子供時の失望感とピアノ

〇タイトル:子供時早期に抱いた失望感

私は中学2生まで、幼稚園時からずっと、ピアノを習っていました。

ピアノはまったくおもしろくないもので
父の希望で習っていました。

父は私を音楽大学に入れて、ピアニストにしたかったようです。

したがってピアノのレッスンは、京都市の北区、音楽教室は京都市の左京区
小学生4年時、向日市に引っ越しましたので、遠い所まで、よく習いに行ったものです。

さて、小学5年生の時、ピアノに対して転機が訪れました。
ピアノの先生から、どうも私にはピアニストになる素質がなく
先生の上の先生に、そのことを判断してもらうようにと
父に話しがあったのです。
(父は毎週日曜日、私のピアノのレッスンについてきていました)。

そして、その偉い先生の前で、私がピアノを弾いたところ
ピアニストは無理と言われました。
そして、京都市北区の先生との関係は終わり
(ピアノの先生は他の先生をご紹介頂きました)。
音楽教室もやめました。

この時の感覚、はっきりと覚えています。

何のために、ピアノなんて習っていたのだろう。
好きでもないのに。
虚しい、失望。

それに、いきなり知らない先生の前でピアノを弾かされた
漫然とない、どうしようもない気持ち。

どうしようもない。

すべて父がしたこと。

でも、父にピアノを辞めたいと言えば、すんだことではないかと
思われる方もおられるでしょうが。

それが、言えたら、苦労しなかった。

たぶん私は父のことが、相当好きだったのだと思います。
だから、ピアノを辞めて、父を悲しませたくなかった。
でも、本当はさっさと辞めたかった。

それに、父も言っていました。
「ピアノは絶対に辞めてはいけない」と。

何の執着か分かりませんが。

いずれにせよ、人生早期、小学5年生
親のために味わった、挫折感、失望感でした。

〇タイトル ピアノについてその後

結局、ピアノについては、「ピアノは絶対に辞めてはいけない」という
根拠のない父の意見に従い、中学2年まで習っていました。

父がピアノに関して、何を考えていたのか、私には分かりません。

ただ、父は仕事から帰ってくると、20時にはピアノの前に座って
私にピアノを教えたがっていたのです。
そして、私はそのことに対して、感情を抑圧して応えた。

実際、ピアノを弾く技術は、私の方が上なのですが。
でも、なぜ、父がそこまで執着したのか。
分かりません。

さて、私は自分が本当にやると決めたことは
頑固、徹底的な人間です。

おそらく、このことは、父の私のピアノに対する
いい加減な姿勢で関わったことから、学んだことだと思います。

父は私を音大に入れたかったのでしょうが。
音大に入るためには、1日5時間以上、ピアノを練習しなければ
ならなかったでしょう。
(とくに、私のように才能のない場合は)。

でも、私が家でピアノの練習をしたのは、1時間弱。
もともと、ピアノが嫌いですので、練習もしたくなかった。

しかし、こんな中途半端では、何も出来ない。

やるならやる。
やらないのならやらない。

私のこの頑固な考えは、ピアノの経験も影響しているようです。
そして、やるならやる、ということを選ぶなら
楽しむ云々は放棄しろ。
無意識的には、ここまで思っているかもしれません。

いずれにせよ、ピアノは、私が父のことが好きだから
辞めたら悲しむと思って習っていた。
でも、何か父に裏切られた気持ちもあり。
そもそも、嫌なことを強制された思いも強く。

結局は、愛と憎しみの問題へと発展した。

何回か、ブログでも書いていますが
子供に習い事を、習わせる際は
楽しんでいるか等、コミュニケーションを大切に。

そして、嫌ならいつでも辞めていいよという
親の思い切りの良さも大切です。
私の経験から。