「~~するな」という思い込み 禁止令について

思い込みは私たちを縛ります。
思い込みを持っていますと、その思い込みに縛られることによって、行動の自由を奪われ、窮屈で辛い思いをする時が多々あります。

そして、この思い込みとはいかに生きるか、社会でいかに振る舞う等、人生に対する思い込みと言っても問題はありません。
思い込みは子供時、親が子供に接する態度、兄弟との関係、親の生き様、その家庭を生き抜くため、自分を守るため等により形成されます。

さて、思い込みと聞きますと「~~しなければならない」「~~せよ」「~~すべき」等、積極的なべき論を思い起こされる方は多いのではないでしょうか。

a 人には好かれなければならない。そのためには無理をしてでも人に合わさなければならない。
b 成功せよ。そのためには無理をしてでも勉強をしなければならない。
c 清潔にすべき。そのためには1時間かけて体を洗わなければならない。

この「~~あるべき」、べき論という思い込み(無意識的思考)が、私たちの行動を縛り、自由を奪い生き辛さをもたらせるのです。

この積極的な「~~しなければならない」というべき論については、このHPでも今まで何回か書いてきました。
しかし、今回は積極的に私たちを支配する「べき論」の思い込みではなく、「~するな」という禁止に基づく、思い込みについて書いていきたいと思います。

そして、この「~~するな」という禁止のことを交流分析(心理学理論の一派)では禁止令と名付けました。

さて、禁止令について書く前に、交流分析における人生脚本について書きたいと思います。
なぜなら、人生脚本と禁止令は密接に結びついているからです。

人生脚本というのは自分で幼少期に「人生を、このように生きよう」と決めたパタ-ンのことです。幼児が自分の心の中や周囲に起きていることを、自分なりに解釈をして、自分で自分の生き方を決める、幼児決断に基づく、「人生の計画」、生き方のことです。
そして、この幼児決断は年齢2、3歳から5、6歳までの間になされます。

そして、幼児決断の基になっているのが禁止令なのです。

禁止令とは自分に対して何かを禁止しています。
人生において「~~するな」ということを自分に禁じて、その禁止を遵守して人生を送るのです。
この禁止令も積極的なべき論の思い込みと同じく、親の子供に接する態度、兄弟姉妹との関係、親の生き様、その家庭を生き抜くため、自分を守るため等により形成されてきます。

では、様々な禁止令を見ていきたいと思います。

a 何々するな
親が子供が自由に振る舞うことを禁止(怒る、無視)してしまいますと、何も自由にさせてもらえないと子供は感じ、自発性のない覇気のない大人になってしまうかもしれません。また、過保護で何でもしてしまう親に育てられた子供も、何でも先回りして親がしてしまうので、何をしても否定されていると感じ、何もしないことを幼児決断してしまうかもしれません。

b 存在するな
「お前なんか産まなければ良かった」「消えてしまえ」等親より存在を否定され続けますと、大人になるにつれ、自殺願望が強かったり、強い自己否定感より社会生活、対人関係が築けず、ひきこもってしまうこともあります。
社会、家庭における居場所、安心して存在出来る場所がないのです。

c 成長するな
過保護の場合です。何でも先回りしてしてしまう親がいると子供は自発的に考え、体験することが出来ません。子供は何もせず親の言いなりになっている方が親も喜ぶので、成長しないでおこうと幼児決断をします。
また、「成長するな」と「何々するな」は似ています。
それは、成長するには様々な体験が必要であり、何々するなという禁止令を持っていますと、当然何も人生体験をせず、結果として成長しないことにつながるのです。

d 子供であるな
子供時より年齢相応以上の態度行動を求められた場合です。兄弟の面倒をみること、家事手伝い等を要求され、子供からのびのびする自由を奪ってしまいます。大人になっても能力以上にガチガチに頑張ってしまったり、自由なのびのびとした心を失ったままです。
子供であるなという禁止令ではありますが、常に相応以上に頑張らなければならない等のべき論でもあります。

e 男の子であるな、女の子であるな
親が望んだ性と違う性で生まれた子供に対して与えられます。男子には女の子の格好、女子には男の子の格好をさせたりと、また、親が自分の性とは逆の性行動をすると喜ぶので、大人になった時、自分の性を受け入れられなくなってしまうかもしれません。

f 正気であるな、健康であるな
子供が普通に健全に過ごしている時には親は構いませんが、病気等になった時は熱心に世話をします。
子供からすると病気の時だけ親から大切にされるので、健康でない方がメリットがあるとなってしまいます。疾病利得。

上記以外にも「成功するな」「所属するな」「重要であるな」「考えるな」「感じるな」等様々な禁止令があります。

禁止令の内容を見ていますと、自分が自分であることを放棄しているように感じます。
積極的なべき論は社会に対して過剰適応、自分に対して過剰な頑張りを行い、無理をして辛い思いをしますが、この禁止令「~~するな」「~~であるな」は自己存在の抹消につながるようにも感じるのです。

さて、「~するな」「~~であるな」という禁止令ですが、これは私たちが小さい頃の幼児決断に基づくものであり、その決断に基づき禁止令を受け入れ人生を歩んでいるのです。幼児の時にいかに生きるかの人生脚本を描いたのです。
でも、脚本は書き換えることが可能です。

禁止令が幼児の時の決断に基づいているものであれば、その決断に気づいた時、今の私たちはこれからいかに生きるか、禁止令を放棄して、新たに再決断することは可能なのです。

幼児の時とは違う決断を再度することにより、「~するな」ではなく「~してもOK」「~してみよう」と再決断を行い、新しい脚本のもと新たな人生を送ることが可能なのです。

参考文献
杉田 峰康 国谷 誠朗 共著
脚本分析 株式会社チ-ム医療 発刊