自信・自己信頼感の悩み

自信がない。
自己信頼感が弱い。

近年、この悩みで、心理カウンセリングを受けられる方は大変多いです。

さて、自信、自己信頼感。
私は、自信、自己信頼感も、その人独自の個人的感覚であると思っています。

そして、自信、自己信頼感は成長の過程において、チャレンジと成功体験より深まると考えています。

また、自信、自己信頼感の基盤として、人生早期に親や養育者より得られる、「自己存在に対するOKの感覚」が大きく影響すると思います。

必ずしも、「自己存在に対するのOKの感覚」(あなたは生きているだけで十分価値があるという感覚)と、自信、自己信頼感は並立するものではありませんが、ともに大きく影響し合っていると考えます。

1 自己存在に対するOKの感覚
2 自己存在に対するOKの感覚と成功体験
3 評価と自信と自己信頼感
4 人間関係を築く 居場所を持つこと 孤独にならないこと
5 自己の存在に対するOKの感覚と自信・自己信頼感
6 あの人、何となく自信がありそう

1 自己存在に対するOKの感覚

「自己存在に対するOKの感覚」については、人生初期における親子関係(養育者との関係)が、最も重要なものとなるでしょう。
(但し、自己存在に対するOKの感覚は、成人後の人間関係においても得ることは可能です)。

それは、何かが出来なくても自分は愛されている感覚、いつも見守られている感覚等、安定した親(養育者)の子供に対する言葉・態度が、子供の心に安心感、安定感(心の安全基地)を築くことにつながり、これが、「自己存在に対するOKの感覚」へとつながるのです。
すにわち、自分は絶対的に存在して良いという感覚です。

もし、子供時に「自己存在に対するOKの感覚」を親より授からなかったとすれば、子供は何かが出来なければ自分は存在価値がない、存在してはいけない等、条件付けの自己存在に対する感覚を抱くでしょう。
そして、自分の存在が許される(親・養育者より存在が認められる)ための条件がたくさんあればある程、全ての条件を満たすことは難しく、条件を満たせない自分は存在してはいけない等、自分の存在価値を否定する、自己否定へと発展していくのです。

子供が存在するための条件を出したのは、親(養育者)です。
子供に対して、何かが出来なければ、ほめない、認めない、愛情表現をしない、逆に叱る、怒るは、子供にとっては、親(養育主)の期待を満たせない、価値のない子供と、「自己存在に対するNOの感覚」を抱くことにつながります。

そして、「自己存在のNO」より、「自己存在のOK」へと一生懸命、子供なりに、親の要望に応えようと頑張るのですが、親の要求するハードルが高ければ高いほど、ほめられず、認められず、「自分はダメ人間」「存在価値がない」の自己否定のレッテルをみずから貼ってしまうのです。

尚、親(養育者)の関わる態度が、条件付けの承認以外にも、過干渉、過保護、無視、虐待等の育児態度も当然子供は、「自己存在に対するOKの感覚」を身に付けることは出来ません。

2 自己存在に対するOKの感覚と成功体験

さて、「自己存在に対するOKの感覚」は、何かが出来るから存在のOKではなく、何も特段出来なくても、存在のOKの感覚です。
あなたは存在しているだけでいいのです。
この言葉を示しています。

しかし、「自己存在に対するOKの感覚」を心の内に抱いていたとしても、何かを成し遂げる自信、人生何とかなる、自分を信じよう等の自己信頼感は、いかにして、培うのでしょうか。

「自己存在に対するOKの感覚」があったとしても、それがあるからといって、自信、自己信頼感を得ているとは限りません。

やはり、自信、自己信頼感とは、何かにチャレンジ、挑戦、その成果達成が蓄積され、得られものではないでしょうか。

例えば、「人前でプレゼンをする自信がある」という例を考えると、その人は、人前で話すことに対して様々なチャレンジと成功体験を積んでおられると思います。
「自己存在に対するOKの感覚」があったとしても、人前で話す自信があることにはつながらないでしょう。

しかし、「自己存在に対するOKの感覚」をお持ちの方は、例え人前で話す自信の感覚、自己信頼感が弱かったとしても、多少失敗しても何とかなると、あまり気を張らず、人前で話す事を迎えられるのではないでしょうか。
それは、多少の失敗で、自己の根底にある。「自己存在に対するOKの感覚」は揺らぐことはないのです。
「まぁ、こんな感じでいいかな」という、自分に対する優しい自己評価をされるのです。

さて、問題は人生早期、子供時に親より無条件にOKの感覚をもらえなかった、条件付けのOK。もしくは、否定され続けた人の場合です。
彼、彼女たちは当然、「自己存在に対するOKの感覚」を持っていません。
それよりも、自己否定感が強いでしょう。

そのために、自分にOKを出すために、何かにチャレンジ、挑戦、成功体験を積むことにより、自信、自己信頼感を得ようと強く思われるでしょう。

しかし、何かにチャレンジ、挑戦して成功体験を得ることは、自信、自己信頼感につながるとは思いますが、それが、「自己存在に対するOKの感覚」と結びつくかと言えば、そうではありません。

