他者責任と責任転嫁の心理

私たちは誰でも、ミス、失敗をします。
そのミス、失敗によっては、取り返しがつかないと思える程の事もあるでしょう。

ミス、失敗の原因は様々です。

自分の判断ミス。
これは、自己責任になります。

しかし、他者からのアドバイスを聞いて、そのアドバイスを受け入れ、判断した結果、ミス、失敗につながった場合、私たちは、そのミス、失敗が生じた原因を誰の責任とするでしょうか。

もしかしたら、アドバイスをした人の責任と思われるかもしれません。
あの人のアドバイス、意見さえ聞いていなければ、こんなことにはならなかったのに。

あいつが悪い。
あいつの責任だ。
許せない。

他者の判断から、自分がミス、失敗を被ったと怒りを感じられるかもしれません。
自分は騙された、被害者だと思われるかもしれません。

しかし、これは、本当に相手の責任なのでしょうか。
アドバイス、意見を受け入れたのは自分です。
自分が、そのアドバイス、意見を受け入れ、それが良い、実行しようと判断したのです。

判断したのは自分であり、アドバイス、意見をして頂いた方の責任とするのは、責任転嫁ではないでしょうか。
自分がそのアドバイス、意見を採用することを選択したのです。

(もちろん、相手に詐欺的な意図や、巧妙な仕掛けがあり、騙されてしまった場合は、自己責任云々ではなく、反社会的行為者の責任、処罰対象と思いますが)。

しかは、それでも、自分が取り返しのないほどのミス、失敗をしてしまった現実。
追い込まれる心理。
絶望感。

あいつが余計な意見、アドバイスをしなかったら、こんな事にはならなかったのに、なぜ、自分がここまで苦しまなければならないのか。

「返せ」。
と、相手に対する怒りの気持ちが高まっても不思議ではないのです。

なぜなら、ミス、失敗をした本人は抱えきれない程の、苦しい気持ちを持っているからです。
失敗責任、他者からの叱責、ダメな奴とレッテルを貼られ、再起不能の不安感。

これら重く圧迫されそうな気持から、少しでも自分を軽くする為、意見をした奴、アドバイスをした相手の責任としたいのです。
「お前が不用意なことを言ったために、こうなったんだ」と。
他者責任(責任転嫁)にすることにより、背負っている苦しみからは、多少逃れることが出来ます。

誰でも苦しみは背負いたくないものです。

私はこの事例は、責任転嫁であると判断しますが、人の意見、アドバイスを聞いて失敗した人を責める気もなく、他者責任にしていることについても、いずれ、これは、自分がその意見、アドバイスを良しと、みずから判断して、受け入れ、実行した結果、ミス、失敗につながったのだ。

やはりこれは、自分の選択の責任だと、時が経ち落ち着けば、気づいてくれるのではないかと思います。

もし、気づくことなく、生涯、失敗の原因を他者責任、責任転嫁と怒り続ければ、人を信頼する気持ちを失い、今回の悪気のない意見、アドバイスをしてくれた人の悪口を吹聴して回り続けるかもしれません。

でも、その話しを聞いた他者は、「この人は何でも人の責任にする人だ、付き合いたくないな」と思われ、自分自身の信頼感を失っていくのです。

他者の意見、アドバイスを聞き入れ失敗した悔しさは分かります。
でも、その人も悪気があったわけではないと気づけば、許すことも出来るのではないでしょうか。

縁を断ちたければ、断っても構わないと思います。
でも、恨まないこと、責任転嫁しないこと。

ネガティブな思いを抱き続けると、人は遠ざかり、その結果、自分自身、幸せから見放されてしまいます。