</p>

<p>そして、この思考と行動・態度のパターンを延々と果たし続けるのです。<br />
これが生き辛さのもとであり、すなわち硬直した思考と、固定した行動パターンなのです。</p>

<p>やがて子供は成長して、次の生き辛さを抱えてしまいます。</p>

<p>・何事も完璧に成し遂げるまで頑張り続ける。<br />
・周囲の期待に応えようと一生縣命になる。</p>

<p>そして、彼は次のように思っています。</p>

<p>・周囲の期待に完璧に応えられない自分は価値がない。</p>

<p>いかかでしょうか。<br />
子供時の思考と、行動・態度のパターンの関連についてお分かり頂けたでしょうか。</p>

<p>子供時の思考<br />
・親の期待を満たせない自分は価値がない。<br />
・自分の要求よりも、親の期待を満たすことに価値がある。<br />
子供時の行動・態度のパターン<br />
・親の期待を満たすために一生懸命頑張る<br />
・自分の要求はしない（親の期待と違うからしても無駄）</p>

<p>成長した今の思考<br />
・周囲の期待に完璧に応えられない自分は価値がない。<br />
成長した今の行動・態度のパターン<br />
・何事も完璧に成し遂げるまで頑張り続ける。<br />
・周囲の期待に応えようと一生縣命になる。</p>

<p>この事例においてカウンセリングに来られる方は、完璧主義、周囲の期待を意識し過ぎる、または周囲の期待に応えるために周囲の依頼を断れない、その逆として頼めない、抱え込む等の生き辛さを抱えて相談に来られます。</p>

<p>カウンセリングにおいては、今の問題（行動・態度のパターン）を伺い、そのもとになる考え、すなわち思い込みを確認します。<br />
今の思い込みと、その思い込みから生じている行動・態度のパターンを明確にするのです。<br />
そして、機能不全家族を生き延びるための戦略、すなわち子供時の行動・態度のパターンと思考を振り返り、今と過去の関連を考え、生き辛さの根源を明確にしていきます。</p>

<p>まずこれが回復への第一歩です。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>自分に対する不適応</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/renai/post_157.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.631</id>

    <published>2011-04-11T10:12:08Z</published>
    <updated>2011-04-17T08:50:28Z</updated>

    <summary>私たちが生きていくうえで大切なこと。 それは、「自分が自分を信じる」「自分が自分...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="心の悩み相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>私たちが生きていくうえで大切なこと。<br />
それは、「自分が自分を信じる」「自分が自分を信頼する」ということだと思います。<br />
これは感覚的なものであり、言語で説明することは難しいです。</p>

<p>そして「自分を信じる」「自分を信頼する」という根底には、「自分はＯＫ」であるという感覚が存在しています。<br />
すなわち、「自分はＮＯ」ではないのです。</p>

<p>「自分はＯＫ」、これは自分が自分を認めていることです。<br />
「自分はＮＯ」、これは自分が自分を認めていません。</p>

<p>さて、私たちが生きていくうえで良好な人間関係を築くことは欠かすことが出来ません。<br />
良好な人間関係を築くためには、「自分が自分をどう評価しているのか」という問題と「人間関係を築くスキル（学習）」の問題が存在します。</p>

<p>自分に対する不適応の観点から考えますと、「自分が自分をどう評価しているのか」ということが焦点となります。<br />
すなわち、「ＯＫ」ｏｒ「ＮＯ」。</p>

<p>「自分はＯＫ」の感覚とは自分を認める、自分を信頼するということですので他者との関係性において、自分がどう評価されているかを過剰に気にすることはありません。<br />
まずは自分が自分を評価しているので、他者の評価をあまり気にする必要はないのです。</p>

<p>対人不安の方は他者からどう思われているかを過剰に気にします。<br />
これは自分が自分を評価しておらず「自分はＮＯ」の感覚を持っており、自己評価の基準をすべて他者に委ねているため、他者からの評価を過剰に気にすることになるのです。</p>

