人生と時間 充実と虚無

私たちは、どこに生きているのでしょうか。

日本、土地の上、家の中、地球。
すべて正しいと思います。

そして、私が生きている世界で大切に思うこと
それは、時間の流れの中に生きているということです。

私たちは時間の流れ、未来に向かって生きているのです。
生まれた瞬間より、時の中、未来に向かって生きているのです。

時間とは短いようで、長いものです。
長いようで、短いものです。
忙しい人には、あっというまでも、暇な人には、一日過ごすことは、その長さより苦痛です。
でも、暇な連続の日々を今振り返ってみると、過去のひと時。
時間に関すること、この2つとも私は経験しました。

さて、時間に流れ、未来に向かって生きる私たちにとって大切なことは
何のために、未来に向かって生きるのか、その意味です。

それは、夢や希望であったり、家族の生活のため、なすべきことをするため、待っている誰かのため、趣味、楽しみ。

人は今日を生きているようで、時の流れのなか、未来に進み、未来を見て考え感じ、生きてもいるのです。

したがって、私たちが時間の流れの中を生きるためには、何らかの、生きる意味や目標、やるべきことが必要となるのです。

楽しみのために生きると書くと、未来を意識せず、今を生きているだけではないか、と思われるかもしれませんが、楽しんでいる時間は刻刻と未来に向かい、今を感じながらも未来に向かって生きているのです。(健全な楽しみのことです)。

さて、問題は今、未来に対して、目標や夢、何も見出せず、かつ、なすべきことが何もない場合です。
時間は勝手に流れていきます。
もし、自分が何も一日することがないとなると、言葉はよくないのですが、時間の流れ中を生きるために、暇つぶしのための何かが必要です。
そうでないと、時間はなかなか過ぎず、一日は長く、生きることが苦痛であり、日々に虚しさや、嫌悪を感じてしまいます。

人によっては、生きることなんて、どうでもいいとなってしまうかもしれません。
それでも生きている。イヤダ。

心臓は動いています。そして、私たちは時間の世界に留まっています。
生きているから、時間を意識して感じ。
この時間をいかに活用するか、それによって、充実感や幸せを感じるのか、もしくは、暗黒の虚無を感じ続けるのか。

私の人生経験上でも、このことは実感しています。

人によっては夢、希望、熱中するものもなく、待っている誰か、人との交流もなく、虚しい日々を過ごされているかもしれません。
こんな人生は要らないと思われているかもしれません。

そして、虚しさ、時間の長さに対応するために、虚しさからの脱却のため、ギャンブル、快楽、酒等で感覚を麻痺させて、とにかく、今の時間と虚しさを何とかやりくりして、くぐり抜けたい。
その一心で、何かに依存していかれる方もおられますが、依存によっては精神疾患、病気へと進行します。注意が必要です。

さて、私たちは新しく、何かを求めて動き出すと、自分を含め、何かが変わりはじめ、動き出すことは多々あります。
もし、毎日の時間の長さに圧倒され、苦痛と虚しさを感じられているのであれば、とにかく、情報収集も含め、自分を変えるために動くことです。

特別に大きなことを成さなければならないわけではありません。
自分なりの、生きる目標、意味、やるべきことを見つけてください。

そして、年を重ね、体が不自由になったとしても、やはり、趣味、人間関係、コミュニケーション等、楽しみをみつけ、日々の充実を感じ、明日へ向かってください。

人生は長いようで短い。
時は人の都合を無視して、ただ進むのみ。
時は進むだけだけど、その時々、私たちが動くことによって、未来が変わる。
人生、投げ出さないこと。

例え、ずっと思っていた夢が叶わなくても、実直に生きていれば、必ず、次の道がやってくる。

このことを、信じることです。