脳の錯誤か 記憶

今の私は54歳。
54年も生きていると、いろいろな経験、そして、記憶に残っている思い出も多々あります。(若い時、心理的ひきこもりでしたので、他の人よりは、経験、思い出は少ないかもしれませんが)。

しかし、不思議なもので、遠い時代の思い出、記憶の方が、鮮明に色づけされ思い出され、最近の出来事の記憶に関しては、記憶としての記憶であるという、少し冷めた感じで思い出されたりもします。

そして、遠い時代の思い出、記憶の方が、最近のことのように感じられ、つい、半年から、1年程前の記憶は、ちょっと昔のように感じられ、時間的感覚が不鮮明です。
時間的感覚を感じたとしても、まだ、あれから、半年、1年しか経っていないの?
時が過ぎるのはゆっくりしている、と感じることもあります。

しかし、遠い時代の思い出、小学生低学年、今から50年程前の記憶は、数か月前、数日前の出来事の体験のような感覚を抱いてしまい、思い出、記憶の時代感覚における脳内の整理が、滅茶苦茶なように思えるのです。

でも、もう少し考えてみると。

小学生低学年時の遠い記憶が、数か月前のように感じると書きましたが、記憶とは経験が脳に保存されていると考えると、小学生低学年(その時代に限らず)、記憶によっては、たんなる出来事の記憶もあれば、その出来事の記憶が感覚的、感情的色彩に彩られている場合もあります。

子供時、小学生低学年時は、父とのセミ取り、本屋に行った帰りに肩車をしてもらった、大きな月が、なぜ、私と並走してついてくるのであろうか等疑問を思ったり。
記憶というよりも、プラス面の感覚、感情を伴う、大切な思い出となっています。

記憶の時代感は、その出来事に感覚的な色彩(楽しかった、嬉しかった等、またその逆もありますが)が濃いほど、つい昨日の出来事のように思い出すのでしょうか?

昨年1月から3月の記憶と言えば、大阪市U町にカウンセリングルームを持ち、カウンセラーとして大阪で復活したいと思っていました。

賃貸の物件、カウンセリングルームの備品を揃えたり、無理を重ね続け、その後、体力的、心理的な疲弊感、それに続く、大阪赤十字病院での、指定難病の検査と、慌ただしい半年を経験しましたが、これらの記憶は、近く、遠くに感じるというか、あまり、感情的、感覚的な色彩を伴って、記憶されておらず、私の脳内での、これらの記憶は、直近の記憶というより、数年前のような記憶のように、思い出すたびに時代錯誤が生じていす。
あの時は、常にイライラしていましたので、楽しい記憶ではなく、何か行動面でも事務的に動いているという感覚で行動していました。

さて、いろいろと書いてきましたが。

記憶とは、その体験中強い色彩的感覚(強い感情を味わう)に彩られた出来事の記憶は、感覚、感情の記憶とセットされ、最近の出来事のように思い出されるのでしょうか。

いや、そうではなく、記憶の世界においては、ある程度年齢を重ねた人にとっては、昔の記憶程、最近の記憶と鮮明にビックアッブされ思い出され、最近の記憶は、単なる記憶(それが楽しい出来事でも)、として脳内に保存され、過去と今の記憶の時間的感覚の逆転現象を生じさせるのでしょうか?

よく分かりませんが。

でも、何となくですが、強い感情的、感覚的な色彩が付随する程、出来事の記憶は、脳内において鮮明に保存され、年を重ねても、強烈に思い出され、まるで、50年前のことが、数日前のことのように感じるのかもしれません。

懐かしい等ではなく、本当に数日前の出来事のように、ありありと思い出されるのです。

私の記憶の体感として、書かせて頂きました。