期待と怒り 期待を手放す

「あいつは私の気持ち、期待を理解出来ない」
「期待はずれな奴だ」「あれだけいろいろとして目をかけてやったのに」
期待に対する拒絶に対して、激怒して怒りをぶちまける人がいます。

でも、ちょっと待ってください。
本当にその怒り、妥当なものなのでしょうか。

他者に対する期待。
期待とは自分の理想の通りに相手に行動して欲しい、または、そうなって欲しいことと解釈出来ると思います。

さて、ここで問題がすでに出ています。

「自分の理想通り」です。
自分の理想とは何から構成されているのでしょうか。
それは自分の思い、知識、知恵、夢、あるべき論(思考)、学んだ社会一般常識等様々です。

ここで重要なことは、すべてが自分を基準にしているということです。
人によっては他者に対する思いからくる期待は、他者に対する思いやりからきており、それは純粋な感情だと、言われる方もおられるかもしれません。
しかし、残念ながら他者に対する思いやりや、感情反応もそれを思っている者の反応であり、主観でもあるのです。
ですから、相手に対する期待とは、すべてにおいて自分が規準になっていると言ってもいいのです。

こう考えますと相手に対する期待とは、自分の基準を相手に当てはめるということになります。
しかし、自分の期待を相手に当てはめることが悪いのかと言うと、必ずしもそうとは言えません。

実際、相手にこうなって欲しい、こういう行動をして欲しいという、相手に対するヴィジョンには社会生活を送るうえで好ましいものも数多くあるからです。

だからと言って、やはりそれは自分の主観に基づく期待であることにかわりはありません。
では、相手に期待するうえで大切なことは何でしょうか。

相手に期待に沿ってもらうには、必ずこうして欲しい、こうなって欲しいという要望、意志表示をするはずです。
ここまではOKです。
それは、ここまでは自分の意志表示に係る部分だからです。

問題は次です。
期待を言われた相手は必ずそれについて何らかの意志表示をします。
受け入れる、拒否、保留です。

分かりますか。相手はこの3つの態度のいずれかを意志表示するのです。
と、いうことは、あなたの期待に対して、相手は3つの選択肢を持っているということです。
これを選択する権利、選択権と言います。

あなたが自分の期待を相手に話す発言する権利があるのと同等、相手にはあなたの期待に対してどうするのか、選択権があるのです。

そして相手の選択権を尊重するということは、相手があなたの期待に沿わない意思表示をしたとしても、それを尊重することであり、それ以上相手に自分の期待を言う必要はありません。
もちろん、期待を受け入れそのように行動したいと意志表示があったのでしたら、応援をしてあげればいいのです。

もし、相手があなたの期待に沿わないことに対して、あなたが必要以上に相手に自分の期待に沿うことを執拗に要求するなら、相手はあなたに対して反感を抱きます。それは、自分の意思決定、主張を否定して、なおかつ要求し続けられるからです。自分に対する攻撃とみなすかもしれません。
そうすると、今度はあなたが相手から攻撃されることになるのです。

当然ですよね。相手の選択権を尊重しないということは相手の人権を尊重しないのと同じことですから。

「でも」と、あなたは言うかもしれません。
「絶対にこうした方がいいのに」。
確かもそうかもしれませんが、先述した通り、相手には選択する権利があるのですから。
引くことも大切です。
仮に相手があなたの期待を受け入れず失敗したとしても、それは相手の問題です。
自らの選択権を行使してあなたの期待に基づく提案を拒否して、他の行動方法を選び失敗したのは相手の選択権それに基づく行動の問題なのですから。
これはあなたの問題ではないのです。
自分の権利、相手の権利との間にしっかりと境界を作りましょう。

また、相手が期待を受け入れることを意思表示した場合でも、時間が経ち期待に沿って行動することを、やめると意志表示することがあるかもしれません。
これも、相手の選択権です。
続けること、やめること共に相手に選択する権利があるのです。

しかし、この場合問題が出てくるかもしれません。
例えば相手があなたの期待に沿い目標を設定して、あなたがその目標達成のために経済的援助等をしている場合です。
この場合ですとお互いの契約が交わされているのですから、一方的に期待に沿うことをやめる、設定した目標を破棄することは契約違反になるかもしれません。
残念ながらこうなると心理学ではなく、司法の出番となります。

また、期待で大きな問題となるのは親の子に対する期待です。
しかし、この場合でも子供には子供の人権、意思決定、選択権はあります。
子供が嫌がるのにそれを無視して、自分の期待に子供を無理やり沿わせようと強権を発動することは、子供を親が呑み込む問題、機能不全家族、アダルトチルドレンの問題となりますので要注意です。

 

期待。
相手に対してこうして欲しいと唯一、言い続けてもよい場合は、公序良俗、法律に反しないことだけではないでしょうか。

仮に相手が社会通念上望ましくない何らかの姿を選択しても、それはその人の問題です。

期待を言い続ける、期待に沿わそうとする、期待を押し付ける、もし仮に相手が嫌々でもあなたの期待を受け入れ、そして失敗した場合、あなたはその責任を取れますか?
誰も人の人生に責任は取れません。

だからこそ、自分と相手にしっかりとした境界線をひくことが大切なのです。