<p>自分が自分を認めないということは自分に対する不適応であり、自分の中に自分の居場所がないと言ってもいいと思います。<br />
なぜなら自分のことを認められるのは基本的に自分だけなのですから。<br />
その自分が自分を認められないということは、自分に対して厳し過ぎ、自分に対して不適応をもたらすのです。</p>

<p>また、自分に対して不適応ということは自分の中に自分の居場所がないということですので、その自分の居場所を他者の中に見出そうとします。</p>

<p>この典型的なパターンが、恋愛依存、共依存です。<br />
すなわち不安定な自分の心が安定するために他者を必要とするパターンです。<br />
相手との関係性が自分の居場所であり、その居場所を失うことを極端に恐れます。<br />
ですから様々な方法を用いて相手を縛ろうとします。</p>

<p>そして彼らは「淋しい」という言葉を口にします。<br />
これも、自分の中に自分の居場所がないことから来ると思います。<br />
自分の心の中に穴があいており、その穴を誰かに満たして欲しいのです。</p>

<p>自分に対する不適応。<br />
不適応の根源は自分が自分を認めていない、評価していないことです。<br />
「自分はＮＯ」。<br />
ですから、自分が自分の中にあるべき自分の居場所がないのです。<br />
（これは言葉を換えると、自分が自分を受け入れていない、自己受容の問題です）<br />
そのために他者評価を過剰に気にしたり、他者との関係性にしがみつこうとする傾向があるのです。</p>

<p>自分が自分を認めていないと、自分を信頼していないと他者との良好な関係を築くことが難しく、また自分を信じていないので未来に対する漠然とした不安を感じてしまいます。</p>

<p>自分に対する不適応の問題の改善は、自分を認めることです。<br />
そして自分の中に安全な自分の居場所をつくり、自分と適応するのです。<br />
そうすると、自分に対する自信や自己信頼感を獲得出来、「自分はＯＫ」の感覚を持つことも出来ると思います。</p>

<p>さらには他者との良好な人間関係を築くことが出来、未来に対しても何とかなるという自己効力感を持つことも出来るでしょう。</p>

<p>生きるうえで大切なこと。</p>

<p>自分を認めること。<br />
自分に優しくすることです。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>自分の悩みと人の悩みを比較しないでください　自分を大切に</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/about_c/post_140.html" />
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    <published>2011-04-01T03:08:14Z</published>
    <updated>2011-04-01T03:18:28Z</updated>

    <summary>カウンセリングを行っていますと、クライエントの方から次の言葉を聞くことが多々あり...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="カウンセリングへの想い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>カウンセリングを行っていますと、クライエントの方から次の言葉を聞くことが多々あります。</p>

<p>「こんな悩みでカウンセリングを受けにきてよかったのでしょうか・・・」<br />
「病気でもないのにカウンセリングを受けてよかったのでしょうか・・・」<br />
「私より苦しい思いをしている人がいっぱいいるのに・・・」<br />
「私の悩みや苦しみなんて、○○の人に比べたら・・・」</p>

<p>人は様々なことで悩みます。<br />
他者との関係、親子の軋轢、職場でのこと、これからの人生、子供時の生き辛さ、悩みの数は人の数だけあると思います。</p>

<p>そして人は皆各々、自分の人生を生き、様々な悩みを背負っているのです。<br />
この悩みに対応して解決することが出来るのは悩まれている本人しかいません。<br />
カウンセラーは理解者であり、伴走者であり、ちょっとしたアドバイスをする者にすぎません。</p>

<p>さて人は皆各々の状況に生き、各々の悩みを持っています。<br />
この悩みについては苦しさや辛さが軽いうちにカウンセリングを受ける等して対応、解決した方がよいと思います。<br />
苦しさや辛さが背負えなくなって、病期や精神疾患になってからカウンセリングを受けるよりは、症状の軽いうちに対応した方が、回復も早く、その後も楽だと思うのです。</p>

<p>またカウンセリングでは苦しく、辛い状態にならないように、考え方や感じ方を変える等のアドバイスも行います。<br />
すなわちこれは、苦しく、辛い状態に陥らないための予防なのです。</p>

