人格の向上

人がその生涯をかけて成すこと。
それは何でしょうか。

人それぞれ言われることは違うと思いますが・・・。

私は「人格の向上」をあげたいと思います。

では、人格の向上とは一体何を示すのでしょうか。また、人格の向上を図るためには何をすればいいのでしょうか。そして、人格の向上が図れれば何が起こるのでしょうか。

人格の向上。私は人格の向上とは、その人の波動の変化であると思います。
例えば、優しそうな人は優しそうな顔、雰囲気を持っています。
怒りっぽい人は、そのような顔、話したか、態度、雰囲気を持っています。
これが私の言う波動です。

いかなる、雰囲気を出しているか。いかなるオ-ラを出しているか。
これは、自分とは何者であるか、それを世に向けて発信しているのです。
優しい人、誠実な人、怒りっぽい人、嘘つき、一生懸命働く人・・・。
波動を出している限り、それは周囲の目に留まります。また、人はその波動を感じとることが出来ます。

したがって私たちの出す波動により、人は様々な意味でその波動に反応するのです。

ここまで書くと、人に心地良い、共感出来る波動を出した方がいいことはお分かり頂けるのではないでしょうか。
すなわち、波動を高めること、これが人格を向上させることです。

では、波動を高めるために、人格を向上させるためには、どうすれば良いのでしょうか。
私は「誠意を持って事に仕える」ことを一番に挙げます。

私たちは日々多くの事に仕えています。
それは、有給の働く事、親として子どもを育て事、学生として勉強をする事等、長期の使命的役割を始め、更にはもっともっと多くの事に仕えているのです。
例えば。
道を歩く事。歩く際は自分勝手ではなく周囲を見て、他の歩行者のことを考える事も大切です。
車を運転する事。マナ-を守るのはもちろん、歩行者への配慮、他の車へ配慮して運転する事が大切です。
電車における乗客である事。イライラせずマナ-を守る事。
人と話しをする事。相手に興味を持って肯定的に接する事。

このように、私たちは日常生活においてあらゆる事に仕えているのです。
そして、様々な事に仕え、いかに振る舞うかにより、自分とは何者であるかを、世界と自分自身の人生に証明しているのです。
人格の向上にはすべての事に対して誠意を持って仕えることが大切なのです。

そして、人格が向上すれば何が起こるのでしょうか。
日々誠意を持ち事に仕え、襟を正しすごしている人には、その格にふさわしい、人やステ-ジが自然とその人に訪れてきます。

逆を書くと、道の真ん中を人目を省みずダラダラ歩いたり、滅茶苦茶な車の運転をしたり、割り込み乗車をしたり・・・。
人格の低い行いしか出来ない人には、その人の格にふさわしい、人やステ-ジが訪れて来るのです。

それは、人格の向上とは波動の変革であり、波動は他者が観察出来、感じとることが出来るものですから、当然このような結果になることはお分かり頂けると思います。

人格を上げる。人格の向上とは難しいことではありません。
人としていかに振る舞い、誠意を持って一生懸命事に仕えるかであり、まったく難しいことではないのです。
歩く事、車を運転する事、電車内での振る舞い、人と話す事。あらゆる事を通して、自分勝手なことはしない、常に一生懸命、マナ-を守る、イライラしない、相手の気持ちに配慮をする、人に迷惑をかけない等々。
すべて出来そうなことばかりなのです。しかし、常にこれらを注意して、人格の向上のための振る舞いを続けのが難しいことも事実です。
どうしても私たちは感情の動物であり、感情に支配された時は、感情に任せ行動してしまい。誠意を持って事に仕えることをおろそかにしてしまいます。
常に自分の行動を振り返り、改めるべき点は改めていかなければなりません。

生涯をかけて人生においてなすこと。その最も大切なことは、自分の格を上げることなのです。
それは、人格が上がれば上がるほど、その格に見合った人と出会い、その格にふさわしいチャンスや仕事との出合いがあり、人生が開け、次の活躍出来るステ-ジへ移れるからです。
波動の変化により寄ってくるもの、出会うものが完全に変わるのです。

逆に人格を下げる行いばかりしていますと、その格にふさわしい人、仕事、ステ-ジが訪れ、自分自身をも苦しめてしまいます。自分の欠点に気づき、格を上げるための努力をしないと、いつまでもグルグルと回って生き辛さの原因ともなってしまうのです。

そして、更に魂があるのであれば。
人格の向上とは魂のレベルアップにもつながるのです。

人格の向上とは霊格の向上でもあるのです。