人への役割を果たし続けること その価値観と行動の押し付け

人は自己存在の価値のために果たしている役割に固執する時があります。
その人が役割に固執すると、その役割を果たすために必要とされている人は不自由な思いをする時があります。
また、役割を果たすために自己価値を押し付けると、押し付けられた相手は迷惑をする時があります。

貴彦さんは32歳。3ヶ月前に結婚しました。
結婚後の悩みは妻との関係ではなく母との関係です。
その問題は母が小遣いと称して月数万円を持ってきたり、2日おきに携帯に電話をかけてくることです。
この件に関して当然貴彦さんの奥さんはよく思っていません。奥さんは貴彦さんのことをマザコンと思い始めています。

さて、貴彦さんは結婚するまで父、母、貴彦さんの3人で暮らしてきました。
父は毎晩酒を飲む大酒飲みで、母は父の酔っ払ったあとの、後始末等で苦労をしていました。
しかし、母は父に対する愚痴を一度たりとも貴彦さんに話したことはなく、父の面倒をみることを当然といった振る舞いだったそうです。

そのような母を貴彦さんはかわいそうにと、子供ながら同情心を持ってみていたそうです。

私は母の父に対する態度を聞いた時、大変優しい人だなと感じました。
通常、酔っ払った夫の事後処理をすることに対しては、世間の妻は嫌悪を感じると思います。
しかし、彼女は嫌そうな顔を一度たりともすることはなく愚痴を言うこともなく夫の面倒をみてきたのですから、心の優しい人なのだと思います。また、優しい人でなくてはここまで出来ないでしょう。

さて、ここで疑問です。
彼女が心が優しいのは間違いないとは思うのですが、彼女自身が自分の本当の気持ちを自覚していたかどうかは別の問題です。
もし、彼女が自分というものを持っておらず、ただ夫の酒の後始末をすることが自分の役割と思って果たし続けていたとしたらどうでしょうか。
もしかしたら、心の底では酔っ払い夫の面倒をみるのは嫌と感じながらも、夫の面倒をみなければならないという無意識の思い込みを持っているとしたらどうでしょうか。

自分を持っていない人は、人の面倒をみることによって自己の存在価値を見いだします。
酔っ払いの夫と、夫の面倒をみる妻。
共依存の関係です。
この場合、酔っ払い夫の面倒をみる役割を果たすことに自己価値を感じていることになります。
それは、その役割を果たさないと自己の生存意義がなくなるからです。

さて、ここまで貴彦さんの母の、妻と夫との依存関係についてみてきました。

では、この共依存関係と息子の関係、すなわち母と貴彦さんの関係はどうなのでしょうか。

共依存とは共に依存し合う関係です。
では、母と貴彦さんに依存し合う関係はあるのでしょうか。
当然ながら、貴彦さんの母には、母として息子の面倒をみる役割を果たすということに、自己価値を見いだす傾向があることは感じます。
母として結婚した息子に小遣いを渡す、また2日おきに息子に電話をして近況を知り安心感を得る、結婚後の息子に対して母としての役割を果たすことに執着しているようです。

しかし、それを貴彦さんば嫌がっているのなら、なぜ「やめてくれ」と言わないのでしょうか。
貴彦さんに確認したところ「それを母に言うことに罪悪感を感じる」のだそうです。
貴彦さんは幼い頃、父の飲酒後の始末をしている母をかわいそうと思ってみてきました。したがって、母をかわいそうな人、これ以上悲しませてはいけないと思っているのです。
また、貴彦さんも繊細な人ですから無意識的ではありますが、母に「やめてくれ」と言ったら、母が役割を失い悲しむことを感じているのかもしれません。
母の貴彦さんへの干渉はずっと以前からあり、貴彦さんは母に拒否的態度を取ることに罪の意識を感じ、今まで母に対して断ることを避けてきたのでした。

貴彦さん自身はあまり話されませんが、私は貴彦さんも母への思いから母の過干渉、過保護に我慢し続けて、自分を出せず、辛い思いをして過ごされてきたのだろうなと思います。

では、貴彦さんから母に目を向けましょう。
密着した不健全な母子関係では、息子を自分の物と所有物化する傾向があります。
この不健全な母子密着の場合は、母は息子を常に取り込もう、自分の所有物としてつなぎとめておこう、味方にしようとする傾向が強く、母が息子の妻の悪口を言う場合があります。このタイプの母は当然自分の所有物を奪った簒奪者のことをよく思っていません。
ですから、息子に妻の悪口を言うのです。

しかし、貴彦さんの母の場合は、貴彦さんの妻の悪口を言うことはないようです。
貴彦さんの母は純粋に、貴彦さんのことを思って、小遣いを渡したりして、何か自分が役立ちたいという気持ちがあり、常に貴彦さんの状況を知って安心を得たいのでしょう。

それでも、やはり貴彦さんの母は息子に執着しています。
母としての役割に固持しています。
まずは、母自身が自分というものを持つ必要があるでしょう。
人への役割を果たせない自分は価値がないのではなく、自分が自分の人生を生きるということです。

また、人に何かをしてあげる時に大切なことは、「相手の求めていることをする」ということです。
貴彦さんの母は貴彦さんがお小遣いを求めていると本気で思っているのでしょうか?
結婚後の息子に出来る母としての役割は、小遣いを渡すことぐらいしかないと思っているのかもしれません。

いずれにせよ、何かしてあげたいという気持ちがあるのなら、してあげたいと思う相手に、何をすれば喜んでくれるのか確認することが大切です。
自分の価値観やそれに基づく行動を押し付けることは、相手にとって迷惑となる時が多々あるのです。

貴彦さんの母の問題は、役割を果たし続けることにこだわっていることです。
しかし、本来は心の優しい人ですから、自分を持ちその優しさを発揮するこで、これからの人生大きく変わるでしょう。

また、貴彦さんは母に対して、自分が迷惑と思っていることを話すことも大切です。
貴彦さんの母はそれで悲しい思いをするかもしれませんが、貴彦さんの発言が貴彦さんの母にとって、自分の問題に気がつく大きなチャンスかもしれないのです。