仕事と天職 学びと成長

仕事。
皆さんはこの言葉より何を思われますか?

仕事=働くということ。
労働が一般的なイメ-ジのように思われます。

したがって楽しかろうが、楽しくなかろうが、やりがいがあろうが、なかろうが。働かなければならないし、仕事をしなければならない。
私はサラリ-マン時代はこのように思っていました。

Index
1 仕事とは事に仕えること
2 仕事と仕えること 学習と成長のために
3 天職について考える

1 仕事とは事に仕えること

今の私は、仕事について次のように思っています。
「仕事」とは「事に仕える」こと。

事に使えるとは何を意味するか。

事とは自分が今行っている行為行動のことです。
これには有給、無給、労働の対価としての収入の有無は関係ありません。

今、自分が行っていること、その全てが事に仕えているということなのです。

有給のサラリ-マンとしての仕事、夫婦間における家事、子育、恋愛、勉学、スポ-ツ。
人は多くの行動に参加をして、多くの役割を果たし、多くのことに仕えているのです。

人は日々多くの事に仕え、多くの仕事を行っているのです。

仕事とは役割を果たすことと、言葉を代えてもいいかもしれません。

そして仕事を行うのに大切なことは、その事に誠意を持って仕えることなのです。

しかし、そうは言っても、面白みのない事に仕えておられる方も多々おられるでしょう。

例えば有給の仕事であれば転職をしたい、辛い、辞めたい等。
様々な思いで仕事をされていると思います。

2 仕事と仕えること 学習と成長のために

何に仕えるか、何に仕えるのをやめるか、私たちは選択出来ます。

何かの事に仕え、その仕える事を代えたいと思った時、そこで学ぶべきことが、すべて学び終えていたとしたら、その事は私たちが学ぶために提供された仕事、事であり、学び終われば、次の仕事、次の事に仕えるのは、私たちの成長にとっては当然の現象です。
(学びを終えるのと、学び終わる前に嫌気で逃げるのとは違います)

私は銀行事務に14年3ヶ月間仕えていました。
仕事は事務という性質上あまりやりがいは感じませんでしたが、14年3ヶ月間勤務しました。

さっさと辞める勇気がなかったのかもしれませんが。
今、考えますとそこでの学びが終わるまでには、14年3ヶ月の時間が必要であったのだと思います。

そしてそこで、何を学んでいたかですが、このHPに書いてある通り、私は幼少期より様々な心理的問題を抱えており、人間関係が築けない大人でした。

したがって私が銀行事務という事に仕えて学んだことは、銀行事務という仕事以上に、人間関係を築くという事であったのだと思っています。

そして、人間関係が築けるようになったことによって、この会社、仕事における学びが修了して退職したのだと思います。

さて、ここで皆さんの疑問が1つあるかもしれません。
「仕事じたいは学び終えたのか」。

しかし、1つの会社に属して全業務を習得するのは不可能です。
私は入社以来14年3ヶ月の間、仕事じたいに対してはやりがいをほとんど感じていませんでした。

惰性で銀行事務に仕えるのであれば、本来私がなすべき事、カウンセラ-職に仕えたいと決意して会社を退職したのです。

同じように考えると結婚をしたが離婚した夫婦。
彼らは恋愛結婚生活に仕えることを通して、学ぶべきことを学び離婚に至ったのです。

離婚とは淋しい結果ですが、恋愛、夫婦生活を通して学んだことは、さらに次の人生に活かせることでしょう。

3 天職について考える

天職とは天から与えられし職です。

私たちが生まれてきた目的を果たすための仕事かもしれません。
私たちの魂の転生の目的かもしれません。

いずれにせよ、天職も就く、従事する事も、事に仕えることであり、有給、無給の仕事を問わないということです。

天職とは天から与えられた自己の才能、能力を活かして行う仕事であると私は思っています。
これは、生まれながらに持っている、私たちの感性、資質を最大限発揮して行うものです。

したがって、天職と経済的利得は並列しないかもしれません。

また、人によっては、自分の天職を意識しながらも、経済的利得を優先させなければならず、天職とはまったく違う、仕事に就かれているかもしれません。

しかし、このような場合でも、ボランティア活動等を通して、天職である仕事に就く、事に仕えることは可能です。

もし、天職を意識、感じておられる方がおられるとすれば、その方は、いずれ天職に向かって動かれることでしょう。

なぜならば、天職とは、魂の今生の目的、生まれてきた目的のようなものであり、その気持ちの衝動を無視することは難しいと考えるからです。

さて、天職について誤解がないように。

天職も仕事であり、事に仕えることが最重要です。

でも、その仕事とは経済的利得を得る仕事、独立して経済活動をする仕事ではなく、家庭を持ち子育てをする仕事、困っている方を助ける無償の仕事(ボランティア活動)かもしれません。

多くの人は天職をお持ちであると私は考えています。

しかし、それを理解、感じながらも、天職へ向かうことに対して、経済的問題より躊躇されている方も多々おられるのかもしれません。

いずれ、年齢を重ねる都度、年金生活となり、その時、転職に向かっても良いのかもしれません。

大切なことは、時間は短くとも、天職を体験することです。

魂は天職の体験を望んでいるのではないでしょうか。

経済社会における私たち、経済を得ることと、天職に就くことを難しく感じられることも多々あると思いますが。

いずれは、天職に就けると、希望を持ち、今、就いている仕事に、最善を尽くしましょう。

仕事、事に仕える経験も、学びと成長の場です。

大切にしましょう。

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