なぜなら、何かに挑戦、チャレンジした成果があって、「自分はOK」であると、この時点で「条件付けの自己存在に対するOKの感覚」を得ているわけであり、その挑戦、チャレンジが出来なくなったり、そしてチャレンジの結果の成果等を失った瞬間、「自己存在に対するOKの感覚」は崩れ、自己否定へと戻ってしまうのです。

加えて、自己否定感の強い人は、達成、チャレンジする目標の設定基準も高く、そのため容易に目標を達成することが出来ず、そのため、より強く、「自分に対するNOの感覚」、自己否定感を強めてしまう傾向があります。

自信、自己信頼感は成功体験の積み重ねより得ることが出来ると思います。
しかし、「自己存在に対するOKの感覚」とは、特段何かが出来なくても自分はこれで良いという感覚であり、これは、人生早期は親、養育者からの無条件の受容、成長してからは、他者との人間関係より、無条件に自己の存在を認められることからしか得られないのです。

すなわち、何かが出来るから自分はOKではなく、特段、これといって何も出来なくても、自分は自分で良いという感覚なのです。
それに、そもそも、凄い優秀な成果を挙げ続けられる人は、少数でしょう。
皆、ある意味、ごくごく普通の人です。

さて、ここで、自信、自己信頼感を培うことが出来る、成功体験とチャレンジ、挑戦について、注意すべきことを書かせて頂きます。

どれだけ難易度の高い、何かを成したとしても、それが、自分が定めた目標達成(もしくは納得した目標)でなければならないことです。
親、養育者、他者の定めた目標を、不本意に、ロボットのように活動、達成しても、本人の意思は介在していないため、その目標達成。
その事じたいが無意味に思えるのではないでしょうか。

成功体験とは、自信、自己信頼感のためには大切なことですが、それが、自分が定めた目標を達成することが、自信、自己信頼感の獲得、向上のためには大切なことなのです。

3 評価と自信と自己信頼感

さて、前述の成功体験と並び「評価」の問題について考えてみましょう。
成功体験の成功とは、誰かからの「評価」を得て、はじめて成功となるのです。

この評価者は3つです。
自己評価と他者評価、そして、自己評価+他者評価です。

a)自己評価

あまりにも高い基準の自己評価は、出来た自分を認めず、成功体験をもたらさず、逆に出来ているにも関わらず、自分に課す基準が厳し過ぎ、まだまだ自分はダメと、「自分にNO」の感覚を強く埋め込んでしまいます。
厳し過ぎる自己評価には注意が必要です。

おそらく、「自己存在に対するOKの感覚」をお持ちの方は、そこそこ、出来れば、努力したこととして、自分に対してOKを出されるでしょう。
「まっ、こんな感じでいいか」。

しかし、自己評価の厳しい方は、この文章を読まれれば、次のような思われるでしょう。
「もっと、努力しなくていいのですか」。
「自分に甘すぎるのではないのですか」。

いえいえ、あなたが、自分に厳し過ぎるのですよ。
そこには、強い自己否定感があるのではないでしょうか。
自己否定感が強いからこそ、それを覆すために、高い目標設定と厳し過ぎる自己評価をされることは、しばしばみられる心理です。

b)他者評価

「自己存在に対するのOKの感覚」を持っておられない方は、そのOKを他者から得ようとする傾向があります。
すなわち、過剰な他者からの承認欲求です。

もちろん、会社等においての評価とは、上司(他者)が仕事の成果として行うものでしょう。
しかし、求められる成果が高すぎると、どれだけ努力をしても、達成、困難かもしれません。
認められよう、承認を得ようと努力するあまり、頑張り過ぎ、知らない間に、うつ病になっているかもしれません。
そもそも、所属している会社、企業はブラック企業かもしれません。
他者評価を得ることは大切と思いますが、自分を守ることも大切です。

また、仕事の成果以外でも他者評価を重視する方は、常に他者の動向を意識、他者の喜ぶ行動を取ることを心がけたり、自分を抑えても他者に合わせ、評価を得ようとされるかもしれません。
これは、自己抑圧からくる自己喪失(自分が何をしたいのか分からない等)をもたらしますので、注意が必要です。

あまりにも、他者評価を求めるあまり、他者を意識し過ぎてしまいます。
この場合、他者評価、他者からのOKを求め過ぎないことです。
すなわち、承認欲求の基準、ハードルを下げ、自分を大切にすることです。

c)自己評価+他者評価

もっとも公正な評価は、自己評価と他者評価の一致ではないでしょうか。

しかし、自分に厳し過ぎる評価を下す方は、他者から評価されても、その評価を否定される傾向があります。
他者評価を得るということは、十分に頑張った証です。
その評価を否定してしまっては、他者からのOKを受け取らないこととなり、自信、自己信頼感の獲得には結び付かず、「自己存在に対するOKの感覚」も培えません。

