ミスと承認欲求:人からの注目を求める心理
私たちは、他者からの承認や認知なしには生きていくのが難しいものです。
家族、学校、職場など、どのような集団に所属するにしても、誰とも話さず、交流せずに過ごすことはできるでしょうか。
もしそれができるとすれば、よほどの「おひとり様」を好む人か、あるいは揺るぎない信念を持つ人かもしれません。
怒られてでも注目されたい、承認されたい心理

仕事でミスをして怒られることで自己の承認欲求を満たす
仕事でミスをして上司に怒られることで、自分の承認欲求を満たしてしまう。そ
んな心理状態について、ある女性のケースを例に見ていきましょう。
美子さん(仮名)は24歳、入社2年目の事務職の女性です。
彼女はなぜか、順調に仕事が進んでいる時に、考えられないような初歩的なミスをしてしまい、周囲を唖然とさせたり、怒らせたりすることがありました。
例えば、数週間ミスなく事務作業を進めていたかと思えば、突然単純な足し算を間違えて書類を作成したり、数字の「0」を2つ書き忘れて伝票を書いてしまったりするのです。

彼女の仕事は必ず先輩や上司のチェックが入るため、単純なミスは発覚するのですが、周囲の人々はなぜ美子さんがこんなにも単純なミスを繰り返すのか理解に苦しんでいました。
ミスをすれば怒られることはわかっているのに、なぜか定期的にミスをしてしまうのです。普段は注意深く仕事をしているように見えるのに、忘れた頃に想像もつかないようなミスをしてしまう。
美子さん自身も、なぜこのようなミスをしてしまうのかわからず、カウンセリングを受けにこられました。
仕事の話を一通り伺った後、私たちは彼女の過去、特に子ども時代の話に耳を傾けました。

Index
1.「怒られることで初めて親に認められた」幼少期の体験
2.大人になっても続く「叱られる」による承認欲求のパターン
1.「怒られることで初めて親に認められた」幼少期の体験
美子さんは子ども時代、ご両親が忙しく、なかなか構ってもらえずに寂しい日々を過ごしていたそうです。
幼い頃に遊びに連れて行ってもらった記憶はほとんどなく、小学校の時も、いくら勉強を頑張っても親は褒めてくれず、無反応でした。
そのような親の態度に失望した美子さんは、ある時、テスト用紙に解答を書くのが馬鹿らしくなり、あえて白紙で提出したそうです。
そのことを学校の先生から報告を受けた母親は、すごい勢いで美子さんを怒り、叱りつけました。
その時のことを、美子さんはこう語りました。
「初めて親に認めてもらった、と感じました」と。
それまで、きちんと構ってもらえず、自分の存在を承認してもらえていないように感じていた美子さんにとって、親の怒りや叱責は、初めて自分の存在が承認されたように感じられたのです。

美子さんは元々努力家で、勉強もできるタイプでした。
この出来事の後しばらくは、力を発揮してテストで高得点を取り続けたのですが、その後、わざと極端に悪い点を取り、また母親に怒られていたそうです。
いつも悪い点を取るのではなく、高い点がしばらく続いた後で、突然極端に悪い点を取り、親や担任教師を唖然とさせていたのです。
これが、美子さんが小学生から高校時代まで続けていた、「怒られること」を活用した、親に自分の存在を認めてもらうための承認の方法だったのです。
その後、大学では友人もたくさんでき、特に問題なく過ごしていたのですが、今の職場で事務の仕事をするようになってから、再び初歩的なミスの問題が出てきたのでした。

2.大人になっても続く「叱られる」による承認欲求のパターン
美子さんの話から見えてきたのは、彼女が自分の存在承認を「怒られること」に求めているということでした。
おそらく、仕事におけるミスもまた、「ミスをして注目されたい」、「認めてほしい」という無意識の衝動からくるものなのでしょう。
怒られることが、まるで認めてもらうことであるかのように、子ども時代と同じ行動を繰り返しているのです。
美子さんにこの点について確認したところ、彼女は意識的にミスをしようとは思っていないと言いながらも、ミスをする前には漠然とした不安を感じているようでした。
それをあえて言葉にするなら、「自分はここで必要なのかな?」、「ここにいてもいいのかな?」、「自分は評価されているのかな?」といった漠然とした不安だと言います。

事務という仕事は、順調に進むのが当然と見なされがちです。
日々のルーティンワークをこなすことがメインであり、褒めてもらえる機会はあまり多くないでしょう。
ミスがないのが原則であり、事務の仕事をミスなくこなしても、それによって頻繁に褒められることはありません。
だからこそ、美子さんにとって、仕事から自分の承認を感じたり、他者に認めてもらっていることを実感したりするのが難しかったのかもしれません。
順調に仕事が進めば進むほど、子ども時代と同じように「自分は認められていないのでは」、「職場で評価されていないのでは」と無意識に不安を感じ、子ども時代と同じ方法で他者からの承認を得ようとしたのでしょう。すなわち、怒られることで、自分の存在を認めてもらう「ストローク」を得ようとしていたのです。

子ども時代にパターン化された自己存在承認の方法が今も自動的に継続されていること、そして事務の仕事の評価されにくい側面(褒められる機会が少ないこと)との関連性について説明を進めたところ、美子さんは深く納得されました。