虐待としつけ 

思わず子供を叩いてしまう。
また、やってしまった・・・。
親であれば、経験され、そのことに悩んでいる方も多いと思います。

これは虐待か。

親は子供を育てる責任があります。
社会人として人に迷惑をかけない人になって欲しい、道を踏み外してもらいたくない、このように、子供のことを心配して、将来を心配して、さらに子供に諭しても分かってもらえない苛立ちが、怒りとなって子供を叩いてしまうのでしょう。

子供を叩ければ、それがすぐ虐待とは、私は思いません。
そこには、親の純粋な思いがあると考えているからです。
しつけなのです。我が子のことを思うあまり。
でも、叩いてしまうことが常になっているのでしたら、それは何か、考え振り返る必要はあるでしょう。

昔は教師でも、叩いてしつけていた時代がありました。
私自身、中学時で目撃しています。

先生が生徒を叩いて、蹴っていました。
でも、その生徒は常に態度の悪い生徒であり、痛い思いをしないと分からない生徒なのだと思いました。
誰もその先生を批判しなかった。
(私の当時の気持ち、よくぞ悪を裁いた、拍手喝采)。

教師の理由なき体罰、暴力は容認されるものではありまのせんが、前例の場合は、おそらく家庭でしつけられていないから、学校(先生)がしつけたのではないかなと思います。
⇒この話は、35年以上前の話し。

さて、虐待ですが。
私は母から軽い虐待を受けていました。

それは、私がテストや成績で悪い点を取るたびに、母に叩かれていました。
この叩くという行為の背景は、母の自分が子供に課す期待を私が満たせない、その勝手な期待から怒りが発生して、叩く、罵倒へと続くわけですから、本当に私の人間性を考えて等の話しではありません。

それに、私は勉強しなかった子ではありません。
勉強しても出来なかった子なのです。

そして、時には脅し、私のこもる城(部屋)を焼き払おうと、火をつけ、こげくさい臭いをさせる。
(母よ申し訳ない。しかし、全て事実、申し開きは出来ないであろう)。

母は私の子供時何回か言った。
「あんたには、気違いの血が流れている」。
しかし、本当の気違いはどこの誰だ・・・。

虐待。
親が子供の思いや、人生等は一切考えず、その場、その場の感情が抑えられず、子供を叩く、罵倒を繰り返す。
これが虐待の1つ。

虐待の目的の1つは、親が子供を自分の意思に従わせる、期待を満たせるために、恐怖を味合わせることによって、親の意に添わせるのであり。

この意味においても、虐待は子供の人権を蹂躙していることとなります。

また、さらに虐待のひどい場合は、子供をいじめて喜ぶ。
親に人間性のかけらもありません。

このタイプの親は、法の下、処罰の対象となります。