人生のリセットボタン

自分の人生を変えたいと、自ら、エイヤーと、人生のリセットボタンを押したことはありますか。

私は37歳時、14年間勤務した会社を辞める時に、リセットボタンを押しました。
人生をリセットしたかったからです。

生まれて、37年間、親に支配され自分で自己の決定をした、人生を生きて来なかった。
チャレンジもしてこなかった。

就いた仕事も、どうも自分には向いてなく、やりたい仕事ではなかった。
(と言っても、何がしたいのか、分かっていませんでしたが・・・)。

ずっと親に支配されてきた人生。
会社を辞めるということは、親に背くこと、反意を翻すことになります。
辞めてどうなるかは分からない。

会社退職時にカウンセリングを受けた時、カウンセラーから言われました。
「親のリモコンに操作されて生きてきた。今まで生きてこれたのが不思議なぐらい・・・」。
確かにずっと漫然とした辛さはありました。

親から押し付けられた人生、親から矯正された性格ではなく、自分の人生を歩みたい、また、チャレンジしてみたい、それは今、この瞬間しかないと思い、人生をリセット。
14年間勤務した会社を退職しました。

人生のリセットボタンを押した時でしょう。

さて、人生のリセットボタンですが、私は常に、人生のプチ・リセットボタンを押している気がします。

それは、過去を捨て去る行為です。

昔の写真を捨て去ったり、もう会わないであろうと思われる人の連絡先を削除したり。
なぜか、この瞬間、スッとした気持ちがするのです。

私には子供時の卒業文集、卒業アルバムがありません。
不快な記憶しかないので要らない。
捨てた。
また、会社入社後の写真もありません。不快な思い出ではないのですが
まぁ、どうでもいいか、捨てようとなってしまうのです。
プチ・リセットボタン。

私は自分の過去の記憶が少ないと、本サイトでもよく書いていますが
実は、私が過去に執着せず、記憶を重視していないのかもしれません。
(実際に23歳までの記憶は希薄ですが)

過去、学んだことは大切ですが、思い出そのものは・・・。
過去に浸る、時間がもったいない、習慣がない・・・。
こんなことを感じて、今まで生きてきたようです。

ならば、どうしたいのか?

やはり。
未来。

未来志向だからこそ、過去に執着しない。
私の気質でしょうか。
抑えられない、何かが働いていたようです。

でも、今の私は以前と違い、過去に浸ることも大切、思い出も大切と、感じ方が変わってきました。

きっと写真を捨てたことを、後悔する時が来るような気がしています。

しかし、このプチ・リセットボタン、過去を捨て去る行為をしなければ、前に進めなかった。
その自分が居たことも事実です。