自分で自分を惨めに追い込む心理

自分のことを、意識的、無意識的にせよ、自分を惨めな状態、自分が惨めな人間であることを、証明、PRする為のごとく、自分で自分を惨めに追い込む人の心理とはどのようなものでしょうか。

人の行動には、例えそれがネガティブな結果を招くものでもあっても、そこには何らかの狙いがある場合(利得)もあり、また、無意識に刷り込まれた自己に対する証明行動である場合があります。

1 誰かに分かって欲しい
2 親しい人に罪悪感を抱かす 特に恋愛依存
3 無意識の思い 自分はダメ人間だと証明したい 親の言葉の呪縛
4 社会が自分を受け入れてくれない苦しみ 社会への怒り 自己破壊
5 惨めな自分に対する自己陶酔

誰かに分かって欲しい

人とはその時々により、心(気)が強くもあり、弱くもあり、様々な状態を経て、人生、時の流れを経験するものです。

そして、心が弱くなっている時、今までの活力が削がれる時等、誰かに助けを求めたい、また自分の方を向いて欲しい、話しを聞いて欲しい等、その心細さより思うものです。

このような時、人は自分を心理的にダメだと追い込む傾向が強まり、他者からの援助を強く求めるものです。
そして、この状態においては、人の心は悲観性を増し、そのことより心が潰れそうになり、さらに自分を追い込み、心が辛く、生きる気力も失われるまで追い込まれることもあります。

自分の心の辛さ、助けを求める気持ちが強まり、自分を分かって欲しいと思う気持ちがより強くなります。

誰かに自分の辛さを分かって欲しい、これは、助けを求めているのです。

心理カウンセリングとは、悩み相談の話しを聴く場です。
心が弱っている人が誰かに、困り事、悩み相談の話しを聴いて頂いただけでも、少し、元気が回復することは、よくあることです。
今の辛さを招いている、問題解決に至らなくても、辛さ、悩みを話せた、分かってもらった。
それだけでも、多少は救われることもあるのです。

心が辛い時、悲観性が強まり、自分を追い込み、「誰かにその辛さを分かって欲しい」と思う気持ちは、正常な心理であると、心理カウンセラーである、私は思います。

親しい人に罪悪感を抱かす 特に恋愛依存

恋愛依存に象徴的な現象でしょうか。
恋人、パートナーを振り向かそうと、自傷行為、オーバードーズ、飲めないアルコールを一気に飲み干し、自分の体を傷つけます。
この狙いは、「あなたが私を見てくれないからこうなったのだ」という、恋人(パートナー)への、しがみつき、見捨てられることへの不安感、復讐等、様々な感情が入り混じっていることでしょう。

恋人(パートナー)に対して、自分を傷つける、これらの行為より、パートナーに対して罪悪感を抱かす。
あなたが私を見てくれない、愛してくれないからこうなったのだという、パートナーへの見せつけの行為なのです。
しかし、その一番の狙いは、自分を常に見て欲しい、見捨てられることへの不安感、恐怖が、その心根にあることがあります。

親しい人に罪悪感を抱かす為、見捨てられない為、これは、また、1人ぼっちになる不安、淋しさ、恐怖を避ける為の、しがみつきの行為でもあるのです。

無意識の思い 自分はダメ人間だと証明したい 親の言葉の呪縛

子供時、親から何をやっても、けなされ、バカにされ、罵倒され、無能のラベルを貼られた子供は、成長して大人になった時、どのような心理状態になるでしょうか。

2つのパターンを書きますが、共通していることは、親から受けた、侮辱的な言葉が、脳内に刷り込まれ、意識的、無意識的にせよ、自分はダメ人間であると、強い思い込みを抱いていることがあります。(私の想定ですが)。

a)自分の行為が成功、達成しかけているにもかかわらず、最後の一歩で失敗する

自分が懸命に行っている仕事、作業が軌道に乗り始め、最後の一歩、踏ん張りどころ、賭けどころで、なぜか失敗を繰り返し、いつも、成功目前で失敗、挫折を味わう。

まるで、「自分は成功してはいけない」、「自分はダメ人間だと証明したい」。
このような、感覚をお持ちの方がおられるとすれば、それは、「お前は成功しない」という、子供時、親から罵声を受け続けた、変換のメッセージでしょう。

