母編 手術を決定する

今回から、母との最後の物語について書きます。

2015年7月上旬

母から電話がかかってくる。
「腰の手術(座骨神経痛)を受けることにした」。

私はこの瞬間、脳に血流があふれ出たように。カッとなった。
なぜなら、母は持病を抱えており、手術を受けることは命に関わることになる可能性があるからだ。
母も十分そのことは承知しているはずであるが・・・。

私は母の言葉を聞いて、バカな判断をするな。と怒りがわいたのだと思う。
でも、そのことは言わなかった。

以前より母が腰のことで悩んでいたことは知っていたが、しかし、相談に乗る気にはなれなかった。
自分で決めればいいことだと思っていた。

その決断が、手術を受けるか。

私が母の腰の相談を受けない、関わらなかったのは、これは子供時から継続する問題です。
なぜなら、私が母に何かを相談しても、自己の価値観の押し付け、罵倒、私の話しは何も聞かない。この連続。

だから、母の相談には応じなかったと言うより、聞く気がなかったのだと思う。
そういう関係性しか築けなかったのです。

その後、7月中旬、やはり心配というか、不安、怒りからか。
「手術を受けるって、何を考えとんね」と実家に行ったが、母は手術を受けると決めていた。

8月中旬、医者(執刀医・担当医)のもとに、母と手術の話しを聞きに行った。

おそらく手術はうまくいく、そして、母の持病に関しては、さほど心配しなくて良いと言われた。

私はこの医者の言うことについては、半信半疑だった。
直感だ。

そして、母の手術を受ける気持ちは固く、自分の中では決定しているようだ。

母の手術の決断は腰が痛いこと、またその痛みは足にもきていること。
そして、体が動かなくなってまで(車椅子生活、寝たきりの状態)、生きていたくはないのであろう。
また、母の感じている痛みは、私には分からない。
しかし、命を懸けてまで行う手術なのか・・・。

母らしい、ズバッとした決断だとも思ったが。

そして、私の脳は、母の手術を受けると電話を受けた直後から乱れ、体が一瞬にしてほてる、ホットフラッシュが起こったり。
イライラの増。
食事中、下を向いて食事をすると、脳血流の変化か、頭がだるくなる現象。

今は落ち着いた状態ですが。

当時、意識はしていないけど、無意識では、母のことを心配していたのかもしれません。
気の合わない親子だっただけに、良く分からない。