自分史– category –
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49-ピアノの公開レッスンで感じた違和感
小学生の頃、ピアノの先生の紹介で、ある「公開レッスン」を見学しに行きました。 それは、男性の先生が複数の子どもたちに対し、聴衆の前でレッスンを行うというものでした。 しかし、見ているうちに、どうにも心がざわついてきたのです。&nb... -
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48-小4|無意味なピアノ
小学校4年生のとき、京都市から南隣の向日市へ引っ越しました。それでも変わらず、父の強い希望で、私は嫌々ピアノを習い続けていました。 ピアノの先生は、音大の助教授。隔週のレッスンだったと思いますが、毎回のように父がべったりと付き添って... -
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47-小学生の体育の授業で言われた「悔しがれ」
小学生の頃、体育の授業中のことです。 科目はたしか、球技だったと思います。 何かのプレーで私がミスをしたのでしょう。 その時、先生にこう言われました。 「悔しがれ!」 悔しい気持ちがない私 でも、私はその言葉の意味がよく分かりませんでした。 「... -
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46-なぜ、母は「できない私」を徹底的に調教しようとしたのか
私は、子どもの頃、勉強も運動も苦手でした。 けれど、勉強ができない、運動が苦手ということは、本当に「罪」なのでしょうか? 私は、その「できなさ」を理由に、母から何度も叱責され、罰を受けてきました。 そうした経験の積み重ねが、私の“自己抑圧的... -
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45-笑い声のない家庭と、心の安全基地
緊張感の高い家庭に育って 以前、私は「心が固いと体も固い」と書きました。 また、前回の投稿では、私自身があまり笑わないことにも触れました。 実際、子どもの頃から、あまり笑った記憶がありません。 そういえば、母が笑っている姿も、思い出せないの... -
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43-運動が苦手だった子ども時代:心の萎縮と神経伝達の関係?
子どもの頃、私は運動が苦手でした。 教室でも目立たず、いるのかいないのか分からない存在。 運動ができなくても、周りの子たちは私にほとんど関心を示していなかったと思います。 ところが今ではジムに通い、同世代と比べても自分の運動神経が特別... -
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42-小学生3年生。引っ越しの記念品を渡すか否か
母の学び さて、小学3年生の頃、私は京都市から向日市へ引っ越すことになりました。昭和48年ごろの話です。 当時は、転校する子がクラスメイトに「記念の品」を渡すのが、ほぼ習慣になっていました。 このとき、引っ越すのは私を含めて3人。3人とも、最... -
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41-ニックネームのなかった私
私は子供時より学校では、ニックネームがありませんでした。 よく、小学校、中学校、高校等は、ニックネーム、あだ名があるものと 思いますが、私にはありませんでした。 その理由は、私がクラスメイトと心の触れ合いがなかったこと 私自身が、クラスメイ... -
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40-不安に基づく想念・強迫観念について
前回の投稿の続きです。 私の強迫性障害の根本的な原因 私の心の奥底には、「何かを失ってしまうのではないか」という強い不安が根付いているようです。 常に、漠然とした、いえ、むしろ具体的な不安な想念が、頭の中をよぎります。 考えたくもないのに、... -
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39-小学生低学年で発症した強迫性障害
私の強迫性障害は、6歳から8歳頃に始まりました。 その根底にあるのは強い不安です。 そして、強迫性障害は精神疾患の一つです。 私の強迫性障害の発症には、家庭環境、特に両親との関係が深く関わっていると感じています。 具体的には、母の身勝手な暴... -
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38-父は適切な子どもとの接し方・距離感を知らなかった
父は、子どもとの適切な距離感を知らなかった。今、そう思います。 父の過剰な優しさが私の成長を歪めた 父は、本当に優しい人でした。 疑う余地はありません。 しかし、その優しさが、私という人間が成長していく上で、思わぬ歪みを生んでしまったのです... -
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37-くっつき虫の父(子供に対する執着)
父を思い出すと、私の幼い時から、中学生2年生頃まで、常にくっつき虫のように、くっついてこられたように感じます。 それは、子煩悩と表現してもよいかもしれませんが 私は、ペットのような感覚で、父が私に執着していたように感じています。 父の愛は感... -
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36-親が子供に強制で習い事をさせる時、子供に憎まれる覚悟を持つ必要性
親が子供に強制で習い事をさせる時、子供に憎まれる覚悟を持つ必要性 親が本気で子供に習い事をさせる時 親は鬼と化し、子供に憎まれる覚悟が必要です。 父は私をピアニストにしたかった、しかし、ピアニストになるには、ピアノの英才教育、厳しい教育が必... -
