中高年のひきこもり:心の回復のために「居場所」と「活動の場」を
サブタイトル:中高年のひきこもり:人とのつながりの大切さ
2019年、内閣府の調査によって、中高年(40歳以上)のひきこもりの方が61万人に上ることが発表され、社会に大きな衝撃を与えました。
この数字は、若者のひきこもりの数を上回っています。
ひきこもりの定義は以下の通りです。
- a) 6ヶ月以上、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続すること。
- b) ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいこと。
私自身も中高年の一人ですが、私にとっての「ひきこもり」は、社会的ひきこもりとは少し異なります。
学校や会社には通っていましたが、常に心を閉ざしていたため、社会性やコミュニケーション力を培うのが遅く、知らない人と話せるようになったのは30代後半になってからでした。
40代後半には、不安神経症とおそらく更年期障害が重なり、脳内バランスの乱れからか、半年以上も寝て過ごした時期があります。
また、50代前半には、見知らぬ僻地で1年間、孤独な日々を送った経験もあります(引っ越し先の選択を誤ったためです)。
このように、私は精神医学上の「ひきこもり」の定義に当てはまる状態ではありませんが、ひきこもっている方々の気持ちは何となく理解できます。
中高年のひきこもり:人とのつながりの大切さ
Index
1.なぜひきこもってしまうのか? なぜ助けを求めないのか?
2.本当はひきこもりから抜け出したいという願い

1.なぜひきこもってしまうのか? なぜ助けを求めないのか?
ひきこもってしまう事情は、人それぞれ多様です。
幼少期の養育問題による自己の萎縮、漠然とした人への恐怖から社会に適応できない、子どもの頃から人間関係で心が傷つく連鎖、いじめ、対人不信、社会に出てからの仕事の失敗による自己価値の低下、上司からのパワーハラスメントやセクシャルハラスメント、あるいは介護離職による孤独など、様々な理由が考えられます。
しかし、なぜひきこもってしまった方々は、そこから抜け出すための助けを求めないのでしょうか?
今回は、特に中高年のひきこもりに焦点を当てて考えてみましょう。
考えられる理由は、次のようなものがあります。

- 「この年齢でひきこもっているなんて恥ずかしくて言えない」という気持ち。
- 他者を信頼できず、「どうせ理解してもらえないだろう」という諦め。
- これ以上、人間関係で傷つきたくないという思い。
- 人生を諦めてしまい、「どうせ無理だ」という気持ち。
- 親が生きているうちは何とか生活できるため、無理をしたくない(しかし内心では不安を抱えている)。
- どこに相談して良いのか分からない。
- そもそも、中高年ひきこもりが安心して過ごせる「居場所」がない。

2.本当はひきこもりから抜け出したいという願い
中高年のひきこもりの方々は、ひきこもり期間が長く、家(部屋)から出る機会やチャンスがなかなか訪れず、そのための気力も萎えてしまっているかもしれません。
しかし、私たち人類(ホモ・サピエンス)は、本来社会性の生き物です。
他者との協力や協調によって、様々な困難を乗り越え、食物連鎖の頂点に立つことができました。
私たちが一人でずっと家(部屋)で過ごすことは、動物としての私たちの存在から見れば不自然な状態です。この観点からも、不自然なひきこもり状態(もちろん、当事者にとっては必要不可欠な行為なのかもしれませんが)にある方は、相当なストレスを抱えていると私は考えています。
そして、多くの人が心の中では焦りを感じていることでしょう。本当は…
- 人とつながりたい。
- しかし、時だけが、無情に過ぎていく。
私たちは「間」という概念、言葉の中に生きています。それは、人間関係と時間の二つです。
そして、この二つは、私たちにとって大切な「資産」でもあります。
この二つの資産を有効に活かせない日々が続くと、もう一つの大切な資産である「心身の健康」に問題が生じる可能性が高いのです。

もし、ひきこもっている方が安心して過ごせる場所があったらどうでしょうか?
そこでは人間関係を築き、楽しい時間を過ごすことができるかもしれません。
そして、やがては、様々な活動にチャレンジしてみたいと思うようになるかもしれません。
しかし残念ながら、若者のひきこもりの居場所は多々あっても、中高年ひきこもりの居場所は、ここ大阪でもほとんど存在しません。
日本の社会(政府)は、中高年に対して冷たい姿勢を取っていると私が認識しても不思議ではありません。
これは、SDGs(持続可能な開発目標)が掲げる「すべての人に健康と福祉を」という理念にも反しています。
中高年のひきこもりの問題に対して、私個人が書けることはここまでかもしれません。
ひきこもりは、孤独を招き、その状態をさらに深刻化させます。
何とか、解決に向けて・・・。