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絶望・失望の淵にいる時、なぜ人は温かさを受け取れないのか

私たちは皆、人生において何らかの希望を抱き、それを原動力として日々を歩んでいます。
それらは、時に私たちを奮い立たせ、困難を乗り越える力を与えてくれます。その形は人それぞれ、数え切れないほど多様です。

しかし、もしその希望、夢、志を失ってしまったとしたら、私たちの心は絶望失望という状態に陥ります。
文字通り「望みを絶たれ、望みを失う」心の状態です。

このような状況に置かれた時、人はどのような心理や行動の傾向を示すのでしょうか。

絶望と失望:人の温かさを受け取りにくい心のメカニズム

絶望や失望の渦中にいる時、私たちの心は非常に繊細で、同時に閉鎖的になりがちです。その背景にある心理的メカニズムをいくつかご紹介します。

Index
1.自己憐憫と、悲しみ、そして怒りの連鎖
2.意欲の低下:自己を見捨てる心理
3.自暴自棄:積極的な自己破壊の衝動
4.セルフネグレクトと引きこもり:静かな自己破壊
5.人生の復活と再生のために:他者の温かさを受け取ること

1.自己憐憫と、悲しみ、そして怒りの連鎖

絶望や失望の心理状態に陥ると、人は「なぜ自分だけがこんな目に遭うのだろう」と、他者と比較して自己憐憫に浸り、深い悲しみ怒りを感じることがあります。

時には、自分の置かれた状況を受け入れ難く、希望が絶たれたことに対する他者や社会への怒り、憎しみへと感情が向かうこともあるでしょう。

たとえ、自身の計画の甘さや行動が原因で希望を失ったとしても、その失敗の原因を他者の責任として責任転嫁し、筋違いな怒りをぶつけてしまうこともあります。
(例えば、「あの時のリスクに対するアドバイスが不十分だった」など)。

また、避けがたい社会情勢によって計画が頓挫したり、順調だった事業が減速・廃業に追い込まれたりした時も、「なぜこんな理不尽なことが」と、やりきれない思いや、どこにぶつけて良いか分からない漠然とした怒りが湧き上がるものです。

心理面において、悲しみと怒りはしばしばセットで現れます。

この時期は、自身の置かれた状況を受け入れ難い側面が強く、人によっては他者や社会に対する攻撃性が増す可能性があります。

このようなやりきれない攻撃性の心理状態では、他者からの思いやりのある言葉やアドバイスも、心に届きにくいでしょう。
絶望や失望の初期段階では、悲しみと怒りの感情が交互に襲いかかってきますが、やがては諦めの境地へと達してしまうこともあります。

2.意欲の低下:自己を見捨てる心理

絶望や失望の当初は悲しみと怒りで混乱していた心も、やがては落ち着き始めます。

この時、もし再チャレンジや人生のやり直しへと向かうエネルギーが回復すれば良いのですが、人によっては活動エネルギーや意欲の著しい低下を招いてしまいます。

活動エネルギーや意欲の低下は、「生きる気力の低下」と言い換えることもできます。この心理状態になると、「どうせ自分なんか…」と自己を見捨てる気持ちが生じ、常に心が自身の内側(諦めの気持ち)へと向き始めます。

「もう、どうでもいいや」といった投げやりな気持ちも芽生え、他者からの心配や話を受け入れる気力すらなくなることがあります。
同時に、「他人に自分の苦しみが分かるものか」と、自らの殻に閉じこもってしまうこともあるのです。

思考も、絶望や失望の事態を防げなかった自分に対する反省の連続となり、自己価値が低下していきます。食欲不振、体を動かすことさえ億劫になり始め、やがては「うつ病」や「不安神経症」などを患ってしまう可能性も否定できません。

絶望や失望の心理の恐ろしさは、単なる意欲の低下にとどまらず、「もう、どうにでもなれ」という気持ちから、自暴自棄に陥ったり、あるいは「消えてしまいたい」という心理へと進行する可能性があることです。