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35-中途半端なピアノのレッスン・子供時代を奪う
さて、音大の助教授にならいはじめたピアノですが、 日々のピアノのレッスンは中途半端なものでした。 おそらく、父は、日中は自分1人でピアノを練習するようにと言っていたと思います。 私も日中は、45分程、1人で嫌なピアノの練習をしていました。 ... -
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34-嫌々習うピアノと感情抑圧と自己抑圧
小学生、2年生頃より、音大の助教授にピアノを習いはじめました。 でも、私はピアノを弾いても楽しいという気持ちはまったくなく、将来、ピアニストになろうとか。まったく思っていませんでした。 端的に書くと、ピアノが嫌いでした。 その嫌いなピアノを... -
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33-親が子供に習い事を勧める時の注意点等
私は小学生2年生頃まで、習字、水泳、ビアノを習っていました。 ピアノは近所の幼稚園で習っていました。 ピアノを習うと、家で練習をしなければなりません。 時間を奪われます。 水泳は土曜日の午後から。 当時小学校は、午前中は授業、午後からは自由で... -
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32-父が私に習わせているピアノに対する異常と異様性|小学生低学年
さて、私は幼稚園低学年時より、気がつけばピアノを習っていました。 幼稚園低学年時は東京。 その後、京都市へ引っ越し。 京都市でもピアノは、幼稚園内の教室で、ピアノを習っていました。 おそらく、YAMAHA等音楽教室の先生が、幼稚園のピアノを借りて... -
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31-小3|子供の宿題を勝手にしてしまう父。子供の自信につながらない
小学生時、父が2回程、私の学校からの宿題、課題を勝手にしてしまったことがあります。 1つめ、版画。 2つめ、学校から支給された板を組合せ車をつくる 1つめの版画については、市から賞状を頂いたのですが、本来、私が家で行う課題であり、私は何もし... -
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30-学校における体育の時間って何の意味があるの?
私は運動音痴な子供でした。 運動音痴というか、体がうまく言うことを聞かない こんな感じです。 さて、小学校でお馴染みの鉄棒。 私は逆上がりが出来ませんでした。 それを母に言うと、小学校の鉄棒の前に連れていかれ 出来るまで、練習をさせられました... -
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29-家から放り出された怖い記憶がない(小学生低学年)
私は成績が悪いと、しょっちゅう、母に家から放り出されていたようです。 他人事のように書きましたが 私には、この記憶がないのです。 でも、事実です。 人とは不思議なもので、自分が生きる為、怖い記憶を封印、思い出せないようにしてしまう傾向がある... -
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28-親が子供のビッグマウスを否定することは子供が夢を持つことを否定すること
子供とは無邪気に遊び、時には、親もびっくりするような大人にたりたい 職業に就きたいと話す時もあるでしょう。 「ビッグマウス」。 子供のビッグマウスには、根拠はありません。 ただ、そう思っただけのことでしょう。 その、子供のビッグマウス、を真剣... -
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27-必要なものを必要と言えない子として
小学生3年生、クラス全員で体温を計る時間がありました。 先生が、1人づつ、体温計を配っていくのですが 何と私だけ、とばされてしまいました。 私は黙って、体温を計っている振りをしていました。 しかし、数分後、事実は明るみになります。 自分が体温... -
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26-親は自分の思考、主義は自己の人生を通して実践せよ・子供に関係ない
小学校、3年生、引っ越しの際のことです。 当時は、引っ越しをする生徒が、クラス全員にお礼のプレゼントを渡す、慣行がありました。 この時、私、以外、2人の生徒が引っ越すことになっていました。 さて、また、母の邪魔師の登場です。 引っ越しをする... -
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25-必要なものを必要と言えない子として
小学生3年生、クラス全員で体温を計る時間がありました。 先生が、1人づつ、体温計を配っていくのですが 何と私だけ、とばされてしまいました。 私は黙って、体温を計っている振りをしていました。 しかし、数分後、事実は明るみになります。 自分が体温... -
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24-小学校バザー・親のせいで恥をかく
小学校でバザーが開かれていました。 皆、バサ-への出品物を持って来ます。 私は母から、手作りの「コレ」を持って行けと言われ 激しい抵抗をしました。 なぜなら、皆、買った商品を持ってくることを知っていたからです。 しかし、母は譲らず。 結局、母...
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