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孤高という名の孤独と孤立|孤高の心理

Index
1.孤高の人の心の奥底にあるもの
2.孤高の生き方が陥る孤独と孤立

「孤高の人」と聞いて、あなたはどんな人物を思い浮かべますか?

辞書を引くと、孤高とは「周囲の低俗な人々と違って、ただひとり超然として、高い理想を保つ状態」(三省堂 新明解 国語辞典より)とあります。

高い理想を掲げ、世俗に染まらず生きる。それは確かに、ある種の強さや潔さを感じさせる生き方かもしれません。

では、「超然」とはどのような状態なのでしょうか?

ネットWiktionaryによれば、「世俗的な物事、観念、外部の動静などにとらわれることなく、自らの主張・行動を貫くさま」と解説されています。

つまり、孤高の人は、周囲の意見や社会の動きに左右されず、自身の高い理想を軸に生きる人と言えるでしょう。

さらに深く人物像を考えると、孤高の人は、その理想を守るために、あえて周囲との関わりを避け、共感し合える仲間を持たないかもしれません。

まるで、高い塔の上に一人佇んでいるかのように。

しかし、ここで一つの疑問が湧き上がります。

なぜ、彼らは自らの理想を、周囲と分かち合わないのでしょうか?

もしかすると、彼らは自身の理想に強く惹かれ、それを生きる指針としているのかもしれません。

そして、その理想を理解できない人々を、無意識のうちに「低俗」と見下してしまうのかもしれません。

「分かり合えない」と感じる相手とは、深く関わることを避ける。
それは、ある意味自己防衛なのかもしれません。

しかし、立ち止まって考えてみましょう。

その「高い理想」とは、一体誰にとっての理想なのでしょうか?
それは、孤高の人にとっての、唯一絶対の価値なのでしょうか?

彼らにとっての至高の理想も、他の誰かにとっては、取るに足らないものかもしれません。

価値観は人それぞれであり、多様な視点があって当然です。

1.孤高の人の心の奥底にあるもの

孤高の人は、高い理想を掲げている自分自身を、生きる糧にしているように見えることがあります。

しかし、その「孤高さ」は、もしかしたら、彼らが他者や社会との関わりから、自身の心を懸命に守るための鎧なのかもしれません。

周囲は自分の理想を理解してくれない。
そう感じているのかもしれません。

だからこそ、「理解できない者とは関わる価値がない」と、理想を盾にして、人間関係を避けてしまうのではないでしょうか。

あるいは、自分の大切な理想を他人に否定されることへの恐れから、高い理想という名の殻に閉じこもっているのかもしれません。

さらに言えば、その「高い理想」は、もしかしたら後付けの理由かもしれません。

本当は、他者との親密な関係を築くことが苦手で、その自分を正当化するために、「高い理想を持つ自分」と「それを理解できない低俗な人々」という構図を作り上げているだけなのかもしれないのです。

高い理想を抱き続けるために、本当に「超然とした孤高」の状態を保つ必要があるのでしょうか?

もちろん、どのような生き方を選ぶかは個人の自由であり、他者がとやかく言うべきことではありません。

しかし、自分の理想を理解できない人を「低俗」と断じるのは、あまりにも独断的ではないでしょうか。

私たちは皆、それぞれの想いや理想を抱きながら生きています。

その中で、共感できる人と仲良くなり、グループを作り、互いに支え合いながら社会生活を送っています。

もし、孤高の人が、自分の理想に固執し、それを理解できない人を切り捨てるような態度を取り続けるならば、周囲の人は当然、近づきにくく感じるでしょう。

結局のところ、孤高の人は、周囲から浮いた存在、理解不能な存在として見られ、ネガティブな感情を持たれ、孤独を深め、社会から孤立してしまうのではないでしょうか。

2.孤高の生き方が陥る孤独と孤立

孤高の人が孤独や孤立に陥るのは、彼らが「高い理想」を生きているからというよりも、
他者の理想を認めようとしない、
自分の理想が否定されることを恐れる、

そして、それを心理的に正当化するために、理解できない人を低俗と見なす「我を通す」生き方が、周囲から「偏屈な人」と認識されてしまうからではないでしょうか。

高い理想を持つことは、人生の羅針盤となり、生きるエネルギーとなる大切なものです。

しかし、何よりも大切なのは、自分の理想に固執するあまり、他者の意見や理想にも耳を傾け、違いを認め合いながら、共に社会生活を送ることではないでしょうか。

孤高を気取り、他者と心を通わせることができなければ、社会の中で孤立し、適応することが難しくなり、生きづらさを感じてしまうこともあるでしょう。

孤高の人に必要なのは、自身の理想を大切にすると同時に、他者の理想も尊重し、違いを受け入れながら、人との交流を深めることではないでしょうか。

そしてもし、その孤高さが、本当は自己保身のための鎧であるならば、勇気を出して、その理想を問い直し、新たな生き方を模索することも、決して間違いではないはずです。

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