自己主張と他者理解 

2020年、教育改革の一環として、アクティブ・ラーニングがスタートします。
様々な教育改革が行われるようです。
アクティブ・ラーニングにおいては、生徒の主体性、自主性、自己主張等にも、力を入れた教育を行うようです。

私はNHKの、「うわさの保護者会」で、アクティブ・ラーニングについて知りました。したがって、アクティブ・ラーニングの全貌を知っているとは言い難く、浅薄ではありますが、心理カウンセラーとして、アクティブ・ラーニングに疑問を感じたこと、同時に、自己主張におけるもっとも大切なことを考えましたのたで、少し書かせて頂きたいと思います。

アクティブ・ラーニングにおいては、先にも書きましたが、主体性、自己主張を重視した、教育を行うようです。
心理カウンセラーとしては、自己肯定、自己承認、選択責任等の遂行において、主体性、自己主張は大切であると考えています。

しかし、行き過ぎた、自己主張が日常化することについては、疑問、懸念することがあります。

1 空気を読む民族意識VS自己主張
2 自己主張の背後にある論理性と思考力
3 自己主張と他者理解 思考の再構築を忘れてはならない

1 空気を読む民族意識VS自己主張

私たち日本人は空気を読む民族意識、その傾向が高いと思われます。
言われなくても察する、そして、行動する。
実はこれは、同調性が基本になっており、その同調性に暗黙の了解で従う行動であり、受動的なのです。
すなわち、主体的行動とは言い難い側面があります。

しかし、私たちの民族気質は、このようになっているのです。

それを、今さら、教育改革だと、トップダウンで決定されても、本当に私たち民族意識、遺伝レベルにおいても、馴染むのでしょうか?

主体的行動は大切です。
しかし、周囲との同調も考慮したうえで、主体的行動、自己主張を行わなければ、周囲から浮いてしまう可能性が高いのです。

それに、私たちは同調圧力という言葉を、ネットを中心に使っています。
あまり、行き過ぎた自己主張(誇示)は、批判、中傷されるリスクがあるでしょう。

私たちの民族気質に、自己主張を教育評価として盛り込むことは、成功するのでしょうか?

自己主張を教育において重要視するのであれば、自己主張における真の大切なことは何か、その本質を考える必要もあるでしょう。
単に、リーダーシップを有する人間を育成することが本質論ではないと考えます。

以下の文章は、私が自己主張に対して、大切にしなければならないと考えていることを、書き進めます。

2 自己主張の背後にある論理性と思考力

自己主張するということは、自分の考え、意見を述べることです。
そして、その背後には、自分の思考、論理、疑問意識等があると思います。

問題は自己の主張を行う時、それが、自分の中で考え抜いた結果、意見として述べているかどうかです。
あまり考えず、思いつきで主張した。
(自己主張せよと焦らされるので止むを得なく)。

それは、それで、その時なりの懸命さの発揮として考えれば良いと思うのですが、あまりも短絡的な主張を繰り返しますと、周囲からは、何も考えずに主張する人とレッテルを貼られてしまう可能性が高くなります。
そうなりますと、自分に対する周囲からの、信頼、信用を失いかねません。

自己主張は立派なことです。
勇気もいることです。

私は自己主張する場もないので、いつもホームページにて、文字を発信しています。
その際、この主張、意見を発信しても良いのかどうか、(もちろん言論は自由なのですが)、あまりにも、突飛な事を書いていないか、または、極端に走っていないか等。

自己チェック、自問自答を行い、自分なりに納得してから発信するように努めています。

ですから、言葉として自己主張を行う際も、ある程度、自己の意見、主張する事柄に対して、自己チェック、自問自答をすることも必要ではないでしょうか。
思い付きだけで主張しないことです。

3 自己主張と他者理解 思考の再構築を忘れてはならない

自己主張とは自分の意見を述べる、発信するだけではなく、同時に大切なことは、相手の意見や主張を聞く、理解することも重要です。

自分の主張に固執してしまい、他者の意見を聞かない、否定のみする姿勢は、他者を軽んじる姿勢につながります。

政治家の討論会を見られたことはありますか?
いい大人が自分の意見ばかり主張して、他者が話しているのに割り込んでみたりと、実に情けない見本を示しています。

周囲に対して自己主張をしますと、必ず別の意見が出てきて、自分の主張が否定されたように感じられる時もあるでしょう。

でも、違いは違いであり、間違いではありません。

他者の意見にも冷静に耳を傾け、自己の思考、意見、主張と重ね合わせ、受け入れられる論は受け入れ、さらに自己の主張、意見、思考を再構築することも可能でしょう。

自己主張の大切さとは、他者の主張にも耳を傾け、自己の主張を再構築、自己成長の場でもあるのです。

また、自分の意見と違った主張が発信され、その主張とは違う主張をされる時は、相手を傷つけるような言葉は使わず、相手の意見も理解している言葉も添えて、自分の主張を展開することも大切でしょう。
それにより、一見反対意見のような主張でも、相手の心に響く違いが生じるのです。
これは、コミュニケーション能力(アサーション)を磨くことにもつながります。

また、多くの人が自己主張しながらも、他者の意見も尊重するようになると、ある程度、妥協は必要ですが、総じて、妥当な見解を参加者全員で共有。

その後、相互理解のもと、同調行動ではなく、協力、協調性のもと、参加者全員の総意に基づき、行動化に移すことも可能となります。

自己主張とは、他者を理解、協調性を育む、人として重要な場を提供する場でもあるのです。

このように、自己主張とは、自分の意見を主張することに対して専念する場ではなく。
また、他者の意見を否定、覆すことに専念する場でもなく。
自分を押し通し続ける場でもないのです。

自己主張する為には、主体的な思考、論理力を培い、さらに、自己の思考、意見に対するチェック、自問自答等よりさらに、自己の思考、論理力をアップ。
そして、自己主張する勇気を発揮。

その後は、他者の意見を受け入れつつ、自己の意見、思考、論理を再構築することが大切なのです。

すなわち、自己主張の大切さとは、他者を受容する心を育むことでもあるのです。

完璧な意見、論理は存在しません。
また、他者の主張する意味、観点が理解出来ないこともあるでしょう。

それは、それでいいのです。

100%、他者を理解することは不可能に近いことです。

でも、自己主張を通して、他者の主張にも耳を傾け、理解、受容する心、精神を育むことは、社会生活を営むにおいて大切なことだと、私は考えます。