子供時、親は何を頑張っても、あなたを褒めませんでした。
子供は当初思います。
「自分の努力が足らないからだ」。
しかしどれだけ頑張って、成果を上げても、親はけなす一方。
やがて、子供は思い込むでしょう。
「自分はダメ人間だ」と。

一旦、自分をダメ人間と思い込んでしまうと、どれだけ努力、頑張っても、成功、達成へのストッパー、ブレーキが働いてしまうことがあるものです。

親の言葉の呪い。
呪縛です。

b)何もしない人となる

親から子供時、褒められることもなく、罵声を浴びせられ続けると、自分は何をやってもダメ。
やがて、この子は次のように思います。
「自分はダメ人間、何もしない」。
「やっても無駄、なぜなら、自分は無能だから」。

これも、親の言葉の呪い、呪縛です。

自分はダメ人間、何を努力しても無駄と思い込んでしまうと、本当にそういう人生をおくってしまいます。

親の言葉(呪い)を、人生を賭けて証明する等、もったいないことです。

社会が自分を受け入れてくれない苦しみ 社会への怒り 自己破壊

どれだけチャレンジしても、就職出来ない、居場所が持てない等。
人として認めてもらえない気がする、強い、不満を社会に対して、抱き続けられている場合、自分を受け入れてくれない社会に対する怒り、報復的感覚から、すべてを投げ捨てたように、徹底的に自堕落な乱れた生活をおくり続けられることもあるでしょう。

自分を惨めに追い込んで、社会に対して、「これでどうだ」と言わんばかりの、内面の激しい怒りに突き動かされ、自分をさらすのです。
もしくは、怒りの絶頂からずっと家にこもり、社会を呪い、心と体を痛めつけ、自己破壊を試み、社会に対する憎しみと報復を果たすのです。

社会に対する報復が、自己破壊的行為とは、あまりも酷過ぎませんか。
それでも、自分を徹底的に惨めに追い込み、自分を受け入れてくれない社会に対する怒りの炎を燃やし続けるのです。

惨めな自分に対する自己陶酔

ナルチスト。自己愛に溢れ、他者に思いやりのない人は実際に存在します。

では、このナルチスト的感覚が、惨めな自分で在ることによって保たれる人は、いないでしょうか?

昼間から強引な飲酒、ヘロヘロで街中を歩き回り、ボロボロの服、惨めな私を見て!
自己陶酔。

でも、もしかしたら、この方は脳機能や人格の異常ではなく、心から助けを求めているのかもしれません。

「助けてください」を口に出すことが出来ないため、惨めな自分を自己陶酔的に演じているだけかもしれないのです。
そして、他者よりの言葉がけ、助けを待っているかもしれないのです。

以上、私の想像も含めて、自分を自分自身で、惨めに追い込む人の心理について、書かせて頂きました。

よくよく思い振り返ると、私にも、この傾向はあるように思います。
もしかしたら、多くの人にも、この傾向はあるかもしれません。

特に、責任転嫁をする人は要注意でしょう。

「お前がこうしたから、俺はこういう行為をしているのだ」。
「あなたが私の言うことを聞いてくれないから、私の心はボロボロよ」
等々。

自分も責任あることを、他者責任、責任転嫁をして、相手に訴えかける。
もしくは、自分を惨めに追い込んで、相手に罪悪感を抱かし、相手を自分に都合のよいように変える試みを行う。

一般的によくある心理、行動様式と思いますが、やり過ぎには注意が必要です。