心の悩み相談集
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2009年01月15日
恋愛 パ-トナ-に万能を求め続けることについて
私たちが恋愛の感情に深く浸る時、パ-トナ-に万能を期待する時があります。
では、具体的に万能とは何を期待しているのでしょうか。
これはパートナ-に親の役割を期待しているのです。
パ-トナ-に万能を求めるということは、パートナ-が自分のすべてを満たしてくれるということを期待することであり、幼児が親に期待する感覚なのです。
それは、幼児、子供にとっては親がすべてであり、親は養い手、神のような存在です。
すべてを委ねることが出来、何も言わなくてもすべてを満たしてくれる。
このような存在なのです。
では、恋愛においてパ-トナ-に万能を求めるとはどのようなことなのでしょうか。
どうしても、恋愛には一時的に退行現象が在ります。
退行現象とは子供返りをしてパ-トナ-に甘えることです。
でも、この退行現象とパートナ-に万能を求めることは違います。
退行現象は一時的であり、パ-トナ-に万能を求める際は永続的であることが多いからです。
退行現象は一時的な気持ちの甘えであり、パ-トナ-に求める万能は求める側の本質なのです。
しかし、過剰にパ-トナ-に自分のすべてを満たしてくれることを期待する、何も言わなくても自分の思っていることを察して満たしてくれることを期待する。
このようなことは可能なことなのでしょうか?
まずは、無理でしょう。
でも、無理にもかかわらず人によってはパ-トナ-に過剰なまで求め続けるのです。
このような人はどのような人達なのでしょうか。
私が思うのに、彼(彼女)たちは子供時あまり親に求めているものを満たしてもらえなかった人たちと思います。
それは、親に構ってもらうこと、親からの承認や愛です。
どれだけ子供が求めても親が何らかの理由で、真に子供の欲しているもの(自己存在の承認・愛)を満たしてあげなかったのです。
そして、子供は心が満たされないまま成長して、大人になっても子供時と同じように、親がくれなかった、承認や愛等を求め続けているのです。
そして、彼らの自己価値は「自分は親に愛されない価値のない人間」と低く。
自己価値の低さのため、求め続けても親から満たしてもらえなかったためか、真に自分が欲しいもの、自分が必要とするものを、「どうせ言っても無駄」と決めつけ自己表現しない傾向があります。
言っても誰も私を満たしてくれない。
もう、傷きたくない。
でも、人は心が満たされないまま生きていくことは出来ません。
彼(彼女)たちはずっと自分を満たしてくれる人を求めているのです。
それが恋愛におけるパ-トナ-なのです。
しかし、恋愛関係に入り、自分を満たしてくれる人が見つかっても、彼らははっきりと「こうして欲しい」「あれが欲しい」「こうしたい」と自分の希望を表明しません。
そこには子供時と同じく、言っても無駄という思いがあるかもしれません。また言った結果、求めているものが手に入らず傷つくことを恐れているのかもしれません。
でも、彼(彼女)たちは期待しているのです。
求めているこの気持ちを満たして欲しいと。
そして、パートナ-に親を求め、その親と見立てたパ-トナ-に万能を求めます。
それは「言わなくても分かって欲しい」という期待です。
自分の気持ちを察して欲しいのです。
しかし、パ-トナ-にこのような期待をしてもテレパシ-でもない限り分かりません。
でも、彼(彼女)たちは自己主張することもなく、自分が何を求めているか分かって欲しいと期待しているのです。
そして、パ-トナ-が彼らの期待に沿わない的外れなことばかりすると、失望と怒りから不機嫌になっていくのです。
そうすると、パ-トナ-もなぜ彼(彼女)が不機嫌なのか分からず、パ-トナ-自身も不機嫌になったり、彼(彼女)の態度に怒りを感じるのです。
そして、やがて怒りも頂点に達したパ-トナ-は「いい加減にしろ」と怒鳴り散らすかもしれません。
すると彼(彼女)たちは、それ見たことか。
「誰も自分のことなんて分かってくれない」と、まさに子供時親から満たされなかった悲しい気持ちを、ここに再現するのです。
しかし、彼(彼女)たちがこの結果を招いたのは、彼(彼女)たちがきちんと自分の思い、希望、期待をパ-トナ-に主張しなかったからです。
何も言わなくても、察してくれることを期待しているからなのです。
子供時欲しくても満たされなかった気持ちは分かりますが、パ-トナ-は親ではありません。
あなたと一緒に人生を歩む人なのです。
そのためにはお互いが支え合う必要があります。
自分の必要を満たしてもらうならば、パ-トナ-の必要を満たすことも必要でしょう。
これは、お互いが対等な関係性を意味しているのです。
対等な人間関係とは自分の思っていることはきちんと主張して、パートナ-の思っていることもきちんと聞く。
この相互理解により成り立ちます。
パ-トナ-に万能を求め、親を求めている間はこの関係性には至りません。
そして、やがては求め続けられているパ-トナ-も自分は相手を満たす役割ばかりと不満を抱き、関係性を終了させようとするかもしれないのです。
もし、この関係が維持されているとすれば、それは共依存の関係です。
片方の側がパートナ-に万能を期待します。そして、もう片方の側は親の役割を果たし続け相手の求めを満たし続けることに満足するのです。
これは、お互いが相手に求めること、求められていることを果たすことに専念して、自分に専念していません。
相手に専念する人生とは自分に専念しておらず、相手の人生を生きており自分の人生を生きていません。
相手に満たされた時に自己価値を感じ、相手を満たした時に自己価値を感じる関係は、相手に自己存在の価値を委ねてしまっているのです。
相手次第の共依存関係で本当に幸せな人生は送れるのでしょうか?
