親と子の生殺与奪

今回の内容について。
親子関係、機能不全家族関係の悩みで生き辛さを抱えている真っ最中の方は、読まないことをお勧めします。
アップしようかどうか悩みましたが大切なことと思いアップします。
しかし、読まれた後、気分を害されても責任は持てません。
ご自身で判断のうえお読みください。

親は子供に対する支配により子供の人生を抹殺することが出来ます。
子供に対する過剰な期待や支配心から、過干渉、おどし、罵声、暴力等により、子供の意志と自由と感情を抑圧して、心、個性、人間らしさを抹殺するのです。

一例をあげます。
親が子供に対してエゴに基づく期待(将来は外科医にするため)により、小学生高学年の子供に1日12時間以上の勉強を強いたとしたらどうでしょう。
その子供は勉強が嫌いでしかたありません。友達と遊びたいと思っています。
しかし親は強制的に勉強をさせようとします。
親は子供に対して、いかなる手を使い支配(勉強させる)するのでしょうか。
「勉強をしないのなら出て行け」「バカはさっさと勉強しろ」等の過干渉、言葉の暴力に始まり、やがて叩く、殴る等行き過ぎた行為態度に出てくることもあるでしょう。
このようにして、親は完全に子供の人格を踏みにじって接してくるのです。

人格を踏みにじられ、勉強を押し付けられた子供は、どのような心理状態になるのでしょうか。
勉強が嫌な気持ち、したくない気持ち、逃げたい気持ち、または勉強をしても成績があがらない場合は無力感、罪悪感、悲しみや怒り等の自分の本当の気持ちを抑圧して勉強机の前に座り続けることでしょう。
そして、何を言っても理解してもらえない慢性的な悲しみと怒りを感じ、またはその悲しみと怒りさえ、机の前に座り続けるのに邪魔なものであれば、感情を排除して無感覚、無感情に徹して、自分を殺して親のために勉強し続け、苦痛に耐え続けるのです。

さて、今回は親と子の生殺与奪について書いていますが、「勉強をしないのなら出て行け」この親のセリフ。まさに親の子に対する生殺与奪です。
親の期待に応えず、言うことを聞かないのなら出ていけ。お前を養ってやる代わりに親の言う通りにしろという親のエゴに基づく自己主張。身勝手以外何ものでもありません。親の支配権行使による、子供に対する生殺与奪なのです。
出て行きたくても、出ていけない子供は親の言う通りにするしかなく感情を抑圧して自分を殺すのです。

親は子供の肉を生かす代わりに、子供の心を殺すのです。

心を殺された子供は親に従うしかなく、自分の心を完全に抑圧して生き続けることになるのです。
やりたくないということをはっきり意識しながらも、そこからくる止めたい気持ち、逃げたい気持ち、心の叫びを抑え続け、無感情、無気力、無反応になっていくのです。

さて、迫害者は犠牲者へ。
犠牲者は迫害者へ。
立場の逆転が転じる時が来る時もあります。

子供からの親への反撃です。
まず、2パタ-ンみましょう。

親から押し付けられていたことに対して我慢出来なくなった瞬間切れるのです。
家の中を滅茶苦茶にしたり、親を殴ったり、外で暴れまわったり、溜まりに溜まった怒りのエネルギ-が大放出されたのです。
でも、これは正常な反応です。
誰だって抑圧され続けたらどこかでぷっつんするものです。

そして、次の例が怖い例です。
子供による親殺しです。

子はなぜ親を殺すのでしょうか。理解出来ますか?
なかなか理解出来るものではないと思います。
でも、私は何となくですが、ケ-スによってはその気持ちが分かるような気がします。

では、3パタ-ン見てみましょう。

ひとつは先ほどのぷっつん。衝動です。
我慢し続けてきました。そして、これ以上耐えられないと瞬間的に前後のことを考える間もなく凶行に及ぶのです。

そして次。
積もりに積もった憎しみの果て、何かのきっかけで怒りの炎により視野が狭くなり、冷静さが一時的に失われ凶行に及ぶのです。ぷっつん、衝動というより怒りに全身が覆われるそんな感じでしようか。そして事が終わった後で大変なことをしてしまったと冷静になり自首します。

3パタ-ン目。
衝動で殺すのではなく、無感情、無感覚、投げやりな気持ちで凶行に及ぶのです。
もう、どうでもいいような気持ちではないでしょうか。
直接殺害に及ぶ場合もあるかもしれません、または親、家族の巣である家を燃やそうとするかもしれません。この時、家を燃やしたら親兄弟が巻き添えになるかもしれません。でも、この時子供は認識しています。巻き添えで死んでも構わない。どうでもいいのです。
彼らは凶行に及んだ後ゲ-ムセンタ-にいたり、公園で寝ていたり、逮捕時後悔の念がないことがあるとよく報道されています。

それはどうでもいいからです。言葉を変えると無感情、無感覚、起こした出来事に対して感じる感覚が麻痺しているのでしょう。
逆に言うとここまで追い込まれてしまった。
感じる心を潰されたのです。

機能不全家族の子供が親を殺すとすれば、その子供の心はそれ以前に親により殺されているのです。

また犯罪を起こした子供も罪に問われます。
いくら親が憎いといえ殺人は懲役です。一瞬の感覚に身を任せて凶行にはやり、罪を一生背負うのも、それこそ人生を潰してしまいます。
また、犯罪は起こしてはならないものなのです。

このような悲惨なことが起こらないためにも、常に親と子の意志疎通、心の交流、コミュニケ-ションは大切なのです。

そして、未熟な大人が結婚して機能不全家族を形成して、子供の心を潰さないためにも、親になる方を対象とした親業のための教育、カウンセリングも必要ではないでしょうか。