自己の存在感を満たすための恋愛

恋愛すると人生が変わる。
そして、恋愛において人生を変えたい。

人は誰でもこの衝動を多かれ少なかれ、抱いている。
そんな気がします。

しかし、本当に恋愛をすれば人生変わるのでしょうか?

変わります。

恋愛とは異性とのエネルギーのやりとりですので、1人でいる時と自分のエネルギーの使い方も当然変わってくるので、人生も変わると思っていいでしょう。

しかし、恋愛をすると人生が変わると言っても、それが豊かさの方向に変わる保証はありません。
その恋愛によっては、人生に苦しみしかもたらさないこともあるでしょう。

その1つは恋愛によって、自己の存在感を満たしたいという衝動が大きく含まれている場合です。
端的に言うと、満たされない自己を恋愛によって満たしたいと駆られる場合です。
恋愛においては誰でも満たされない自己を満たしたいという衝動はあると思います。
しかし、この衝動、欲望、思いが強すぎると、その恋愛は生き辛さをうみます。

恋愛によって自己を満たす、自己の存在を感じたいという衝動は、その多くが自己をパートナーによって、満たして欲しいということにつながっています。

したがってパートナーに自己存在の鍵を委ねていることになるのです。

では、自己の存在感とは何でしょうか?
これは言葉を換えると、自己価値、自分が生きている実感・・・。
自分が自分を感じること、と思います。

でも本当は自分が自分であるゆえに、自己は存在するのです。
したがって恋愛において自己の存在を満たすということは、自分が存在するためにパートナーに依存する現象が生じてしまうのです。

その代表が恋愛依存でしょう。

話しはそれますが、私は恋愛依存ではありません。
しかし過去次のような体験があります。

15年以上前ですが結婚をしようとお見合いをしていた時期があるのです。
当時私は会社員でした。
しかし仕事はおもしろみがなく、かつ自分の人生を生きていないと薄々分かっていました。
でも会社を辞める勇気もなく・・・。

したがって結婚をして、その責任より自分の人生を縛ろうと思ったのです。
すなわち結婚をすれば配偶者もおり、その責任より会社を辞めることが出来ず、会社を辞めない正当な理由を得ることが出来る。

これは結婚により、会社を辞めない自分、その自己存在にOKを出したかったのでしょう。
結婚することによって、虚しい自分、自己の存在感を無理やりに埋めたかったのだとも思います。
⇒結局は結婚することもなく、真の自分を求めて退職しましたが。

さて自己の存在感を恋愛で満たすことについて書いてきました。
恋愛において自己の存在感を満たす、自己の存在を感じるということは、パートナーから自分を満たしてもらうことを期待することです。

もちろん恋愛当初は多くの方が、この気持ちを抱いておられるでしょう。

問題はずってこの気持ち、期待、感覚が続くことなのです。
それはパートナーに執着することであり、その実は、自分に執着することでもあるからです。
ですからその恋愛はパートナーと自分の分かち合いではなく、自分の存在のためにとなってしまうのです。

さて、恋愛における自己の存在ですが、時が経つにつれ、恋愛において自己を満たしてもらいたいという思いより、自分がパートナーを満たすことに重きを置くと理想的かもしれません。

これは自分が満たして欲しいというエゴを超えることになります。
すなわち自己を超えるのです。

自己を超えるということは、恋愛において自己の在り方を考えることにもつながります。

自己の在り方とは、恋愛において自分とは何者であるか、そのことを強く意識するわけです。

自分の今の行動はパートナーにとって理想的であったか、もしくはパートナーの気持ちにふさわしい立ち居振る舞いをしているのだろうか等々。

パートナーにとっての、自分を考えるのです。
これが、恋愛における自己の在り方です。

恋愛当初は誰しもパートナーより自分を満たして欲しいという気持ちが強いでしょう。
またパートナーを満たすという行為の背後には、その見返りとして自己を満たして欲しいという気持ちがあると思います。

恋愛において自己の存在、自分を満たしてもらうという期待、気持ちから、いかにその自分を超え、相手を満たすということを主として考えられるか、すなわち恋愛における自己の在り方を考えられるか、これは豊かさへのヒントでもあると思います。

そして、恋愛における自己の在り方とは、その根底に思いやりの気持ちが大切なのです。
すべては思いやりにもとづき、パートナーへ配慮するのです。