コラム
京都
28日 木曜日。
私が幼稚園高学年~小学3年生まで過ごした京都に行って来ました。
私は京都市役所の近くに住んでいたのですが、やはりこの近辺を歩きますと、
胸が締め付けられるような、チクチクするような動きを感じます。
残念ながらどのように過ごしていたのか記憶はあまりないのですが、
感覚的なものが残っているようです。
寺町商店街のお香の香り、そして風鈴の音色。
なつかしさを感じました。
私は京都の街が好きだということを改めて実感しました。
今日のカレー
今日は私用があり昼から出勤しました。
ルームに向かう途中、大阪駅前第二ビルの地下1階を通りました。
ハンバーグとトルコライスで有名な店の前を通りますと、辛口カレー販売と書いてあります。
このカレーは同ビルの地下2階で以前営業していたカレーの味です。
私も以前食べました。
ただ私は激辛を当時食べました。
今回この店は激辛はなく辛口のみです。
辛口で辛さのパンチ不足の感はあったのですが、なかなか辛く、おいしく頂けました。
脳波
昨日夜のテレビ(雨あがり司会)で、脳波の測定等放映していました。
司会者がボールを動かすことに集中して、脳波のエネルギーにより実際にポ
ールを動かす等です。
酔っ払って見ていたので詳細は曖昧です。
しかし脳波の高まりでポールを動かすことが出来るということは、念ずれ
ば、想いが現実を創る・・・に似たことかなとも思いました。
暑いですね・・・でも変化が
今日も暑いですね。
でも以前の暑さと比べて変化は起こっています。
それはセミが鳴いていないということです。
虫は季節の変わり目を知らせるのでしょう。
秋はそこまで来てるような気がします。
京都は暑かった
昨日京都市と向日市に行ってきました。
本当に暑かったです。
6時間ほどうろうろしていたのですが、ペットボトル3本飲んでしまいました。
何をしに行ったかですが。
アダルトチトルドレンである私は子供時の記憶が欠落していますので、小学生時の記憶を何か思いだすかなと思って行きました。
今回の件については、アダルトチルドレン回復へで詳しく書きます。
昨日は
昨日は終戦日でした。
私は戦争の悲惨を体験していません。
戦争は悲惨で残酷です。
しかし日本人にとって基本的人権はこの悲惨な戦争の終戦以降獲得したように思うのです。
そして人権のなかでもすべての人は平等であるということは大変重要です。
平等の思想やそれに伴う自由の獲得。
今や当たり前の「自由」ですが・・・。
今の私たちが手にしている「自由」を世界の歴史から考えると、どれだけ多くの人々の犠牲の上に成り立っているか。
当たり前すぎて振り返ることはないかもしれませんが。
「自由」とはありがたく、尊いものなのです。
土曜日はカレー
最近土曜日はカレーを食べています。
昨日は堺筋本町のキーマカレーを食べに行きました。
雑誌でも紹介された店なのですが・・・。
もう一度食べたいとは思いませんでした。
私の趣向が激辛なので。
好みが合わなかったのです。
選択の自由
私たちは自由です。
でも何に対する自由でしょうか。
または何からの自由でしょうか。
それは「選択の自由」です。
私たちは公序良俗に反しない限り何でも選択して実行出来るのです。
しかし、何を選択するか、何を選択しないか、何を実行するか、何を実行しないかによって、その人の人生は変わってきます。
選択の自由とは、その選択と行為により、自分とは何者であるかを決定するのです。
今日はお休み
今日は久しぶりの完全休日です。
休みの日には何をするか。
昨日飲み倒しましたのでヘロヘロです。
ですから、昨日の続きで朝から飲んでいます。
たまにはいいでしょう。
最近はじめたこと
カウンセリングルームの雑巾がけ。
それから自然との会話。
会話と言っても、動植物をよく観察したり。風を感じたりですが。
飲みに行くということ
皆さんはどのような時に飲みに行かれますか?
