自己抑圧と快楽による崩壊

私たちは、社会生活を送るうえで、何らかの規範、規制、ルールに縛られ、自分の好き放題に生きることは出来ません。
したがって、社会に生きる多くの人は、その行為が規則、規範、ルールに反していれば、その自分のしたいことを我慢せざるを得ず、その為、ストレスを感じ、自分を抑圧して生きていることになります。

そして、その抑圧している何かを、別の活動等に置き換えて発散出来れば、ストレスも軽減され、さほど自己抑圧感で苦しむことは少なく、楽しく生活出来ることも多々あるでしょう。

さて、大きな問題としては、基本的に自己閉鎖的、真面目過ぎる、楽しむことが分からない、または、楽しむことに罪悪を感じている人達の自己抑圧です。

これらの人達は、自分を発散、解放することに対して、不安、禁止、罪の意識を持っていることが多く、自分を解放、発散して楽しむことが出来ません。
また、今までの人生において、自分の好きなことをしたり等、自分を発散、解放した経験が少ない人もいます。

そして、自己抑圧とは人生の楽しみを削ぐものであり、ストレスも増える一方。
真面目なのはいいのですが、その心は、退屈でつまらない思いに満ちているでしょう。

問題は、その退屈、つまらなさと、どのように向き合うかですが、自分を発散、解放することが難しい性格ゆえ、日々のつまらなさ、我慢、ストレスは増える一方。

しかし、人とは不思議なもので、ふと、魔が差すことがあるものです。

今まで自分を抑圧して我慢してストレスフルな時、ちょっとした出来心等で、健全な自己解放というより、快楽において、自己抑圧によるストレスを解放する傾向がある場合もあります。

合法的なものであれば問題ないとも考えられますが、しかし行き過ぎた快楽は心と健康、まともな思考を蝕み、お金さえ使い果たしてしまうこともあるでしょう。
多くの快楽は、例えば、アルコール、ギャンブル、違法大麻、性的等、過剰にのめり込めば、のめり込むほど、経済、健康、脳を蝕む、ハイリスクな行為となるのです。

自己抑圧より快楽依存症に発展する場合もあり、過剰で自分では制御出来ない依存は病気です。
依存症からの回復は、1人では困難な場合も多々あり、時間がかかるかもしれません。

また、回復への努力を怠ると、快楽中毒となり、人としての健全さ、信頼、仕事も失ってってしまうこともあるでしょう。
家族の崩壊さえ招くかもしれません。

自己抑圧の過ぎる人は、適度な楽しみ、自己解放、生きがい等、持つ必要があるのです。

それは、自分で探さなければならないでしょう。
また、自分を抑圧する傾向の性格を改善する必要もあるかもしれません。

さて、今回は自己抑圧に基づく快楽による崩壊について書かせて頂きましたが、
快楽で崩壊の道を歩む人すべてが、自己抑圧の傾向が高いわけではありません。

なかには、自己抑圧と真逆の、自己制御力が弱く、何らかの快楽の誘惑にすぐに負ける人もいるでしょう。

また、別の例としては、日々の業務棟のストレスが高すぎて、快楽により、自己のバランスを取る人もいるかとは思いますが、いずれにせよ快楽を求めすぎることは、リスクの高い行為であり、人生を狂わすかもしれない代償を支払わされることにもなりかねない行為であると、この認識は必要でしょう。