「愛着の問題」?子どもとぬいぐるみの密やかな関係
ぬいぐるみへの愛着は心の表れ。その心理と文化による見方の違い
私自身、小学6年生になるまで、6匹のくまのぬいぐるみを大切にしていました。
決して「ごっこ遊び」をするわけではなかったのですが、寝るときは決まって、ベッドの両側に3匹ずつ縦に並べ、まるで守られているかのように囲まれて眠っていたのです。
今思えば、それは「ぬいぐるみに守られている」という安心感と、もしかしたら「寂しさを紛らわす」ような感覚もあったのかもしれません。
両親は夕食時には揃っていましたから、物理的に孤独だったわけではありません。
しかし、もしかしたら、幼いなりに心の中で孤独を感じていたのでしょう。
Index
1.ぬいぐるみに対する「愛着」の心理:自己との一体化
2.ぬいぐるみを愛する「成熟した心」:海外の見方
3.ぬいぐるみに対する感情や感覚は「文化」と「自立」によっても違う

1.ぬいぐるみに対する「愛着」の心理:自己との一体化
ぬいぐるみとは、本当に不思議な存在です。
じっとその顔を見つめていると、ある日は寂しそうに見えたり、またある日は楽しそうに見えたりと、表情が微妙に変化しているように感じることがあります。
考えてみれば、それはきっと、その時の私自身の気持ちが、くまのぬいぐるみの顔に映し出されていたのでしょう。
自分の内面が、ぬいぐるみを介して表現されていたのかもしれません。
そして、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている子どもがいたら、それは「本当は自分が誰かに抱きしめてもらいたい」という気持ちの表れなのかもしれませんね。
日本では、「子どもが成長してもぬいぐるみを手放さずに側に置いているのは、愛着に問題がある」という考え方があるようです。
これは、「年齢相応の親からの愛着離れができておらず、ぬいぐるみにその愛着を求めている」といった解釈から来ていると言われます。

2.ぬいぐるみを愛する「成熟した心」:海外の見方
一方で、海外、特に欧米では、子どもが成長してもぬいぐるみを大切にしたり、一緒に遊んだりすることは、親に対する愛着がしっかりと形成され、心に安心感がある証拠だと捉える説もあります。つまり、心に十分な安定があるからこそ、ぬいぐるみを純粋に愛する心理が育まれる、と考えるのです。
どちらの説が正しいのか、一概に結論を出すことはできません。
なぜなら、これらの説を考える上では、その国の文化背景を意識し、考慮する必要があるからです。

3.ぬいぐるみに対する感情や感覚は「文化」と「自立」によっても違う
日本と海外(特にアメリカ)では、子どもが親から個として自立していくスピードに違いが見られます。
顕著な例としては、日本では親子が「川の字」になって寝ることが一般的ですが、アメリカでは幼い頃から子どもに個室が与えられ、夫婦の寝室に子どもが入ってくることはほとんどありません。
映画などでも、こうしたシーンはよく目にしますね。
したがって、心理的に親から自立する年齢も、日本とアメリカでは異なるのでしょう。
日本の親子関係は依存型が多いと言われ、ある程度の年齢になっても親元にいることが許容されやすい傾向があります。
しかし、アメリカは自由と独立の国であり、「早く親元を離れて一人前になる」という国民気質が強いようです(現在の経済状況でこの伝統がどこまで守られているかは一概には言えませんが)。
さらに、成人した子どもと親が一緒に旅行に行く際にも、日本では親が費用を多めに負担することがありますが、アメリカでは子どもが多めに負担することがあります。
これは、自分が自立し、一人前であることを証明するため、という側面もあるのです。

このような親子関係や愛着関係の基本的な違いが、そもそも日本とアメリカでは大きく異なっています。
だからこそ、お子さんが成長してぬいぐるみを大切にしていることに対し、必要以上に神経質になる必要はないと感じます。
たしかに日本とアメリカでは文化の根底が異なりますが、だからといって、海外の考え方をそのまま日本の状況に当てはめて、子どもの成長を過度に心配する必要はないのではないでしょうか。
いつか必ず、自然とぬいぐるみから離れる時期が来るはずです。
それよりも、幼い頃からスマートフォンに深く依存していることの方が、よほど考慮すべき問題ではないかと私は考えます。

最後に、私はこの記事で、子どもとぬいぐるみの関係において、「愛着の問題があるような」という曖昧な表現を使いました。
これは、専門的な「愛着障害」という言葉を意図的に使わず、あくまで一般的な、あるいは漠然とした不安としての「愛着の問題」というニュアンスでお伝えしたかったからです。