<p>「こんな悩みでカウンセリングを受けにきてよかったのでしょうか・・・」<br />
「病気でもないのにカウンセリングを受けてよかったのでしょうか・・・」</p>

<p>心が苦しく、辛い状態である時はあまり我慢せずカウンセリングを受けてください。<br />
それが自分を大切にするということなのです。<br />
カウンセリングを受けてＯＫなのです。</p>

<p><br />
また、ご自身が抱えている悩みや状態を、他者と比較することはやめてください。<br />
人は各々の人生を生きています。<br />
各々生活する環境も生い立ちもすべてが違うのです。<br />
したがって、比較することに意味はないのです。</p>

<p>自分を大切にするということから考えますと、自分が抱えている問題を解決出来るのは自分だけです。<br />
ですから抱えている問題と向き合うことが悩まれている方にとって大切であり、他者と比較して自分の悩みはたいしたことはないと判断して、その悩の対応、解決を先延ばしにしても、何の利もないのです。</p>

<p>むしろ、問題と向き合わないことを先延ばしにしたことにより、事態を悪化させる可能性もあるのです。</p>

<p>「私より苦しい思いをしている人がいっぱいいるのに・・・」<br />
「私の悩みや苦しみなんて、○○の人に比べたら・・・」</p>

<p>人は皆、自分の人生を生きています。<br />
自分の人生を生きることが出来るのは自分だけです。</p>

<p>自分の人生と他者の人生を比較しても意味はありません。<br />
そもそも、比較から得る幸福、不幸、安定、不安定等ありえないからです。<br />
すべては、自分の心のなかにあるのです。</p>

<p>悩み、辛さを他者と比較するのはやめてください。</p>

<p>もっと自分を大切にしてください。</p>

<p>自分のことを大切に出来るのは、自分だけなのですから。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>生まれてきた目的　心理カウンセラー＆ヒーラーとして</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/spiritual/post_136.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.629</id>

    <published>2011-03-16T04:47:03Z</published>
    <updated>2011-03-16T04:48:43Z</updated>

    <summary>生まれてきた目的。 はたしてそのようなものあるのでしょうか？ 私たちは偶然の産物...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="人生心スピリチュアルへのメッセージ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>生まれてきた目的。<br />
はたしてそのようなものあるのでしょうか？</p>

<p>私たちは偶然の産物としてこの世に生を受けるのでしょうか？<br />
しかし、偶然は必然です。<br />
私たちが生まれてきたことが必然であれば、そこには生を受けた目的、すなわち生まれてきた目的があるのではないでしょうか。</p>

<p>私は子供時より親子関係より様々な生き辛さを経験して、何の楽しいこともなく人生をずっと過ごしてきました。<br />
アダルトチルドレンであり、自己喪失の病であったと思います。</p>

<p>しかし、今では私にとって過去の生き辛さの経験はすべて必然であったと思っています。<br />
すなわち、経験すべきことを経験してきたにすぎないのです。<br />
なぜなら、私の生まれてきた目的がカウンセラーとして人を癒すことであり、そのためには自分が様々な辛さを経験することによって、高い共感力を得る必要があったのです。</p>

<p>そして、私が今理想とするカウンセラーとはたんなる心理カウンセラーではなく、心理学を超えたカウンセラーであり、すなわち心理学とスピリチュアルを統合したカウンセリングをすること、顕在意識と潜在意識、両意識を考慮したカウンセリングが出来る、新しい時代の新しいカウンセラーなのです。</p>

<p>心理カウンセラーは心理学を理論的根拠として、顕在意識に対して言語を介してカウンセリングを行います。<br />
しかし、もう１つの意識、潜在意識については言語を介してカウンセリングをすることは難しいのです。<br />
したがって、言語以外の何らかの他の技法を活用してカウンセリングを行う必要があるのです。<br />
私の場合はシータヒーリングを技法として活用します。</p>

<p><br />
さて、私は２００２年６月、１４年間勤めた会社を心理カウンセラーを目指して退職しました。<br />
そして、退職した直後からスピリチュアルに大きな興味を抱きはじめました。<br />
（会社員の時はスピリチュアルにはまったく興味がありませんでした）。</p>

