不適応と居場所の問題

私たちが社会生活において生き辛さを感じる時、そこには「不適応」の問題と、「居場所」の問題をみることが出来ると思います。

では「不適応」とは何に対して不適応なのでしょうか?
何に対して適応していないのでしょうか?

さて、この問題を考える前に次のシュチエーションにおける人生について考えたいと思います。
それは、私たちが1人で無人島に住んでいるとしたら、何に対して適応して、何に対して不適応が起こるでしょうか?
ということです。

私たちは生きなければなりません。
したがって無人島で1人で暮らしている場合、無人島で1人で生活することに適応しなければならないのです。
おそらく衣食住の問題について適応する必要があるでしょう。
衣食住さえあれば生きることは可能だからです。
衣食住が足りるということは、無人島で1人で暮らすことに適応しており、そこに自分の居場所があるということなのです。

では、私たちの現代に視点を向けましょう。
大概の方は衣食住については満足を得ていると思います(贅沢云々は別として)。
したがって、生きる基本ベースには適応しているのです。

でも、衣食住が足りていても人は悩みます。
なぜでしょうか?
そこには不適応の問題があるからです。
では、何に対して適応していないのでしょうか?

私たちは無人島という一定の固定場に暮らしているのではありません。
無人島と私たちの生活の決定的な違いは、そこに他者との人間関係があり、好むと好まざると様々で複雑な人間関係のなかを生きていかなくてはならないのです。

この人間関係とは、恋愛、夫婦、親子、学校、職場、サークル、近所付き合い等枚挙にいとまがありません。

どうでもよい人間関係の場であれば参加しなければ良いのですが、生きるにおいて参加せざるを得ないことが多々あるのです。

そして、この人間関係に適応していない状態すなわち不適応の状態になりますと、私たちはその人間関係において留まることに対して辛さを感じます。
それは、その場において自分の居場所を感じられないからです。

そうです。
人間関係が不適応である状態の時には、私たちはその場に自分の居場所を感じにくいのです。
でもその場に留まることを余議なくされると様々な問題が生じます。

自分の居場所がないにもかかわらず、その場に居つづけるということは、心が不安定な状態です。
⇒居たくないのに居なければならないストレスと葛藤。
したがって鬱、神経症、摂食障害等様々な疾患が生ずるのです。

カウンセリングでは人間関係における不適応な状態を適応した状態に昇華させなければなりません。
そして、今不適応で生き辛さをもたらしている人間関係のなかに、自分の居場所をつくるのです。

今回より不適応と居場所の問題について、数回に分けて書きたいと思います。
そして人間関係以外の不適応についても考えていきます。