私にとって飲みに行くということは「親交」を深めることです。
それは、知的レベルではなく感情レベルでも深く接する。
飲みに行く時は、心理カウンセラーという枠は取っ払います。
でないと堅苦しい。
そしてあまり隠し事はせず、本音でオープンに語り合う。
そうしないと親交は深まりません。
最後の福
2日前の日曜日。
カレーを食べにいきました。
そのカレー屋さんは15時閉店ですが、15時20分まだオープンしていたので入りました。
私が入店した直後クローズに。
本日の最後の客です。
豚カツカレー激辛を頼みました。
そしてなんと、注文したカレーはルーが大盛りになっていました。
本日最後のルーなのか、サービスか分かりませんが。
最後の福。
ラッキーなことです。
私もそう思います
自分が見つけられない、と言う人がいる。
しかし自分自身とは見つけるものではなく
創造するものなのだ。
トーマス・サズ
私は何を恐れていたのか
昨日のことです。
17時から友達と飲みに行く約束をしていました。
朝から飲むことを楽しみにしており、私用で地下鉄に乗っていいました。
飲み会の席で横に若い女性が来て、「心理学・カウンセリング」の本を読んでいるor話しをしているイメージが湧いてきて離れません。
そして、そのイメージの中で私はその女性に対して「カウンセリングに興味があるのですか」とたずねているのです。
このようなイメージを抱きながら地下鉄に乗っていました。
そして、私が降りる駅のひとつ手前の駅で若い女性が私の横に座りました。
女性は何か冊子を見ています。
何とその冊子は大手カウンセラー養成校の案内冊子だったのです。
これは・・・・・
まさに!!!
シンクロニシティ。
「カウンセリングに興味があるのですか」
残念。
聞けませんでした。
何を恐れていたのでしょうか。
一言たずねてもよかったのに・・・。
シンクロニシティは意味ある偶然。
必然です。
彼女とは何らかの関係性がある人だったかもしれないのに。
シンクロニシティを感じたら。
進まなければ。
そのチャンスは2度と巡って来ないかもしれないのですから。
次のステージに進むことを阻むものは
人は生きることにおいて、次のステージに進むことを望む傾向が強いです。
でも、あれだけ望んでいた次のステージに到達した瞬間より苦痛を感じる人もいます。
さて、次のステージですが。
これは、昇進、独立、結婚、出産、病気が治る等、その人が豊かに生きるため、夢を叶えたステージです。
しかし、昇進後のストレスからの鬱、結婚、出産後の不安よりの鬱、独立後の不安感。
新しいステージは未知の世界であり、「さぁ、これから」という期待よりも、不安にむしばまれることもあります。
また、心理カウンセリングをしていますと、精神疾患の症状が治ることに不安を感じる方も稀におられます。
これは治った後の不安からです。
未知の世界へ進むことの不安です。
不安とはやっかいなもので、望む次のステージに進むことを阻む原因にもなってしまうのです。
いかに不安に対応するか。
人生を開くためにも大切なことなのです。
すべてのことには意味がある???
すべてのことには意味がある。
すべては必然として起こっていますという考え方があります。
これは非常に微妙です。
確かにそうかもしれませんが、あまりにも般化しすぎているかもしれません。
私はすべてのことに意味があるとまでは言いませんが、人生の節目に起こること、その結果次のステージに進む、何か学びを得る出来事等は必然であり、そこには意味があると思っています。
今までの経験から振り返りますと、サラリーマンをしていた14年間はあまり意味ある出来事には遭っていないような気がします。
しかし、退職後心理カウンセラーを目指してからは、結構意味のある出来事と遭っています。
すなわちその出来事から自分の人生が開ける、前進する、学ぶこと等は多いと感じています。
この違いはサラリーマンの頃は無目的にダラダラ生きていました。
しかし、退職後は目的意識(心理カウンセラーとして仕事をする)を強く持って生きています。
意味ある出来事との遭遇とは、自分が目的意識を持っているか、否かに大きく影響されているのかもしれません。
これも想いの力の影響でしょうか。
今という時は
過去私たちがどのように想いで過ごしてきたか、そのエネルギーの向かう方向により未来は決定するのでしょうか。
未来は数限りなくその選択肢があるかもしれません。
しかし、私たちが今未来に向けて発するエネルギー、過去に発し続けたエネルギーが未来を創るとしたら・・・。
そうすると、今という時は・・・。
こうありたいという理想の未来のために、今という時が在るのかもしれません。
理想の未来へ行くための必然の通過点かもしれません。
確定しているであろう未来に向かうための今と考えれば、今に対する不安はなくなります。
そして発し続けるエネルギーは、想いなのです。
雑誌の取材受けました
昨日は3時より雑誌の取材がありました。
インタビューアーは大仁田 厚氏でした。
以前からテレビでは拝見しておりましたが、プロレスラ−の頃と比べて、やせられたように感じました。
インタビュー内容は「心理カウンセラー 柴田紀」についてです。
緊張はしなかったのですが、やはり生まれてはじめて著名な方にお会いしたので、疲れました。
雑誌掲載については、それのみで集客アップにつながるとは思えませんが、HPに掲載記事と写真をアップしようと思います。
これはイベント、記念行事です。
また、掲載後報告します。
でも、疲れました。
新月への願い
ジャン・スピラー著。「魂の願い 新月のソウルメイキング」を読みました。
難しいところはとばしましたが。
確かに。
新月に願いをすると、叶うことがあります。
3月、4月と願ったのですが、その時の欲しい願いは叶いました。
不思議です。
なぜ、新月の願いが叶うのかは今ひとつ分かりませんが。
理屈ではなく、現象として起こっているので、その事実を受け取り、これは真実であると認識したいと思います。
次回の新月は、5月14日、10時6分です。
この後、8時間以内に願ったことは、高確率で現実のものとなっていきます。
※ でも、新月とは何か?
