心の悩み相談集
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2009年02月16日
不安を避けて不幸を選択するということ 新しい道に進むこと 就職・転職
私たちには不安はつきものです。
特に人生において進路(就職・転職・結婚・離婚等)を変えることを考える際、不確実な先に起こることを考え出しますと、将来の予測不能より最悪のことを考え不安を感じ、先に進むこと(進路を変えること)を止めてしまう傾向があります。
不安は私たちの前進を阻みます。
そして、不安に焦点を合わせますと私たちは萎縮してしまいます。
しかし、人生の先に不安を感じているとするならば、その不安は本当に現実のものとなるのでしょうか。
将来のことは誰しも不透明です。
今の満たされない状態からあなたが道を変え前進をした時、あなたが恐れていることが本当に起こるのでしょうか。
逆にあなたが思っている以上の幸運があなたに訪れ、新しい人生が開け、幸せになれる可能性もあるのです。
また、仮に恐れていることが起こったとしても、それはあなたが成長するために必要なことかもしれません。
このように考えますと不安を避けて動かないということは、人生の幸せを逃し、人としての成長も阻んでしまうのかもしれません。
本題の不安を避けて不幸を選択するとは、今の不幸な状態から脱するために行動しようと意思決定をする際、先の不安から行動・チャレンジを諦め、結局は今の状態にとどまることを選択し、その結果今と同じく不幸な満たされない状態を続け、結果として人生において不幸を選択することを示しています。
今回は就職・転職について書きたいと思います。
事例1 就職しない人
就職活動に臨むこと、働くことに不安を感じている青年がいます。
彼は大学卒業後4年間の短期のアルバイトの繰り返しで生計を立てていますが、どうしても正社員として働くことを選択しません。
彼は言います。自分のキャリアで面接に行ったら面接官に何を言われるか分からない。嫌味を言われて傷つくかもしれない不安から面接に行きたくない。
仮に内定を得て働いたとしても、今まで正社員として働いたことがなく、本当に自分が働けるのか自信がない不安だ。
しかし、彼がこのまま短期のアルバイト就労を続けるとしたら何が起こるでしょうか。
結果は見えています。
彼は面接や働くことの不安から就職活動に臨みません。
面接を受けて面接官から傷つけられるのではという恐れ、就職してもやっていけないのではという不安。
将来の起こるかもしれない不安から自分を守りたいのです。
この時点で不安を避けて不幸を選択しているのではないでしょうか。
それは、今の状態で年を重ねるほど正社員として仕事に就けない可能性が高くなるということです。
もしかしたら、生涯正社員として就業することなく人生終わるかもしれません。
これは幸せな人生なのでしょうか。
もちろん、家が大金持ちで経済的に困らない資産があれば別ですが。
普通の経済状況の家庭において、生涯正社員就労が出来ないとなると・・・。
とても幸せな人生が送れるとは思えません。
面接への不安、働くことへの不安を避けて、不幸を選択。
本当に面接で嫌味を言われるのか、正社員として働けないのか。
やってみないと分かりません。
分からない不安に足を取られても得るものはないのです。
ただただ時間の経過と共に不幸になる可能性を高めているのです。
そして、人は体験から学び成長します。
仕事を通して沢山のことを学び成長することも可能なのです。
不安を避けることにより、人としての成長の機会も失しているのです。
これも不幸なことです。
事例2 やりがいのない仕事を続けることについて
これは私の例です。
私は平成14年6月まで会社員をしていました。
仕事は事務職で仕事に対するやりがいや熱意はありませんでした。
ただ、給与や休日は安定していました。
しかし、37歳の時やりがいのない仕事を続けどうなるのか。
激しい感情が湧き上がり思い切って退職しました。
もちろん退職を上司に報告するまでは、退職後の収入の不安を多々感じており相当悩みました。(実は退職を考え出したのは3月末、そして退職は6月末。この間毎晩酒を飲み考え、不安を紛らわしていました)
しかし、不安を避けて現状にしがみつくことをやめたのです。
新しい自分の人生を築くことを選んだのです。
もし、あのまま会社に残っていたらどうなっていたでしょうか。
少なくても、このHPは存在していないでしょう。
では、もし不安を避け退職せずに定年まで働き続けたら。
それは不幸なことなのでしょうか。
少なくても安定した収入はずっと入ってきて経済的な不安を感じることはないでしょう。
そして、わずかばかりの退職金も手に入ります。
でも、私は退職を決意した時(5月末)、はっきりとヴィジョンを見て感じたのです。
それは、自分が定年まで働き続け何の実りのなかった自分の人生を振り返り、怒り悔いている様子です。
そして、同時にこれは自分の人生ではないという心の叫びが聞こえてきたのです。
では、今の私は幸福でしょうか?