<p>それは退職直後から続く不思議な体験、シンクロニシティをタイミングよく経験しはじめたからです。<br />
私の常識を超えた、何か大きな力がこの世界には存在する。<br />
そのことに気づいたのです。</p>

<p>私が会社退職時より多々のシンクロニシティを経験したことも、必然だと思います。<br />
それは私をスピリチュアルの世界へ誘うメッセージでもあったのだと思います。</p>

<p>こう考えますと、子供時より生き辛さを必然的に体験して、その体験を活かすために心理カウンセラーになること。<br />
また、会社退職後から続くシンクロニシティ経験より、スピリチュアルに大きな興味を抱くこと。</p>

<p>やがて心理とスピリチュアルを統合したいと思うようになること。<br />
すべては必然ではないでしょうか。<br />
（また心理カウンセラーとして仕事をするうちに、心理カウンセリングの限界も知り、この限界を超えるにはスピリチュアルの力しかないとも思っていました）。</p>

<p>私の魂、輪廻の目的、生まれてきた目的は、心理とスピリチュアルを統合したカウンセリングを行うことが１つの大きな目標ではなかったかと今では思っています。</p>

<p>私が心理カウンセラーとして仕事をはじめたのは、２００４年4月からです。<br />
実はこれ以前に私はカウンセリングに関する予言を２つ頂いていたのです。</p>

<p>２００２年１２月　「あなたには一流のカウンセラーになる素質がある」<br />
これは、当時お世話になっていた心理カウンセラーの先生からの予言です。</p>

<p>２００３年２月　「あなたは心理学を超越したカウンセラーになる」<br />
これは、今もお付き合いのある、スピリチュアルカウンセラーの先生からの予言です。</p>

<p>今その予言の通りになっているのではないでしょうか。</p>

<p>１流のカウンセラーの定義は分かりませんが、私は自分なりのカウンセリングスタイルを持ち、それを展開出来る心理カウンセラーです。<br />
そして、心理学を超越したカウンセラーとは、今私が行っているシータヒーリングを技法として潜在意識に働きかけるカウンセリングのことだと思います。</p>

<p>私がカウンセラーとして仕事をする前からこれらの予言を頂いていたということは、私の魂がそうなることを強く望んでいたのではないかと思います。</p>

<p>生まれてきた目的とは、過去の体験から考えることも出来、また未来を開くため訪れるシンクロニシティ体験からも感じる、分かることが出来るのではないでしょうか。</p>

<p>それは、過去の体験もシンクロニシティも必然に起こっているからです。</p>

<p>心理学とスピリチュアルを統合した潜在意識カウンセリングを展開すること、心理カウンセラーでありヒーラーである「私で在る」ことは、私の生まれてきた大きな目的の１つであると思っています。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>潜在意識に対するカウンセリング</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/about_c/post_22.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.628</id>

    <published>2011-03-12T03:38:15Z</published>
    <updated>2011-03-13T08:52:33Z</updated>

    <summary>どのような癒しに関しすることでも、ある１つの療法のみでは問題の改善・解決に対する...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="カウンセリングへの想い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>どのような癒しに関しすることでも、ある１つの療法のみでは問題の改善・解決に対する限界は当然あります。</p>

<p>心理カウンセリングにおいても、問題の本質等により、その改善・解決に対する限界は存在します。<br />
私も限界についてずっと感じていました。<br />
それは「分かってはいるけど出来ない」「分かってはいるけどやめられない」症候群のようなものです。</p>

<p>さて、心理カウンセリングの目標の１つは行動の変容です。<br />
それは、自分の主張が出来る自分を目指したり、誰とでも雑談が出来る自分を目指したり、恋愛において１人でも不安を感じない自分を目指したりと、クライエントの方の理想の自分を叶える、すなわち行動の変容を目指しています。</p>

<p>私たちが何かを決定して動く時、そこには意識の力と感じる力が存在します。<br />
意識の力とは主に意思決定のことです。</p>

<p>例えば、自己主張出来ない人が自分を主張しようと思う。<br />
これは意思の決定です。<br />
また、恋愛依存の人が１人でいる時パートナーに沢山メールを送ることを控えようと思う。<br />
これも意思の決定です。</p>