2009年01月09日
宴会 パ-ティ-で盛り上がれない悩みについて
カウンセリングをしていますと、宴会、飲み会、パ-ティ-で盛り上がることが出来ない、盛り上がってワ-ワ-騒ぐのが苦手という相談をよく受けます。
この悩みに対する私のこたえは、「あなたは、あなたで、いいのです」。
私はこのように思います。
要は無理に盛り上がらなくてもいいのではないかと思うのです。
相談される方からすると、盛り上がることが出来ずに悩んでいるのに、と思われるかもしれませんが。
でも、「あなたは、あなたで、いいのです」。
なぜ、私がそのように思うのか書きたいと思います。
実はカウンセラ-である私も、宴会やパ-ティ-で盛り上がって騒ぐことが苦手です。
出来ません。サラリ-マン時は酒を先に飲んで適当に酔っ払って振る舞っていましたが、正直、今は騒ぎ、盛り上がりたいとも思いません。
あのバカ騒ぎ(失礼)、つまらないのです。
盛り上がることが出来ないことで悩まれている方は、どちらかというと自分の感性を大切にする、エネルギ-が少し内に向かう、内向的な人に多いと思います。
そして、盛り上がることが出来る人は、エネルギ-が外に向いている外向的な人なのでしょう。
この違いは何でしょうか?
人としてのタイプが違うだけです。
どちらが上で、どちらが下ではありません。
ただ、タイプが違うだけなのです。
但し、宴会では盛り上がるタイプの人が多く、盛り上がることが出来ないタイプの人が少ない。
それだけのことです。
ですから、宴会で盛り上がれない、ぶっとんだ話しについていけない、騒ぐのが苦手な人は少数派であるということだけなのです。
少数派である人は、それはそれで、自分を大切にすればいいのです。
無理して多数派に合わそうと苦しむ必要はないのです。
「あなたは、あなたで、いいのです」。
それに、少し内向的で少し静かな人が、ワ-ワ-と騒いで盛り上がることが出来るでしょうか?
私は出来ないと思います。
盛り上がっている人たちとはその場では、感性もはっきりと違い、共感も出来ないでしょう。
タイプが違うから無理なのです。
宴会では一時、苦痛の時間を過ごすことにはなりますが、やり過ごすしかないと思います。
それから、騒いで盛り上がっている人たちも、本当に心から楽しんでいるのでしょうか?
これも考えてみてください。
若者のコンパを想像してください。盛り上がること、騒ぐことによって仲間外れになることを恐れているだけではないでしょうか。
本当に意思疎通が図れてその場の一体感を楽しんでいるのか疑問です。
そして、職場の飲み会、宴会もそうです。
飲んで騒いで信頼関係がうまれますか?
その場限りの盛り上がりではないでしょうか。
職場での信頼関係は仕事中いかに振る舞うかです。
日中の仕事振りで人間関係は決定すると思います。
飲み会は余興にすぎないのです。
飲んで騒ぐのが苦手な人は2時間程適当にやり過ごせばいいのです。
適当に気配りをして、お酒をついだりして、適当にやり過ごすのです。
もちろん普通に話しが出来る人がいれば、話しをしてください。
飲んで騒がなかったといって、普段の仕事に対する姿勢から築いてきた信頼関係・人間関係は崩れるものではないと思います。
「あなたは、あなたで、いいのです」。