少なくとも自分のしたい仕事をして、目的を持って生きています。
先のことについてもヴィジョンはあります。
今時点では辞めて良かったと思っています。
また、会社を退職し新しいことにチャレンジをしていく過程においても、自分は成長したと思います。
新しい体験から学び成長出来たのです。
収入を失う不安を避けずにチャレンジした結果、カウンセラ-として存在。
満足出来る結果を手にすることが出来たのです。
私は思います。
「人はやりたいことをやれずに人生を終わる時、何を感じるのだろうか」
人生の最後に何を思うか。
そして、何を思い天に旅立てるか。
これが大切ではないでしょうか。
例え未来世があるとしても、私たちが意識をして生きることが出来る今生は今回1回だけです。
2009年02月04日
仲間や友人の多い社交的な彼 なのになぜ無価値観を感じるのか
影彦さん(33歳・仮名)は5年前に会社を退職、2年前に念願であった癒しのグッズ商品のオ-ナ-として起業を果たしました。そして、数年前より3つ4つの社会人サ-クルに入り友達や仲間をたくさんつくってきました。今は休日のほとんどは仲間、友人と一緒に過ごし、その社交性を発揮して楽しく過ごしている様子です。そして仕事は独立。したいことを仕事にしている充実感もある様子です。
しかしその影彦さんが自己の無価値観を深刻に感じて、カウンセリングを受けにこられたのでした。
人間関係も良好、自分のしたいことを仕事にしているのに、なぜ自分に対して無価値観を感じるのでしょうか。
影彦さん曰く「仲間や友達は人より多いと思います。その大半は社会人になってからサ-クルで知り合っており、その70%は独立してビジネスを展開しています。私も好きな癒しグッズのオ-ナ-として起業しましたが、実際は店舗を構えず、ネットでの販売です。売上げは月8万円程度。空いた時間はアルバイトをして生計を維持しているのです」
そして、彼は続けてくれました。
「仲間は皆独立してオ-ナ-として成功しています。皆はそれなりの地位を築いているのです。それに比べて僕はオ-ナ-とは言いながらも散々です。仲間が多いのはそれはそれでいいと思うのですが、1人になると自分だけ置いておかれた感じがして、劣等感や自分には価値がないと感じてしまうのです」
影彦さんは自分の今の状況と、仲間・友人の状況を比較されて、自分を卑下しているようです。
彼に聞いてみました。
「お友達が大変多いようですが、満ち足りていますか?」
影彦さん。
「満ち足りているというより、孤独を感じずにすみます。僕は1人で家にいると淋しくてどうしようもないのです。それに、仲間がたくさんいますと自分が満たされます」
そしてこのあとカウンセリングを継続して分かったことです。
影彦さんは成育歴の影響から自分に対して相当な劣等感を持たれていました。
劣等感を強く持つ人は自己受容が出来ておらず、自分と他者を比較して、自分に厳しい評価を下す傾向があります。
影彦さんも友人と自分を比較して、自分を厳しく評価をしている様子です。
そして、生来の劣等感に加えて、友達と自分を比較することにより更に自己価値の低下を招き、自分に対して深い無価値観を感じていたのでした。
しかし、影彦さんの自己評価は妥当なものなのでしょうか。
なぜなら、友人と比較して友人はそれなりに独立して地位を築いていると言われていますが、実際の経営状況は分かりません。賑わっているようにみえても大赤字かもしれません。しかし、影彦さんはこのような実際的な観点から物事を見て評価するのは苦手なようです。
友人や友達は成功していると思い込み、そして、その思い込んだ仲間・友人像と自分とを比較しているのです。
ですから、影彦さんの自分なんてという気持ちや、自己無価値観は妥当な評価に起因しているものではないのです。
またさらに、影彦さんがたくさんの仲間を持つことにもこだわっていることが分かりました。
それは、大勢の人間とつながっていることが淋しさを紛らわし安心感をもたらすということ以上に、たくさんの仲間や友人を持つことが、自分の劣等感、無価値観を補償してくれるからなのです。
コレクタ-の心理。
ご存知でしょうか。
物を収集することにより満足感を得る心理です。
萎縮した自己に対して自我拡大欲求が働きます、この欲求から物を集めることにより自分を満たし、満たされない思いや、劣等感等を補おうとするのです。
影彦さんの場合は物を集めはしませんが、人といかに知り合いつながっているかに大変な価値を置いています。
人とつながりたいという気持ち以上に、豊富な人脈を持つことが彼の自我拡大欲求を満たしているように感じました。
多くの知り合いを持つ自分に価値があるのです。
しかし皮肉なことに、彼が自分に対して否定的な気持ちや劣等感を持つうちは、彼の自我拡大欲求を満たす仲間や友人と自己を比較してしまい、逆に落ち込みや自己無価値観を抱いてしまうのです。
自分と他者を比較しなければまったく問題ないのですが・・・。
今の影彦さんは多くの友人や仲間に囲まれています。
集まりの幹事や世話役も積極的にこなしています。
私のような大概1人でいる人間からすると気遣いで疲れないのかなと思うのですが。
また、心理的な問題としては幹事や世話役を果たすことにより、他者から必要とされる自分に自己価値を求めているとすれば、これはこれで自分がお留守で他者志向となり問題です。
いずれにせよ、影彦さんの根本的な問題は生育歴のなかで得た劣等感であり、この劣等感からくる淋しさや、無価値観を仲間や友人、人脈の多さで自己価値を満たそうとしている限り抜本的には改善されないのです。