<p>しかし私たちは意思決定をしても、そのことにチャレンジ出来ないことが多々あります。<br />
自己主張に対する不安、パートナーがいない不安に圧倒されてしまい、意思決定したことが出来ないのです。</p>

<p>しかし、皆頭では理解しています。<br />
自己主張しても自分のことを否定したり、傷つける人はいない。<br />
パートナーはたまたまの飲み会に行っただけ。私を捨てたわけではない。</p>

<p>でも、できない。<br />
圧倒的なコントロールできない不安のために。</p>

<p>これを、不安を感じる力と言葉を換えたいと思います。<br />
この不安を感じる力を軽減し、大丈夫と安心を感じることが出来れば、意思決定したことに対して、実行すること、行動することは出来るでしょう。<br />
すなわち、行動の変容です。</p>

<p>では、私たちの意思決定を阻害する、コントールが難しい圧倒的な不安はどこからくるのでしょうか。</p>

<p>意識には顕在意識と潜在意識の２つがあるといわれています。<br />
フロイトのいう意識と無意識の関係と思ってもいいでしょう。</p>

<p>したがって何かを意思決定して動く時、顕在意識、潜在意識、揃って同じ決定をしなくてはなりません。<br />
２つの意識が分裂していては行動に支障をきたします。<br />
そして意識の占める力の割合は、顕在意識１０％、潜在意識９０％と言われています。</p>

<p>さて、圧倒的な不安。<br />
これは潜在意識が感じている時が多いようです。</p>

<p>頭では分かっても、不安を強く感じる。<br />
この頭では分かっているという事態は、顕在意識では分かっているということです。<br />
しかし、顕在意識が分かっていても、潜在意識が分かっていないため不安を強く感じてしまうのです。<br />
「分かってはいるけど出来ない」「分かってはいるけどやめられない」症候群は潜在意識の問題であったのです。</p>

<p>潜在意識は意識の９０％を占め、強力な力を持っています。<br />
いくら顕在意識では分かっても、潜在意識が分かっていなければ、意思決定したことにチャレンジ出来ないかもしれません。<br />
（もちろん潜在意識の感じる不安を超えて、意思の力の基、行動できることも多々あります）。</p>

<p>私は以前より心理カウンセリングの限界を突破するために、潜在意識にアプローチ出来る有効な技法をずっと模索していました。</p>

<p>ヒーラー養成講座、ＰＯＭＲ、ＮＬＰ、占い、インナーチャイルド講座、催眠療法。<br />
どれも体験や習いはしましたが、違いました。</p>

<p>そして、出会った技法が「シータヒーリング」なのです。</p>

<p>私は潜在意識にアプローチして、潜在意識に教えるには「シータヒーリング」を活用します。<br />
シータヒーリングはヴァイアナ・スタイバル女史により創始された、独特のヒーリング技法です。</p>

<p>整理等です。<br />
行動の変容には意思決定が必要です。<br />
この際、望む行動を行うことに対して圧倒的な不安を感じている場合は、意思決定したことについて行動、チャレンジすることが難しくなります。<br />
顕在意識では意思決定をしたが、潜在意識が強い不安を感じているのです。</p>

<p>カウンセリングは主として言語により行われいます。<br />
すなわち、心理カウンセリングとは顕在意識に対して言語を用いて行います。<br />
しかし、潜在意識は難しい言語は理解することが出来ません。<br />
したがって、シータヒーリングを活用して、潜在意識にアクセスして教えるのです。</p>

<p>シータヒーリングを活用してヒーリングを行う人を、シータヒーラーと呼びます。</p>

<p>私は適正な心理カウンセリングも展開したうえで、シータヒーリングを活用します。<br />
それゆえ私はシータヒーリングの名称は控え、潜在意識カウンセリングの名称を使用します（潜在意識に対する技法としてシータヒーリングを活用します）。</p>

