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SNSの誹謗中傷と「表現の自由」:なぜ個人攻撃は生まれるのか

SNSでの個人攻撃や誹謗中傷が、今や社会問題となっています。法整備が進み、いずれはこうした行為が厳しく罰せられる時代が来るでしょう。

しかし、なぜ私たちは、見ず知らずの人に対して匿名で心ない言葉を投げかけてしまうのでしょうか。誹謗中傷は、本当に「表現の自由」によって正当化されるのでしょうか。

SNSで誹謗中傷が生まれる背景にある心理

SNSは、本来は人と人をつなぐ便利なツールです。しかし、一部のユーザーは、開発者が想定していなかった使い方をします。その背景には、いくつかの心理が隠されています。

Index
1.他者への攻撃性による満足感
2.自分勝手な「正義感
3.注目されたい、自己顕示欲の暴走
4.誹謗中傷と「反対意見」の違い
5.匿名性と「表現の自由」の正しい使い方

1.他者への攻撃性による満足感

人は、自分と異なる意見や思想に反感を抱くと、相手を「馬鹿にする」傾向があります。

これは自己中心的な人間の自然な心理かもしれません。
しかし、SNSの世界では、その反感を匿名で簡単に誹謗中傷という形で表現できてしまいます。

気に入らない意見や、誰かを傷つける意図のない投稿にさえ、不寛容な心から攻撃してしまう。
こうした行為は、私たちが抱える現代社会の閉塞感やストレスを解消する手段になっている側面もあるでしょう。

2.自分勝手な「正義感」

新型コロナウイルスに感染した方が、自身の体験を発信したことに対し、心ない誹謗中傷が相次いだ事例があります。
「感染者は悪だ」という自分勝手な正義感から、他者を攻撃する心理です。

不安や恐怖を抱くのは誰でも同じですが、それを感染者個人への攻撃へと転嫁するのは、全く別の問題です。
このような自分勝手な正義感は、コロナ問題に限らず、他者を誹謗中傷する行動の大きな原因となります。

3.注目されたい、自己顕示欲の暴走

他者を誹謗中傷することで、注目を集めたい、「いいね」をたくさんもらって承認欲求を満たしたい、という心理も存在します。

特に、怒りや攻撃性を含む投稿は、他者の感情を揺さぶりやすく、結果的に炎上を招き、注目を浴びることにつながります。

しかし、注目を浴びるために他人を傷つけることは、決して許される行為ではありません。

4.誹謗中傷と「反対意見」の違い

SNSで誰かの意見に反対の意を表明すること自体は、言論の自由であり問題ありません。
では、誹謗中傷と反対意見の表明は何が違うのでしょうか。

その違いは、「相手の人格を攻撃するかどうか」にあります。

反対意見を表明する際、わざわざ相手を名指しして個人的な悪口を書き込む必要はありません。
相手の意見そのものに対して、自分の考えを論理的に述べるべきです。

もし、あなたが誰かの投稿に反論したいなら、攻撃的な言葉ではなく、「私」を主語に、自分の考えを創造的に発信してみましょう。

「私はこう思う」、「私の考えはこうだ」と、建設的な意見を表明することで、議論が誹謗中傷に発展するのを避けることができます。

5.匿名性と「表現の自由」の正しい使い方

多くの誹謗中傷は、匿名で行われます。匿名だからこそ、報復を恐れずに攻撃的な言葉を投げかけられるのです。

しかし、匿名性そのものが「悪」ではありません。
たとえば、虐待の疑いがある子どもを見つけた時、報復を恐れずに匿名で通報することは、正しい行いです。

匿名は、私たちを守るためのツールです。
しかし、その匿名性を悪用して他人を攻撃する行為は、決して許されるべきではありません。

そして、「表現の自由」とは、私たちが先人たちの努力によって勝ち取った、非常に尊い権利です。

それは、特定の誰かを誹謗中傷するためにあるのではなく、私たちが安全に、そして自由に意見を述べられるように、「制限の中にある自由」として存在しているのです。

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