他者に必要とされることの大切さ 

以前テレビ番組で、孤独を抱えている(統合失調症)の方が、「他者に必要とされる嬉しさ」を語られことがあります。
逆に書くと、「誰にも必要とされない虚しさ」。
私も同感です。

自分が生きる喜びを知るためには、他者に必要とされることが大切であると、人生経験上、仰る方もおられます。

自分を必要とする、待っている誰かのために生きる。
そこに自分が生きる意味、頑張る意味がある。
と、仰る方もおられます。

そして、人は1人で生きていくのは難しく、孤独は生きる意味を削いでしまいます。
したがって、誰かに必要とされること、そのために生きることは、生きる意味、パワーにつながるのでしょう。

本質的に人とは、人の役に立つことに喜びを得るものなのでしょうか?

名言。
「与えることは 受け取ること」。

相手に何かをしてあげることは、自分がそのことをしてあげている気持ちがまずは嬉しく、その与える行為より、自らの喜が自らにもたらされる。
自らが与え、自らが喜びを受け取るという考え方です。

もちろん、他者からの感謝があれば、さらに受け取るものは大きく、喜びも倍加することでしょう。

人の役に立つと漠然と書きましたが、何を行い人の役に立つかは、人様々でしょう。
でも、そこから得られることは
・自己の発揮
・人との交流
・自己存在のOK感
・自己肯定感
・感謝される喜び

感謝されることと書くと、感謝されたいために、人の役に立つことをするのか?
と思われる方もおられると思いますが。

私は、人に感謝されるために何かを行うことも立派な動機であると思っています。
感謝して頂く、喜んで頂く、笑顔がみたい等。

心在る、動物としての私達。
不思議を感じません。

さて、他者から必要とされる大切さなについて書いてきましたが、1つ問題があります。

それは、他者から必要とされ過ぎることです。
他者から必要とされ過ぎると、自分のことは後回しになりかねず、他者優先において、自己犠牲を強いられます。

何よりも自分を大切にしなくてはなりません。

他者から何かを得たい、他者との関係性を大切にしたい等、他者の必要を満たすことを優先されたいお気持ちも分かりますが、そのために自分が困窮しては、意味がないのではないでしょうか。

まずは自分。
バランスが大切です。
他者から必要とされることは大切ですが、出来ないことは出来ないと、無理なものは無理、今は余裕がない等、自分の事情もしっかり話して理解してもらいましょう。

これが対等な人間関係ではないかなと思います。