<p>元来の心理カウンセリングだけでなく、顕在意識と潜在意識を統合したカウンセリングを行いたいと思っています。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>未来における不適応</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/renai/post_21.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.627</id>

    <published>2011-03-10T03:54:03Z</published>
    <updated>2011-04-12T04:20:43Z</updated>

    <summary>未来、将来は不確定です。 ですから未来に進むには勇気が必要です。 誰も未来を保証...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="心の悩み相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>未来、将来は不確定です。<br />
ですから未来に進むには勇気が必要です。<br />
誰も未来を保証してくれないのですから。</p>

<p>では、未来に対する不適応とは何でしょうか。<br />
これは、不適応というより居場所の問題かもしれません。<br />
すなわち孤独の問題です。<br />
そしてもう１つ、未来に対するコントロール不能の不安感です。<br />
（自分ではどうしようも出来ないという不安です）</p>

<p><br />
望ましい未来。<br />
例えば結婚。</p>

<p>幸せを思い絵描き人は結婚に進みます。<br />
しかし、マリッジブルーという言葉があるように、幸せの期待に対しても不安が存在するのです。<br />
当然結婚も未来への前進ですから、結婚後の生活は本当は不確定です。<br />
（多くの人は幸せになると確信を持って結婚に進まれますが・・・）。</p>

<p>結婚した後、彼は私を捨てないだろうか、彼は育児を手伝ってくれるのだろうか、経済的にやっていけるのだろうか、彼（彼女）の実家とうまく付き合えるのだろうか、自分は本当に妻（夫）として相手にとって最適であるのか、等々。<br />
不安を考えはじめるとキリがありません。</p>

<p>２人の関係に不安を感じるとするならば、それは２人の関係において、自分の安全で安心出来る居場所の不確定について悩んでいることにつながります。<br />
そして結婚生活を幸せにおくれないのではというコントロール出来ない、不安を感じているのです。</p>

<p>さて、未来に関する不安、不適応、居場所の問題について、もう１つ例をあげます。</p>

<p>それは「昇進」です。<br />
多くの会社勤めの方は組織において昇進を望まれていると思います。<br />
給与も増えます。そしてそれだけ責任も大きくなります。</p>

<p>昇進後に不安があるとすれば、自分にこの仕事は出来るのだろうか、責任を果たせるのだろうかという不安ではないでしょうか。</p>

<p>１人で何でもしなければと思うと不安です。<br />
昇進したのは良いものの、孤独、居場所がないと感じてしまうかもしれません。<br />
また仕事に対する責任感より逃げだしたい気持ちを抱き、仕事に対して不適応を感じるかもしれません。<br />
またこれも仕事に対するコントロール不能、自分ではどうにもならないのではという不安を同時に感じています。</p>

<p>でも、職場に自分が信頼出来る部下がいたとしたらどうでしょう？<br />
また、信頼出来る上司は？<br />
相談出来る人がいてくれたとしたら？</p>

<p>すべてを１人で抱え込む不安を感じなくてすむかもしれません。</p>

<p>この事実より大切なことは他者との人間関係、サポート体制があるかどうかです。<br />
人間関係が良好、自分をサポートしてくれる体制があれば、人は未来に進む不安も和らぐのではないでしょうか。<br />
それは、誰か自分を助けてくれる人がいるという安心感です。</p>

<p>そして、それ以上に何よりも大切なことは、自分は出来るという自信。<br />
事態や状況を何と出来るという自己効力感があるかどうかです。<br />
すなわち事態や状況をコカトロール出来るという感覚です。</p>

<p>結婚にしても、昇進にしても、未知なる世界への旅立ちです。<br />
今まで慣れ親しんできた世界とは違います。</p>

<p>それでも、自分はその場に適応出来るであろうという自信があるかどうか。<br />
そして、パートナーや周囲の人を信じる気持ち。<br />
問題が生じた際は、１人で抱え込むことなく、自分をサポートしてくれる人々が自分の周囲にいてくれるかどうか。<br />
これらのことを感じることが出来るのであれば、未来のその場に安心出来る居場所が在ることが分かり、不適応の問題で悩むことはないでしょう。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>愛と責任を果たすことは　違うということ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.office-stella.com/ac/post_6.html" />
    <id>tag:www.office-stella.com,2011://3.626</id>

