優しさの欠けている彼について

友美さん(28歳 仮名)は幸平君(30歳 仮名)と付き合って一年のカップルです。
友美さんは最初、幸平君の優しさに魅かれて付き合いだしたのですが、最近の彼の態度に、幸平君の優しさは本物だろうかと疑問を感じ始めていました。

幸平君は友美さんには優しく、そして大変甘えたです。ところが、お年寄りとか、子供に対してはものすごく冷たく見ているだけで「トロトロ歩くなじじい」とか、「うざいガキどっかいけ」というふうに悪態をつくのです。
もちろん、相手には聞こえないように言っていますが。そんな幸平君を見て友美さんは彼の優しさは見せかけで、本当は思いやりの欠けている冷たい男ではないかと感じはじめていたのでした。

⇒さて、ここでポイントは2つあります。

  1. 幸平君は友美さんには優しく甘えた。
  2. お年寄りと小さな子供には見ているだけで悪態をつく。

どうも大変矛盾しているなと感じますね。
その後、友美さんの勧めもあり幸平君と会うことが出来たので彼にいろいろと聞いてみました。

まず、彼が友美さんに優しく甘えたなのは普通のカップルと同じです。
恋愛中は誰でも好きな人には特別に優しく接しますよね。
また、カップルは恋愛中はお互いの傷を癒そうと、甘えてみたり、甘えさせたりといろいろしますよね。
吸ったり、噛んだり、幼稚語を使うなど、子供がえりします。(退行現象)

甘える方はもちろん甘えることによって癒してもらおうとします。
そして、甘えさせる方も自分が甘えさせることによって、甘えている方と同化を行い同時に癒しを手にいれます。
ですから、カップルの場合甘えても、甘えさせてもふたりともその行為を通じて癒されるわけです。
幸平君も友美さんもお互いを通して癒しているのでしょう。

⇒では、次のポイント。
お年寄りと小さな子供には見ているだけで悪態をつくとはどういうことでしょう。

幸平君によると、「年寄りは歩く速度が遅く見ているだけでイライラしてくる。
また、ガキは歩いていると平気でぶつかってくる。こっちがぶつからないようにし気を使ってよけているのに、わざわざぶつかってくるので見ているだけで腹がたつ。
親はどういう管理をしているのかじっくり聞きたいところだ」と、こんな感じです。

⇒では、お年寄りに対してと子供に対してと2つに分けて考えてみましょう。
まず、お年寄りに対してですが、歩く速度が遅くイライラする。これの意味するものは何でしょう。幸平君は自分で言っていましたが、かなり気の早い性格です。何でも早くしたがるタイプです。歩くのも大変早いです。急ぐということが彼にとっては大変重要なことのようです。したがって常に心の中ではイライラしています。なぜそんなに常にイライラ、急がなければと思っているのか幸平君に聞いてみました。

彼は子供の頃より常に親に「遅いのだから、さっさとしなさい」この親の声に駆り立てられてきたと語りました。すなわち、親の子供の彼に対する要求を完全に取り込み、彼の心の中には常に急がねばという信念のようなものが存在しているのです。その常に急がねばという信念が、お年寄りを見ただけで歩くのが遅いとイライラさせるのでした。また、自分が早く歩いて抜きたいのに邪魔であるとも言っていました。ここに信念と書きましたが、もちろん彼がそれを常に意識しているわけではありません。ただ、体で覚えている。しみこんでいる。もしくは、無意識の世界にそれを持っている。こう言った表現になります。

また、子供に対してを考えますと、子供がぶつかってくるのではと腹が立つとのことですが、ぶつかってくるとは何を象徴しているかです。子供は自由奔放です。彼はこの自由奔放を嫌っているようです。彼の几帳面、真面目さを現しているように思います。

幸平君もこの解釈については妥当だと言っていました。彼の両親は幸平君に常に急げと言い続けたと同時に、彼に過度な礼儀、言葉遣いを教え込みました。したがって幸平君は近所では評判の礼儀正しい子供ではあったのですが、子供時代の特権、好きな時に好きなことをする、周りなんか関係なく遊ぶという体験(子供時代)を喪失していたのです。

そして、自分の子供時代を基準(正確には親から刷り込まれたあるべき論)に今の子供を見ているので親の管理がどうなっているのかという発想になったり、楽しめなかった子供時代、失った子供時代への怒りが、今好き放題にしている子供を見て反感と怒りが沸いてくるのだと感じました。

幸平君の場合は子供時代の、急げという親の声に今だに縛られていること。そして、子供時代に厳しくしつけられたこと、そこから学んだ礼儀の正しさ、あるべき論、そして、子供の頃好きなことをして楽しめなかった怒りにまだ翻弄されているのでしょう。
そういった子供時代の傷は今も大きく残っており、友美さんを通して癒している、そう感じました。

人生脚本について

交流分析の祖、心理学者エリック・バ−ンは私達の子供時代親から刷り込まれた考え、感覚、また、親から認められようと思って学んだ表現方法、更には親よりの防衛に対する反応、考え方等が大人になっても強く残っており、まるで、子供の時と同じように感じたり、表現したり、行動したりすることを、人生脚本と名づけました。すなわち、子供の頃の親や環境の影響がそのまま大人になっても残っており、親から得た脚本通り成長して、大人になっても脚本の役を演じるのです。これが、豊かな人生を形成するものであれば問題ないのですが、周囲の人間関係との軋轢や、社会生活にマイナスの影響を及ぼす時は、その親から得た脚本を書き替えて、自分の人生を生きる必要があります。

幸平君の場合も親の子育ての影響が強く残っており、それを転換しなければ、どこで大きな問題になるか分かりません。

そして、私が一番感じたこと。友美さんは幸平君を厳しくしつけた親の代わりに、癒してもらう存在ではないということ。
確かに一時的にカップルはお互いに甘えますが、常に一方的に甘えていたら、甘えられる方はどうでしょう。
与える側が枯れはて、与えるものがなくなってしまうかもしれません。

子供の時に得た脚本をいかに、有益な脚本に書替えるか、ここにカウンセリングのサポ−トがあるのです。私は心理分析は大切だと思ってカウンセリングをしますが、それ以上にその分析をした結果の問題を今後どうするか、それがカウンセリングでは一番大切であると思っています。