自己の限界と専門性の獲得

人は皆、様々にしたいこと、チャレンジしたいことがあり、その、したいこと、チャレンジしたことについては、人より秀でたいと思うこともあるのではないでしょうか。

人によっては、1つの職業を徹底的に極めたいかもしれません、また、複数の職業においてチャレンジしたいことがあるかもしれません、さらには、1つの職業において複数の役割にチャレンジしたいことがあるかもしれません。

(1つの職業において複数の役割にチャレンジとは、例えば、野球を例にすると、1人でピッチャー、キッチャー、外野手等をこなし、全てにチャレンジしたいという意です)。

そして、いずれも、そのチャレンジしたことにおいて、一流、名人と称されることを望まれることもあるでしょう。

しかし、現実に複数の職業において、望む全ての分野に対して、一流、名人の域まで達することは可能なのでしょうか、そのような人は僅かながら存在するかもしれませんが、多くの人が到達出来る一流、名人の域は、1つではないでしょうか。

なぜなら、秀でる、一流、名人になるには、それなりの能力、鍛錬、修行が必要であり、それには途方もない時間を要し、全ての望みを叶えることは不可能でしょう。

若い時はチャレンジ心も豊かであり、様々なことにチャレンジ、「アレも、コレも」と思い、行動されるかもしれません。

しかし、実のところ、複数の職業で秀でたい気持ち、ある職業で複数の役割をこなし秀でたい大望は分かるのですが、実際には、そのチャレンジは自分の能力を知らないのです。
人は自分、自己の能力を知らないからチャレンジするのです。
そして、自己の能力を知らないということは、自己の能力の限界を知らないということなのです。

自己の能力を知るには

自分にどのような能力があり、どのような活動に適性があるのか、一番早く知る方法は、実際にチャレンジ、活動してみることです。
活動を継続した結果、この活動は不向きと理解されるかもしれません。
(人よっては、瞬時に自分に向き、不向き、能力の有無を認識されることでしょう)。

また、活動した結果、今は能力が発揮出来るようには感じないが、抱く熱意は衰えず、まだまだチャレンジをして、粘り結果を出したいと思われる方もおられることでしょう。
それも人生。
抱く想いを、すぐに諦める必要はないと思います。

しかし、様々な職業等において、秀でたい、一流、名人の評価を得たい熱意の高い方の場合、どのようにすれば、それが叶うのか。
前述しましたが、複数の職業、役割においては、要求される能力も違い、想う全てにおいて能力を有すること、評価を受けることは、難しいのではと私は考えています。

したがって、自分自身の充実感のためにも、自己の能力が最大に発揮出来る、職業、道、役割を選ぶ必要があるでしょう。

その為には、自分が納得するためにも、想うこと全て一回はチャレンジするのが一番と考えます。(時間のロスと考えず、自分が将来輝くためと考えて、但し能力発揮の目標までの期日を設けることは大切です、自己を見極めるための期日です)。
そして、チャレンジをして出した成果より自分が発揮出来る能力の職業、役割、ジャンルを知ることが出来るでしょう。
(また、尊敬する恩師がおられるのであれば、アドバイスを頂くのも1つです)。

これにより、自己の能力を知ることが出来るのです。
これは、言葉を換えると、自己の専門性を知るということです。
自分が何のスペシャリスト向いているか、何のスペシャリストを目指すかということを知ることになるのです。
(残念な結果としては、自分が目指す全ての職業、役割等においては、能力が不足していることを、知ることになるかもしれません)。

自己の限界と専門性の獲得

さて、自己の能力を知ることが出来ると、この職業、役割であれば、自分は大いに活動出来、それなりの評価も得られ、一流、名人になれると夢が大きく膨らむことが可能となります。

