なぜ、他人の言動に過剰に反応してしまうのか?ぶつかり合う「信念」
前回の記事では、事務リーダーの優子さん(仮名)が、後輩の広子さん(仮名)の言動に不満を感じているというお悩みを取り上げました。
広子さんは「認められなければ価値がない」という人生の信念を持っているようで、サブリーダーからリーダーへの昇格を強く望んでいます。
そのために周囲に「見え透いた笑顔」を振りまき、上司の意見を真似るなど、計算高い行動が目につくとのこと。優子さんは、そんな広子さんの態度が気に入らず、苛立ちを感じているようでした。
しかし、広子さんの言動に過剰に反応してしまうのは、実は優子さん自身の問題とも言えます。今回は、なぜ優子さんがこれほどまでに広子さんの言動・態度に過剰に反応してしまうのか、その理由について深く掘り下げて考えてみましょう。

私たちが他人に過剰に反応する理由:人間は「刺激」に反応する生き物だから
私たちは誰もが、外界からの刺激に反応して生きているものです。
優子さんにとって、広子さんの言動はまさに「刺激」そのもの。
「嘘っぽい見え透いた言動や態度」だと感じているようです。
優子さんの言葉を借りるなら、「あの笑顔には何か人を取り込みたい気持ちが伝わる」、「人の言うことを自分のことのように言うので、簡単に手のひらを返しそう」、「きつく言えば、自分のために平気で人を裏切る」といった印象を抱いているとのこと。

では、なぜ優子さんはそこまで広子さんの言動を否定的に捉えるのでしょうか?
それは、優子さん自身の「人生における信念体系」が関係しているのかもしれません。
優子さんの信念は、「絶対に嘘をつかないこと」、「絶対に約束は守ること」、「常に正直で、誠実であること」だそうです。
ここまで強く、「嘘をつかないこと」、「誠実であること」を自分の人生の信念としているのであれば、広子さんのような一貫性のない態度や、嘘っぽく見える笑顔に過剰に反応してしまうのは、ある意味当然と言えるでしょう。

1.「固い信念」が人間関係を窮屈にする
では、優子さんは一体どこで、このような強固な信念を学んだのでしょうか?
優子さんはこう語ってくれました。
「私は子どもの頃、いつも親に裏切られてきました。父は忙しく、母は教育熱心でした。小さい頃、父は休みの日に遊園地に行く約束をよくしてくれましたが、結局仕事が入って連れて行ってもらえず、悲しい思いをしました。母は教育熱心で、私に常にテストで80点以上取ることを求めてきました。そして、『80点取ったら〇〇を買ってあげる』と約束してくれたのですが、私が頑張って勉強して80点以上取っても、何も買ってもらえないことがたびたびあったんです。私は勉強が得意ではなく、80点以上取るのは至難の業だったのに…」

「私は常に親に裏切られ、失望してきました。嘘つきの親にです。だから、親を反面教師として、『約束は守るべきもの』と自分の中に固く持っているのだと思います。
そして、『常に誠実であること』が私にとっては大切なのです」
なるほど、そういったご経験があったのですね。優子さんの抱える強い信念の背景が理解できます。
優子さんの「常に誠実であるべき」というこの強い信念が、広子さんの嘘っぽい笑顔や、上司の言葉をさも自分の意見のように話す態度を「不誠実」だと判断し、許せないと感じさせているのでしょう。
そこで、私は優子さんに質問してみました。「その『絶対に嘘をつかない』、『約束を守る』、『常に誠実であること』という信念は、あなたの生活の中で辛さの原因になったり、人間関係がうまくいかない原因になったりしていませんか?」
優子さんは少し考えて、こう答えました。
「そうですね。彼との付き合いで問題があります。私はメールは文字だけなので気持ちが伝わらない気がして嫌いです。だから、電話で話すのが好きなんです。彼はよく『今日〇〇時に電話するよ』と約束してくれます。私はその約束の時間になると、携帯電話を前に正座して待っているのですが、彼はよく遅れるんです。待っているのに…。それで私が気分を悪くして、遅れて電話してきた彼に無愛想に対応してしまうので、彼とうまく話ができない時がよくあります。楽しみにしていたのに…」

私は優子さんに言いました。
「もし彼が遅れるのなら、優子さんから先に電話をかけてもいいと思いませんか?それに、どれくらい遅れるんですか?」
優子さんは答えます。
「遅れる時間は日によって違いますが、15分くらいでしょうか。彼が約束したのですから、電話はしてくるべきです。私から電話をするのはおかしいと思います」
優子さんの話を聞いて、私はこう感じました。
もし本当に彼の電話を楽しみにしているのなら、自分から電話をかければ良いのではないでしょうか。そうすればイライラすることもないでしょうし、ストレスなく、スムーズにコミュニケーションが取れると思うのですが…。

2.自分を苦しめる信念は手放すことも大切
論理療法の創始者アルバート・エリスは、こう述べています。
「私たちを苦しめる古い信念については、本当にその信念を守ることが現実的視点から見て妥当か検討をする必要がある。そして、その信念が自分を苦しめ、豊かにしないものであれば、楽なものに変更する必要がある」
まさに優子さんの場合、この「信念の変更」が必要な段階にあると言えるでしょう。
本当に人は、常に完璧に誠実でいられるものなのでしょうか?
優子さんが誠実であることは素晴らしいことですが、その信念を他者にまで完璧に求めるのは妥当でしょうか?
それに、広子さんのことを「嘘っぽい」と話していますが、それは優子さんの「常に誠実であるべき」という過剰な信念がフィルターとなって、広子さんを色眼鏡で見てしまっているのかもしれません。
たとえ広子さんの笑顔が嘘っぽかったとしても、それはそれで放っておいても良いのではないでしょうか?

優子さんの「常に誠実でなければならない」という、自分を苦しめる過剰な反応を引き起こす信念を変更するならば、考え方をこのように変えることも有効です。
「誠実であることは大切だ。だからといって、人が少し不誠実と思われる態度をとったとしても、誰にも迷惑をかけていないのなら、それはそれで良い」
このように、過剰な反応を起こさない「楽な信念」や「考え方」に変更してみるのも一つの方法です。
また、彼との電話の件にしても同じことが言えます。
彼は仕事で忙しいのかもしれません。
もしそうなら、15分程度の遅れは仕方ないと考えることもできます。
「約束は守るべき」という信念を、「約束は守って欲しいけれど、人は忙しい時もあるし、時間通り正確に行動できないこともある」と変更してみてはいかがでしょうか。
そして、電話を楽しみにしているのであれば、臨機応変に自分から電話をしても良いのです。

自分が何かに縛られている時、それを頑なに守り抜こうとするよりも、時には手放してみる方が、はるかに人生を楽しく過ごせるものです。
あなたを縛っている「固い信念」はありませんか?