ひねくれた姿勢態度

ひねくれる。
三省堂 新明解 国語辞典によると
「性質、考えなどが、すなおではない」と明記されています。

さて、ひねくれた人とは、一般の人に比べて、考え方、行動が素直ではなく、他の人からとっつきにくい人等、思われてしまうのではないでしょうか。

ひねくれの表出現象は、言動、態度であったりすると思いますが、イメージを言語化するのが難しく、読者の方のイメージにお任せしたいと思います。

さて、ひねくれ、ひねくれている。

私は、これは、その人の自己防衛だと考えます。

ひねくれた行動、態度、姿勢を取ってはいますが、その裏には、本当は自分なりの素直さ等もあるのではないでしょうか。
しかし、それを表現出来ない何かがある。

それは、もしかしたら、、過去、人から傷つけられた経験があり、だから、自分を守るため、敢えて、ひねくれた言動、態度、姿勢を取り、人を寄せつけまいとしている。

私にはそんなふうに感じます。

しかし、ひねくれの発揮から得るものは少なく、逆に、自己の立場、他者からの心象を悪くするだけです。

ひねくれる姿勢を取り続けるには、それなりの、何かがあったと思いますが。
現実を見て、考え、今も、ひねくれた姿勢を取り続ける必要があるのか、再考することです。

ひねくれの中にも、人としての個性は多々あると思います。
その個性を、オープンに社会的に好まれる形で、発揮した方が、人生の実りも違ってくると思います。

私も大学時、ひねくれた人間でした。
背景には、他者に対する諦め感、自分を分かってもらえないという思い込みの強さがありました。
また、人を寄せ付けたくにかった。

でも、自分が変われば、人が抱く自分に対する思いも変わるものです。

ひねくれた姿勢を発揮し続けることが悪いとは言いません。
しかし、ひねくれた自分にこだわり続けると
人を敵に回すことも多くなり
人生の実りを削いでしまうかもしれません。
そして、人から理解を得ることもなく、真の個性を発揮する場を失ってしまうかもしれないのです。

人生の実りを体験したいのであれば、人との縁を大切にすることだと思います。
自分を過剰に防御せず、素直な気持ちでいること。
大切ではないでしょうか。