後悔しない人生とは

人は人生の最期を迎える時、今までの出来事等、自分の人生の様々な事を振り返るでしょう。

その時、自分の生きてきた人生を、どのように評価されるでしょうか。
どのような気持ちで最後を迎えられようとするのでしょうか。

人生における様々な出来事、それに向き合った自分の姿勢、何かを成すチャンスをみずから失したこと、成功、栄光、挫折。
人間関係。家族、友人との関係。

様々な事を振り返られることでしょう。

人生における様々な出来事(主体的な行動、防ぎようのなかった何か等)、選択(行動に向けての選択、何もしない選択)、その選択結果、さらに、その結果に対して、自分はどう動いたのか。

あの時の選択は、あれで良かったのか、これで良かったのか?
悶々とした気持ちになられるかもしれません。

また、経済的には大成功を収め、病院の贅沢な個室の中で最後を迎えようとされている方でも、家族関係は滅茶苦茶、家族は面談に来ず、仕事、経済的成功のことばかりに全エネルギーを投じた、自身の人生の生き方と在り方を、何とも言えない気持ちで振り返っている方もおられるしょう。

人生における後悔。
人生の最期に振り返る、総括が後悔で一杯であれば、「もう一度、過去に戻って、あの時をやり直したい」等、思われるかもしれませんが、残念ながら、時間を逆光して、人生をやり直すことは、永遠に不可能なことです。

人生の総括とその思い、それは、その人の生きてきた歴史を振り返ること。
人によって、様々な思いと感情を、抱かれるはずです。

お見舞いに、家族や沢山の友人が来られる方は、次は誰がお見舞いに来てくれるかな?
と、楽しみもあり、人間関係等、沢山の思い出もある。
これで良かったのだと、人生を総括されることでしょう。
人生を振り返って、後悔されることはないかもしれません。

しかし、様々な選択の過ち、予期せぬ出来事から立ち直れなかった(立ち直るチャンスはあったが活かせきれなかった)、結局、自分の人生とは何であったのだろう。
孤独に1人、後悔で一杯の人生を終わろうとしている自分。

人生の最期の在り様。
死に様は、今までの生き様を表することもあるのではないでしょうか。
または、今までの生き方の凝縮された姿なのかもしれません。

もし、この文章を読まれ、将来、いずれ訪れる自分の姿に、畏怖されるのであれば、今からでも遅くありません。
後悔しない為に、後悔しない人生の最期を迎える為に、今から、少しでも、後悔しないためにはどうすれば良いのか。過去の自分の改めたい点を洗い出し、生き方と在り方を変えるのです。いつでも、あなたが望むのであれば、新しい人生を送ることは可能です。

人生、最後まで、意識があるうちは、何度でも選択と行動は可能なのです。

何をどう選択するかは、送ってきた人生の経験より、様々でしょう。
でも、やり直せるのです。

私が今、ここまで書いて思ったこと、考えたこと。

人生の最期、末期を共に過ごすカウンセラーの存在も必要かなと思いました。
(すでに、おられるのかもしれませんが・・・)。

それは、心理カウンセラーと言うよりも、魂のカウンセラーと言っても、過言ではないでしょう。

いろいろな、過去の話しを聞かせて頂き、共感することしか出来ないかもしれませんが、受容と共感によって、その方は少し、心が落ち着くかもしれません。
また、後悔した思いに満ちた方に対しては、考え方、捉え方の変更を促し、本人が少しでも、心、安らぐように導くことも出来るでしょう。

そして、もし、輪廻転生があるならば、今世の反省をしっかり行い、来世に活かすことも可能かもしれません。

後悔しない人生と、書かせて頂きましたが、以外と人生には、後悔は付きものだと思います。

それでも、最後、心、温かい人々に囲まれて、人生の最後を迎えることが出来れば、それだけで、十分ではないでしょうか。

私はその鍵は、家族関係、友人関係等、どれだけ人間関係を大切にしてきたか。
そして、人生において、純粋にどれだけ楽しみ、喜びがあったか。
成すべきこと、果たすべきことに対して、どれだけ、最善を尽くしたか。
良き人間関係、楽しみと喜びの思い出、最善を尽くして果たした責任、これらが、後悔しない人生の鍵のような気がしています。

お金はあの世には持っていけません。

持っていけるのは、思い出、想いだけなのです。
そして、これで良かったのだという、自分の人生に対する、心からの納得感ではないでしょうか。