私の家族関係を振り返って

私は昭和40年生まれ。
いざなぎ景気、戦後日本は復興景気にわいており、新幹線の開通、東京オリンピックと、まさに、日本の新時代の幕開け、その時に生まれてきました。

寄らば大樹の樹の如く、大企業に就職すれば、終身雇用、年功序列、厚い年金と、生涯の安定は保障されているかのような、大企業神話、錯覚の時代への突入です。

世の中のママは少しでも、子供を良い大学へ行かそう、教育に熱が入り、「教育ママ」と呼ばれており、日々勉強、偏差値の高い学校への進学と、成績には神経をとがらされていた時代です。

そんな時代に、勉強も運動も出来ない、凡人の私は誕生しました。
母は何でも出来た、活発で優秀な子供時を過ごしており、私を見て落胆したことでしょう。

さて、父は銀行員一筋。真面目な男。しかし、過保護の過干渉。
母は家のことはきっちり、まめに行う、良妻賢母。いや、父とのコミュニケーションは齟齬が多く、意思疎通は少なく、私に対する姿勢、態度も賢母とは言い難い。

面倒よく育てて頂きましたが、そこが、私の母に対する不思議な違和感。
体は大きくしてくれたけど、中身は空っぽ。
人としての何かが欠落して成長した私でした。

各々が皆、家族関係の問題を抱えて生きている。
そんな感じの家でした。

他の家の家族の様子等は分かりません、知りません。
友達も少なかったため。

私は、この家庭に生まれ育って良かったのだろうか?
問題はなかったのだろうか?

いや、これですべて良し、と思っています。

他の家族に生まれた私のことを想像しても、ピンと来ず、意味はなく。
過去に戻ることも不可能。

そして、私は心理カウンセラー。
この家族に生まれたからこそ、心理カウンセラーになったのです。
自己の経験をカウンセリングに活かしたいと思ったのです。

すべては、これで良かったのです。

追記
今は、2018年6月。
これからも心理カウンセラーで在り続けるかどうかは、分かりませんが。

記憶、思い出の薄い家族、父、母との関係でしたが、これで良かったのです。
この家族に生まれたから、私は会社を退職し、新しい人生の模索と行動を行い、新鮮な経験も多々出来た。

私が常に、新しい経験をして、成長するために、今世生まれてきたのであれば、この家族であって良かったと思っています。