    <published>2011-02-21T04:40:03Z</published>
    <updated>2011-02-22T05:38:51Z</updated>

    <summary>おじいちゃん、おばあちゃんが「孫はかわいい」「本当に可愛いい」とよく言われますよ...</summary>
    <author>
        <name>stella</name>
        
    </author>
    
        <category term="アダルトチルドレン相談集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.office-stella.com/">
        <![CDATA[<p>おじいちゃん、おばあちゃんが「孫はかわいい」「本当に可愛いい」とよく言われますよね。<br />
「ただ可愛がっていればいいから。楽だ」とも言われます。</p>

<p>この発言より、孫は可愛がっていればよいだけですが、自分の子供に対しては、可愛がっていただけでは不十分であったという事実が読み取れます。<br />
不十分ということは、可愛がる以外にプラス何かが必要であったということです。</p>

<p>そのプラスとは何でしょうか。<br />
それは「責任」です。<br />
「子供を育てるという責任」なのです。</p>

<p>おじいちゃん、おばあちゃんの孫に対する接し方は、可愛いくてしかたがないのですから、これは無条件の愛でしょうか。<br />
その存在が愛おしくてたまらないのですから、無条件の愛と言ってもいいと思います。</p>

<p>しかし、おじいちゃん、おばあちゃんも、自分の子育てについては、子供を育てるという責任を果たさなければならず、責任を果たすための教育やしつけ等から、子供に対しては条件づけの愛になってしまうことも多々あったのではないでしょうか。</p>

<p>この責任は、子供を一流の大学に入れなければならない、一流の企業に入らなければならない、女の子は控えめでなければ結婚出来ない等、様々な親の価値観や考え方にもとづいています。</p>

<p>すなわち親は親の価値観にもとづく理想的な大人になるよう、子供を育てていくのです。<br />
これが親の子育てにおける果たす責任なのです。<br />
したがって子供に対して自分の理想の枠にはめて育てようとする気持ちが強ければ強すぎるほど、親の理想を満たした時だけほめる条件づけの愛情表現となったり、理想を満たせない時は罵倒して奮気を促す等、いきすぎた教育及びしつけとなってしまうのです。</p>

<p>この苛烈な子育てには、自分の抱く理想の大人になって欲しいという親の過剰な責任感における焦りがあるのです。</p>

<p>しかしこれはあくまでも親の理想であって子供の意思ではないのです。<br />
どのような人間になるのか、どのように大人に成長するかの主体は、その人生を生きる子供に選択権があり責任があるのです。</p>

<p>親が子供に対して親の望む理想の大人像、人間像の枠で子育てをすることは間違ってはいません。<br />
教育やしつけの観点から考えても、白紙の子供には教えて指導しなければならないからです。<br />
しかし、子供がある一定年齢に達した時や子供が自分の意思を表明した時に、子供の意思や考えを尊重出来るかどうかが重要なのです。<br />
例えば親が子供に野球を習わせていても、子供が書道を習いたいと言った時、子供の意思や思いを聞き、子供に対する親の価値観を放棄出来るかどうかが、その後の子供の人生や性格に大きく影響するのです。</p>

<p>親が子供の意思を尊重して、親の理想や価値観から外れることを許した場合、子供は自分の好きなことにチャレンジが出来、達成感や成功感を味わうことが出来るかもしれません。<br />
しかし親が子供の意思を無視して、自分の価値観を押し付け続けた場合は、子供は自分の意思を放棄して親に従わざるを得ません。<br />
すると子供は抑圧的でチャレンジ精神のない大人に成長するかもしれないのです。</p>

<p>親には子供を育てる責任があります。<br />
これは事実です。<br />
そして白紙で生まれてくる子供に対して様々なことを指導、教育しなければなりません。<br />
したがって、どこまで指導、教育するかです。</p>

