夫婦喧嘩の問題とダブルバインドの問題について

今回は絶え間ない夫婦喧嘩とアダルトチルドレン、そして、ダブルバインド(二重拘束)の問題の2つについて書きます。

1 絶え間ない夫婦喧嘩の問題について

前回親子間の境界の大切さについて書かせて頂きました。
家族間における境界とは個人が個として尊重される空間です。
言葉を変えると自分の居場所です。

さて、夫婦喧嘩とアダルトチルドレンの問題を考えるにおいても居場所をキ−ワ−ドとして考えることが出来ます。もちろん、この居場所とは安心安全な自己存在の空間です。

では、本題です。夫婦喧嘩の絶えない家庭とはどのようなものでしょうか。
突然に父が分けもなく怒り出し、暴れ周り暴言を吐きまくる。母はそれに応戦してわめき散らす。そして取っ組み合いの喧嘩。家のなかは滅茶苦茶。

果たしてこのような家庭で安心して生活出来るでしょうか。子供達は親の喧嘩がいつ始まるか怯え続け、神経をすり減らす思いをすることでしょう。そして、日々不安に怯えるのです。また、喧嘩の始まる兆候に敏感となり親の顔色ばかり見ているかもしれません。
喧嘩が始まるのではという不安のストレス、喧嘩中に耐えるストレスと相当なストレスを抱え込むことになります。

家は安心した居場所ではなく、不安の巣窟なのです。自分の安心出来る空間と境界を持つ事が出来ず、夫婦喧嘩に巻き込まれ精神が病んでしまうかもしれません。
絶え間ない夫婦喧嘩が子供に与える影響は計り知れないものなのです。

2 ダブルバインド

この言葉ご存知ですか。ダブルメッセ−ジによる二重拘束を意味します。この概念はベイトソンによって考えられました。
簡単に書くと、言語と非言語メツセ−ジの相違です。
例えば、親の子供に対する表現(言葉がけ)が、実際の話し方のト−ン、もしくは顔の表情と相反している場合です。親が子供に「かわいいね」と言ったとします。言葉は大変いい言葉ですが、言い方にトゲがあってきつかったり、顔が笑顔ではなく怒っていたとしたらどうでしょう。何を、もしくは、どちらが本当に親が伝えたいことなのか、どちらが本当のメッセ−ジなのか分かりません。混乱してしまいます。

更にダブルバインドを二重メッセ−ジによる拘束と捉えると次の2例も、ダブルバインドと解釈出来ます。

親が子供にあることをしていいよと許可をします。しかし、その行動をする直前でダメと言った場合は時間を置いて言語によるダブルメッセ−ジを送っていることになります。
例としては子供が野球をしたいと思い、親に試合に行っていいかと聞きます。親は一旦は「いいよ」と返事をするのですが、子供が試合に行く直前に「ダメだ、勉強しろ」と言ってみたり、または、試合には行きましたが帰ってくるなり、「野球なんかに行くな」と言ってみたりと。
あるひとつの行動について、時間を置いて相反するメッセ−ジを送り、子供を縛り混乱させるのです。
親の気まぐれで子供を混乱させるのです。

次の例はどうでしょう。親は家では子供を誉めます。しかし、外出して親戚等に会うと、子供の目の前で「家の子は出来が悪くて」と話します。それを聞いていた子供はどんな思いをするでしょうか。もちろん親としては謙虚に振る舞っただけなのかもしれませんが。
家の中と外での評価が相反している。これも子供は混乱するでしょう。

ダブルバインドとは上述しましたが、相反するダブルメッセ−ジを送ることにより、心を二重に拘束するのです。

このようなことが日々行われていたとしたら、子供はどのようになるでしょうか。

何が正しいのか、果たして自分は価値があるのかないのか、何が正常なのか、まったく分からなくなってしまうのです。
そして、何が正しいのか、親が伝えたいことは何なのかと常に思い感じて、親の視線や表情、行動を過剰に意識して推察しようとします。また、自分はどのように振る舞えばいいのか分からなくなってしまい、行動そのものを停止させてしまうかもしれません。

更には成長するにつれては、人の視線や表情を過剰に意識して、一体自分はどう思われているのか、自分とは何物なのかを一生懸命推察しようとします。
このようになりますと、自己価値を他者に委ねてしまう問題にも通じて、相手の気に入る行動ばかり取ろうとするかもしれません。また、相手の視線や行動の本位を図ることばかり考えおり、ストレスも抱え易く情緒も不安定になるかもしれません。

また、安定した評価を親から得られないということは、自分とは何物であるかを認識することが出来ず、青年期のアイディンティティの確立にも失敗してしまうかもしれないのです。