6年間の望まぬ体験 私自身が変わってしまった

ここ数年、2013年春以降、望まない様々なこと事が起こり、振り回され続け、自分を健全に維持することが出来ませんでした。

以前はバラエティの賑やかなテレビを見て無邪気に笑っていましたが、ここ数年、バラエティを見ても、うるさいとしか感じることしかなく、見るテレビ番組内容もすっかり変わってしまいました。

よく見ている番組は、人の生き方あり方に関する番組、心理、福祉に関する番組、社会の変化(但し、経済は分かりません)、脳科学、AIに関すること。

これらの番組をよく見ています。
見るといっても、全体の一部を垣間見ているだけなのでしょうが・・・。

そして、私自身も人として、ある一部が、完全に変わってしまったように思います。
(もちろん変わったのは脳ですが・・・)
でも、この変化はカウンセリングを行うことにおいては、プラスに作用するでしょう。

また、私は「価値観を変えるカウンセリング」を受け賜わっていますが、自分の価値観は、強制的に変えられてしまったと思っています。

おそらく、以前のまま私では、カウンセリングを継続しても、どこかの時点でカウンセラーとして行き詰まってしまい、その為に人生の方から、様々な体験、経験が用意され、その体験、経験を通じて、自分自身が変わることを強制された。
私はその強い流れに従わざるを得ず、変わったのだと思います。

その体験、経験とは、私の今までの人生において体験、経験したものとは、まったくの別次元の辛いものでした。

では、何が私を変えたのか、全てを書くと大量の文字数になりますので、簡潔に書きたいと思います。
(また、全てを詳細に書くこと、伝えることは出来ません)。

2013年4月以降
当時は大阪の谷町六丁目にカウンセリングルームを構えており、問題なくカウンセリングに取り組んでいたのですが、なぜか不安神経症を患い、同年の6月頃より不安の身体化症状もはじまり、何をしていも(座ってゆっくりしていても)体が不安を感じ続けるようになり、寝たきりの、ひきこもりとなってしまいました。
同時にこの時期、更年期にも入っています。

2013年12月
大阪府他市に引っ越し。
この地の建物は、防音対策が弱く、下からの足音がよく聞こえ、更年期のこともあり、常にイライラ、このイライラから、度を越した怒りを強く感じるようになり、少し狂気化していたようにも思います。
結局、同市内において4回引っ越し。全て最上階でしたが、いずれの賃貸物件も階下の足音がうるさかった。一度、鉄筋コンクリートのマンションの壁を蹴ったら穴があきました。
これが鉄筋か?あきれ果ててしまいました。
⇒また、音に関しては、私が聴覚過敏ということも要因なのですが。

更年期、聴覚過敏、物事が思うように進まぬイライラから、嫌な思いを継続してまで、この市に住み続ける価値はないと思い、引っ越しました。

2018年7月
大阪府隣接の他県、僻地に引っ越し。
これが最悪でした。
僻地には1年も住まなかったのですが、私にとっては生涯において、もっとも苦しい時期を迎えることになります。

僻地において、私の居場所、活動の場はなく、どれだけ探しても見つからず、結局、私は部屋に引きこもらざる得ない状態に追い込まれました。
もちろん、外に出ることも可能ではあったのですが、僻地故何もなく・・・。
(もっと、もっと詳細があるのですが、書けません、伝えません)。

結局、外出先、活動の場がなかったのです。

私は活動エネルギーの高いタイプです。
その活動エネルギーを発揮することが出来ず、封印せざるを得ず、部屋にひきこもってしまいました。

この当時、私の状況、心理は異常そのものでした。
公的にはまともなのですが、部屋にひきこもっている私的な時間は、
「ワァー」と大声を出したり、「うるさい」と大声を出したりしていました。

「ワァー」、この大声には、望まない状況に対す怒り、エネルギーが外に向かわず、自分を破壊する向きに変わってしまい、自分を攻撃していたのだと思います。
もしくは、不満を爆発させていたのでしょう。
そして、朝から大量の飲酒を日々繰り返し、正気を飛ばし(正気では自分を維持出来なかった)、現状に我慢、これは、自分を破壊するためと同時に、生きるための大酒でもあったのです。
また、自分はこれからどうなってしまうのだろうという不安、恐怖、このような感情もあったでしょう。
短い叫び、「ワァー」の中には、様々な感情、葛藤が入り組んでいたのです。

また、「うるさい」と独り言、大声を発していましたが、実は静かな場所で、誰もうるさくなく、ただ、私の脳内にて、何か自分を責める、追い詰めるような言葉が発せられ、それに対して、「うるさい」と言っていたのだと思います。

怒りと不安。
この2極の間で、揺らめいていたと思います。

本当に自分が、どうかなってしまう、壊されてしまう。
このような経験を、僻地でずっと耐えていました。

2019年6月
6年振りに大阪市へ戻ってきました。
少し落ち着きました。

大阪市はなつかしい。

そして、今の心境は(2019年9月)、これら様々な体験、経験も人生からのプレゼントだろうと、考えるようにしています。
私はこれより、心理カウンセラーとして復帰しますが、この6年の体験、経験がなければ、カウンセラーとしての自分が進歩することなく、
カウンセラーとしての自分にとって、必要な体験、経験を必然に重ねてきたのだと思っています。

やはり、私は自己の経験を中心としてカウンセリングを行うカウンセラーなのでしょう。
したがって、私の成長の為には、今までに味わったことのない、体験、経験が必要であったのです。

決して望んだ体験、経験ではありませんが、これらの体験、経験から得たことも、カウンセラーとして、今後に活かせるでしょう。

何が起こったか、時系列の詳細は、カウンセラー紹介のページに書かせて頂いております。