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私について

自分のことをHPに書いて自己紹介をするのも大変おこがましいのですが、私という人間を知らずして私のカウンセリングを受けるのも抵抗があるでしょうから書きたいと思います。

私の過去

私は機能不全家族で育ったアダルトチルドレンです。
孤独な子供でした。 慢性的に理解されない哀しみを背負っていたと思います。
この哀しみは生まれてきたことに対する否定を無意識的に感じてしまい、そこから、自分に対する自己否定感、自己不信感をもたらします。
それゆえ、子供時代で一番大切なこと、自分のことは自分で決める、好きな時に好きなことをする、チャレンジして冒険する行動が欠如してしまい、そこから獲得するべき、自己信頼感を養うことが出来ませんでした。
結果として、自己信頼感欠如より、傷つくことへの恐れ、失敗に敏感な子供となり、他の子供と遊ぶこともあまりなく、協調性を養えず、社会性欠如、コミュニケ−ション力欠如、陰気な子供となってしまいました。
また、常に自己意識過剰となり、人からの視線、評価に対しても敏感になってしまい対人不安にもなってしまいました。
そして、親の養育問題より常に感情を抑圧することを要求されておりましたので、感情表現も出来ない、無表情な暗い子供でもありました。

子供の時に、こんなになってしまったので、青年期・大学生になっても、友達や彼女はまったく出来ず、昼休みはいつも一人図書館で寝ており、何の思い出もない虚しい時代を過ごしてしまいました。
ただ、社会生活だけは、ひきもらずに何とか送ってはいましたが、人とはかかわり合いたくなかったので心理的にはひきこもっていました。
正直に書くと、私は幼稚園から大学生までの記憶がほとんどありません。
これは、あまりに辛い子供時代だったので記憶が飛んでしまったのか、もしくは、あまりにも一人孤独でいたので、経験すべきこともあまりなく、また、感情抑圧から何も感じなくなってしまったのか、どちらかだと思います。

成人しても当然周囲と話しが出来ず、親の縁故で何とか就職しても上述のような性格であったので、まったく周囲とうまく合わせることが出来なくて、会社に行くのが辛くてどうしようもなかったです。

また、6歳の頃より強迫観念とそれを打ち消すために強迫行動を何回もしました。
手洗いなど様々です。強迫性障害です。
バカバカしいと思いながらも何回も同じ行動を繰り返し繰り返し、やめようと思ってもやめられない、その葛藤は凄まじいもので、エネルギ−を使い果たし、くたくたになったこともしばしばでした。

したがって、10歳代、20歳代は自己信頼感欠如、心理的ひきこもり、強迫性障害、対人不安、社会性欠如、コミュニケ−ション力欠如と大変でした。 しかし、30歳代より社会性欠如、心理的ひきこもり、対人不安は徐々にではありますが改善されつつありました。
おそらく、会社生活をしているうちに、ソ−シャル・スキルが身に付き人間関係が築けつつあったからだと思います。
また、同時にコミュニケ−ション力も徐々に身に付き、何とか相手に慣れれば話せるようにはなりました。

しかし、自分に対する自信、自己信頼感は獲得出来ませんでした。
人の目をまっすぐにはなかなか見れませんでした。
顔を少し伏せ、上目遣いに人を見ていたように思います。

さて、強迫性障害についてですが、これは33歳の時に奇跡が起こり治りました。
ある冬の日のことです、鏡を見ながら自分の人生を振り返っていたら、楽しかったこともほとんどなく、何のために生まれてきたのだろうと、深い哀しみに襲われ思い切り泣きました。 その次の日からです。もう死んでもいいやと思いしばらく過ごしました。
それから、しばらくして症状が消えてしまったのです。
鏡を見て泣いたことによってカタルシスを得た。癒された。そして、生への執着を手放したことにより症状が消えたのだと思います。
生への執着→森田療法によると、強迫性障害になる人は生への執着が強すぎることと言われています。

完璧な安全を求め、起こりもしないことに頭を悩まし苦悩する。

そして、会社生活の方ですが37歳の夏、退職しました。 もともと、私は事務職として入社しました。仕事は同じことの繰り返しでやりがいもありませんでした。
また、入社以来ずっと同じフロアで14年間同じ仕事をしており飽きてきていました。
更に本社での私の評価は不当に低く、いつか目にものを見せてやる、と言った復讐心のようなものもあったと思います。
そんな折、4月に同じフロア内ですが異動がありました。
異動先の仕事内容については、仕事量の割には部下が少なく、また仕事内容もクレーム処理の多い大変なものでした。
もともと仕事自体はやりがいがなく、さらに顧客より文句ばかりを言われ(もちろんクレーム処理の重要度については理解していました)、仕事におけるモチベーションは完全に低下(また、当時中間管理職として勤務していましたので、デマンド・コントロール・モデルの問題もあったと思います。仕事への要求度が高く、仕事に対する自由裁量権がない時は高いストレスが生じます)し、仕事を続けることが出来ない心理状態にまで追いつめられました。
しかし収入を失う恐さもあり、辞めるか、辞めないか2ヶ月間悩み続けました。
毎晩酒を飲み、心も体もボロボロになったと思います。

しかし、最後はこの仕事をしていたら、「人生を失う」と魂の叫びが聞こえ、思い切って退職をしました。

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