時について-2 今と未来

さて、前回は過去についてここまで書いてきましたが、次に現在です。
現在は今とも言われています。

では今という時はどこに存在するのでしょうか。
便宜上私も今という時は使いますが、本当は今がどこに存在しているのか説明出来ません。

例えば、今私はこのように文章を書いています。
確かに今書いているのですが、これを書いた瞬間この今は過去のものとなってしまうのです。
また、この文章を今読んでいる読者の方にとっても、この今読んでいる行が次の行へと移るにつれ、読んでいること事態が過去へと流れていきます。

もしかしたら今という時は存在しないのかもしれません。
仮に今とは何か、今を定義するのであるならば人各々その定義、今の時間的範囲はまちまちでしょう。
それだけ今とは曖昧な概念なのです。

私はこれからも便宜上「今」「現在」という言葉は使いますが、正しくは「瞬間」「この瞬間」と言ったほうがいいのかもしれません。

では時の話しです。

「過去」「今(瞬間)」について書いてきました。
そして、もう1つ「未来」です。

私は時のなかで存在して、生きているのは未来のみではないかと思っています。

過去は過ぎ去ったものであり私たちの記憶の中に存在します。
今は瞬間のものであり、一瞬で瞬間は過去へと流れていきます。

すると未来のみが、時間の流れとして、これから私たちが進む方向として確実に存在しているのではないでしょうか。

時の真実としては、私たちは未来にしか進めません。
生まれた瞬間から未来に向かって進んでいる、このように思うのです。

ですから、今の私たちの人生態度としては、常に未来のヴィジョンを意識して、その理想に向かって日々努力することが大切です。
なぜなら、私たちには未来に向かってしか存在出来ないのですから。

今、この瞬間をおろそかにして過ごしていますと、未来は不確実で不安なものとなるかもしれなせん。
しかし、未来に向かって目的意識を持ち、未来の理想のヴィジョンを描き、日々努力している人にとっては、未来は確実なものなのかもしれないのです。

それは、私たちがイメ-ジ通りになれる存在だからです。
ですから、未来の自分の像を持つことは今の私たちにとって大切なことなのです。

時の真実。
私たちに存在する確実な時は未来のみです。
そして、私たちは未来にしか進めません。
ですから、今、この瞬間、未来を築くために精一杯の努力をすることが大切なのです。
未来にエネルギ-を注ぐのです。

さて、この時の流れと逆流する人々がおられます。
それは、過去にエネルギ-を注ぐ人達です。
過去の過ぎ去った日々を悔やんだり、過去の縛りを受け生きていたり、何らかの過去に捉われて生きているのです。

私たちは未来にしか進むことが出来ないのに、過去にエネルギ-を注ぐとどのようなことになるでしょうか。
これは物理の法則、自然の法則に反したことであり、当然何らかの不都合が過去にエネルギ-を注ぎ込んでいる人々に跳ね返ってくるのです。

具体的症状としては身体の何らかの症状、心理的には神経症、うつ病等です。

過去に捉われることは、今を生きる私たちにとっても閉塞感があります。
そして、未来に希望が持てません。

しかし、過去は私たちの記憶の世界にあるものであり、その過去起こったこと、過去の出来事に対する見方を変えることにより、過去の思いも変わってくるのです。
そして、過去より解放されます。

また、私は次のようにも思っています。

過去は必然です。
未来を築く私たちに必然的なことが、過去に起こったことかもしれないのです。
過去必然的に体験したこと、克服したこと、学んだことをいかに未来に活かすか。

過去⇒今⇒未来。

未来を開くためには過去必然的に体験したこと、そこから得たことをパワ-として、人生を開くことも出来るのです。