他者からの評価、大切しましょう。
他者からの評価を、自分勝手に否定せず。
他者からの評価を、自己評価に組み込みましょう。

それが、自信、自己信頼感の獲得に結びつくでしょう。
せっかく、チャレンジ、挑戦して成功、成果を出し、他者からの評価を得ても、その評価じたいを自分が否定してしまっては、チャレンジしたが無意味になってしまうか、自己否定感を強めてしまいます。

4 人間関係を築く 居場所を持つこと 孤独にならないこと

さて、自信、自己信頼感と「自己の存在に対するOKの感覚」は、必ずしも並列して存在しているものではないことを書かせて頂いております。

自信、自己信頼感は、成功体験の積み重ねから得られるもの。
それに対して、「自己存在に対するOKの感覚」は、人生早期の親、養育者よりの、無条件の肯定的な承認、態度より得られるものです。

では、人生早期に親や養育者より、「自己存在に対するOKの感覚」を授けられなかった方は、生涯、この感覚を持てないのでしょうか。

そのようなことはありません。

新たな人間関係を築くのです。
自分が否定されない人間関係。
そして、それは、居場所を持つこと。

自己存在が否定されなければ、「自分は存在して良い」となるはずです。

自分を大切に出来ない人は、他者を大切にすることは出来ません。
なぜなら、自分を大切に出来ない状態の方は、他者本位(他者へ意識が向き過ぎる心理状態)の傾向が高く、そのため心に余裕がなく、本当は他者を大切にすることが出来ない心理状態なのです。

本当に他者を大切に出来る方は、それ以上に自分を大切にしている方と、私は思っています。
自分の心理状態を知っているのは自分のみであり、他者には不可視です。
したがって、まずは自分の心理状態に気を配り、余裕がある範囲で、他者にも気を配る、配慮することで良いのではないでしょうか。

これが、対等な人間関係。
自分を大切に、他者も大切に。

そして、人間関係は必ず居場所を形成し、何らかの活動を伴います。
その活動内容は、様々でしょう。
その中で、出来ないことは無理せず、自分に出来る活動を行い、他者から承認、評価を得られれば、それを素直に受け取る。
また、他者への気配り(過剰ではなく)は、他者からの承認をもたらし、仲間として無条件に認められ、愛されることにつながるのではないでしょうか。

これにより、人生早期に、親や養育者より授けてもらえなかった、「自己の存在に対するOKの感覚」を培っていくことが出来るのではないでしょうか。

もちろん、自分と他者は、成育歴、性格も違い、受け入れがたい面もあるかもしれませんが、違いは違いであり、間違いではない。
様々な人が存在して良い。
寛容性も大切でしょう。

この他者に対する寛容性も、自己に対する寛容性となり、「自己の存在に対する存在のOKの感覚」を強化することにつながります。

また、居場所における活動に対する他者からの評価は、自信、自己信頼感の強化につながると思います。

5 自己の存在に対するOKの感覚と自信・自己信頼感

さて、人とは必ず老います。
今まで出来ていたことが、出来なくなることもあるでしょう。

出来なくなることが増える。
これは、人生の定めです。

この出来なくなった自分をダメだ等、決して思わないでください。

今まで数々の成し遂げたことを思い出し、思い出すたびに、培い、蓄積さむれた自信、自己信頼感は、確信(核心)の如く、自身の心強さにつながるかもしれません。

また、今までの暖かい人々との交流、今も続く交流関係から、どのような状態になろうとも、「自己の存在に対するOKの感覚」は、失われることはないのではないでしょうか。

老い等とともに、出来なくなることも増えますが、自分を生き、人生を生きている限り、諦める必要はありません。

どのような状態であれ、「自己の存在に対する感覚はOK」なのです。

どのような状態であれ、今まで培ってきた人生の賜物は、何らかの形で活かすことも出来るでしょう。

これは、新たな、自信、自己信頼感を獲得することにつながるでしょう。

何かが出来なくなってしまったから、自信、自己信頼感の喪失感に浸るのではなく、出来ることを探して、人間関係を大切にして、「自己の存在に対するOKの感覚」を生涯、大切にしましょう。

それが、感覚的に内包された、自信、自己信頼感を失わないことにも、つながるのではないでしょうか。

人は決して、人生の最期まで、何も出来なくなることはない。
仮にほとんどのことが出来なくなったとしても、過去を思い出し、自信と自己信頼感の確信(核心)を感じ、同時に、今の人間関係の暖さを感じ、「自分はOK」。

6 あの人、何となく自信がありそう

さて、最後に。

あの人何となく自信がありそう。

そのような方に出会われたこともあるのではないでしょうか。

でも、この方は特段、何か大きなことを成した経験はないかもしれません。
でも、自信、自己信頼感がありそうな方は、「自己の存在に対するOKの感覚」をお持ちであり、「自分とはこのような感じでいいや」と心底感じられ、それが、揺らぎない人間性として示され、何か自信、自己信頼感の高そうな方という印象を与えられているのかもしれません。

「自己存在に対するOKの感覚」は、自信、自己信頼感にも少なからず、影響を与えているのです。