親子(母と娘)の「同情の絆」がもたらす問題:母が娘に抱く「目的」とは?
今回は、親と子、特に母親と娘の間に生じる「同情の絆」、そしてそれがはらむ問題について深く掘り下げていきたいと思います。

「親子(母娘)共同体」を形成し、娘を支配する罠
アダルトチルドレンの親子関係において、しばしば問題となるのが「子が親に対して抱く同情」です。
親が子に同情心を持つのは自然なことですが、なぜ「子の親に対する同情」が問題となるのでしょうか?
まず、「同情」という言葉の意味を明確にしておきましょう。
新明解国語辞典(三省堂刊)によると、「同情」とは「差し迫って困っている相手の苦しみ、悩みを、相手の立場に立って理解してやり、そのうちに、いい目も出ることが有るのだから、しっかり生きるようにせよと温かい言葉をかけること」とあります。
これを要約すると、「相手の立場に立って、その気持ちを感じ理解し、温かく励ます」と捉えることができるでしょう。

なぜ、子の親への同情が問題となるのか?
子が親に対して同情の気持ちを持つこと自体は、決して特別な問題ではありません。問題となるのは、親が子の同情心を操作し、その心を支配しようとする場合です。
子の同情が問題に発展するのは、子が親に過剰に同情し、その同情が子の攻撃心や罪悪感と結びついた時です。
この過剰な同情の根底には、同情を「武器」として、あるいは「心理的な拠り所」として、子を自分の味方につけようとする親の意図が見え隠れします。
つまり、親は同情を利用して子を縛りつけ、自分のもとから離れないように仕向け、まるで「運命共同体(永遠の味方)」であるかのような関係を形成しようとするのです。

では、「味方につける」とは、一体何から守るための味方なのでしょうか?
考えられるのは「外敵」です。
その外敵とは、子から見てのもう一方の親、すなわち父親か母親を指すことが多いでしょう。
特に日本では「母子密着」の関係が指摘されることが多く、母親と子の間の同情の絆には注意が必要です。
そして、その中でも「母と娘」の関係は、互いが女性同士であるため感情の結びつきがより濃く、この同情の絆は特に注意すべき点となります。

母と娘の「同情の絆」が引き起こす具体的な問題(2つの例)
ここでは、実際に起こりうる2つの例を見ていきましょう。
いずれの例も、夫婦間の不仲が前提となっています。
1.娘の同情心が父への「攻撃心」と結びついた場合
母親が娘に、「あの男(父親)と結婚するのではなかった」と、父親への不満や愚痴を延々と聞かせることがあります。
娘は母親の愚痴を聞くうちに母親に深く同情し、「母親を悲しませる父親が悪者だ」と認識するようになります。
次第に、父親に対する敵対心と怒りで感情がいっぱいになるのです。
こうして、娘は母親の戦略にまんまと引っかかり、母親の「味方」となります。
母親は、娘と父親の仲を引き裂いたのです。
娘は父親を「母親を苦しめる敵」として憎んで成長するかもしれません。

しかし、やがて成長した娘は、ある違和感を覚えるようになります。
母親から一方的に刷り込まれた父親像ではなく、父親を客観的に見つめ直すようになるのです。
すると、母親が語っていた父親像と、実際の父親の姿との間にズレがあることに気づき、やがてそれは確信へと変わります。
「だまされた!」と気づいた娘は、激しい怒りを覚えるでしょう。今まで父親に対して抱いてきた悪感情や態度は何だったのか。それはすべて、母親の言葉を信じ切っていたからこそ生まれたものだったのです。娘にとって、父親とのかけがえのない時間を失った悲しい事実は、今度はその元凶である母親への憎しみと怒りへと転じ、攻撃対象を変えることになります。
娘に仕掛けた同情の罠、その絆によって、今度は母親自身が娘からの攻撃を受けることになるのです。
自業自得と言えばそれまでですが、この親子(父、母、娘)の関係性は、最終的にバラバラになり、修復不可能な状態に陥るかもしれません。

2.同情心が「罪悪感」に転換し、娘が自身の幸せを許さない場合
もう一つの例は、母親が常に娘に自身の不幸な身の上を嘆き続けるケースです。
娘は母親の哀れな生い立ちや夫婦関係にすっかり同情し、前述の攻撃心を抱くと同時に、より強力に母親に寄り添おうとします。
その結果、娘は「母親を置いてどこかへ行ってはいけない」、「母親より楽しんではいけない」と、自身の人生に誓いを立ててしまうかもしれません。母親より楽しむこと、母親より幸せになることに罪悪感を覚え、究極的には「母親より幸せになってはいけない」と思い込むのです。
つまり、自分の人生でありながら、母親と同じく不幸せな人生を無意識に選択してしまうのです。

たとえ恋人ができたとしても、「自分が母親より幸せになってはいけない」と自分に誓っている限り、その恋愛関係はそれ以上発展しないでしょう。
そして、結婚することもなく、幸せを手にすることができないまま、母親に生涯寄り添い続けることになってしまうかもしれません。
母親の愚痴を聞き続け、なだめ役に徹し、母親のために生き、自分の人生を生きることをやめてしまうのです。

「同情の絆」が生まれる背景と健全な関係性への道
ここまで、親(特に母親)が子(特に娘)を自分の中に取り込む戦略、すなわち同情を用いて子を味方につけ、縛りつける方法を例に挙げてきました。
上記の2例は、いずれも夫婦関係の不仲から、親が子を味方につけようとするところから始まっています。
そして、母親が同情を利用して娘を心理的に支配し、共同体を形成しようとする点が主な問題でした。
子どもを味方につけるために、夫の悪口や愚痴を言い続け、聞き役に徹する子どもの同情心を誘う。
そして、子どもを自分の中に取り込み、運命共同体を形成していく。
しかし、逆に考えると、もし夫婦関係に問題がなければ、このような事態は発生しないのではないかという側面も見えてきます。

アダルトチルドレンの問題を抱える方は、多くが機能不全家族の出身です。
夫婦仲が悪く、親が子どもに愚痴を聞かせ、子どもを取り込み支配することは、親と子の境界線が曖昧になり、子どもの個が尊重されていない状態であり、まさに機能不全家族と言えます。
そして、機能不全家族は、機能不全な夫婦関係を基盤として展開されることが多々あります。
機能不全家族の問題は世代間で連鎖する(アダルトチルドレンの親も、またアダルトチルドレンである)ことが指摘されていますが、もし親自身がアダルトチルドレンの問題を克服していたり、それに気づいていたりするならば、たとえ夫婦間に問題があったとしても、自分の子どもに自分と同じ生きづらさを経験させてはならないと考えるはずです。
その場合、同情の絆を用いて子どもを取り込み、心理的な生きづらさを味わわせるようなことはしないでしょう。
むしろ、より健全な方法として、いかに夫婦関係を良好にするか、夫婦の話し合いを大切にするかにエネルギーを使い、夫婦の問題に子どもを巻き込まないよう配慮するはずです。
健全な夫婦関係の構築は、機能不全家族の連鎖を断ち切る上で非常に有効な手段となるのです。
あなたとあなたの家族の間に、もし過剰な「同情の絆」があると感じたなら、それは関係性を見直す良い機会かもしれません。