3.自暴自棄:積極的な自己破壊の衝動

怒り、悲しみ、諦めの気持ちの後に、「人生の最後は好き放題してやろう」という投げやりな気持ちから、ギャンブル、酒、ドラッグ、風俗などに借金をしてまでお金を費やし始める人もいます。

これは、自暴自棄であり、同時に快楽への逃避、そして心の苦痛を一時的に緩和するための、ある種捨て鉢な生活へと陥る行動です。

自暴自棄からは、何も得るものはありません。
むしろ、人生、生活、健康の破綻、自己破産といった道を一直線に進みかねません。

それでも、行くところまで行ってしまった後、ふと我に返り、もう一度人生をやり直そうと、絶望や失望からの立ち直りを見出す方もいるでしょう。

その理由は、好き放題、気の済むまで徹底的にやった後の「開き直りの心理変化」かもしれません。
一度失った人生の希望はまだ持てなくても、「もう一度、生きてもいいかな?」と思えるようになれば、新たな道が開ける可能性はあります。

ただし、アルコール依存や薬物中毒などに陥った場合は、専門的な治療が必要となり、再発リスクも高まります。

「健全な自分に戻りたい」という気持ちとは裏腹に、再び闇へと引きずり込まれる欲望と闘わなければならないでしょう。

自暴自棄とは、まさに積極的な自己破壊の一種なのです。

4.セルフネグレクトと引きこもり:静かな自己破壊

自分で自分を無視する心理状態をセルフネグレクトと呼びます。

例えば、入浴しない、掃除をしない、食事を摂らないといった、衛生面や健康を無視した生活態度です。
これは、穏やかに「消えてしまいたい」という願望を満たす行動や心理と言えます。

自暴自棄が積極的な自己破壊であるのに対し、セルフネグレクトは人知れず、静かに、自己破壊の道を歩んでいるように感じられます。

自分を無視するセルフネグレクトの心理には、怒り、悲しみ、諦めの気持ちが混在し、そして生きる気力の低下の結果として生じるものだと考えられます。

セルフネグレクトは、具体的には「引きこもり」という現象を引き起こし、社会から姿を消した存在となってしまうこともあります。
これは、非常に危険で、生命に直結する重大な問題です。

もちろん、人生の主役はその本人であり、社会と距離を置き、引きこもって生涯を終える決意を固め、それを実行する権利はその人にあるのかもしれません。
しかし、セルフネグレクトによる栄養不良の脳(食事を摂らないなど)で、まともな判断ができるでしょうか?

5.人生の復活と再生のために:他者の温かさを受け取ること

絶望や失望の状態に陥った人は、怒り、悲しみ、諦め、自暴自棄といった気持ちから、自己中心的な悲観的思考が優先し、「誰にも自分の気持ちは分からない」などと勝手に決めつけ、人からの思いやりのある言葉、心配、優しさ、アドバイスを受け取れない心理状態にあることが多々あります。

本当は、こういう時こそ、人の話に耳を傾け、人生の復活と再興の道を模索すべきなのですが…。

今まで自分自身を賭けてきた夢、希望、志が潰え、放心した心理状態では、まともな思考、行動、対応ができないことも十分に理解できます。
しかし、どれだけ絶望や失望の気持ちが強かろうと、人生は続くのです。

今までの夢、希望、志を追い続けることは、状況によってはもうできないかもしれません。
それでも、人生はまだ続いています。

そして、生きるためには、やはり他者の支援、応援、温かい言葉、励ましが、生きる希望となるのではないでしょうか。

他者の言葉を落ち着いて聞ける状態になった時、また新しい何かがスタートするのかもしれません。
絶望や失望の心理状態では心に響かなかった、受け取れなかった他者の言葉も、徐々に気持ちが落ち着いてくれば、また、置かれた状況が変われば、心に響くこともあるでしょう。

人生の復活と再興のためには、他者の言葉、そして知恵を受け取ること。

そして、他者の温かな心を受け取ること。

これが、これからの生きる力となるのです。もちろん、これまでの努力と経験も、必ず活かせるはずです。

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