心配しなくても大丈夫

心配しなくても大丈夫。
心配しないで、大丈夫。

私が親からかけて欲しかった言葉です。
55歳の男が何を言っているのだろうと、思われるかもしれませんが。

「心配しなくても大丈夫」、「心配しないで、大丈夫」。
この文章は、これで完結しません。

次の文章と合わさって、はじめて、完結するのです。

心配しなくても大丈夫、私(親)が守ってあげる。
心配しなくても大丈夫、私はいつも、あなたの味方。
心配しなくても大丈夫、何かあったら、いつでも相談してね。
心配しないで大丈夫、何かあったらいつでも帰っておいで、ここがあなたの家です。

これらの言葉に共通している内容は、何かあれば、いつでも親が守ってあげる。
この一環した、子供への支えとなる言葉(親の気持ち)が、子供にも強く伝わり、子供の心に安心感の安定化を育みます。

強い安心感を子供に授けるということは、子供の人生においては、何かあれば、親に相談しよう、失敗して悩んでいる時等、親に相談しようという安心感を得、親という心強い強いバックがあり(心の安全基地)、子供のチャレンジ心は強化され、多々の経験、体験をされることでしょう。

そこには、何かあれば、相談、守ってくれる、帰って来れる居場所があり、戻れる居場所があるからこそ、子供は外の世界に徐々に飛行距離を伸ばし、羽ばたいて行くことが出来るのです。

そして、この意識化されている、何かあれば親に相談、守ってもらえる励ましは、やがて、子供が成長するにつれて、自身の心の中に根付き

「大丈夫、やってみようと」という、チャレンジ、人生を開く意欲、恐れを克服して前に進もうという決意等、もたらしてくれるのです。
また、ストレス耐性の強さも獲得されることでしょう。

そして、この親から心の内に授かった安心感は、日々の経験、体験とともに、独立心、自立心の獲得に大きく影響します。

親の「心配しなくても大丈夫」。
この言葉は、

「私は出来る、何とかなる大丈夫、何かあれば、友人に相談しよう」等。
親以外の他の人間関係にも深く影響し、社会を強く生きる、根源的な力となるのです。

いつまでも、全てを親に相談する人生となるわけではありません。
それは、親から得た心の安心感が、独立心、自立心へと変わるからです。

独立心、自立心があるということは、社会生活において起こったことは、出来る限り、自分の努力の範囲で解決しようという気持ちをもたらすでしょう。
それは、「あまり親に心配をかけてはいけない」という、親に対する配慮心にも影響します。

それでも、解決が自分1人で難しい時は、友人や、外部の専門家に相談、この時、親にも相談しても良いかもしれません。

子供時、「心配しないで、大丈夫」と言葉をかけてくれた親とは、子供が成人になっても、深い悩み事があるのであれば、いつでも、相談して欲しいというお気持ちを持っておられるのではないかと思います。

「1人で悩みを抱え込まないで、私(親)にも相談してね」。
この気持ちです。

なぜ、55歳の私がこの文章を書いたのか?

ホームページで、何回か私のことを書いていますが。
私自身、漠然とした不安感を常に感じています。
それが、子供時から患う、強迫性障害、40歳後半で患った、不安神経症と関係していると認識しています。

でも、その奥深くにある、闇の根は、親子関係だと理解しています。
もう、あまり親のことは、批判的に書きたくありませんが。

私は親から、「心配しないで、大丈夫」。
この言葉は頂いていません。
その心を感じていません。

完璧な親、完璧な人間はこの世には存在しません。
私は昭和40年生まれ、日本は好景気で沸いており、私は子供時より経済的苦労はしておりません。

でも、親が私の心に寄り添ってもらった経験と感覚は、ほぼありません。

「心配しなくても大丈夫」。
「心配しないで、大丈夫」。

「何とかなる」。

親から授かっていない、この言葉、この心。

私は私に常に、この言葉を自分にかけてあげなくてはならないのです。

それは、感覚として子供時より育んでいないから。
言語化して、自分が自分に教えてあげるしかないのです。