多々 半面教師として

私は今まで生きてきて
このような人になりたいと、

誰かを自分の、人としての理想のモデルとして、

憧れの目で見たことは一度もありません。

その人の持っている、社会行動のスキル、態度、振る舞い等の一部を
取り入れたりは、真似をしたことはありますが。

自分ではない、別人格の人を理想として、

その人のようになりたいとは思えないようです。
そもそも、自分でない人を、自分の理想にすることは、

歩んできた人生経験の違いがあります。
人生経験が違うということは、経験の差より、人として根本的、本質的な違いがあり
ある人を自分の理想とすることは、人としての本質的な違いから、

不可能であると思えてしまうのです。

あの人のような、役割を果たせる人になりたいというのであれば
まだ、話しは分かるのですが。
ある人を自分の理想の人にすると・・・。

私は人を理想とするより、人を半面教師として、見て、学んでいる方が強いように思います。

それは、批判的というよりも
このような態度、振る舞いをすると、他者を傷つけることにつながる等、

その場その場で学び感じる。
だから、自分は同じことをしないように、気をつけよう。こんな感じです。

私の一番の半面教師は親でした。
機能不全家族だからしかたのないこと。

そして、今では、自分自身を一番の半面教師としているかもしれません。
常に自分を振り返り、反省する。
少し過剰反省し過ぎているかもしれません。
ほどほどにしようと思います。