<p>行き過ぎた指導、教育は調教になってしまうかましれません。</p>

<p>責任ある子育ての観点からすると、親には我が子を一人前の大人にしなければならないというプレッシャーは当然あると思います。<br />
しかし、一人前の大人とは、親の価値観に基づく人間ではないことを認識しなければならないのです。<br />
この責任を果たすプレッシーより、子供を親の価値を満たした時だけほめたり、満たさない時は罵倒や無視をし続けると、子供はのびのびとした子供時を過ごすことが出来ず、その結果常に委縮して、自己信頼感を培うことが出来ず、それゆえ人間関係を築くことが困難になったりと、親の価値観の枠にはめようすればするほど、親の価値観の枠にはまるほど、子供の生きる力は失われてしまうのです。</p>

<p>自己喪失です。</p>

<p>したがって子育てにおける責任を果たすということと、子供を愛することは違うのです。</p>

<p>愛の定義は難しい。</p>

<p>でも１つ言えること。</p>

<p>それは、その人を尊重しているかどうかです。</p>

<p>子供を尊重しているかどうかです。</p>

<p>子供の意思を尊重しているかどうかです。</p>

<p>子育てにおける愛には、子供の意思を尊重するということが重要だと思います。<br />
（あらゆる人間関係でも重要ですが）。<br />
人を思う気持ちや、道徳、社会の規範を教えることは子供が１人の人間として生きていくうえでは知っておくべきであり大変重要なことです。<br />
親が子育てにおいて果たすべき最小限の責任とはこのようなことではないでしょうか。</p>

<p>でも、それ以外は自由です。<br />
何をするか、どう生きるか、進路、将来の夢や仕事等については子供が成長するにつれ自分で考え、自分で決定するものだと思います。</p>

<p>そして子育てにおいて大切なことは、親と子の円滑なコミュニケーションです。<br />
すなわち子供が自由に親に相談出来る場や雰囲気があるかどうかです。<br />
親の子育てにおける責任とは、子供の気持ちや意思を聴き、子供の意思を尊重し、人生の先輩としての良識あるアドバイスをしてあげることではないでしょうか。</p>

<p>あとは子供が自分で決めることです。</p>

<p>また応援や援助については出来ることはしてあげ、出来ないものは出来ないと、きっぱり言えばいいと思います。<br />
その後のことは子供が自分で考えて決めるでしょう。<br />
そして、いつでも自分の帰ってくる居場所があるということを教えてあげれば、子供は結果に憶することなく、自分で決めたことにチャレンジするのではないでしょうか。</p>

<p>親の価値観からはずれ、チャレンジするのは自由であるが、失敗してもあなたの帰ってくるところはありませんと宣言してしまうと、子供は失敗を恐れ委縮してチャレンジ出来ないかもしれません。</p>

<p>（もちろん成長した子供が自分で勝手に決めて、失敗した後の居場所まで何で用意しなければならないのだという親の意見もあると思います。<br />
それはそれでいいのですが、そこには親の自分の価値観に従わない子供に対して復讐の意図があることを認識しているかどうかが大切です。また、この気持ちを親が持っていますと、チャレンジして結果を出せなかった子供は帰る場所がなく、ここから親を恨む気持ちが生じることもあります。親子断絶を望まれるのならそうしてください）。</p>

<p>長々と書いてきました。<br />
子供を愛する気持ちと、子育てにおけるに責任を果たすことは別です。<br />
責任を果たそうとする気持ちが強すぎ、親の価値観を子供に押し続けますと、子供は自由を奪われ親に支配されたという気持ちを抱き成長します。<br />
そして、成人した後、「親にしっかりと愛されなかった」「尊重してもらえなかった」と訴えることになります。</p>

<p>親にそのつもりはなくても、子供はこのように受け取ってしまうのです。</p>

<p>ポイントは、子供が親の価値観に基づく期待を満たせなくても、その存在を尊重してあげることが出来るかどうか、結果を出せなくても頑張った子供を認めほめてあげることが出来るかどうか。<br />
そして、子供が自分の意思を表明した時、向き合ってあげることが出来るかどうかではないでしょうか。</p>

<p>ほめること、向き合うこと、理解してあげること、認めてあげること。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
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