それでも 父母は偉大であった

数回に渡り、父と母と最期のことを書いてきました。
個人的なことなので、書く必要もなかったかもしれません。
でも、ホームページと私は同期している存在。

そして、来年、53歳を迎えるにあたって、自分の気持ちを整理したかった。

ホームページでは、今までいろいろと、両親のことを書いてきました。
私は親を訴求しようとか、悪意を持って書いてきたのではありません。
心理カウンセラーとして、事実を書いただけです。

私の人生経験が少しでも役立つのであれば・・・。

父は過保護、優しい人だったけど、ピアノを押し付け。子供時の時間を失った。
母は過干渉、ほめない人。
私は自己抑圧的な子供になり成長。
生き辛さを抱える。

そして、親に対する怒りを抱き続け、いろいろなことがあり、今に至る。

母との思い出はまったくなく、どうしようもない関係になってしまったけど、私にも責任はある。

それに、母は批判的な人だったが、優しいところもあったと思う。
しかし、それをうまく表現出来なかったのです。
母の人生においては、学ばれなかったのでしょう。

人、様々な人生です。

いろいろとありましたが、それでも、私を育ててくれた事実は間違いなく。
無事に生きてきました。

私には子供はなく、親の苦労は分からない。

子供を育てるだけでも大変だったと思います。
私には出来なかったこと。

父、母、私にとっては偉大であったと思います。
いろいろな思い、複雑な気持ちが、未だ交差していますが、偉大であった。

父よ、母よ。
ありがとう。

ここに一言、書き残すこと。
私の父母に対する、最善、最大の供養の1つなのです。

これからも、思い出したら、事実に基づき、何か書くかもしれません。
それは、寛大な気持ち見逃してください。

本当にありがとう。

また、いつか、お会いしましょう。