妻に家出をされそうです

隆さん(28歳)は私と会うなり涙声で訴えてきました。
「美佐(奥さんの名前、27歳)が家を出て行くと言って聞かないんです、何とかして下さい」
私が「何があったのですか」とゆっくり訊ねたところ
「夕べ喧嘩をしました。だから、だから、・・・です」
「もう少し詳しくお話しをして下さい」と私。

この後隆さんはしばらく黙り込んでしまいました。
(おそらく、話をすることをためらっているのでしょう)
しかし、やがて小声でボソボソと話し出しました。
「昨日の金曜日、美佐が昇格をしました。彼女は笑顔で僕に報告をしてきました。でも僕は冷たいことを言ってしまったようなのです」
「忙しくなるね。料理は今まで通り作ってくれるのとか。偉くなったら会社で疲れ果てて家では何も出来ないんじゃないの。ほかには、もし子供出来たら会社辞められないよね。とか・・・。ほかにも何か言ったかもしれません」

「そう、それで奥さんは家を出て行くと言っているのですか」
「みたいです」と隆さん。
「いや-、だから、ほかにも一杯言ってしまったんです」
とまた涙声になってきました。
「ねぇ-隆さん、どうしてそんなふうに言ってしまったのでしょうね?」
「分かりません。分かりません。分かりません」
彼の声はまた小声になってきました。

さて、心理カウンセラ−がクライエントから分かりませんという言葉を聞いた時には、次の2つのことを注意しなければなれません。

    1. 本当に分からないのか。
    2. 実は分かっているのだけれども、その気持ちを感じたくはない。

または話たくはない。すなわち、いずれにせよ心理的抵抗が働いているのか。

私は直感ですが彼は何となく美佐さんに自分が冷たくしてしまった原因を、理解しているのではないかと思いました。

彼に訊ねてみました。
「美佐さんが昇格をした時どんな感じがしましたか、または、どのような感情を感じましたか。そして、その感じや感情は過去に経験、体験したものですか?」
隆さんはしばらく黙っていました。
そして、また小声でボソボソと話し始めました。
「彼女が昇格をした時、彼女が忙しくなると思いました。それは、彼女が会社にいる時間が長くなる。そう、家に帰ってくるのが遅くなる。だから、会社に彼女をとられてしまった。そんな感じです」
私はさらに隆さんに聞いてみました。
「会社に美佐さんをとられるというのは、あなたにとって何を意味していますか?」

「それは、美佐に相手にされないこと。もっと言うと捨てられることを意味しています。僕はこの気持ちが一番嫌いです。子供の時もずっと感じていました。淋しさを」

この後彼は自分の子供の頃の話しをしてくれました。
両親共稼ぎで親に十分甘えられなかったこと。
テストでいい点を取っても誉められなかったこと。
自分の性格が内向的で友達が少なかったこと等です。
そうです。彼はずっと昔から淋しかったのでした。
そして、やっと自分を受け入れてくれる一人の女性を見つけて結婚をしたのに、その彼女にまた見捨てられのではと不安を感じていたのでした。彼女に冷たく当たってしまったのは、不安感よりの攻撃でしょう。
また、見捨てられるかもしれないという不安感です。
または、子供の時に十分に愛してもらえなかった怒りが出てきたのかもしれません
そして攻撃することによって自分に振り向かせようとしたのかもしれません。
子供の如くダダをこね、美佐さんに構ってもらいたかったのかもしれません。
いずれにせよ、今まで抑えていたものが美佐さんの昇格を契機に一気に噴出したのでしょう。
そして、一時的なパニックから自分を制御することが出来なくなってしまったようです

彼に再度訊ねてみました。
「美佐さんがあなたに昇格のことを話した時、彼女はどんな気持ちだったと思いますか?」
彼は言いました。
「誉めて欲しかったのだと思います。僕にも喜んで欲しかったのでしょうね」
「さあ、これからどうしましょう。美佐さんに今の正直な気持ちを伝えてみますか?」

隆さんは、自分の今の正直な気持ちを伝える決心をして私のオフィスを出ていきました。

後日彼から電話がありました。すべてを伝えたこと。
彼女の昇格を聞いて感じたこと、子供の時のこと。それから、今の気持ち。美佐さんに謝って、祝福をしてあげたようです。
そして、すべては元に戻りました。