物理的なことはうまく説明出来ません。
不思議な親子
先日電車に乗っていた時のこと、60代ぐらいの女性と、30代ぐらいの男性が席を隣にして座っていました。
親子でしょう。
男性は本を読んでいるのですが、女性はそれには構わず話しかけていきます。
男性もそれに少し苛立ちを含んだトーンで応えています。
それでも会話は続いていくのです・・・。
ルームオープンから3年
3年前の9月9日、土曜日。
マイカウンセリングルームがオープンしました。
3年前のことは今もはっきり覚えています。
3年間、ずいぶんと早く月日は流れるものです。
今はカウンセリングが中心ですが、近い将来グループワークや心理カウンセラー養成講座も開講したいと思っています。
今年の夏
暑い夏が通りすぎていこうとしています。
しかし、今年の夏は暑さを体感したこともありましたが、比較的過ごしやすかったように思います。
体は昨年の猛暑を記憶しており、昨年と比較しても涼しかったように感じています。
しかし、昨年は猛暑、今年は冷夏。
これも地球温暖化による極端な変動でしょうか。
地球と宇宙
最近瞑想をして浮かぶイメージです。
足元は地球、頭上には宇宙。
このイメージが出てきます。
前回のゆったりとした呼吸もそうですが、自分のなかの何かが変わってきているのでしょうか。
呼吸が変わった
7月4日の土曜日のことです。
信号待ちをしていました。
普段でしたら人も多く、なかなか表示の変わらない信号にイライラするのですが、深呼吸をして息を吐く時間を長くしてみました。
これを数回すると不思議なことが起こりました。
何か自分がそこに存在していると実感出来たのです。
そして、周囲のことは気にならなくなりました。
イライラや批判心も静まり、穏やかです。
あれから、2週間たちますが、今もゆったりした感覚で過ごしています。
話し声が
先日のカウンセリングのことです。
クライエントの方を待っている待時間に上の部屋から声が聞こえてきました。
声が聞こえるといっても、壁を伝って聞こえてくるので何を言っているのかは分かりません。
普段は静かなのですが、お客さんが数人来られているのでしょう。
しかし、クライエントの方が来る数分前には静かになりました。
暗いシルエット
夕日が落ちて夜を迎える直前。
ほのかに薄暗い景色を見ると、建物や木が黒いシルエットとして浮かんでいます。
私はこの風景が好きです。
何か自分の心のふるさとのような気がするのです。
予約ブッキング
先日、カウンセリングにおいてのことです。
土曜日予約の方が来られませんでした。
おかしいなと思い、予約メ−ルを見ますと、日曜日の同時間帯の予約だったのです。
しかし、日曜日はすでに予約が入っています。
どうしようかと思い30分程たった頃、日曜日に予約をされていた方からキャンセルの電話が入りました。
偶然の再会
昨日キャリアコンサルタントの研修会がありました。
席は2人がけの席です。私は空席に座りました。しばらくすると女性が私の横に座られました。とくに意識はしませんでした。
そして昼休みその女性が話している声が、少し離れたところから聞こえてきました。
その声から思い出しました。
職場の支部の方だと。
1年前に一度会っただけでほとんど覚えていなかったのですが、声から思い出したのです。
数字の偶然
私の勤務先に富永(トミナガ)さんがいます。
彼女は先日不動産見積もりのサイトに自分の携帯の電話番号、090-0000-0000を登録したところ、ナガトミさんという見知らぬ方から電話がかかってきました。
何と富永さんは、080-0000-0000の間違った、ナガトミさんの電話番号を不動産見積もりサイトに登録していたのです。ナガトミさんは身に覚えのない不動産会社からの電話にびっくりして、そのことを富永さんに伝えてくれたのでした。
9と8が違い、あとは同じ番号。しかも、名前もトミナガとナガトミ。
びっくりの偶然です。

