知性と好奇心

知性と好奇心について書く前に、
知性とは何でしょうか?
好奇心とは何でしょうか?

簡潔に、新明解、国語辞典、三省堂刊より、記載したいと思います。

・知性とは、物事の理屈がすぐ理解出来る能力、知力。

・好奇心とは、珍しい物事などに強く興味や関心を向けること。
(物事を探求しようとする根源的な心、自発的な調査、学習の物事の本質を研究するといった、知的活動の根源的活動を言う Wikipediaより)

このように、知性と好奇心を並列してみますと、知性とは知的能力、思考能力の要素が高く、好奇心とは、興味本位の心(何だろうこれは)の側面が高いと、読み取れるのではないでしょうか?

さて、知性と好奇心、私たちにおいて先に発達・発揮されるのはどちらでしょうか?

私は興味本位の心の内にある、好奇心が先に動くと思っています。
その後、その抱いた好奇心の対象について、深く調査・学習することによって、知性が磨かれるのではないでしょうか。

こう考えると、まず、純粋に好奇心(対象に対する興味)が存在し、その後、好奇心に対する学習により、知性が深まり、さらに好奇心も深まり、その好奇心の対象に対する知性がアップすると考えます。

こう考えると、人、社会、文化、テクノロジーの発展の為に大切なことは、まずは好奇心であり、その好奇心から、知性がその好奇心の対象を理解、展開、強化、発達し、私たちにとって、意味のあるもの、役に立つもの等、形あるものにしていくのではないでしょうか。

好奇心から、いろいろな疑問や発想がうまれ、それを分析、学習して知性が深まり、さらに好奇心がアップして、好奇心と知性が一体化となり、新しい何か(創造物)がうまれてくると考えます。

子供の好奇心

さて、ここで大切なことは、子育てに関することです。

子供の好奇心をすぐに取り上げないこと、禁止しないことです。
(もちろん、危ない好奇心は別です)。

そして、好奇心に基づき遊ばせてあげることです。
その後、子供は考えるかもしれません。
この遊び、抱く好奇心の背後には、どのような仕掛け、仕組みがあるのだろうか?

これを探り、明確にしていくのが知性の役割と私は考えます。
そして、それを理解した知性が、さらに好奇心の基、学習、思考を得て、また知性を深めていくのです。

人の成長には、好奇心(興味・遊び心)と、知性(思考・学習)がセットになっているのです。

このように、考えると、好奇心のみ助長して、知性の育みを怠ると、場当たり的、リスキーで、ワイルドなギャンブラーのような人物に成長するかもしれません。
そして、知性の欠落ため、危険な目に遭う確率は高いでしょう。

一方、好奇心に基づく行動を阻害され、興味のないことばかり考えさせられ、教育された人は、ある意味、知性的な人でしょうが、おもしろみがなく、真面目で、論理一徹な人になるかもしれません。

私の人生経験上ですが、好奇心が削がれると、理屈一辺倒な人になってしまい、感性も鈍く、人生のうるおいを感じることは難しいものです。

知性のみ先行しても。冷たい、非人間的な印象を与えかねず、好奇心のみが助長しても、わがまま、したい放題(手当たりしだい、好奇心を追求するばかりのタイプ)となってしまうことも多く。

知性と好奇心。
思考と心。

この2つの能力(才)バランス、開発が、人の人生の豊かさにつながる、重要なポイントかもしれません。

知性と好奇心 私のまとめ

さて、今までの、まとめについて書きますと。

まず、興味より好奇心がうまれます。
そして、その好奇心を抱く対象はどのようなものなのか、学習、思考から知性が発達します。
その、知性がさらに、好奇心を抱く対象を分析、理解、展開することにより、知性もアップ。
そして、新しい創造物が誕生する。

私はこのように考えています。

したがって、好奇心とは、私たち、人類の進化、発達には、必要不可欠なものなのです。

そして、知性は、人、様々な人生の経験より磨かれます。
それは、人が興味を抱く対象、好奇心を抱く対象が各々違い、知性の発達の仕方も違うからです。

ある学者が言ってました。

ゲノムを操作しても、若返りと、知性は変えられない。

知性がその人個人の、経験、体験の発達上にあるとすれば、遺伝子レベルの問題ではないと、理解することも可能です。