自己の能力の発揮は、高い専門性、技術の発揮へともつながることでしょう。

しかし、いかに能力があっても、やはり、その能力には限界があることも事実です。

例えば、若い野球選手の場合、皆、各球団からの指名を受けた、すでに能力を発揮し出している、若い選手達です。

しかし、プロ野球にスカウト、指名されたからといって、全ての若い選手が大成するわけではありません。
志、半ばにして引退される選手もおられることでしょう。

これは、能力は有しているが、プロとし活躍が難しい、名人、一流の域までに達することが出来なかった事例です。
野球に対する能力を有していても、能力の限界にぶつかったのでしょう。

高い専門性を要求され、それに応えることに対する、能力はなく、自己の限界を迎えられたのです。
(しかし、この選手の場合、監督、コーチ、スカウントマン等としての力量は未知数です)。

カウンセラーとしての、私の限界と専門性の例

さて、野球選手を例に出して書きましたが、次は、私を例に出し、自己の限界と専門性について書きたいと思います。

私は独立心理カウンセラーを目指して、39歳から活動をはじめています。

カウンセラーとして活動当初は若く、キャリアも浅い。
しかし、私は名人、一流等ではなく、自分の人生を納得させたいと思い、心理カウンセラー職に会社員から転職しました。

カウンセラーとして活動当初は、依頼される相談内容は、ほぼほぼ受けて賜っていたのですが、カウンセリングが終わった後は、あのカウンセリングの内容で良かったのであろうかと、悶々とすることもありました。

おそらく、私がカウンセリング終了後、悶々とするということは、そのカウンセリングの内容は、あまり良くなかったのではと振り返り思いはじめました。

そして、もう一度、私はある時、自分が、なぜ、カウンセラー職を選んだのか、再考しました。
答えは、自分が人生において経験した様々なことを活かしたい、これが、私がカウンセラー職を選んだ答えなのです。

特段、一流、名人、お金等の獲得を目指したのではなく、自己の経験したことをカウンセリングで活かしたい、そうすれば、私は納得出来る人生をおくることが出来る。

尚、カウンセリングについての能力は、カウンセラーになる以前より、数人の方から向いていると評されていました。(自慢と不快を感じられた方には申し訳ありません)。
カウンセラーとして活動する為の、いくつかの能力を、潜在的に獲得していたのでしょう。

しかし、内容の良くないカウンセリングを展開したことがあることも事実です。
私はカウンセリングにおいて、全ての相談内容に対して、100%、クライエントの方が満足するカウンセリングを展開することは、不可能であることを知っています。

相性の問題もあるでしょう。
クライエントの方のカウンセリングに対する期待が高すぎることも問題となります。
また、カウンセラーが、その問題に精通しているかどうか等の問題もあるでしょう。

私のカウンセリングの目標は、自己の経験を活かすこと。
したがって、あまりにも、自己の経験とかけ離れた相談内容は、受け賜らないことにしました。
利を損なうことは、分かったうえで・・・。

さて、この判断は、私がカウンセラーとして自己の限界を悟ったことにつながります。
そして、自己の限界を知るということは、カウンセリングという職業において、一部の相談内容は自己の限界の為、クライエントの方にお役にたてないということであり、その相談内容は受け賜らないということです。

そのため、自己の経験が活かせる相談内容に特化して、カウンセリングを展開する。
私は、決めました。

これは、受け賜っているカウンセリング相談内容の専門性を高めることにつながるのです。

カウンセリングという、ひとつの職業分野において、自己の限界のある相談内容を理解しました。
その反面、自己の経験が活かせるカウンセリングは、展開出来るカウンセリング相談内容であり、その相談内容に特化することは、その相談内容の分野においては、専門性を高めることにつながるのです。

ある職業において自己の限界を知ることは、その職業が成り立っている構成要素(カウンセリングであれば、相談内容)の一部分に対する活動は避けて、自己の能力が活かせると思える活動内容(構成要素)に特化することにより、専門性を高めることが出来るということなのです。

これが、自己の限界を知り、専門性を高める。

本題の結論です。